有利子負債はすべて銀行借入で、主力行のシェアは45パーセントある。取締役会で社外取締役が聞く。この規模の会社で、社債を一度も出していないのはなぜか。 CFOは「格付の取得を含めて検討します」と答え、翌月、格付業者に面談を申し込む。面談の場で最初に聞かれたのは、財務諸表の数字ではなかった。今後三年間の投資計画と、どこまで有利子負債を増やすつもりか、その方針である。 CFOは、そこで初めて気づく。格付を取るというのは、調達の窓口を一つ増やすことではない。自社の財務方針を、外部に向けて約束し続けることである。

POINT
格付の制度の建て付けから押さえる。金融商品取引法第66条の27は、信用格付業を行う法人は内閣総理大臣の登録を受けることができると定めている。 登録は義務ではない。ただし同法第38条第3号は、金融商品取引業者等が、顧客に対し、信用格付業者以外の信用格付業を行う者の付与した信用格付について、登録を受けていない者である旨及び当該登録の意義その他の内閣府令で定める事項を告げることなく提供して、金融商品取引契約の締結の勧誘をする行為を禁じている。 証券会社が投資家に社債を勧誘するとき、無登録の格付には説明の手間が付く。登録を受けた信用格付業者は、金融庁の信用格付業者登録一覧によれば令和8年1月13日現在で7社である。登録を受けた格付業者には継続の義務がある。金融商品取引業等に関する内閣府令第306条は、同法第66条の33第1項により信用格付業者が整備しなければならない業務管理体制の要件を定め、その第6号トに、付与した信用格付に係る検証及び更新を適切かつ継続的に実施するための措置を、第11号に、格付担当者が当該信用格付の手数料に関する交渉に参加することを防止するための措置を掲げている。 金融庁の信用格付業者向けの監督指針は、III-2-1(5)⑦で、検証及び更新の方針等に従って適切かつ継続的に検証及び更新を行っているかを、III-2-1(10)で、格付担当者が手数料に関する交渉に参加することを明確に禁止しているかを、監督上の評価項目として確かめるとしている。格付は一度付けば終わる評価ではなく、付与した日から継続して検証され続ける。そして手数料の交渉と格付の判断は、制度上切り離されている。

格付は、財務方針の継続審査を受ける契約である

格付の取得を「社債を出すための準備」として議論すると、取得した後に何が起きるかが抜け落ちる。

取得後、格付業者は付与した格付を検証し、必要があれば更新する。その検証の物差しになるのは、取得時に会社が説明した事業の見通しと財務方針である。 取得の面談で「ネット有利子負債/EBITDAを2倍程度に保つ」と説明した会社は、その後の大型投資や買収のたびに、その説明との距離で見られる。説明した方針は、社内の努力目標から、外部が照合する基準に変わる。

そして格付の変更は、公表される。格付の変更は、格付の下限を条項に持つ契約を除けば、銀行との契約の抵触のように返済を求められる事由にはならない。 だが影響の出方は広い。次に出す社債の利率、CPを買ってくれる投資家の範囲、そして銀行借入の契約に格付の下限が条項として入っていれば、その条項にも届く(コベナンツ(財務制限条項)の管理、抵触の前に余裕度を四半期で見る)。コベナンツは相手が一行か数行の私的な約束だが、格付は市場全体に向けた公開の評価である。 抵触しても交渉で猶予を取れる相手はいない。

格付の水準にも、外で意味の付いた境目がある。日本銀行の適格担保取扱基本要領は、社債を適格担保とする要件として、適格格付機関からA格相当以上の格付を取得していること等を定めている。 ただし、2019年6月20日に決定された「企業および地方公共団体等債務にかかる担保の適格性判定等に関する特則」は、当分の間の措置として、BBB格相当以上の格付を取得している公募普通社債も適格担保として扱うこととしている。現行の運用で、公募普通社債が適格担保になるかどうかの境目は、A格ではなくBBB格にある。 金融機関の投資家にとって、BBB格相当とそれ未満の間には、手元の社債を担保として使えるかどうかの違いがある。同じ一段の格下げでも、BBB格相当の下限から落ちるかどうかで、投資家の側で起きることが違う。 取得を検討する段階で、自社がどの水準を狙い、どの境目の手前にいるのかを把握しておく。特則は当分の間の措置なので、取得後も扱いが変わっていないかを確かめ続ける。

取得を決める問いは、上限を何年守れるか

では、取るか取らないかを何で決めるか。調達の手段が増えることの利点は、ほとんどの会社に当てはまる。だから利点だけでは判断できない。 判断の軸になるのは、約束する側の条件である。

