情報システム部門が主導した机上訓練の報告書を読む。復旧目標時間、代替サイト、対策本部の招集経路、外部専門家の連絡先。よく書けている。書かれていないのは、止まっている二週間のあいだに経理が何をするかである。 決算を締めるのか、締めないのか。締めないなら何を止めて、いつまでなら止められるのか。訓練のシナリオは「復旧した」で終わっており、その先の話が誰の宿題にもなっていない。
止まったときに一番困るのは、判断の材料がないことではない。判断する人が決まっていないことである。 決算を落とす判断は経理部長にはできない。支払を止める判断も同じ。だが対策本部の議題は復旧に集中しているので、そこにこの論点が上がってくるまでに数日かかる。数日は、締めの日程では致命的である。
延ばせる期限と、絶対に延ばせない期限
最初にやることは復旧の見積りではない。期限の仕分けである。 経理が抱えている外部期限は、性質が三つに分かれる。
延長の制度がある期限。有価証券報告書と半期報告書は、金融商品取引法第24条第1項本文の承認、すなわち開示府令第15条の2および第15条の2の2に定める承認申請で延ばせる。法人税の確定申告書は、法人税法第75条により、災害その他やむを得ない理由で決算が確定しないために提出期限までに提出できない場合、申請により延長できる。ただしこの延長には利子税が付く。 一方、国税通則法第11条による災害等を理由とする期限の延長には利子税がかからない。同じ「延ばす」でも、どちらの制度に乗るかで金額が変わる。消費税は別勘定になっていて、消費税法第45条の2の申告期限延長の特例は、法人税の申告期限の延長の特例の適用を受けている法人が「消費税申告期限延長届出書」を提出している場合に1か月だけ延ばせるものであり、令和3年3月31日以後に終了する事業年度から適用されている。平時に届出を出していない会社は、この1か月を使えない。
延長の制度がない期限。源泉所得税は、所得税法第183条第1項により、給与等の支払の際に徴収してその徴収の日の属する月の翌月10日までに納付する。社会保険料の納付期限は翌月末日である。賃金は、労働基準法第24条第2項により、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。システムが止まったことは、賃金の支払期日を動かす理由にならない。 取引先への支払も同じで、支払サイトは契約で決まっている。
期限そのものが動かないのに、判定の材料がシステムの中にある期限。適時開示がこれにあたる。東証の有価証券上場規程が求める開示は、決定または発生後速やかに行われる(適時開示の判断|「決まった」といつ言うかを事前ルールにする)。基幹システムの停止という事象自体の重要性判定にも、被害額の算定にも、止まっているシステムの中の数字が要る。
右上の象限に落ちる業務は多くない。給与の振込、源泉所得税と社会保険料の納付、取引先への支払、そして受取債権の入金消込のうち期日管理に関わる部分。この四つだけを、システムなしで一回転させる手順書を持っているかどうかで、停止の一週目の景色が変わる。
現実的な代替経路は決まっている。給与は前月と同額を仮払いし、復旧後に精算する。労働基準法が求めているのは一定の期日に賃金を支払うことであって、金額の完全性はその後に是正できる。源泉所得税と社会保険料は、直近月の納付額を基礎に概算で納付し、後で修正する。支払は、購買データが取れないので、前月の支払実績と契約から一覧を再構成する。いずれも「前月の実績」が起点になる。だから前月の支払一覧と給与一覧を、基幹システムの外に月次で退避させておく運用が、そのままBCPの中核になる。 バックアップの対象を「システムのデータ」で考えると、この視点が落ちる(SAP移行で旧システムの過去データをどうするか|移行年数と旧環境の維持費)。
再延長は「別の原因」でしか通らない
延長承認を制度として当てにするなら、ガイドラインの続きを読む必要がある。24-13の⑷は再延長についてこう書く。既に延長承認を受けている発行者から同一の有価証券報告書等について行われる再度の延長承認の申請は、「当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり、かつ、おおむね⑴①から⑤までのいずれかに該当するとき」 に、やむを得ない理由に該当することに留意する、と。
