9月の経営会議。最低賃金の改定額が出そろい、物流センターのパート人件費が下期に増えることが確実になる。 社長は、今期の営業利益にいくら効くのかを聞く。経営企画の担当者が予算のファイルを開くと、パート人件費はセンターごと・月ごとに、前年実績に1.03を掛けた金額で並んでいる。 時給をいくらと置き、何時間を見込んだ数字なのかは、どこにも書かれていない。3パーセントのうち、時給の上昇がいくらで、取扱量の増加による時間数の増加がいくらだったのか、作った本人にも答えられない。 担当者は、センターごとの前年の勤怠データから時間数を逆算するところから始める。答えが出たのは、二週間後である。 時間がかかったのは、前年比の予算が単価と数量を分けて持っていないからだ。問われるのは、予算のどの行を式にし、どの行を式にしないかである。
前年比の予算には、前提を書き込む場所がない
勘定科目ごとに前年実績から積む予算は、作るのは速い。前年の実績を出し、事業の見通しを聞いて、科目ごとに増減率を掛ける。 担当者の頭の中には、その増減率の理由がある。だが予算のファイルには、率しか残らない。
この形の予算は、前提が変わった日に弱い。冒頭の3パーセントのように、一つの率の中に単価の変化と数量の変化が混ざっているからである。 最低賃金の改定は単価だけを動かし、取扱量の減少は数量だけを動かす。混ざった率からは、動いた方だけを差し替えることができない。 結局、科目を一行ずつ積み直すことになる。
期中に予算を改定するかどうかの基準を持っていても、この問題は解けない(予算の前提が崩れたときの再予算の発動条件は、期初に前提指標の変動幅で書いておく)。改定すると決めた後に、どの行をどう直すかが決まっていないからである。 ドライバーベースの予算は、この「どの行を直すか」を、作る段階で決めておく方法である。
式にするのは、動くと利益が動く行だけ
ドライバーベースに切り替えるとき、最初に決めるのは、どの行を式にして、どの行を式にしないかである。
単純化した例で考える。売上高120億円、営業利益4.44億円の会社である。売上は顧客数2,400社に年間の顧客単価500万円を掛けて120億円。 売上原価は、顧客1社当たりの原価310万円に顧客数を掛けて74.4億円で、売上高の62パーセントに当たる。人件費は人員380人に一人当たり720万円を掛けて27.36億円。 その他の販売費及び一般管理費は約40の勘定科目で合計9.6億円、売上高の8パーセントに当たる。家賃と減価償却費が4.2億円。 差し引いた営業利益が4.44億円になる。
それぞれの前提を5パーセント動かしたときに、営業利益がどれだけ動くかを計算する。その他販管費は売上高の比率で計算しているので、売上が動けば一緒に動く。
| 前提 | 基準値 | 動かし方 | 営業利益の変化 | 営業利益4.44億円に対する割合 | 持ち方 |
|---|---|---|---|---|---|
| 顧客数 | 2,400社 | 5%増 | +1.80億円 | 40.5% | 式 |
| 年間の顧客単価 | 500万円 | 5%増 | +5.52億円 | 124.3% | 式 |
| 顧客1社当たりの売上原価 | 310万円 | 5%増 | −3.72億円 | 83.8% | 式 |
| 人員 | 380人 | 5%増 | −1.37億円 | 30.8% | 式 |
| 一人当たり人件費 | 720万円 | 5%増 | −1.37億円 | 30.8% | 式 |
| その他販管費(約40科目の合計) | 売上高の8% | 5%増 | −0.48億円 | 10.8% | 比率 |
| 家賃・減価償却費 | 4.2億円 | 5%増 | −0.21億円 | 4.7% | 金額 |
顧客数が5パーセント増えると、売上は6億円増えるが、顧客1社当たりの原価を掛ける売上原価が3.72億円、売上に比例するその他販管費が0.48億円増えるので、営業利益の増加は1.8億円になる。単価が5パーセント上がった場合も売上は同じ6億円増えるが、売上原価は増えない。 営業利益の増加は5.52億円で、顧客数の場合の3倍を超える。売上原価を売上高の62パーセントという率で持っていると、単価を上げた分だけ原価も増える計算になり、効果を1.8億円と見誤る。 率で計算する行は、その分母が実際に費用を動かしているかを確かめる必要がある。この点は、後の節で比率の行の分母として扱う。上の五つは、どれも営業利益を4分の1以上動かす。 これが式にする行である。
