経理の中途採用で、入社半年後に「思っていたのと違った」となる相手は、たいてい経験者である。未経験者ではない。未経験者は自社のやり方をそのまま覚えるので、遅くはあっても摩擦は起きない。摩擦は、正解を持って入ってきた人との間で起きる。
しかも当人に落ち度はない。前職で身につけた型は、その会社では正しかった。上場会社の四半期レビューに耐える証憑の粒度、五営業日で締めるための工程、システムに載った自動仕訳。どれも間違っていない。間違っていないものが、制約の違う会社に持ち込まれた瞬間に摩擦になる。
経験者が持ち込むのは、知識ではなく型である
面接で確認できるのは知識と経験の範囲である。連結の実務経験、税効果、開示、原価計算。この確認は通常きちんと行われる(経理の面接で何を見るか)。
見えないのは型のほうだ。型とは、その人が「当たり前」として無意識に持っている手続の粒度である。仕訳を起こすときにどこまでの証憑を求めるか。月次で残高をどこまで詰めるか。差異がいくらから調査に値すると考えるか。誰の承認をもって確定とするか。
型は、前職の制約が作ったものである。会計監査を受けている会社なら、証憑の粒度は監査に耐える水準になる。決算を五営業日で締めていた会社なら、月次の締めに二週間かける発想がそもそもない。基幹システムで自動仕訳が組まれていた会社なら、手入力の起票を「非効率」ではなく「危険」と感じる。
**どれも前職では正しい。**問題は、正しさの根拠が本人の中で言語化されていないことにある。言語化されていないから、自社のやり方を見たときに「なぜ違うのか」ではなく「遅れている」という評価になる。
そして経験者ほど、この評価を早い段階で口にする。悪意ではない。役に立とうとしているからである。入社二週間で「この承認フローは統制上まずいと思います」と言う。指摘の中身は正しいことが多い。だが言われた側は、二週間しかいない人間に、十年続けてきた運用を否定されたと受け取る。この瞬間に、背景の説明が止まる。
背景の説明が止まると、経験者は判断材料を失う。判断材料がないまま処理を任されるので、前職の型で判断するしかなくなる。すると差異がさらに増える。三か月で循環が完成する。
摩擦は、だいたい五つの型で起きる
現場で起きる衝突は無数にあるように見えて、整理すると五つに収まる。事前にこの表を作っておくと、面談で何を先に説明すべきかが決まる。
| 摩擦の型 | 経験者の前提 | 自社の制約 | 先に説明すべきこと |
|---|---|---|---|
| 証憑の粒度 | 会計監査を受ける前提で、証憑と承認の記録を残す | 会計監査人を設置しておらず、税務調査に耐えることが要件 | 何を目的に証憑を残しているか。目的が違えば必要な粒度も違う |
| 締めの日数と順序 | 五営業日で締めるための工程が体に入っている | 人数が少なく、月中の他業務と並行している | 現在の締め日数がどの制約で決まっているか。人か、システムか、他部門か |
| 重要性の閾値 | 前職の月商規模に対応した調査開始ラインを持っている | 規模が違えば閾値も違う | 自社の閾値と、それを誰がいつ決めたか |
| 職務分掌 | 起票・承認・支払が別担当に分かれている | 人数の制約で一人が複数の役割を持つ | 分掌の代替として何を置いているか(事後確認、通帳の別管理など) |
| 会計基準の適用範囲 | 収益認識やリースの新基準を前提に考える | 適用対象や適用時期が自社とは異なる | どの基準が自社に適用され、いつからか |
五つ目は具体的に確認しておく価値がある。収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号)は2021年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から原則適用となったが、会計監査人を設置していない一定の中小企業については、従来認められてきた処理によることが引き続き認められている。リースについても、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」が2024年9月13日に公表され、2027年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用、2025年4月1日以後開始する期首からの早期適用が認められている。前職が早期適用していて自社はまだ、という状況は現に起きる。
