中期経営計画の目標指標を決める経営会議。物流事業の本部長は、EBITDAにすべきだと言う。 この3年で倉庫を4棟建てる計画で、稼働の立ち上がりの2年間は減価償却費が営業利益を押し下げる。IT事業の本部長も、EBITDAに賛成する。 買収で事業を広げてきたので、のれんの償却が毎年15億円ある。償却は現金の出ない費用で、事業の実力を映さないという。二人が同じ答えを出しているのに、CFOは首を縦に振らない。 倉庫の償却は、倉庫という設備を使う費用そのものである。のれんの償却は、日本基準が決めた期間で買収の対価を費用にしているだけである。同じ「償却を除く」という提案が、二つの事業ではまったく逆の意味を持っている。
EBITDAを目標に置くと、設備の費用が目標の外に出る
EBITDAを全社の目標に置くと、目標の計算から減価償却費が消える。設備で稼ぐ事業にとって、減価償却費は設備という生産能力を使った費用であり、消えてよい費用ではない。
目標から償却が消えると、三つの判断が歪む。一つ目は、設備投資の審査である。 新しい倉庫や生産ラインは、稼働した年からEBITDAを押し上げる。償却はEBITDAに出ないので、稼働率の見通しが甘くても、目標の上では投資した分だけ数字が良くなる。投資の判断は、NPVやIRRで行うはずだが、目標の指標が違う方向を向いていれば、事業部は目標に効く投資を先に上げてくる(投資判断でNPV・IRR・回収期間をどう使い分けるか、3指標の落とし穴と優先順位)。
二つ目は、費用と資産の境目である。 外部に委託していた作業を、設備を買って内製に切り替えれば、委託費は減り、設備の償却は目標の外に出る。ソフトウェアの開発費を資産に載せるか費用にするかの判断も、EBITDAを目標にしている会社では、資産に載せる方向に寄る。経済的には同じ支出が、会計上の置き場所だけで目標の達成度を変える。
三つ目は、借りるか買うかである。 新しいリース会計基準の適用後は、賃借した倉庫の費用も減価償却費と利息になり、EBITDAの外に出る。EBITDAを目標にしていると、拠点を借りて増やすことに目標の上の痛みがなくなる。 リースの負債は、有利子負債と同じように返済の義務を負う(新リース会計基準の影響、借手が契約の洗い出しより先に見る財務指標)。
営業利益を目標に置くと、日本基準の会社は買収のたびに営業利益が押し下げられる
逆に、買収で伸びる事業に営業利益の目標を置くと、別の歪みが出る。日本基準の会社では、のれんの償却と、買収の対価の配分で認識した顧客関連資産や技術などの無形資産の償却が、買収した年から営業利益を押し下げる。
たとえば、営業利益8億円の会社を、のれん60億円、顧客関連資産10億円で買ったとする。のれんを10年、顧客関連資産を10年で償却すれば、毎年7億円の償却が加わり、買収した会社の利益は連結の営業利益にほとんど残らない。 買収の効果が出るまでの数年間、事業部の目標の達成度は、買収しなかった場合より悪く見える。事業部は、目標の期間中の買収を避けるようになる。 成長の手段として買収を選んだ会社が、目標の指標で買収を止めていることになる。
償却の期間の決め方も、目標を動かす。のれんの償却期間は20年以内で会社が決めるので、短く決めれば営業利益は毎年重く、長く決めれば軽くなる。 目標を営業利益に置いたまま償却期間を決めると、償却期間の選択に目標達成の都合が入り込む。
だからといって、買収に伴う償却を目標から外せば済むわけではない。 のれんは、買収の対価のうち識別できる純資産を超えた部分であり、株主から預かった資本を使った事実は消えない。償却を外した利益だけを見れば、高く買った買収ほど目標の上では得をする(M&Aの上限価格を交渉前に文書化する、降りる判断の規律と手続き)。
