四半期の営業会議で、顧客別の採算の表が配られる。上位にいるのは、売上高が最も大きい大手の顧客で、粗利率は20パーセント、昨年から変わっていない。 同じ粗利率の中堅の顧客が、その3つ下にいる。営業部長は、大手の顧客への値下げの要請を受けるかどうかを、この表を見ながら議論している。表に載っていないのは、大手の顧客の支払が月末締め翌々月末払いの手形で、請求から資金が入るまで平均120日かかることである。 中堅の顧客は翌月末払いで、30日で入ってくる。同じ粗利を上げるために、会社は大手の顧客に4倍の資金を貸している。 経理の課長はそのことを知っているが、表のどこに書けばよいのかがわからない。
粗利で並べた採算は、回収にかかる資金を数えていない
多くの会社で、顧客別の採算は損益の数字だけで作られている。売上高から売上原価を引いた粗利に、物流費や販売促進費や営業の人件費を配賦して、顧客ごとの貢献利益を出す。 費用の配り方を工夫している会社は多い(物流費を売上比で配賦すると赤字顧客が見えなくなる問題と、顧客別採算への載せ方)。ところが、貸借対照表の側で顧客が使っている資金は、ほとんどの表で数えられていない。
損益だけで作った表では、支払条件の違いは見えない。120日の顧客も30日の顧客も、同じ粗利率なら同じ順位に並ぶ。 営業にとって支払条件は、受注を取るために相手の要望をのむ項目の一つで、値引きと違って自分の成績を下げない。だから、値下げには抵抗する営業も、支払サイトの延長には応じやすい。 会社全体の売掛金の回転日数が少しずつ延びていく原因は、たいていここにある。
事業部の単位では、売掛金や在庫に資本コストを課している会社もある(部門に資本コストを課すと在庫と売掛が減る理由、利益だけの評価の限界)。事業部の成績に資本コストを載せても、どの顧客が資金を使っているかまでは下りていかない。 支払条件は顧客ごとに決まるので、コストも顧客ごとに見せないと、交渉の材料にならない。
計算は、売掛金の平均残高に率を掛けるだけでよい
残高は、契約上の支払サイトから計算せず、実際の売掛金の残高から取る。 月末の顧客別の売掛金残高を12か月分平均すれば、支払の遅れも、月末に請求が集中する季節の偏りも、そのまま反映される。契約上は60日の顧客が、実際には毎回2週間遅れて払っているなら、コストは74日分になる。遅れの分だけ採算が悪く見えることが、督促の動機にもなる。
データは、債権の補助元帳にすでにある。 得意先ごとの月末残高は、会計システムの期間別の残高から取り出せる。新しい集計の仕組みを作る必要はない。手間がかかるのは、得意先のコードと採算の表の顧客の単位がずれている場合である。 同じ企業グループの複数の法人に売っていて、採算の表ではグループを一つの顧客として見ているなら、得意先のコードをグループの単位に束ねる対応表を先に作る。支払条件は法人ごとに違うことがあるので、束ねる前の単位でも一度数字を見ておく。
受取手形や電子記録債権で受け取っている場合は、期日まで残高に含める。手形で受け取った時点で売掛金は消えるが、資金はまだ入っていない。 割り引いたり譲渡したりして資金化しているなら、その割引料を顧客の費用として載せ、残高からは外す。前受金を受け取っている顧客は、逆に資金を会社に貸していることになるので、残高をマイナスとして扱い、コストはマイナス、つまり利益の上乗せになる。 顧客の専用品を在庫として持っている場合は、その在庫の残高も同じ顧客に載せる。
率の選び方には、二つの考え方がある。 一つは、短期の借入金利を使う方法で、売掛金は運転資金として借入でまかなっているという説明に合う。もう一つは、会社の資本コストや事業部に課している率を使う方法である。ここで勧めるのは後者である。 売掛金に寝ている資金は、ほかの投資に回せたはずの資金で、その機会の価値は借入金利より高い。借入金利の低い時期に借入金利を掛けると、顧客の間の差がほとんど見えなくなり、表を作った意味がなくなる。いずれにしても、全社で一つの率を決め、事業部の資本コストの計算と同じ率を使う。 率を顧客ごとに変えれば、表の数字をめぐる議論が率の議論にすり替わる(資本コストの出し方と使い方、WACCを自社の数字で説明する)。
順位が入れ替わった表は、値決めと支払条件の交渉に使う
回収資金のコストを載せると、顧客の順位は実際に入れ替わる。 売上高が大きく、粗利率も悪くない大手の顧客ほど、長い支払サイトを飲ませていることが多いからである。表を作り直した会社で最初に起きる議論は、この顧客とどう交渉するか、である。