内部統制の話も同じ構造で衝突する。財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準ならびに実施基準の改訂は2023年4月7日に公表され、2024年4月1日以後開始する事業年度から適用されている。これは金融商品取引法の内部統制報告制度の話であり、非上場の会社に直接適用されるものではない。上場会社出身者が「実施基準では」と話し始めたとき、その基準が自社に適用されるかどうかを最初に揃えておかないと、議論が噛み合わない。
**「その基準は当社には適用されません」と言うのは、否定ではなく前提の共有である。**この一言を最初の週に言えているかどうかで、その後の三か月が変わる。
立ち上がりの設計は、三つのうちどれかになる
多くの会社は設計していない。設計していないと、下の二つのどちらかになる。
三つ目が遅く見えるのは錯覚である。一つ目と二つ目は、半年後にやり直しが発生する。やり直しのほうが遅い。
最初の90日は、改善提案を求めない
経験者を採る会社の大半が、初日に「気づいたことがあれば何でも言ってください」と伝える。善意だが、これが最初の躓きになる。
言われた側は期待に応えようとする。二週間で気づくのは、目に見える非効率だけである。紙の押印、二重入力、Excelの手作業。指摘としては正しい。だが、それらが残っている理由は目に見えない。承認者が現場に出ていて電子承認を使えない。システムの改修予算が来期まで取れない。前任者の不正があって承認を厚くしている。**理由を知らずに出た提案は、正しくても採用されない。**採用されない提案が三回続くと、本人は提案をやめる。
やめた時点で、経験者を採った意味の半分が消える。残り半分は、既存メンバーとの関係が冷えることで消える。
だから最初の90日は、はっきりと「改善提案は求めない」と伝える。求めるのは一つだけである。**自社の決算を、自分の手で一巡させること。**月次を最低三回。可能なら四半期を一回。理想は年次を一回だが、そこまで待てない会社が多いので、四半期までで区切る。
一巡させると、なぜその処理なのかが分かる。分からない場合でも、少なくとも「分からない」という具体的な問いの形になる。この違いが大きい。**「非効率だ」は評価だが、「この配賦基準の根拠が分からない」は問いである。**問いには答えが返ってくる。
一巡の間に何を任せるかは、順序を設計する。前職との共通性が高い定型業務から渡す。債権の消込、固定資産の増減、経費精算の処理。会社ごとの差が小さく、すぐ戦力になる。会社固有の慣行が濃い領域は後半に回す。原価の配賦基準、関係会社間取引の処理、引当の見積り、社内独自の管理会計の定義。ここは背景を知らずに触ると事故る。
一般的なオンボーディングの組み立て方は未経験者向けの設計と共通する部分もあるが、順序の考え方は逆になる(経理未経験者の育て方)。未経験者には取引の流れから入れる。経験者には、共通する定型から入れて固有の慣行を後に置く。
違和感は記録だけさせる。ただし棚卸しの日付を先に決める
改善提案を求めないと決めた場合、経験者が気づいたことをどう扱うかが問題になる。捨ててはいけない。捨てると、経験者を採った理由がなくなる。
やり方は、記録だけさせることだ。様式は四列でいい。日付。どの場面で気づいたか。何に違和感を持ったか。前職ではどうだったか。判断も提案も書かせない。「変えるべき」「まずいと思う」は書かない。事実と差分だけを書く。
この様式にする理由は二つある。一つは、本人が判断を保留する練習になること。もう一つは、三か月後に読み返したときに、本人自身が「これは自社の制約で合理的だった」と気づく項目が必ず出ることである。実際に一定割合は自分で消える。
そして最も重要なのが、棚卸しの日付を入社日に決めることである。入社から三か月後の特定の日に、CFOまたは経理責任者と本人の二人で、記録を上から順に見る場を設定する。カレンダーに入れ、招待を送る。
この場で、記録された項目を三つに仕分ける。直す。直さない。今は直さない。**「今は直さない」には、理由と、いつ再検討するかを書く。**予算がつく時期、システム更改のタイミング、人員が増える時期。この一行があるかどうかで、意味がまったく変わる。