主指標を事業の型で選び、もう一方を歯止めに置く
二つの歪みは、指標を一つに決めようとするから起きる。どちらの指標にも、目標から外れた費用が引き起こす偏りがある。 解き方は、事業の資本集約度と成長の手段で主指標を選び、もう一方の偏りを止める指標を歯止めとして並べることである。
設備で稼ぎ、自前の投資で伸びる事業は、営業利益を主指標にする。 減価償却費は設備の費用なので、目標の中に残す。EBITDAは、返済の余力を見る副指標として、ネット有利子負債との比率で使う(有利子負債はどこまで増やしてよいか、ネット有利子負債/EBITDAによる上限の置き方)。償却が終わった古い設備を使う工場ほど営業利益が良く見えるので、設備の更新の判断は別の物差しで行う(償却済み設備を使う工場の原価が安く見える問題、簿価ゼロが設備更新の判断を歪める)。
設備が軽く、買収で伸びる事業は、買収に伴う償却だけを除いた営業利益を主指標にする。 除くのは、のれんと、買収の対価の配分で認識した無形資産の償却に限る。自前の設備やソフトウェアの償却は、事業の費用として残す。歯止めには、のれんを含む投下資本に対する利益率を置く。 分母にのれんの取得時の額を入れておけば、高く買った買収は利益率の低さとして表に出る(のれんの減損は兆候で管理する、M&A後にCFOが四半期ごとに見る指標)。
設備も重く、買収でも伸びる事業は、買収に伴う償却だけを除き、設備の償却を残した営業利益を主指標にする。 EBITDAに逃げると、設備の費用まで一緒に消える。設備が軽く、自前で伸びる事業は、二つの指標の差が小さいので、営業利益一本で足りる。 指標を増やす理由がない。
全社の目標は、事業ごとの主指標を足し上げた形で置く。設備の事業と買収の事業を持つ会社は、全社の目標を「買収に伴う償却を除いた営業利益」にすれば、設備の償却は残し、買収の償却だけを外せる。 この指標の定義は社内規程に書き、何を除くかを事業部が選べないようにする(調整後利益の「一過性」は誰が判定すべきか、除外項目を社内規程で定める理由)。役員の報酬の指標も、同じ定義から取る(株式報酬・業績連動報酬の指標選び、損金算入と経営行動への影響)。
IFRSの会社では、問いの形が変わる
ここまでの議論の半分は、日本基準がのれんを償却することから来ている。IFRSを適用する会社では、のれんの償却がないので、営業利益を目標に置いても、買収そのものが目標を押し下げることはない。 残るのは、買収の対価の配分で認識した無形資産の償却と、減損である。
無形資産の償却は、IFRSでも営業利益を押し下げる。 顧客関連資産や技術の償却を目標から除くかは、日本基準の会社と同じ考え方で決め、除くなら定義を規程に書く。重いのは減損のほうである。 IFRSでは減損が営業利益に入るので、買収の数年後に大きな減損が出た期は、目標が一度に崩れる。そこで減損を目標の計算から自動的に除くと、高く買った買収の失敗が目標の外に消える。 減損を除くかどうかは、一過性の判定の規律に載せ、のれんを含む投下資本の利益率は減損の前の額で見続ける(調整後利益の「一過性」は誰が判定すべきか、除外項目を社内規程で定める理由)。
IFRSの任意適用を検討している日本基準の会社は、目標の指標を先に決めてから適用の是非を議論しないことである。 のれんの償却がなくなれば営業利益は上がるが、減損の振れを営業利益で受けることになる。指標の設計が会計基準の選択に引きずられると、どちらの基準を選んでも、目標は事業の実力から離れる。
