産業機器事業部の部長が、経営会議でCFOに直接言う。「数字の相談相手が欲しい。見積りを出すたびに本社に照会して3日待つのは、もう回らない」。 社長はその場で「経理から出してやれ」と応じる。CFOは持ち帰り、経理部長と話す。経理部長の反応は一つだった。「出した人間は、半年で事業部の人になりますよ」。 CFOにも心当たりがある。3年前に営業管理へ出した担当者は、いつの間にか受注の採算表を事業部の言い値で作るようになっていた。だが断れば、事業部は自前で数字を作り、経理は締めの直前に知らない数字を見ることになる。 どちらも困る。問題は「出すか出さないか」ではなく、出した人が半年後に誰の顔色を見るかを、先に設計できるかである。

POINT
事業部に経理を座らせる話は、人事の好みではなく、内部統制の設計に触れる。企業会計審議会が令和5年4月7日に公表した意見書による改訂後の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」は、内部統制の基本的要素の一つである統制活動について、経営者の命令及び指示が適切に実行されることを確保するために定める方針及び手続をいうとし、統制活動には、権限及び職責の付与、職務の分掌等の広範な方針及び手続が含まれる、とする。 同じ箇所の注は、財務報告の信頼性に関して、明確な職務の分掌、内部牽制、並びに継続記録の維持及び適時の実地検査等の物理的な資産管理の活動等を整備し、これを組織内の各レベルで適切に分析及び監視していくことが重要になる、としている。もう一つの基本的要素である統制環境の例示には、⑥権限及び職責、⑦人的資源に対する方針と管理が並ぶ。 事業部に置く経理は、この二つの要素の両方に直接効く配置である。さらに基準は、内部統制の基本的要素のうちリスクの評価と対応について、リスクへの対応に付した注で、新製品の開発、新規事業の立ち上げ、主力製品の製造販売等に伴って生ずるリスクは、組織目標の達成を阻害するリスクのうち基本的には業務の有効性及び効率性に関連するものではあるが、会計上の見積り及び予測等、結果として、財務報告上の数値に直接的な影響を及ぼす場合が多い、と書く。 事業部の現場で起きることは、見積りを通って財務報告に出る。だから実施基準の「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」は、統制環境の項目として、経営者は、適切な会計処理の原則を選択し、会計上の見積り等を決定する際の客観的な実施過程を保持しているか、を挙げ、あわせて、経営者は、企業内の個々の職能(生産、販売、情報、会計等)及び活動単位に対して、適切な役割分担を定めているか、従業員等に対する権限と責任の委任は、無制限ではなく、適切な範囲に限定されているか、従業員等の勤務評価は、公平で適切なものとなっているか、を並べている(この評価項目の例には、全社的な内部統制の形態は企業の置かれた環境や特性等によって異なるため、必ずしもこの例によらない場合があること、この例による場合でも適宜加除修正がありうることに留意する旨の注が付されている)。 客観的な実施過程、限定された委任、公平な勤務評価。事業部に座る経理の設計は、この三つを同時に満たせるかどうかが分かれ目になる。 なお、改訂基準及び改訂実施基準は、令和6(2024)年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査から適用されている。

事業部に置いた経理は、二つのうちどちらかに寄る

事業部に常駐させた経理は、放っておくと二つの形のどちらかに落ち着く。一つは、事業部の味方になる形である。 毎日同じフロアにいて、同じ会議に出て、同じ目標の達成を応援される。受注の採算表は、通したい案件が通る前提で作られ、在庫の評価損は「来期は動く見込み」で見送られ、工事の原価総額は追加原価を織り込まないまま据え置かれる。 悪意はない。近くにいる人の事情がよく見えるだけである。