日付を先に決めておかないと、この場は開かれない。決算があり、監査があり、予算編成があり、三か月目は必ず何かで埋まっている。**「落ち着いたら聞くよ」は、聞かないという意味である。**本人もそれを知っている。記録だけさせる運用は、棚卸しの日付とセットで初めて成立する。日付のない「記録だけさせる」は、体のいい握りつぶしにすぎない。
受入側にも設計が要る
立ち上がりの設計は本人だけの話ではない。受入側を設計していない会社では、同じ失敗が人を替えて繰り返される。
**メンターは、同格の担当者を充ててはいけない。**充てるべきは「なぜこの処理なのか」の由来を答えられる人である。手順を教えられる人と、由来を答えられる人は違う。手順だけを教わった経験者は、手順の意味を自分で推測し、前職の型で埋める。
由来を答えられる人が社内にいない領域が見つかったら、それは本人の問題ではなく自社の弱点である。誰も理由を説明できない処理が残っているということだからだ。その場合は「理由が分からないまま続いている処理」として記録し、棚卸しの対象に入れる。経験者の入社は、この種の棚卸しをする数少ない機会になる(経理業務の手順書をどう作るか)。
既存メンバーへの説明も、入社前に済ませる。ここで言ってはいけないのが「経験者が来るので楽になる」である。実際には最初の三か月は工数が増える。増えると先に言っておかないと、楽にならないことへの不満が新しく来た人に向かう。「三か月は今より忙しくなる。四か月目から楽になる」と数字で言う。
そして、経験者の指摘が正しい場面が必ず来る。そのときに既存メンバーが防御に回らないよう、指摘の受け皿を人でなく仕組みに置く。違和感の記録と三か月目の棚卸しは、この受け皿としても機能する。個人対個人の議論にしないための構造である。
失速のサインは、三か月目に出る
半年で気づいたときには、たいてい手遅れになっている。見るべきは三か月目である。サインは三つある。
第一に、会議での発言が減る。最初の一か月は質問が多かった人が、三か月目に黙り始めたら、提案をやめた合図である。第二に、質問の性質が変わる。「なぜこの処理なのか」から「これで進めてよいですか」に変わったら、判断を放棄している。第三に、前職の話が出なくなる。前職の話が多いのは摩擦の兆候だが、完全に出なくなるのは諦めの兆候で、こちらのほうが深い。
サインを見たら、待たない。三か月目の棚卸しを前倒しする。話す内容は決まっている。記録された違和感を一つずつ扱うだけである。
逆に、扱いを間違えてはいけない線引きもある。**前職の型を持ち込むことと、統制上の問題を指摘することは別である。**支払の承認が実質的に一人で完結している。売掛金の消込と入金確認が同一担当になっている。こうした指摘は、前職の型の話ではなく、規模にかかわらず放置してはいけない論点である。人数の制約で分掌が組めない場合でも、代替の手当てを置いているかどうかが問われる(少人数経理の職務分掌)。
記録だけさせる運用は、この種の指摘まで先送りするためのものではない。違和感の記録を受け取った時点で、統制に関わるものだけは即日で扱う。仕分けの前に一度だけ、この観点で通し読みをする。
立ち上がりは、求めるものより求めないものを決める
経理の即戦力採用が失速するのは、採る人を間違えたからではないことのほうが多い。入社直後の90日に何を求め、何を求めないかを設計していないからである。
決めることは四つに絞れる。第一に、90日は改善提案を求めない。求めるのは自社の決算を一巡させることだけ。第二に、違和感は判断抜きで記録させる。日付、場面、違和感、前職との差分の四列。第三に、棚卸しの日付を入社日にカレンダーへ入れる。三か月目。仕分けは、直す・直さない・今は直さないの三つで、三つ目には理由と再検討の時期を書く。第四に、メンターは由来を答えられる人を充てる。いない領域は自社の弱点として記録する。
そして最初の週に、五つの前提を揃える。証憑の粒度が何のためにあるか。締めの日数がどの制約で決まっているか。重要性の閾値をいつ誰が決めたか。職務分掌の代替として何を置いているか。どの会計基準が自社に適用され、いつからか。
経験者は、正解を持って入ってくる。持ってきた正解を否定する必要はない。前提が違うことを、最初に、具体的に伝えるだけでいい。



