仕入先の経理担当者から電話があった。先月の入金が二重になっているので返金したい、という連絡である。調べると、同じ請求書が、郵送の紙とメールのPDFの両方で届いていた。紙は経理が受け取って計上し、PDFは発注した部署の担当者が受け取って、支払の依頼として回していた。二件とも、発注書と照合され、上長が承認し、経理の課長が支払を承認していた。 こうした連絡は、年に3、4回ある。経理部長は再発の防止策として、50万円以上の支払に部長の承認を足す案を出した。CFOは首をかしげた。今回の二件は、どちらも決められた承認をすべて通っている。もう一段足した承認者は、何を見て止めるのか。
承認者には、二件目だということが見えない
承認を増やす案が出るのは、二重払いが確認不足の結果に見えるからである。同じ請求書を二度払ったと聞けば、誰かが見落としたと考える。
しかし、承認の画面に出るのは、その一件の取引先、金額、発注書、添付の請求書である。3週間前に同じ請求書が別の人の手で計上されたことは、画面のどこにも出ない。 承認者が覚えていれば止まるが、月に数千枚の請求書を扱う会社で、記憶には頼れない。承認者を三人にしても、三人とも同じ画面を見る。
承認を足すことには副作用もある。支払までの日数が延びる。支払が遅れると、取引先は督促のために請求書を送り直す。再送された請求書は、二重払いの最大の原料である。 承認を増やす対策は、原因を増やす向きに働くことがある。
同じ請求が二度届く経路は、三つある
入口をふさぐには、まず経路を数える。同じ請求が二度入ってくる経路は、三つに分けられる。
一つ目は、同じ請求書が二つの媒体で届く経路である。 取引先が請求書をメールのPDFで送り、あわせて原本を郵送する。念のため両方を送る取引先がある。受け取る側の窓口が一つなら、二通目は重複として気づく。紙は経理に、PDFは発注した部署に届く会社では、二通が別の人の手で、別の日に処理される。
二つ目は、再送の経路である。 支払が期日を過ぎると、取引先は請求書を送り直す。再発行と書かれていればよいが、同じ内容で日付だけが新しい請求書や、請求書番号に枝番が付いた請求書が届くことがある。元の請求書は、社内のどこかで承認を待って止まっている。再送された請求書が先に処理され、後から元の請求書が承認を抜けてくる。支払ブロックの解除が遅れて支払が期日を過ぎる構造は、SAPの自動支払処理から支払ブロックと手振込の例外が消えない原因と減らし方で扱った。
三つ目は、請求書と別の書類が、同じ取引について支払を起こす経路である。 請求書で支払った取引に、後から届いた月次の請求明細書や、支払の依頼書で、もう一度支払の依頼が立つ。前払いした取引に、納品後の請求書が満額で届く場合もここに入る。
自社の二重払いがどの経路から来ているかは、過去の事例を並べれば分かる。返金の連絡を受けた件を、過去2年分、一件ずつ二つの請求書まで戻って、経路と、重複チェックを抜けた理由を書き出す。 件数は多くないので、半日あれば終わる。
取引先の重複登録は、法人番号と登録番号で見つける
重複チェックを抜ける理由の一つ目は、同じ会社が二つのコードで登録されていることである。チェックは仕入先のコードが同じ請求書どうしを比べるので、コードが違えば、請求書番号も金額も日付も同じ請求書が通る。
重複登録は、名前の表記のゆれから生まれる。株式会社と(株)、全角と半角、旧社名と新社名、本社と営業所。購買の担当者が既存のコードを探し当てられず、新しく登録する。振込先の口座が違うために、別のコードを作った例もある。
見つけるには、番号で突き合わせる。名前は表記がゆれるので当てにならない。国税庁が法人に指定する法人番号は13桁で、公表されている。適格請求書発行事業者の登録番号は、法人であればTの後に法人番号を付けたもので、個人事業者などは、Tの後に法人番号と重ならない13桁の数字が付く。取引先のマスタに登録番号か法人番号の欄があれば、同じ番号を持つコードの組を抜き出すだけで、重複の候補が出る。 番号が入っていないコードは、振込先の口座番号が同じ組で探す。
候補の中には、正当な理由で分けているものもある。支店ごとに請求と振込先が分かれている取引先、債権を譲渡した先への支払などである。こうした組は一つにまとめられないので、親子の関係としてマスタに登録し、重複の点検のときに同じ会社として扱えるようにする。それ以外は、使わないほうのコードに転記のブロックを掛け、新しい伝票が立たないようにする。
稼働後の新規の登録では、番号の一致を登録の前に確かめる手順にする(SAPのマスタデータが稼働後に劣化する原因と、登録権限と責任部門の決め方)。口座の変更を装った不正への備えとも、同じ手順で両立する(なりすまし送金指示から支払担当を守る、経理の運用と権限の組み直し方)。
請求書番号は、入力の規則を一つに決める
抜ける理由の二つ目と三つ目は、請求書番号である。番号の入力がゆれていれば一致せず、番号を入れなければ、比べる対象にならない。
ゆれの種類は限られている。ハイフンやスラッシュを入れるか省くか。先頭のゼロを残すか落とすか。全角か半角か。英字の大文字か小文字か。枝番や、再発行を示す記号を付けるか。請求書に「INV-00123」と書いてあるとき、担当者によって「INV-00123」「INV00123」「123」の三通りが入る。