問いは一つに絞れる。ネット有利子負債/EBITDAの上限を、今後三年から五年、守ると言えるか。

この問いに答えるには、上限の水準と、それを脅かす計画の両方を並べる必要がある。上限の置き方は、EBITDAが実際に落ちた年の水準から逆算する(有利子負債はどこまで増やしてよいか、ネット有利子負債/EBITDAによる上限の置き方)。そのうえで、社内に存在する上限を押し上げる計画を、すべて同じ表に並べる。 借入で賄う買収の候補、大型の設備投資、借入を使った自社株買い、そしてリース負債の計上による分子の増加(新リース会計基準の影響、借手が契約の洗い出しより先に見る財務指標)。

並べた結果、三つの型に分かれる。

第一の型は、計画を全部実行しても上限の内側に収まる会社である。 取得してよい。格付は、既に守っている方針を外に証明する手段になる。

第二の型は、特定の計画を実行した年だけ上限を超え、その後に戻る道筋を示せる会社である。 取得してよいが、超える年と戻す手段を、取得の時点で格付業者に説明しておく。後から説明する超過と、先に説明してある超過では、同じ数字でも受け止められ方が違う。

第三の型は、買収を続ける方針で、上限を超えた状態が常態になりうる会社である。 今の水準で取得すると、取得した直後から格下げの圧力と付き合うことになる。取得の時期を遅らせるか、狙う水準を下げるか、上限を超える部分をエクイティで賄う方針を先に決める。 格付のために買収を諦めるのでも、買収のために格付を傷つけるのでもなく、どちらを優先するかを取得の前に決めておく(買収資金の組み方、手元資金・借入・株式対価の配分を意向表明の前に詰める手順)。

取得した後に縛られるもの

取得した会社で、CFOの意思決定のうち外から照合されるようになるものは、およそ四つある。

第一に、株主還元の資金源である。 利益の範囲で配当と自社株買いを行う限り問題になりにくいが、借入で自社株買いを行えば、分子が増え、分母は変わらない。資本効率の改善を求める株主と、財務方針の維持を見る格付業者の間で、CFOが両方に説明できる水準を先に定めておく(株主還元の方針、配当・自社株買い・内部留保をどの順番で使い分けるか)。

第二に、買収の資金の組み方である。 取得後の最初の大型買収は、方針が実際に守られるかの最初の試験になる。買収を公表した後に資金の組み方を考えると、公表の時点で格付業者に説明できる材料がない。

第三に、資産の売却や事業の撤退である。 上限を超えたときの戻し方として資産売却を説明したなら、その資産を別の理由で売ってしまうと、戻し方の手札が一枚減る。

第四に、情報を出すタイミングである。 格付に影響しうる事象は、公表と同じ日か、それより前に格付業者に説明できる状態にしておく。格付の見直しの結果が公表されてから説明を作るのでは遅い。

格下げの兆候を、四半期ごとに自己採点する

格付業者の見直しを待つ運用では、見直しの結果を知らされる側に回る。兆候は、社内の数字と計画の中に先に出ている。 それを四半期ごとに自分で採点する。

四半期の決算と同じ周期で、四つの面を順に点検する。どれか一つで兆候が出たら、次の面へ進む前に手を打つ。
① 実績の距離を測る
ネット有利子負債/EBITDAの直近四半期の実績(直近12か月ベース)と、約束した上限との距離。2四半期連続で距離が縮んでいれば兆候とする
→
② 計画の変化を拾う
取締役会に上程予定の買収・大型投資・借入による自社株買い・資産売却を洗い出し、実行後の倍率を試算する。上限を超える案件は、上程の前に戻し方を付ける
↑
格下げ兆候の自己採点
↓
④ 打ち手と説明を決める
還元の調整、資産売却、エクイティの検討のうち実行できるものを時期付きで並べ、格付業者へ説明する内容と日を決める
←
③ 外部の兆候を読む
同業他社の格付の変更、自社の社債の流通利回りの動き、主要顧客の信用状態。自社の数字より先に動くことがある
採点の目的は格下げを避けることではなく、格付業者より先に自社の状態を知り、説明する側に立つことである。

採点表は、経営会議の定例の資料に一枚で入れる。項目ごとに、会社が自分で決めた閾値を設ける。 格付業者の内部の基準は外から正確には分からないので、閾値は自社の約束から逆算するしかない。

四半期の自己採点表に置く項目(閾値は自社の約束から置く)
  • ネット有利子負債/EBITDA:実績値、約束した上限、上限までの距離、2四半期の変化
  • EBITDA:直近12か月の推移と、計画に対する乖離率
  • 取締役会の上程予定案件:実行した場合の倍率の試算値と、上限を超える期間
  • 株主還元:当期の還元額のうち、フリー・キャッシュ・フローを超えて借入で賄う部分
  • 外部の兆候:同業の格付の変更、自社債の利回りの変化、自社に関する格付業者の公表情報
  • 格付業者への説明:直近の説明日、次に説明すべき事象と予定日

