5月の取締役会で、二つの議案が決議された。上限30億円の自己株式の取得と、取締役への譲渡制限付株式の付与である。 議事録の写しが経理課長に届いたのは、6月の最終週だった。第1四半期の締めは翌週に始まる。証券会社からは、すでに買付の報告書が毎日届いている。譲渡制限付株式は6月中旬に割り当てが済んでいた。 課長は、3年前に同じ処理をしたときの仕訳を探したが、担当者は異動しており、残っていたのは伝票の番号だけだった。評価に使う株価は、いつの時点のものか。費用は何年で配分するのか。税務では、いつ損金になるのか。締めの直前に、一から調べることになった。
基準は難しくない、経理が知るのが遅い
資本取引の会計基準は、条文の数も多くなく、読めば処理はわかる。現場で困るのは、処理の中身よりも、処理を決める時期である。
資本取引は、数年に一度しか起きない会社が多い。売上や経費のように毎月流れてくる取引と違い、業務の手順書にも、会計システムの定型の仕訳にも入っていない。 前回の担当者はいない。議案を起案するのは法務や総務、経営企画で、経理は決議の後に結果を知らされる。
遅れて知ると、失うものがある。 一つは、評価の時点である。ストック・オプションや譲渡制限付株式の費用は、付与日の株価や公正な評価額で決まる。付与日を過ぎてから評価を始めても金額は出せるが、評価の機関への依頼、前提の確認、監査法人との協議が、すべて決算の作業と重なる。もう一つは、税務の手続である。役員への株式報酬を損金に算入するには、決議や交付の時期に条件がある。条件を外した後では、取り返しがつかない。
だから、会計を確定する時点を、決算から決議に動かす。 決議の時点で確定するのは、五つである。認識する日、使う科目、金額の測り方、税務の扱い、開示する書類。この五つを、取引の種類ごとに一覧にしておく。
自己株式は、株数と源泉と分配可能額を取得のたびに締める
自己株式の仕訳は単純である。手間がかかるのは、仕訳の周りにある三つの確認である。
一つ目は、認識する日と株数である。 対価が金銭の取得は、対価を支払うべき日に認識する(自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針)。市場での買付が期末をまたぐと、約定は済んでいるが受渡しが翌期になる株式が出る。帳簿の株数は、証券会社の報告書と、月ごとに突き合わせる。上場会社は、取得の決議をした月から、自己株券買付状況報告書を毎月、翌月15日までに出す(金融商品取引法第24条の6)。この報告書、株主資本等変動計算書の注記、1株当たり利益の計算に使う期中平均株式数は、同じ株数の台帳から出す。 別々に集計すると、開示の間で株数がずれる(決算開示の数字が資料間でずれる原因、短信・有報・計算書類の突合を仕組みにする)。
二つ目は、税務である。 特定の株主から相対で自己株式を買うと、対価のうち資本金等の額に対応する部分を超える額は、株主にとって配当とみなされる(法人税法第24条)。会社は、その額について源泉徴収をし、納付する。市場での買付には、このみなし配当の扱いはない。相対の取得を決議するなら、みなし配当の額の計算と源泉徴収の準備を、取得の日までに終える。 税務上の資本金等の額と利益積立金額は、取得によって減り、会計の資本金とは違う動きをする。法人税の申告書の別表五(一)で、会計との差を管理する。
三つ目は、分配可能額である。 自己株式の取得は、分配可能額の範囲でしかできない。保有する自己株式の帳簿価額は、分配可能額から差し引かれる。取得を進めるほど、配当に回せる額も減る。決議の前に、取得の上限の額と、同じ期に予定する配当の額を並べて、分配可能額に収まるかを確かめる(配当の上限は利益剰余金ではない、分配可能額の検算と減額要因の確認)。
消却にも、確かめることがある。消却はその他資本剰余金から減額するので、残高が足りなければ、期末に繰越利益剰余金が減る。 損益には影響しないが、利益剰余金の残高を見ている財務制限条項や、配当の方針の説明には影響する。
株式報酬は、付与日に評価を済ませ、会計と税務のずれを表にする
株式報酬は、図の右上にある。見積りが要り、処理が何期も続く。
費用の総額は、付与日に決まる。 ストック・オプションは、付与日の公正な評価額に、権利が確定すると見込む数を掛ける。上場していない会社は、公正な評価額に代えて、付与日の株式の評価額と行使価格の差である本源的価値で見積もってよい。行使価格を株式の評価額以上にしておけば、費用はゼロになる。上場の準備をしている会社で、この株式の評価額の根拠が後から問われることは多い(IPO準備で経理が最初につまずくのは人手不足ではなく、決算の型と過去処理)。