規則は単純なほどよい。記号をすべて除き、半角の英数字にそろえ、英字は大文字にし、先頭のゼロは落とす。 これを入力の手引きに書くだけでは守られないので、入力の画面か、読み取りの仕組みの側で変換する。請求書の読み取りを使っている会社は、読み取った番号に同じ変換を掛けてから会計システムに渡す(請求書OCRの自動化が三面照合の例外処理で止まる理由とERP側に寄せる設計)。枝番と再発行の記号は、番号に入れず、摘要に書く。
番号のない請求書もある。小さな事業者の請求書や、月額の定額の請求書に多い。空欄を許すと、その請求書は重複チェックの外に出る。番号がないときに入れる値を決めておく。 請求書の日付と請求の総額を並べた数字にする、といった決め方である。同じ取引先から、同じ日付で同じ金額の請求書が二度届けば、同じ値になって止まる。
メッセージの種類も決める。筆者は、重複のメッセージはエラーにして、入力した担当者には先へ進めないようにすることを勧める。正当な理由で同じ番号の請求書を計上する場合は、解除の権限を持つ別の担当者が、理由を記録して通す。警告のままにすると、月に何度も出る警告は読まれなくなる。
発注書のない請求書が多い会社は、そもそも突き合わせる材料が少ない。発注書に入荷と請求の実績が残っていれば、同じ発注への二度目の請求は数量の超過として止まる(No PO No Payはどこまで適用できるか、発注書のない請求書と事後発注の扱い)。
支払後の検知は、金額と支払先が一致する組を月次で抜き出す
入口をふさいでも、ゼロにはならない。番号も日付も違う請求書で、同じ取引が二度請求されることはある。入口で止まらなかった分を拾う検知を、支払の後に残しておく。
方法は単純である。過去90日ほどの支払の明細から、支払先と金額が一致する組を抜き出す。支払先は、振込先の口座か登録番号で見る。仕入先のコードで見ると、重複登録の分を拾えない。
抜き出した組の大半は、正当な支払である。月額の賃料や保守料は、毎月同じ先に同じ金額が出る。契約として登録してある定額の支払を除外すれば、調べる組は大きく減る。 残った組を、請求書の画像と発注書で一件ずつ確かめる。担当者一人が、月に半日で回せる量に収まることが多い。
検知の結果は記録する。調べた組の数、二重払いと確定した件数と金額、回収した金額、抜けた理由である。抜けた理由が入口のどれにも当てはまらなければ、新しい経路が見つかったことになる。件数が半年続けてゼロなら、対象の期間や金額の下限を見直して、作業を軽くしてよい。
回収の方法も決めておく。返金を受けるか、次の支払と相殺するかである。相殺は手間が少ないが、取引先との合意と、相殺したことが分かる仕訳が要る。取引先からの申し出を待たず、自社から連絡する。 取引先の側でも、二重の入金は誰の入金か分からないまま仮受金に残っていることがあり、時間がたつほど確かめにくくなる。期末に取引先へ残高の確認を送っている会社は、その差異の調査も検知の一つになる。
医療機器の販売会社(売上高560億円、3月決算)。請求書は月に約7,500枚で、仕入先からの返金の連絡で二重払いが分かることが、年に4、5件あった。 経理部は、過去24か月の支払の明細およそ18万件から、振込先の口座と金額が一致し、支払日の間隔が45日以内の組を抜き出した。412組あった。定額の契約の支払を除き、残りを請求書の画像で確かめると、二重払いは37件、合計2,860万円だった。このうち9件、720万円は、仕入先の申し出ですでに返金されていた。残りの28件、2,140万円は、誰にも気づかれていなかった。 37件がチェックを抜けた理由は、同じ会社が二つのコードで登録されていたものが16件、請求書番号の入力のゆれが13件、番号の欄が空だったものが8件である。届いた経路で見ると、29件は、紙とPDFの両方が別の部署に届いていた。取引先のマスタ約4,300件を登録番号で突き合わせると、同じ番号を持つコードの組が186組見つかった。会社は、部長の承認を足す案を取り下げた。請求書の受け取りは経理の専用のアドレスと私書箱に一本化し、186組のうち正当な理由のない171組は片方のコードに転記のブロックを掛けた。請求書番号は読み取りの仕組みの側で変換し、重複のメッセージは警告からエラーに変えた。28件は仕入先に連絡し、4か月で2,050万円を回収した。その後の6か月、月次の検知で確定した二重払いは2件で、どちらも仕入先より先に自社が見つけた。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
二重払いを止めるために決める三つ
第一に、対策を、請求が入ってくる入口に打つ。 承認者には、目の前の請求が二件目であることが見えない。過去の事例を二つの請求書まで戻り、届いた経路と、重複のチェックを抜けた理由で分ける。
第二に、三つの入口をふさぐ。 請求書の窓口を一つにする。取引先の重複登録を、法人番号や登録番号で見つけてなくす。請求書番号の入力の規則を仕組みに入れ、番号の空欄を許さない。
第三に、支払後の検知を月次で残す。 振込先と金額が一致する支払の組を抜き出し、定額の契約を除いて確かめる。確定した件数、金額、抜けた理由を記録し、回収は自社から連絡する。
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