この表を作ると、社内の議論の順序が変わる。 買収や還元の案件が取締役会に上程されたとき、「実行すると倍率が何倍になり、何四半期で戻るか」が案件の資料に最初から入るようになる。格付を守るための表ではなく、財務方針を守っているかを、外から聞かれる前に自分で答えるための表である。

設例

売上高2,300億円の化学メーカー。有利子負債は銀行借入だけで、ネット有利子負債は約380億円、EBITDAは約320億円、倍率は1.2倍前後で推移していた。 取締役会で調達先の分散が議題になり、CFOは格付の取得を検討した。最初にやったのは、上限を脅かす計画を一つの表に並べることである。 当時、海外の同業の事業部門の買収を検討しており、取得価額の想定は約600億円、全額を借入で賄う案だった。対象事業のEBITDAは約45億円。実行すると、ネット有利子負債は約980億円、EBITDAは約365億円で、倍率は約2.7倍になる。 社内で置いていた上限は2.5倍だった。CFOは、この会社を第二の型と判断した。 買収を実行する年だけ上限を超え、その後に戻す道筋を示せるかを試算し、政策保有株式の売却で約120億円、買収の翌期から1年間の自社株買いの停止、そしてフリー・キャッシュ・フローによる返済で、実行から6四半期で2.5倍の内側に戻す計画を作った。取得の面談では、財務方針としてネット有利子負債/EBITDAを平常時2倍程度、上限を2.5倍とすることと、検討中の買収を実行した場合に一時的に上限を超えることと、その戻し方を、案件名を伏せたうえで説明している。 取得した格付はシングルAマイナスだった。取得の翌年、買収は実行された。 実行の2四半期前、自己採点表の「上程予定案件」の行で倍率の試算値が上限を超えたため、CFOは取締役会への上程と同じ週に格付業者への説明の日を設けた。買収の公表後も、格付は据え置かれた。 その後の6四半期で政策保有株式の売却は予定どおり進み、自社株買いは1年間止めた。倍率は実行直後の約2.7倍から、6四半期後に約2.1倍まで下がり、CFOはその時点で、取得時に説明した上限の内側に戻ったことを格付業者に説明している。 経営会議の資料には今も毎四半期、自己採点表が一枚入っており、社内の案件の資料には倍率の試算値の欄が常設されている。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

格付の取得と維持で決めておく三つのこと

第一に、格付を、調達の窓口ではなく継続審査の契約として理解する。 金融商品取引法第66条の27は信用格付業者の登録を任意とする一方、同法第38条第3号は登録を受けていない者の格付を所定の事項を告げずに提供して勧誘することを禁じている。金融商品取引業等に関する内閣府令第306条は、信用格付業者が整備すべき業務管理体制として、第6号トで付与した格付の検証及び更新を適切かつ継続的に実施する措置を、第11号で格付担当者が手数料の交渉に参加することを防止する措置を掲げ、監督指針はIII-2-1(5)⑦と(10)でその実施を確かめる。 取得の面談で説明した財務方針は、その日から外部が照合する基準になる。水準の境目にも外で意味が付いており、日本銀行の適格担保取扱基本要領の本則は社債にA格相当以上の格付を求めるが、2019年6月20日決定の特則により、当分の間、BBB格相当以上の公募普通社債も適格担保になる。

第二に、取得の可否を、上限を何年守れるかで決める。 ネット有利子負債/EBITDAの上限を、EBITDAが実際に落ちた水準から逆算して置き、借入による買収、大型投資、借入による自社株買い、リース負債の計上といった上限を押し上げる計画を同じ表に並べる。計画を全部実行しても内側に収まるなら取得してよい。 特定の年だけ超えて戻せるなら、超える年と戻し方を取得の時点で説明する。上限を超えた状態が常態になりうるなら、取得の時期、狙う水準、エクイティで賄う範囲のいずれかを先に決める。

第三に、格付業者の見直しを待たず、四半期ごとに自己採点する。 実績の距離、計画の変化、外部の兆候、打ち手と説明の四つを順に点検し、項目ごとの閾値は自社の約束から逆算して置く。見直しの結果が公表されてから説明を作るのではなく、取締役会への上程と同じ時期に格付業者への説明の日を決めておく。

まとめ
格付は、取得した日から、説明した財務方針との照合が続く。取るかどうかは、ネット有利子負債/EBITDAの上限を今後三年から五年守れるかで決める。借入で賄う買収や大型投資、借入による自社株買いまで同じ表に載せ、それでも内側に収まるなら取得してよい。特定の年だけ超えて戻せる会社も取得できるが、超える年と戻し方は取得の時点で格付業者に説明しておく。取得後は、上限までの距離、上程予定の案件を実行した後の倍率、外部の兆候、打ち手と説明の日の四つを四半期ごとに自己採点する。

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