取締役への株式の無償交付では、付与日の株価が単価になる。 事前交付型で新株を発行する場合、割当日には仕訳がなく、対象勤務期間にわたって費用を計上し、同じ額を資本金か資本準備金に積む。自己株式を処分して交付する場合は、割当日に自己株式の帳簿価額をその他資本剰余金から減額し、費用の計上に合わせてその他資本剰余金を積む。条件を満たさずに会社が株式を無償で取り戻したときの処理も、付与の時点で決めておく。
会計の費用と税務の損金は、時期がずれる。譲渡制限付株式は、譲渡制限が解除され、役員や従業員に給与としての課税が生じることが確定した日の事業年度に、損金になる(法人税法第54条)。 会計は勤務の期間に費用を配分するので、解除までの間、損金にならない費用が積み上がる。税制適格のストック・オプションは、行使しても会社の損金にならない。税制非適格なら、行使で給与としての課税が生じた事業年度に損金になる(同第54条の2)。付与の時点で、会計の費用の年度別の表と、損金になる年度を並べた表を作り、税効果の計算に渡す(税効果会計の一時差異を期中に拾う工程、スケジューリング表を決算後に作らない)。
役員の分は、損金に算入するための条件がさらに加わる(株式報酬・業績連動報酬の指標選び、損金算入と経営行動への影響)。税制適格の要件も、設計の段階で確かめる。年間の権利行使価額の上限は、2024年度の税制改正で、設立からの年数などに応じて1,200万円、2,400万円、3,600万円の三つの区分になった。
開示は、決議の日から始まる。上場会社なら適時開示があり、募集の形によって有価証券届出書か臨時報告書を出す。決算では、ストック・オプション等の注記、株主資本等変動計算書、潜在株式調整後の1株当たり利益、役員の報酬等の記載に数字が出る。注記に要る付与数、失効数、行使数、単価は、付与の日から台帳で持つ(注記情報の収集設計、開示に必要なデータを期中の入口で取る仕組み)。
議案の起案の段階で、経理が入る
対応表を作っても、経理が決議の後に知らされるのでは使えない。変えるのは、情報が来る時点である。
取締役会の議案のうち、株式と新株予約権に関わるものは、起案の段階で経理に回す決まりにする。 回す先に経理を足すだけで、新しい会議は要らない。経理は、議案の案を見て、対応表の五つの欄を埋める。埋まらない欄があれば、決議の前に法務に確認する。割当日はいつか。譲渡制限の期間は何年か。退任のときの扱いはどうか。この答えで、費用の配分の期間と、損金になる時期が決まる。
評価の機関への依頼も、決議の前に済ませる。 付与日の評価額は、付与日の株価や金利を使うので、計算は付与日の後になる。だが、契約と前提の確認は先にできる。監査法人にも、決議の前に処理の方針を伝える。期末に初めて説明すると、評価の方法の協議から始まる。
処理が終わったら、対応表と仕訳、評価の資料、監査法人との協議の記録を、一つの場所に残す。次に同じ取引が起きるのは3年後かもしれず、そのとき担当者は替わっている。
電子部品の商社(3月決算、プライム市場に上場)。自己株式の取得と取締役への譲渡制限付株式の付与を同じ取締役会で決議したが、経理が議事録を受け取ったのは決議の6週間後だった。 第1四半期の決算では、評価に使う株価の確認、費用の配分の期間の決定、損金になる時期の整理を、締めの3日間で行った。自己株式の株数は、買付状況報告書と帳簿で数え方が合っておらず、開示の直前に修正した。経理部長は、決算の後、法務部長と取り決めを結んだ。株式と新株予約権に関わる議案は、取締役会の2週間前までに、案の段階で経理に回す。 経理は、取引の種類ごとに、認識する日、科目、金額の測り方、税務、開示の五つの欄を持つ対応表を作り、過去の処理の資料を添えた。株数は、証券会社の報告書から起こす台帳を一つにし、月ごとの報告書も期中平均株式数もそこから出すことにした。翌年、従業員向けのストック・オプションの議案が回ってきたとき、経理は決議の前に評価の機関と契約し、監査法人に処理の方針を伝えた。 付与日の翌週には評価額が届き、年度別の費用と損金の時期の表を税効果の担当に渡した。期末の注記は、台帳の数字を転記するだけで済んだ。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、会計を確定する時点を、決算から決議に動かす。 取引の種類ごとに、認識する日、科目、金額の測り方、税務、開示の五つを対応表にし、決議の時点で埋める。
第二に、株数と評価額は、取引の日から台帳で持つ。 自己株式の株数は一つの台帳から、買付状況報告書、注記、期中平均株式数に出す。株式報酬は、付与日に評価を済ませ、会計の費用と税務の損金の年度別の表を税効果に渡す。
第三に、議案の起案の段階で、経理が入る。 株式と新株予約権に関わる議案は、案の段階で経理に回す決まりにする。評価の機関と監査法人への連絡は、決議の前に済ませる。



