4月の第2週、年度決算の数字を詰める打合せ。標準原価と実際原価の差が、今期も不利差異で18億円残っている。 経理課長が全額を売上原価に落とす案を出すと、工場の管理部長が止める。差異の半分近くは、期中に樹脂と銅の値段が上がったことによる価格差異で、工場が作り方を間違えたわけではない。期末在庫にも同じ材料が入っているのだから、在庫に配賦するのが筋だという。 配賦すれば当期の利益は2億円あまり上がる。CFOが気になったのは、その主張の中身より、同じ議論を去年も一昨年も、それぞれ逆の立場からしていたことだった。 去年は有利差異で、工場は全額を売上原価に入れてくれと言っていた。
期末の処理を選べる余地が、そのまま利益を動かす余地になる
在庫への配賦と売上原価への賦課の違いは、当期と翌期のどちらで費用にするかである。不利差異を在庫に配賦すれば、その分だけ当期の売上原価が減って利益が上がり、翌期に在庫が払い出された時に売上原価に戻ってくる。 総額は変わらない。変わるのは、どの期の利益に載るかと、期末の貸借対照表の在庫金額である。
在庫に配る金額は、差異の総額に、期末在庫と当期の払出しの割合を掛けて決まる。冒頭の会社では、標準原価ベースの売上原価が390億円、期末の製品と仕掛品が60億円だった。 18億円の差異のうち在庫に載るのは、18億円に60億円を450億円で割った割合を掛けた約2.4億円である。営業利益が30億円前後の会社で、2.4億円は期末の着地を一段変える金額になる。
問題は、基準の例外条件の当てはめに幅があることだ。「予定価格等が不適当」と「比較的多額」には数値の定義がない。 期末に利益が足りなければ、例外の条件を広く読みたくなる。利益が十分なら、原則どおりに全額を落として翌期に余力を残したくなる。処理の選択が期末の業績を見てから行われる限り、原価差異は利益の調整弁として使われ、監査人も毎年その判断の根拠を問い直すことになる。
差異は中身で分けないと、処理も責任も決まらない
18億円を一つの数字として議論する限り、工場と経理の主張はどちらも半分正しい。分けると、議論の筋が見えてくる。 冒頭の会社の差異は、材料の価格差異が7億円、作業時間と能率の差異が3億円、操業度差異が8億円だった。
| 差異の種類 | 発生原因の例 | 責任の宛先 | 財務会計の処理の考え方 |
|---|---|---|---|
| 材料の価格差異 | 市況の変動、調達条件の変更 | 購買部門 | 受入時点で分離すれば、払出高と期末在庫に配る(材料受入価格差異) |
| 数量差異・作業時間差異・能率差異 | 歩留まりの悪化、段取り替えの増加 | 工場 | 原則は売上原価。異常な仕損などは非原価項目 |
| 操業度差異 | 販売減による稼働の低下、計画外の停止 | 販売部門または全社 | 原則は売上原価。長期休止の設備の償却費などは非原価項目 |
価格差異は、材料を受け入れた時点で分離していれば、基準上もともと在庫に配る差異である。 冒頭の工場の主張は、この7億円については筋が通る。一方で、払出し時に価格差異を計算する運用のままでは、期末に在庫へ戻す計算を後から作ることになる。能率差異は工場の責任で、在庫に配って薄める理由はない。
最大の論点は操業度差異である。稼働が落ちた期に固定費の未配賦分を在庫に載せると、売れずに積み上がった在庫ほど原価が高くなり、作りすぎた工場ほど当期の成績が良く見える。 国際会計基準はこの点を明文で塞いでいる。IAS第2号第13項は、固定製造間接費の製品への配賦を正常生産能力に基づいて行い、生産量が低いことによる未配賦の固定費は発生した期の費用とし、異常に生産量が多い期は1単位あたりの配賦額を減らして在庫を原価より高く測らないようにすると定めている(遊休キャパシティのコストは製品原価に乗せない、稼働低下で単価が上がる問題の解き方)。日本基準の会社でも、操業度差異を在庫に配る判断は、この考え方に照らして説明できる範囲に留めるべきだ。
工場の成績は配賦前の発生額で測る
処理を選ぶ余地を減らしても、もう一つの問題が残る。財務会計の処理が、そのまま管理会計の工場の成績に流れ込むことだ。 在庫に配賦した差異は翌期の売上原価に戻り、翌期の工場の損益を押し下げる。当期の工場長の成績を上げた処理が、翌期の工場長の成績を下げる。工場長が異動していれば、前任者の差異を後任者が負う。
管理会計の設計はこう置く。工場の月次の成績は、差異の発生額を種類別に、発生した月の工場の損益にそのまま負わせる。 価格差異は購買部門の成績に、操業度差異のうち販売計画の下振れで生じた部分は販売部門か全社の欄に移す(部門別損益(事業部別P&L)の作り方、管理可能性で段階表示して共通費配賦の対立を防ぐ)。期末に財務会計で在庫へ配賦した金額は、工場の損益には入れず、全社の調整の行として持つ。 翌期にそれが売上原価に戻る時も、同じ調整の行で受ける。こうすると、工場長にとって期末の処理方法はどちらでもよくなる。処理方法を争う理由がなくなれば、経理は基準と税務だけを見て処理を決められる。
期首に決めて文書にしておくこと