もう一つは、番人に徹する形である。 本社の基準どおりに突き返し、承認を出さず、会議では「それは認められません」とだけ言う。この人は取り込まれないが、半年経つと相談が来なくなる。 事業部は経理を通さずに数字を作り、経理はその数字を決算の直前に初めて見る。置いた意味が消えるだけでなく、置く前より情報が遅れる。 事業部が「経理に言うと止められる」と学習した分だけ、悪い数字が上がる速度が落ちるからである(着地見込みの下方修正が遅れる原因、悪い数字が経営に上がらない評価の構造)。

この二つは、人の性格の違いに見える。だが同じ人を別の会社に置くと、別の形に落ちる。 決めているのは性格ではなく、その人が何で評価されているかである。

「誰が評価表を書くか」だけでは、片がつかない

ここで多くの会社が出す答えが、評価者を本社のCFO側に残すである。実線を本社に置き、事業部長には点線を引く。これは必要だが、足りない。組織図の線をどう引いても、評価の中身が事業部の業績で埋まっていれば、その人は事業部の業績を上げる方向に動く。

たとえば、評価表の一次評価者はCFOだが、評価項目が「担当事業部の営業利益の予算達成率」「担当事業部の受注高」で占められているとする。この人は、本社に席があっても、事業部の数字を良く見せる動機を持つ。 見積りを厳しく置けば自分の評価が下がるからである。実線・点線の使い分けは、評価権や任免をどこに置くかの問題として語られることが多いが、それは器の話であって、中身の話ではない(海外子会社の経理は誰の部下か、現地社長と本社CFOのレポーティングライン)。

中身の話とは、評価の指標を、事業部の業績から、事業部長の意思決定への関与の中身に付け替えることである。 具体的には、投資や受注の決裁の前に採算の試算を出したか、その試算のうち後から実績と大きくずれたものについて原因を説明したか、悪い数字を本社にいつ返したか、事業部の見積りの材料を期日までに揃えたか。どれも、事業部の損益が良くても悪くても成立する指標である。

実施基準の評価項目の例が、従業員等の勤務評価は公平で適切なものとなっているかを挙げているのは、まさにこの点に効く。勤務評価が、本人の職責と別の方向を向いているなら、それは公平でも適切でもない。

評価者の所属と評価指標の二軸で置くと、同じ配置でも行き着く先が変わる
評価指標が意思決定への関与の中身 →
孤立した監視役
指標は関与の中身だが、評価者が事業部長。関与を評価するはずが、結局は事業部の都合に沿った関与が高く評価され、見積りの厳しさは評価されない
両立する配置
一次評価者は本社CFO、指標は関与の中身。事業部長は意見を述べるが点数は付けない。見積りを厳しく置いても評価は下がらない
事業部の数字係
評価者も指標も事業部側。半年で事業部の人になる。採算表は通したい案件が通る前提で作られる
相談されない番人
評価者は本社だが、指標が担当事業部の予算達成率。数字を守る動機と現場に嫌われない動機が衝突し、結局どちらも中途半端になる
評価者が本社CFO側 →
席を事業部に置くかどうかは本質ではない。評価者と評価指標の両方を本社側に揃えて初めて、常駐は成り立つ。

任せる仕事と、任せない仕事を線で引く

評価の設計ができたら、次は職務の範囲である。実施基準の評価項目の例は、従業員等に対する権限と責任の委任は、無制限ではなく、適切な範囲に限定されているか、と問う。 線の引き方そのものは既知で、材料を集める仕事は任せ、水準を決める仕事は任せない、でよい(引当金の見積りの責任分担、前提は事業部・水準は経理・承認は経営)。常駐の配置で新しく決まるのは、その線を業務ごとにどこへ引くかと、線の外に何を明示的に置くかである。