売上高1,100億円の物流・ITサービス会社(日本基準、3月決算)。倉庫と輸配送を持つ物流事業が売上高700億円、この5年で3社を買収して広げたITサービス事業が400億円である。 直近の期の連結営業利益は60億円で、減価償却費は物流事業が38億円、ITサービス事業が7億円、ほかにITサービス事業で、のれんの償却が15億円、買収で認識した顧客関連資産の償却が5億円あった。EBITDAは125億円になる。 中期経営計画の目標指標を巡って、経営会議ではEBITDAを推す声が強かった。物流事業は3年で倉庫を4棟、約160億円を投じて建てる計画で、立ち上がりの償却が営業利益を押し下げる。ITサービス事業は次の買収を探しており、償却の負担を嫌った。CFOは、二つの事業の数字を分けて示した。 物流事業の営業利益は38億円、EBITDAは76億円。倉庫の新設案件を過去の実績で見直すと、稼働2年目の稼働率が計画を下回った倉庫が5棟のうち3棟あり、EBITDAでは3棟とも計画を達成していた。 ITサービス事業は、営業利益22億円に対し、買収に伴う償却を除くと42億円で、実力の半分近くが償却で見えなくなっていた。会社は、全社の目標を「買収に伴う償却を除いた営業利益」に置いた。 直近の期で80億円になり、3年後の目標は110億円である。除く償却は、のれんと、買収で認識した無形資産に限ると規程に書いた。 物流事業は営業利益を主指標にし、倉庫の新設は稼働率と投資の回収年数を個別に追う。ITサービス事業には、のれんを取得時の額で投下資本に含めた利益率を歯止めとして置き、次の買収の稟議には、買収後3年目にこの利益率が資本コストを上回る見通しを求めることにした。 EBITDAは、ネット有利子負債との比率で財務の方針にだけ使っている。計画の初年度、ITサービス事業は候補の2社のうち1社の買収を見送った。 買収価格が、のれんを含む利益率の条件を満たさなかったからである。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
目標指標を決める前に押さえる三つのこと
第一に、EBITDAと営業利益の差が、自社の事業で何の費用なのかを分けて見る。 設備で稼ぐ事業の減価償却費は設備を使う費用であり、EBITDAを目標に置くと、稼働の見通しの甘い投資、費用を資産に載せる判断、拠点を借りて増やす判断が通りやすくなる。2027年4月1日以後開始する事業年度から適用される企業会計基準第34号で、借手のリースの費用も減価償却費と利息に移り、EBITDAの外に出る。
第二に、買収で伸びる事業では、買収に伴う償却だけを除き、のれんを含む投下資本の利益率を歯止めに置く。 企業会計基準第21号第32項により、日本基準ののれんは20年以内で規則的に償却され、営業利益を目標にすると買収が止まる。だが償却をすべて外せば、高く買った買収ほど目標の上で得をする。 除くのはのれんと買収で認識した無形資産の償却に限り、分母にのれんを入れた利益率で買収の価格を縛る。
第三に、主指標は事業の型で選び、全社の目標は事業の主指標を足し上げた形で置く。 設備で稼ぎ自前で伸びる事業は営業利益、設備が軽く買収で伸びる事業は買収に伴う償却を除いた営業利益、両方の性格を持つ事業は設備の償却を残して買収の償却だけを除く。EBITDAは返済余力の副指標として残し、指標の定義は社内規程に書いて、役員の報酬の指標も同じ定義から取る。
EBITDAか営業利益かに、全社共通の正解はない。二つの差である減価償却費と償却費が自社の事業で何の費用なのかを見て、事業の資本集約度と成長の手段で主指標を選び、もう一方を歯止めとして並べる。
次の中期経営計画の指標を議論する前に、事業ごとに四つの型(設備の重さ×成長の手段)のどこに当たるかを分け、主指標と歯止めの組み合わせを当てはめてみてほしい。そのうえで、除く償却の範囲を社内規程に書き、役員の報酬の指標も同じ定義から取る。リース会計基準の適用でEBITDAが上がることも、目標水準を置く前に織り込んでおきたい。