使い方の要点は、単価と支払条件を同じ席で交渉することである。 冒頭の会社で、大手の顧客から3パーセントの値下げを求められたとする。粗利で見れば、受けるか断るかの二択に見える。回収資金のコストで見れば、支払サイトを120日から60日に縮めてもらえるなら、率7パーセントで約1.2パーセント分の値下げを吸収できる。 値下げを1.2パーセントにとどめ、支払サイトを60日縮める組み合わせなら、会社の手取りは現状とほぼ変わらない。顧客にとっても、単価の下げ幅は3パーセントに届かなくても、支払条件で譲る余地を残せる。
早く払ってもらう代わりに割引を出す条件も、同じ物差しで比べられる。 支払期日の60日より前、10日以内に払えば2パーセント引くという条件は、50日早く資金を受け取るために2パーセントを払うことで、年率に直すとおよそ15パーセントになる。会社の資本コストが7パーセントなら、この割引は高すぎる。 倍以上の金利で資金を借りているのと同じだからである。 割引を出すなら、年率で自社の資本コストに近い水準に設計する。
支払サイトの交渉には、法令の制約もある。 自社が部品の製造や役務の提供を請け負う側で、その取引が中小受託取引適正化法(取適法)の対象になるなら、発注する側は、受領から60日以内のできる限り短い期間で支払期日を定めなければならない。対象かどうかは取引の類型と両社の資本金や従業員数で決まるので、120日の条件を求めてくる顧客との取引が対象に当たらないかは、まず確かめる。 自社が発注する側に回る取引では、同じ規則が自社の支払条件を縛る(支払条件の見直し、手形廃止と支払サイト短縮を運転資本で吸収する方法)。
営業の評価に載せないと、条件の交渉は起きない
表を作っても、営業の成績が粗利で測られている限り、支払条件は交渉の対象にならない。営業の担当者から見れば、支払サイトを延ばしても自分の数字は変わらず、縮めてもらうために顧客に頭を下げる理由がない。
そこで、営業の評価に使う利益を、回収資金のコストを差し引いた後の利益に変える。 いきなり評価に載せると反発が大きいので、最初の半年は参考値として並べ、次の期から評価に使う。支払条件の交渉に成功した担当者の数字が上がる形にしておけば、交渉の材料を経理に求めてくるようになる。 受注の稟議でも、支払条件を標準より長くする案件には、回収資金のコストを加えた採算を書かせる(赤字受注・大幅値引きは誰がどう承認すべきか、稟議ではなく採算の下限をルールにする)。
注意したいのは、事業部の単位で資本コストを課している場合の二重計上である。 事業部の成績で売掛金全体にコストを課し、さらに顧客別の表でもコストを引いて営業の評価に使うなら、両者の合計が一致するように作る。顧客別のコストを足し上げたものが、事業部の売掛金に課したコストになる形にしておけば、同じ資金に二度課すことはない。
工業用の資材を扱う専門商社(売上高320億円、3月決算)。採算の表は、顧客ごとに粗利から物流費と販売促進費を引いた貢献利益で作っていた。 経理部が、月末の顧客別の売掛金残高と受取手形の12か月平均に、事業部の評価に使っている資本コストの率8パーセントを掛けて載せ直すと、貢献利益の上位20社のうち5社の順位が10位以上下がった。いずれも大手の建設会社や設備会社で、実際の回収日数は110日から150日、一部は手形での支払だった。 5社の回収資金のコストは合計で年間約1億1,000万円で、5社の貢献利益の約4分の1にあたった。会社は、翌年の単価改定の交渉で、この表を初めて営業部と共有した。値上げを求める顧客には、値上げ幅を抑える代わりに、手形を電子記録債権や現金に切り替え、支払サイトを縮める組み合わせを提示した。 5社のうち3社が支払条件の短縮に応じ、平均の回収日数は125日から85日になった。取適法の対象に当たる1社の取引では、顧客の側の法務部が支払期日を見直した。営業の評価は、翌期から回収資金のコストを差し引いた後の利益に変えた。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
採算表を作り直すときに決める三つ
第一に、顧客別の売掛金の平均残高を、実際の残高から取る。 月末の残高を12か月平均し、受取手形や電子記録債権は期日まで含める。前受金はマイナスに、顧客の専用在庫はその顧客に載せる。
第二に、率を全社で一つに決める。 借入金利では差が見えないので、事業部の資本コストと同じ率を使う。顧客別のコストの合計は、事業部に課すコストと一致させる。
第三に、単価と支払条件を同じ物差しで交渉し、営業の評価に載せる。 率7パーセントなら、支払サイト90日は単価の約1.7パーセントにあたる。取適法の対象の取引かどうかも、交渉の前に確かめる。