期末の裁量を消すには、年度が始まる前に三つを文書にしておく。一つ目は、差異の分解の単位と、受入時点で価格差異を分けるかどうか。 二つ目は、基準の例外を使う条件の数値化である。「比較的多額」を総製造費用に対する割合で置き、「予定価格等が不適当」を、標準の設定時の前提(材料単価、賃率、計画操業度)から一定幅以上外れた場合と定義する。 税務の少額基準が総製造費用のおおむね1%なので、これを下限の目安に置くのが一つの方法である。三つ目は、非原価項目とする「異常」の定義で、長期休止の日数や、仕損率の上限を置く。
この三つが決まっていれば、期末の作業は計算だけになる。標準そのものが実勢から大きく外れて差異が膨らんでいるなら、処理の問題ではなく、標準の改訂の問題である(標準原価はいつ改訂すべきか、年1回の改訂が実勢とずれる局面での期中改訂)。改訂の判断基準と、差異の処理の基準は、同じ規程の中に並べておく。SAPでマテリアルレジャーを使っている会社は、期末の実際原価計算で差異が在庫と払出しに自動で配られるので、この規程をシステムの設定と一致させておく(SAPのマテリアルレジャーで実際原価を持つか、標準原価のままとの違いと選び方)。
有利差異の年に同じ規程が通るかで確かめる
規程を作るときに最も確かめるべきは、差異の向きが逆の年にも同じ規程で処理できるかである。不利差異の年に在庫への配賦を認める規程は、有利差異の年には在庫から差異を差し引き、当期の利益を減らす方向に働く。冒頭の工場のように、年によって主張が入れ替わる会社では、規程を決める会議で、過去3年の差異を新しい規程に当てはめた結果を並べてみるとよい。どちらの向きの年でも同じ結論になることが確認できれば、その規程は期末の業績から独立している。
月次と年度の関係も決めておく。月次決算では、差異は全額を発生した月の損益に載せ、在庫への配賦は年度末にだけ行う運用にしておくと扱いやすい。月次で配賦を繰り返すと、差異の一部が在庫の中で月をまたいで動き、工場の月次の成績が配賦計算の結果に引きずられるからである。年度末の配賦は、期末在庫の構成と差異の種類別の金額が確定した後に一度だけ計算し、その計算の根拠を監査人に示せる形で残す(製造原価の確定を待たずに月次決算を締める方法、標準原価と原価差異の扱い)。監査人が毎年問い直すのは、処理の結論そのものより、その処理を選んだ理由が前年と同じかどうかである。
冒頭の精密部品メーカー。CFOは、その年度の処理を決める前に、差異を三つに分けた表を作らせた。 価格差異7億円、能率差異3億円、操業度差異8億円。価格差異は払出し時に計算していたが、材料の在庫と製品在庫への按分は材料の払出しデータから作れたので、期末の材料・仕掛品・製品に1.1億円を配った。能率差異と操業度差異は全額を売上原価に落とした。 操業度差異のうち、主要顧客の生産調整で稼働が落ちた部分は、工場の損益ではなく販売部門の欄に移した。工場の管理部長が最後まで主張したのは能率差異の扱いだったが、配賦しても翌期の工場の損益に戻るだけだと表で示すと、議論はそこで終わった。 税務上は、差異の合計が総製造費用420億円の4%を超えていたため、操業度差異と能率差異についても期末棚卸資産への配賦を申告調整で行い、会計と税務の差を一時差異として管理した。翌年度の期首、取締役会の承認を得て、原価差異処理規程を改めた。「比較的多額」は総製造費用の3%、「予定価格等が不適当」は材料単価の前提から10%以上の乖離、工場の月次評価は配賦前の発生額という三つの数字が入っている。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、原価差異の処理の原則と例外を、基準のとおりに読む。 原価計算基準四七は売上原価への賦課を原則とし、在庫への配賦は、材料受入価格差異と、予定価格等が不適当なため比較的多額の差異が出た場合に限る。異常な状態に基づく数量差異などは非原価項目である。例外を使う条件は数値にして期首に文書にし、期末の業績を見てから選ばない。
第二に、差異を価格・数量・操業度に分け、それぞれの責任の宛先を決める。 価格差異は購買、能率差異は工場、販売減による操業度差異は販売か全社に置く。操業度差異を在庫に配ると、作りすぎた在庫ほど原価が高くなる。IAS第2号第13項が正常生産能力を基準にしているのは、この歪みを防ぐためである。
第三に、工場の成績は配賦前の発生額で測り、財務会計の在庫配賦は全社の調整として持つ。 そうすれば期末の処理方法は工場の評価に影響しなくなり、税務の配賦調整と会計の処理の差も経理の中で完結する。
原価計算基準四七の原則は、原価差異を当年度の売上原価に賦課することだ。在庫への配賦は、材料受入価格差異と、予定価格等が不適当なため比較的多額の差異が出た場合に限られる。この例外の条件に数値の定義がないので、期末の業績を見て処理を選ぶ余地が生まれる。
年度が始まる前に、三点を規程にしておく。差異の分解の単位と価格差異を受入時点で分けるかどうか、「比較的多額」と「予定価格等が不適当」の数値基準、非原価項目とする異常の定義である。工場の成績は配賦前の発生額で測り、在庫への配賦は全社の調整の行で持つ。