注意が要るのは、その他販管費である。合計で見ると、5パーセントの変化で営業利益が10.8パーセント動き、基準を超えている。 だがこれは約40科目の合計で、最も大きい広告宣伝費でも1.2億円である。広告宣伝費が5パーセント動いても、営業利益への影響は0.06億円、1.4パーセントにとどまる。 判定は、合計ではなく勘定科目ごとに行う。科目ごとに見れば、どれも5パーセントに届かない。 40科目それぞれに前提を置いて式にするのは、手間に見合わない。合計を売上高の比率で計算する。
この例では、式にする前提は五つで、費用の約88パーセント(売上原価と人件費)がそこに入る。残る12パーセントは、比率か金額で持つ。 5パーセントと5パーセントという判定の基準は出発点で、営業利益率の薄い会社ほど多くの行が基準を超える。その場合は基準を引き上げて、式にする前提の数を絞る。
比率で持つ行は、分母を選ぶ
式にしない行を比率で持つとき、分母を売上高に揃えると、予算が実態と違う方向に動く。
通信費、情報機器の費用、福利厚生費、研修費は、売上ではなく人の数で増える。これらを売上高の比率で持つと、売上の見通しを下げた月に、予算の上だけで費用が減る。 実際の費用は人員に連動しているので減らず、差異は予算超過として現れる。逆に売上の見通しを上げると、人を増やしていないのに費用の予算が膨らみ、差異は節約に見える。 分母を人員にしておけば、この見かけの差異は出ない。
支払手数料や発送費のように、取引の件数で増える費用は、件数を分母にする。比率の行は、売上高、人員、件数の三つのどれに連動するかを科目ごとに決め、分母はその三つのうちの一つにする。 式にする前提の中に、人員と件数(冒頭の会社なら取扱量)が入っているので、比率の行の分母もそこから取れる。
法定福利費も、分母を選ぶ行の一つである。給与総額に一定の率を掛けて見込むのが普通だが、厚生年金の標準報酬月額には上限があり、上限を超える社員の保険料は給与に比例しない。 冒頭の上限の引上げのように上限そのものが動く年は、率を置き直す。高い報酬の社員が多い会社では、上限を超える社員の分だけを人数と上限額で別の行に出しておくと、9月の改定のたびに率を推定し直す手間がなくなる。
全科目を式にしたモデルは、数年で前年比に戻る
ドライバーベースに切り替えようとする会社が、よく通る道がある。最初の年に、全ての勘定科目に業務量と単価を置いた精緻なモデルを作る。 数年後、そのモデルは使われなくなり、前年比の積み上げに戻っている。戻る理由は、たいてい三つに分かれる。
第一に、前提の持ち主がいない。 顧客数は営業が、人員は人事が、取扱量は物流部門が出す。だが研修一人当たりの時間や、会議室一室当たりの消耗品の単価といった前提は、誰も出さない。 持ち主のいない前提は、モデルを作った人が前年の数字から逆算して入れ、翌年もそのまま残る。形は式でも、中身は前年比である。
第二に、実績が取れない前提がある。 案件当たりの工数を前提にしても、工数の実績を記録していなければ、予算と実績の差を前提の差に分解できない(予算未達の差異を数量・単価・構成・タイミングに分解し、翌期の打ち手につなぐ手順)。実績と比べられない前提は、予算を作る時にしか使われない。
第三に、作った人しか直せない。 数千行のスプレッドシートで、式が別のシートを参照し、そのシートがさらに別のシートを参照している。作った担当者が異動した年に、誰も前提の変更を反映できなくなる。
三つとも、前提の数を絞れば小さくなる。式にする前提ごとに、持ち主、実績の出どころ、更新の頻度の三つを一枚の表に書き、その表に載らない前提は式にしない。 この表は、モデルの仕様書を兼ねる。
切り替えは、一年で全部を移さない
切り替えの順番も、前提の持ち主と実績の出どころで決まる。一年目に式にするのは、売上と人件費だけでよい。 顧客数・単価・人員は、営業と人事がすでに管理している数字で、実績も毎月出ている。売上原価と、その他の行は、一年目は前年比のまま残す。
二年目に、顧客1社当たりの売上原価や取扱量当たりの作業時間のような、実績の取り方を整えてからでないと使えない前提を足す。式にする前提が決まれば、年間の予算を月に割る配分も、前提の月別の値から作れる(年間予算を12で割ると月次の差異分析が機能しない理由と、季節指数での月次配分)。最低賃金のように発効月が都道府県ごとに違う前提は、前年比の月次配分では扱えず、時間数と時給の式なら、発効月から時給を差し替えるだけで済む。
