全社の損益計算書は黒字だ。営業利益率も同業平均を上回っている。役員会でその数字を見る限り、この会社は健全だ。だがある日、経営企画が顧客別に利益を割り直して持ってきた資料を見て、CFOは言葉を失う。売上上位の大口顧客の一社が、フルコストを乗せると赤字だった。しかもその一社だけではない。取引先を利益順に並べると、上位二割の優良顧客が稼いだ利益を、下位の赤字顧客群がごっそり食い潰している。全社が黒字なのは、優良顧客が赤字顧客を養っているからにすぎなかった。営業部門はその赤字の大口を「うちの看板取引先」と呼び、値引きを続け、担当者を三人張り付けていた。誰も、その顧客が会社の利益を削っていることを知らなかった。

POINT
全社黒字は、顧客別・製品別の赤字を隠す。よくある八割二割ではなく、現実には上位の優良顧客が下位の赤字顧客を埋めて全体を黒字に見せている構造が多い。そして粗利で見る限り、この赤字は永遠に見えない。営業コスト、物流費、与信コスト、少額多頻度の受注がもたらす間接工数まで乗せた「サービスコスト後利益」で見て初めて、粗利が黒字なのにフルコストで赤字という当たり前の事実が姿を現す。しかも分析の出口は値上げ・最低ロット・取引縮小という具体的な意思決定でなければならない。打ち手を打たないなら、分析するな。

粗利で見るから赤字顧客が見えない

顧客別・製品別の収益性を見ようとするとき、ほとんどの会社は粗利で止まる。売上から売上原価を引いた、あの粗利だ。管理会計として一段進んでいるようでいて、これは罠だ。粗利までしか見ないと、その先で顧客ごとに大きく違うコストが全部消える。同じ一千万円の売上でも、月一回の大口一括受注と、月三十回の少額バラ受注では、かかる手間がまるで違う。後者は受注処理も、出荷も、請求も、問い合わせ対応も三十倍発生する。だが粗利は両者を同じに見せる。原価率が同じなら、粗利率も同じだからだ。

現実に顧客の利益を削るのは、この粗利の下にあるコストだ。専任営業の人件費、頻繁な訪問の交通費、特別対応のための残業、小口配送を繰り返す物流費、支払サイトが長い先を回すための運転資金の金利、焦げ付きに備える与信コスト。とりわけ効くのが少額多頻度がもたらす間接工数で、これは伝票一枚あたりの固定的な手間が受注件数だけ積み上がるため、単価の低い顧客ほど、売上に対して不釣り合いに重くのしかかる。粗利という一枚の膜を剥がさない限り、これらは決算書のどこにも顧客の顔をして現れない。全部が販管費という一つの塊に溶けて、誰の分かわからなくなる。

とりわけ運転資金の金利は、金利のある世界に戻った今、無視できない項目になった。支払サイトが長く、在庫を持たされ、回収が遅い顧客は、その分だけ会社の資金を長く占有する。ゼロ金利下では、この資金拘束のコストは実質ゼロに近く、誰も気にしなかった。だが金利が上がった局面では、売掛金と在庫に寝ている資金には明確な調達コストが乗る。回収サイトの長い大口顧客は、粗利では優良でも、資金コストを乗せると利益が薄い、あるいは消える。粗利の下を開けることは、単なる管理会計の精緻化ではなく、金利環境の変化を顧客別の損益に反映させる作業でもある。粗利で止まる会社は、金利が上がったことすら損益で捉えられていない。

だから見るべきは、粗利ではなくサービスコスト後の利益だ。粗利から、その顧客を維持するために現実に発生している営業・物流・与信・間接工数のコストを引き切った後の利益。ここまで引いて初めて、粗利では黒字の顧客が、フルコストでは赤字だという事実が見える。そしてそういう顧客は例外ではない。少額多頻度で、値引き要求が強く、特別対応の多い先は、粗利黒字フルコスト赤字になっているのが普通だ。これは会計の技巧の話ではなく、その顧客と付き合うのに本当はいくらかかっているのかを直視するかどうかの話だ。

ここで一つ、経営者の直感を裏切る事実がある。売上が大きい顧客ほど赤字である、というケースが実在することだ。大口だからと専任を張り付け、特別価格を出し、無理な短納期に応え、支払サイトの延長も飲む。その一つひとつが積み上がり、売上一位の顧客がフルコストでは会社最大の赤字先になっている。営業は売上で評価されるから、この大口を必死で守る。経営は売上ランキングを見て「わが社の主力顧客」と誇る。だが利益ランキングに並べ替えると、その主力顧客は最下位近くにいる。売上の大きさは、貢献の大きさではない。むしろ大口であるがゆえに交渉力で価格と条件を削られ、赤字に沈んでいることがある。売上で顧客を序列化している限り、この逆転は永遠に見えない。

配賦を薄く広くやると、赤字が消える

サービスコスト後利益を出すには、販管費を顧客に割り振る、つまり配賦が要る。ここに二つ目の罠がある。配賦の仕方を間違えると、せっかくの分析が赤字顧客をまた隠してしまうのだ。

最悪の配賦は、売上比で薄く広く割ることだ。販管費の総額を、各顧客の売上に比例させて配る。一見公平だが、これは分析を殺す。なぜなら、手間のかからない大口顧客にも、手間ばかりかかる小口顧客にも、売上に応じて機械的に費用を乗せるので、コスト構造の違いが完全に平準化されてしまう。実際には小口顧客が間接工数を五倍食っていても、売上比配賦では小口の売上が小さいぶん、乗るコストも小さくなる。結果、赤字であるべき顧客の赤字が薄まり、黒字に見えてしまう。薄く広く割るとは、赤字を全顧客に薄く塗り広げて見えなくする作業に等しい。