同じ障害を理由に二度は延ばせない。 これが実務上いちばん効く。ランサムウェアの被害で一か月延ばし、復旧が想定より遅れたのでもう一か月、という運用は制度が想定していない。二度目に必要なのは、最初の申請とは別の原因である。
だから最初の申請で置く新たな期限の設定が、事実上の一発勝負になる。ガイドラインの⑶は、新たに承認する提出期限について、金融商品取引所または認可金融商品取引業協会および発行者の監査法人等とも連携し、延長承認を必要とする理由の発生時期、復旧可能性、発行者の事業規模、事案の複雑性などを考慮した上で、公益又は投資者保護のため必要かつ適当な期限を定めるとする。復旧可能性が明示的な考慮要素になっている以上、申請の時点で復旧の見通しを説明できなければならない。情報システム部門の復旧見込みが、そのまま開示の期限になる。 対策本部で「一週間で戻る見込みです」と言われた数字を、経理がそのまま申請書に書くと、後で誰も逃げられない。ここは平時に握っておく。復旧見込みは幅で出す、幅の下限ではなく上限を使う、という取り決めを、訓練の場で確認する。
「理由を証する書面」は、先に開示していないと作れない
もう一つ、順序を間違えると詰むところがある。
ガイドライン24-13の⑵は、開示府令第15条の2第2項第2号および第15条の2の2第3項第5号ならびに第17条の4第3項第5号に規定する「理由を証する書面」について、「例えば報道、適時開示等、延長承認を必要とする理由が発生したことが客観的に明らかとなるもので、提出期限の延長の必要性を判断するために必要な事項を明瞭に記載した書面であることを要する」 としている。
つまり、適時開示を先に打っていることが、延長申請の材料になる。 障害の事実を社外に出さないまま、期限の直前に延長申請を出すという段取りは成立しにくい。順序は、事象の把握、適時開示、そして延長承認の申請である。
加えて、財務局の側からも動く。24-13の⑸は、財務局が金融商品取引所等の規則に基づく開示等により虚偽記載などの情報を確認したときは、当該情報を開示した発行者に対して速やかに延長承認の申請の意向を確認することとし、延長承認の可否は法定の提出期限までに判断する必要があるため、可能な限り早期に申請の準備を行い、時間的余裕をもって申請するよう慫慂するとしている。期限の当日に判断が下りる制度ではない。
会社法側の時計は、金商法とは別に動いている
有価証券報告書を延ばせたとしても、定時株主総会は別の制約下にある。会社法第296条第1項は、定時株主総会を毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないと定めるだけで、三か月という数字を置いていない。三か月を作っているのは会社法第124条第2項で、基準日株主が行使できる権利は、当該基準日から三箇月以内に行使するものに限られる。
したがって、決算日を基準日として定款に置いている会社が総会を三か月より後にずらすには、基準日を定め直して公告する手続が要る。基準日の変更は会社法第124条第3項により、当該基準日の二週間前までに公告しなければならない。この二週間を、障害の発生から逆算できるかどうかが分かれ目になる。 三月決算の会社が五月の連休明けに止まると、基準日変更の公告期限は既に過ぎている可能性がある。
計算書類の側も止まる。会社法第435条第2項は各事業年度に係る計算書類等の作成を求め、第436条は監査を、第438条第1項は定時株主総会への提出を求める。そして基幹システムが止まっている状態は、会計帳簿の作成が止まっている状態でもある。 第432条第1項が求める適時の会計帳簿の作成という要請に対して、停止期間中の取引をどう記録するかを決めておく必要がある。実務的な答えは単純で、停止期間中に発生した取引の証憑を紙で束ね、復旧後に日付順で入力する。そのための証憑受領の窓口と保管場所を、初日に決める(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。
手作業で回した二週間は、内部統制報告書に残る