同じ前提を、着地見込みにも使う。予算と着地見込みを別々のモデルで作ると、差が前提の違いなのか計算の違いなのか分からなくなる。 予算は期初の前提で固定し、着地見込みは同じ式に最新の前提を入れて毎月更新する(ローリングフォーキャストと年度予算の違い、予算を残して予測を併走させる導入手順)。式を共有していれば、予算と見込みの差は、前提の差として一行ずつ説明できる。
売上高340億円の物流サービス会社(3月決算)。全国に14の物流センターを持ち、作業の多くをパートタイムの従業員が担っている。 三年前、外部の支援を受けて全ての勘定科目に前提を置いた予算モデルを作ったが、約2,000行のスプレッドシートを保守していた担当者が翌々年に異動し、その年の予算は前年実績に率を掛ける形に戻っていた。 2026年度の予算編成を前に、経営企画部はモデルを作り直した。式にする前提は、センターごとの取扱個数、1個当たりの料金、1個当たりの作業時間、パートの時給、正社員の人員と一人当たりの人件費、車両の台数の六つに絞った。 パートの時給は、所在地の都道府県の最低賃金に連動する部分と、センター独自の上乗せの部分に分けて置いた。持ち主は、取扱個数と料金が営業部、作業時間がセンター長、時給と人員が人事部、車両が輸送部で、実績はいずれも既存のシステムから毎月出る。 残りの科目は、人員比、取扱個数比、売上高比のいずれかの比率か、金額で持った。行数は約260になった。 9月に最低賃金の改定額が出そろうと、経営企画部は14センターのうち最低賃金に時給が連動する10センターについて、都道府県ごとの改定額と発効日を前提の表に入れた。発効日から期末までの対象の作業時間は約165万時間で、引上げ額は所在地によって54円から65円で、当期の人件費の増加は、賃金の部分だけで約1.0億円、会社負担の法定福利費を含めると約1.1億円と出た。 作業にかかったのは半日だった。同じ式に、下期の取扱個数の見通しの下方修正を入れると、作業時間の減少で人件費の増加の一部が相殺されることも、同じ日のうちに分かった。 社長への報告は、時給の改定による増加と、取扱個数の減少による作業時間の減少を、別々の行で並べた一枚である。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
ドライバーベース予算で決めておく三つのこと
第一に、式にする行を、前提を動かしたときの営業利益の動きで勘定科目ごとに判定する。 前提を5パーセント動かしたときに営業利益が5パーセント以上動く科目を、業務量と単価の式で持つ。売上高120億円・営業利益4.44億円の例では、顧客数の5パーセント増で1.8億円、単価の5パーセント増で5.52億円、顧客1社当たりの売上原価の5パーセント増で3.72億円、人員と一人当たり人件費の5パーセント増でそれぞれ1.37億円動き、式にする前提は五つになる。 単価は数量と違って原価を連れてこないので、原価を売上高の率で持つと、単価の効果を3分の1未満に見誤る。 その他販管費は合計では基準を超えても、約40科目のうち最も大きい科目で1.4パーセントにとどまるので、比率で持つ。営業利益率の薄い会社は、基準を引き上げて前提の数を絞る。
第二に、式にしない行は、分母を選んだ比率か、金額で持つ。 人の数で増える費用を売上高の比率で持つと、売上の見通しを動かすたびに見かけの差異が出る。分母は売上高、人員、件数のどれかから科目ごとに選ぶ。 法定福利費は、厚生年金の標準報酬月額の上限が2027年9月に65万円から68万円へ、その後71万円、75万円へと段階的に引き上げられるので、上限を超える社員の分を別の行で持つことを検討する。最低賃金のように発効月が都道府県ごとに違う前提は、時間数と時給の式で持つ。
第三に、前提ごとに持ち主・実績の出どころ・更新の頻度を一枚に書き、載らない前提は式にしない。 全科目を式にしたモデルは、前提の持ち主がいない、実績が取れない、作った人しか直せないという三つの理由で、数年で前年比の積み上げに戻る。一年目は売上と人件費だけを式にし、実績の取り方が整った前提から足していく。 予算と着地見込みは同じ式で作り、予算は期初の前提で固定し、見込みは最新の前提で更新する。