正しい配賦は、コストを生んでいる要因に沿って割ることだ。受注処理費は受注件数で、物流費は出荷回数や配送重量で、営業費は担当工数で、与信コストは売掛残高と回収期間で割る。何がそのコストを発生させているかを一つずつ突き止め、その量に応じて配る。これをやると小口多頻度の顧客に間接工数が正しく重く乗り、赤字が赤字として立ち上がる。完璧な精度は要らない。要因ベースでおおむね正しく割れていれば、赤字顧客は必ず浮かび上がる。精緻さを追って着手が遅れるより、粗くても要因ベースで一度割り切るほうが、経営判断としてははるかに価値がある。関連する考え方は限界利益で管理するユニットエコノミクス分析でも扱っている。

粗利の膜を剥がし、赤字顧客を意思決定につなぐまでの流れ
STEP 1
粗利の下を開ける
売上原価だけでなく、営業・物流・与信・間接工数を顧客別に把握する対象として洗い出す。販管費という塊を分解する起点にする
STEP 2
要因ベースで配賦する
受注件数・出荷回数・担当工数・売掛残高など、コストを生む要因で割る。売上比の薄く広い配賦は赤字を隠すので使わない
STEP 3
サービスコスト後利益で並べる
顧客・製品を利益順に並べ、粗利黒字フルコスト赤字の先を特定する。上位が下位を埋める構造を可視化する
STEP 4
打ち手を一件ずつ決める
赤字先ごとに値上げ・最低ロット設定・取引縮小のどれを打つかを決め、期限と交渉担当まで落とす
土台土台=要因ベースの配賦。何がそのコストを発生させているかで割らない限り、赤字は全顧客に薄まって永遠に見えない。
収益性分析の完成形は、赤字先ごとの打ち手一覧であって、綺麗なランキング表ではない。

出口は値上げ・最低ロット・取引縮小の三択

赤字顧客が特定できたとする。ここで多くの会社が止まる。「よくわかった、勉強になった」で資料が棚に入る。これが三つ目の、そして最悪の罠だ。収益性分析は、打ち手を打って初めて価値になる。分析だけして意思決定を変えないなら、その分析に費やした工数はまるごと無駄であり、やらないほうがよかった。分析は目的ではない。判断を変えるための手段だ。

赤字顧客に対する打ち手は、突き詰めれば三つしかない。第一に値上げ。フルコストを回収できる価格まで上げる交渉をする。相手が飲めば黒字化する。飲まなければ、それはこの顧客が会社にとって割に合わないという答えそのものだ。第二に取引条件の変更、とりわけ最低ロットの設定。赤字の主因が少額多頻度なら、一回あたりの発注下限を決め、小口を束ねさせる。物流と間接工数が一気に軽くなり、同じ売上でも利益が出る形に変わる。第三に取引縮小、あるいは撤退。値上げも条件変更も通らないなら、経営資源をその顧客から引き揚げる。張り付けていた営業を優良顧客に回す。赤字顧客を切ると売上は減るが、利益は増え、空いた営業力が別の利益を生む。売上の減少に怯んで赤字先を抱え続けるのは、優良顧客に赤字先を養わせ続ける選択と同じだ。

ただし、赤字だから即切る、と短絡してはいけない例外もある。今は赤字でも、将来の成長が見込める新規顧客。戦略的に押さえておきたい業界の旗艦顧客。あるいは、その顧客との取引が別の優良取引の入口になっている場合。これらは、赤字を承知のうえで投資として抱える判断がありうる。重要なのは、その赤字を「見えないまま垂れ流している」のか「見えたうえで戦略的に負担している」のかの違いだ。前者は経営の失態であり、後者は経営の意思決定だ。収益性分析の価値は、すべての赤字先を切らせることではなく、どの赤字を意図的に受け入れ、どの赤字を潰すかを、経営が自覚的に選べるようにすることにある。分析なき赤字は放置だが、分析ありきの赤字は投資になりうる。同じ赤字でも、見えているか見えていないかで、その意味はまるで違う。

ここで撤退の判断には、注意が一つ要る。赤字顧客を切ったからといって、その顧客に紐づいていた固定費が同時に消えるわけではない。専任営業は残るし、確保していた設備や物流の枠も残る。だから撤退の効果は、空いた資源を別の利益に振り向けられて初めて実現する。切った営業を優良顧客の深耕や新規開拓に回せるなら、撤退は正しい。だが切っただけで資源が遊ぶなら、短期的にはむしろ利益が悪化する。撤退はゴールではなく、資源の再配置とセットで初めて成立する。この点を詰めずに「赤字だから切る」とだけ決めると、売上を失って固定費だけ残る、最悪の結果になりうる。だから撤退を語るときは、必ず「空いた資源を次に何へ使うか」まで同時に決める。

そのうえで、大切なのは分析と意思決定を同じテーブルに乗せることだ。経営企画が資料を作り、営業が「看板取引先だから触るな」と抵抗し、そのまま塩漬けになる、という流れを断つ。赤字先の一覧には、必ず打ち手・期限・交渉担当を書き込む。書き込めないなら、その分析はまだ半分だ。数字を見て終わる会社は、数字を見なかった会社と結果が変わらない。顧客別・製品別の収益性分析は、経営が最も見たくない現実、つまり看板顧客が実は赤字だという事実を突きつける営みだ。突きつけて、値上げか、条件変更か、撤退かを決める。そこまでやる覚悟がないなら、粗利のまま気持ちよく黒字を眺めていたほうが、少なくとも工数は無駄にならない。分析とは、痛い現実を見て、痛い決定を下すための道具だ。見るだけで決めないなら、最初から見ないのと同じである。

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