業務事業部に置く経理に任せる本社に残す理由
見積り(在庫評価損・引当・原価総額)現場の事実と根拠資料を集め、一次案を作る水準の決定と承認実施基準は会計上の見積り等を決定する際の客観的な実施過程の保持を求める。関与した人が水準も決めると過程が閉じる
投資・受注の採算決裁の前に試算を出す。前提を文書に残す採算の下限ルールの設定と例外の承認下限を現場で動かせると、ルールが案件ごとの交渉になる
予算・着地見込み事業部の数字を本社の様式に翻訳し、前提のずれを指摘する予算の配分と目標水準の決定目標を背負う人が見込みを作ると、見込みが目標に寄る
月次の締め事業部側の計上漏れ・期ズレを締め日までに洗う仕訳の承認と連結パッケージの確定起票と承認を同じ人が持つと職務の分掌が崩れる
内部統制の評価対象外(自分が関与した業務は評価しない)評価の実施部署が担当実施基準は、経営者を補助して評価を実施する部署・機関及びその要員に、評価の対象となる業務から独立し客観性を保つことを求める

最後の行を落とす会社が多い。実施基準は、経営者を補助して評価を実施する部署及び機関並びにその要員について、評価の対象となる業務から独立し、客観性を保つことが求められる、と明記している。 事業部に常駐して採算表に関与した人が、同じ事業部の業務プロセスに係る内部統制の評価を担当すると、独立性が立たない。「現場に詳しいから評価も任せよう」は、最も起きやすい設計ミスである。 なお実施基準は、日常の業務を遂行する者又は業務を執行する部署自身による自己点検は、それのみでは独立的評価とは認められないが、内部統制の整備及び運用状況の改善には有効であり、独立的評価を有効に機能させることにもつながる、ともしている。自己点検として使うのは構わない。評価そのものに充てないだけである。

置かないほうがよい会社がある

事業部に経理を置く判断は、常に正解ではない。置かないほうがよい会社の条件は三つある。

一つ目は、締めの実務が薄い経理部である。 経理部が3名で回っている会社から1名を事業部に出すと、残る2名で月次と連結と税務を持つことになる。相談役が1人増える代わりに、締めが1人抜けた体制になる。 この場合は、常駐ではなく、投資と受注の決裁の前だけ本社の経理が入る形のほうが確実である(経理と事業部門の役割分担は、依頼の受付経路と回答期限から整える)。

二つ目は、部門別の損益が信用されていない会社である。 共通費の配賦で毎月揉めている状態で経理を置くと、その人の仕事は配賦の交渉になる。置く前に、部門別損益の作り方を決着させる(部門別損益(事業部別P&L)の作り方、管理可能性で段階表示して共通費配賦の対立を防ぐ)。

三つ目は、予算が人事評価に直結している会社である。 予算未達が賞与に直結する事業部に経理を置くと、その人は毎月、未達を薄く見せる工夫に巻き込まれる。目標と予測を分けて持つ設計を先に入れないと、置いた人が最初の犠牲者になる(予算を人事評価に紐づけると予測が歪む、目標と予測を分けて持つ予算設計)。

逆に、置く価値が最も高いのは、見積りの重い事業を持ち、決裁の頻度が高く、締めの体制に余力のある会社である。 工事進行の原価総額、長期在庫、顧客ごとの与信。これらは、現場の事実を知らないと水準が置けない(コントローラー職を置くか、経理部長とFP&Aの間で宙に浮く数字の責任)。