見落とされやすいのがここである。停止期間中に代替経路で業務を回すということは、設計された統制が動いていない期間を自分で作るということでもある。
承認の電子ワークフローが止まれば、支払は誰かの口頭了解で実行される。三点照合が止まれば、請求書の妥当性は担当者の記憶で判断される。職務分掌はシステムの権限で担保されているので、手作業に落ちた瞬間に一人が全部を触れる状態になる。そして内部統制報告書は、期末日時点の有効性を評価するものだが、運用状況の評価は期中の一定期間を対象にする。 停止期間が評価対象期間に入っていれば、その期間の統制が運用されていなかったという事実は残る。
企業会計審議会が2023年4月7日に改訂し、2024年4月1日以後開始する事業年度から適用されている「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」は、電子記録について変更の痕跡が残り難い場合には内部統制の無効化が生じてもその発見が遅れることがある点への留意を求めている。手作業で回した期間は、まさに痕跡が残りにくい期間である。
不備としないための道具は代替統制だが、これは事後に作れない。「このシステム統制が止まったら、代わりにこの手続を、この証跡付きで実施する」という対応関係を、平時の統制文書に一列足しておく。 支払の実行なら二名連署の紙の起票、受入なら現物確認の記録、伝票入力なら復旧後の全件突合。列が一つ増えるだけだが、この列があるかどうかで、監査法人との会話が「不備の有無」から「代替統制の運用状況」に変わる(J-SOX財務報告内部統制:3点セットを形骸化させない更新運用の実務)。
監査側の事情も先に読んでおく。監査人は会計帳簿とシステムのログにアクセスできない期間、実証手続の一部を実施できない。停止が期末をまたぐと、実地棚卸の記録や受払データの検証が後ろ倒しになる。監査報告書を受領できないという状態は、会社の締めが遅れることだけでなく、監査手続が進まないことからも生じる。 延長申請の期限を置くときは、復旧後に監査人が要する日数を、会社の入力日数とは別に積む(監査法人の指摘が期末に集中する会社の共通点|論点を前倒しする四半期の使い方)。
決めるのは三つ
第一に、外部期限を「延ばせる/延ばせない」で仕分けた一枚を、平時に作る。 有価証券報告書と半期報告書は金融商品取引法第24条第1項本文の承認申請で、法人税は法人税法第75条で(利子税が付く)、消費税は同法第45条の2の届出を出している場合に1か月だけ延ばせる。国税通則法第11条による災害等の延長には利子税がかからない。一方、源泉所得税の翌月10日(所得税法第183条第1項)、社会保険料の翌月末日、賃金の一定期日払い(労働基準法第24条第2項)は動かない。動かない側の業務だけを、システムなしで一回転させる手順書を持つ。 起点は前月実績なので、給与一覧と支払一覧を基幹システムの外へ月次で退避させる運用が要る。
第二に、復旧見込みを、上限で申請書に書く取り決めを事前に作る。 企業内容等開示ガイドライン24-13の⑷は、再延長を「原因となった事実が既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるもの」である場合に絞る。同じ障害では二度延ばせない。⑶が新たな期限の設定にあたり復旧可能性を考慮要素に挙げている以上、申請時点の見通しが期限の根拠になる。幅で出た見込みの下限を採る運用は、二度目の申請という逃げ道がないことを見落としている。
第三に、適時開示を先に出す順序を工程に固定する。 ガイドライン24-13の⑵は「理由を証する書面」として報道や適時開示等を例示しており、外部に事実が出ていることが申請の前提になる。⑸により財務局から申請意向の確認が入る場合もあり、延長承認の可否は法定の提出期限までに判断される。期限の直前に持ち込む段取りでは間に合わない。
そのうえで、会社法側の時計を別に数える。定時株主総会に三か月の法定期限はないが(会社法第296条第1項)、基準日株主の権利行使は基準日から三箇月以内に限られる(同法第124条第2項)。基準日を動かすには二週間前までの公告が要る(同条第3項)。この二週間が、障害発生日から見て既に過ぎていないかを、初日に確認する。