設例

売上高780億円の産業機器メーカー(3月決算、3事業部、連結子会社6社)。経理部は18名、事業部の管理担当はそれぞれ2〜4名で、いずれも事業部長の直属だった。 問題は決算のたびに出ていた。産業機器事業部(売上320億円)で、前期末に滞留在庫の評価損4.2億円と、長期の据付工事4件の原価総額の見直しによる損失2.8億円が、期末の2週間前にまとめて出た。いずれも事実は期中に現場で分かっていたが、事業部の管理担当が「期末の着地を見てから」と本社に上げていなかった。 CFOは、常駐の経理を置く設計を作るにあたり、三つを先に決めた。第一に、置く2名の一次評価者を経理部長、二次評価者をCFOとし、事業部長は評価表のコメント欄に意見を書くが点数は付けないこととした。 第二に、評価項目5つのうち、担当事業部の損益や受注高に関する項目をゼロにし、代わりに「投資・受注の決裁の前に採算の試算を出した件数と、その前提の文書化」「試算と実績の乖離が大きかった案件の原因説明」「悪材料を本社へ上げるまでの日数」「見積りの根拠資料を締めの何営業日前に揃えたか」「事業部からの相談件数」の5項目を置いた。相談件数を入れたのは、番人に寄りすぎたときに数字が落ちるようにするためである。 第三に、2名の職務範囲を文書化し、見積りの水準の決定、採算の下限ルールの例外承認、仕訳の承認、そして自分が関与した事業部の内部統制の評価を、明示的に対象外とした。評価を対象外としたのは、実施基準が、経営者を補助して評価を実施する要員に、評価の対象となる業務からの独立と客観性を求めているためである。 運用を始めて1年後、期末2週間前に出る見積りの修正額は、前期の合計7.0億円から1.9億円に減った。減ったのは修正の額であって、損失そのものではない。 滞留在庫の評価損は、四半期ごとに分けて計上されるようになり、年間の合計はほぼ変わらなかった。変わったのは、経営会議がその数字を知る時期である。 一方で、2名のうち1名は着任から8か月で「事業部の会議に出るほど本社の締めから遠くなる」と申し出た。CFOは、締めの繁忙期の2週間は本社に戻す運用を追加し、その分の職務を職務記述書に書き足している。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、評価者と評価指標の両方を本社側に揃える。 一次評価者を本社のCFO側に残すだけでは足りない。評価項目が担当事業部の予算達成率や受注高で埋まっていれば、席が本社にあっても事業部の数字を良く見せる動機が残る。評価指標は、事業部の損益が良くても悪くても成立するもの、すなわち意思決定への関与の中身に置き換える。 決裁の前に採算の試算を出したか、試算と実績の乖離を説明したか、悪材料を何日で本社に返したか、見積りの根拠資料を締めの何営業日前に揃えたか。実施基準の全社的な内部統制に関する評価項目の例は、従業員等の勤務評価は公平で適切なものとなっているかを挙げており、職責と別方向を向いた評価はこの問いに答えられない。

第二に、任せる仕事を材料の収集に限り、水準の決定と承認は渡さない。 実施基準は、統制活動に権限及び職責の付与と職務の分掌が含まれるとし、評価項目の例では、従業員等への権限と責任の委任は無制限ではなく適切な範囲に限定されているか、経営者は会計上の見積り等を決定する際の客観的な実施過程を保持しているかを問う。滞留在庫の実態や追加原価の見込みを現場で拾うのが置く価値であり、評価損や原価総額の水準を決めるのは本社と決裁権限規程上の承認者である。 あわせて、自分が関与した事業部の内部統制の評価は担当させない。実施基準は、経営者を補助して評価を実施する部署及び機関並びにその要員に、評価の対象となる業務から独立し客観性を保つことを求めている(自己点検として使うことは、独立的評価とは別に有効とされている)。

第三に、置かない判断を先に用意する。 経理部の人員が薄く、1人減ると締めが立ち行かない会社、部門別損益の配賦で毎月揉めている会社、予算未達が賞与に直結している会社では、常駐を置くと最初に壊れるのは置かれた人である。これらの会社では、決裁の前だけ本社の経理が入る形にとどめ、配賦の決着と、目標と予測の分離を先に片付ける。 置く価値が最も高いのは、見積りの重い事業を持ち、決裁の頻度が高く、締めの体制に余力のある会社である。

まとめ

事業部に座った経理が味方になるか番人になるかは、性格より何で評価されているかで決まる。評価者を本社CFO側に残すだけでは足りない。評価項目から担当事業部の損益と受注高を外し、決裁前の試算や悪材料を本社へ返すまでの日数といった関与の中身に置き換える。見積りの水準の決定と、自分が関与した事業部の内部統制の評価は渡さない。

締めに余力がない、配賦で毎月揉めている、予算未達が賞与に直結している。どれかに当たるなら常駐は見送り、決裁の前だけ本社の経理が入る形にとどめる。

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