全社コスト削減プロジェクトの初年度を締める経営会議。プロジェクト事務局の資料は、緑の丸が並ぶ一覧表から始まる。 購買、製造、物流、間接部門の四つの分科会が、それぞれ目標を上回った。合計は56億円、初年度の目標50億円に対して112パーセントである。続いてCFOが決算の見込みを説明する。 対象にした費用の合計は、前期の2,150億円から2,171億円へ、21億円増えている。56億円を削った会社の費用が、21億円増えている。 社長が事務局長に尋ねる。どちらの数字が正しいのか、と。どちらも正しい。 二つの数字は、別々の物差しで測られていて、つなぐ表がどこにもない。

POINT
コスト削減の効果がPLに出ないという相談は、施策の中身より先に、測り方で説明がつくことが多い。部門が報告する削減額は、それぞれの部門が選んだ比較の相手からの差である。 購買は、サプライヤーの初回の見積り額や前年の購入単価からの差を削減額と呼ぶ。製造は、歩留まりの改善で節約できた材料の量に単価を掛ける。間接部門は、廃止した業務の工数に時間単価を掛ける。 どれも嘘ではない。だが、PLの費用は「前期の実績」と比べて増えたか減ったかしか示さない。 両者の間には、少なくとも四つの隙間がある。売上の数量が増えれば、変動費は削減と関係なく増える。原材料や物流費や賃金の単価が上がれば、施策の効果はその上昇に相殺される。同じ部品の単価低下を、購買は価格交渉の成果、設計は仕様変更の成果として、それぞれ報告する。 削った人件費の業務を外注に出せば、費用は別の科目に移るだけである。削減額を足し上げる表とPLの表をつなぐには、施策を始める前に、何と比べて削減と呼ぶかを一つに定めておく必要がある。 始めた後に決めると、各部門は自分の成果が大きく見える比較の相手を、正直に選ぶ。

削減額の列には、PLに届かない四種類の数字が混ざる

冒頭の56億円を、分科会ごとの報告書まで戻って仕分けると、PLに届かない数字は四つの形で入っている。

一つ目は、比較の相手のすり替えである。 購買の報告には、サプライヤーの初回見積りからの値引き額が入っている。初回見積りは一度も支払ったことのない金額なので、そこからの値引きは、前期の費用と比べた削減にはならない。 前年より高い単価で買っていても、見積りより安ければ削減として数えられる(購買のコストダウン実績が粗利に出ない理由、購買価格差異と標準単価改訂のつなぎ方)。

二つ目は、施策どうしの二重計上である。 同じ部品について、設計が材質の変更で単価を下げ、購買がその新しい仕様でサプライヤーと再交渉する。設計は旧仕様の単価との差を、購買は新仕様の初回見積りとの差をそれぞれ報告し、同じ1円が二つの分科会の実績に入る。 物流の積載率改善と、拠点集約の効果も、同じ運賃の低下を取り合う。

三つ目は、科目の間の付け替えである。 間接部門の人員を減らして人件費を削減として報告し、その業務を外部に委託した費用は、別の部門の外注費として計上される。全社の費用としては、人件費から外注費に移っただけである。 内製と外注の比較では、残った固定費を見落とすと判断そのものを誤る(内製と外注のコスト比較で判断を誤る理由、固定費と遊休を含めた正しい比べ方)。

四つ目は、回避額である。 サプライヤーからの値上げの要求を断った額、あるいは要求の一部だけを受けた差額を、購買は削減として数える。交渉の成果としては本物だが、前期より費用が下がったわけではない。 市況の上昇を抑えたという意味で、単価の変動の行に入るべき数字である。

基準線は、数字ではなく方法として施策の前に固定する

四種類の混入を防ぐ手段は一つである。削減額を測る基準線を、全施策で共通の一本に決め、施策の開始前に固定する。

固定するのは、基準線の金額ではなく算出の方法である。多くの会社で使いやすいのは「前期の実績単価×当期の実績物量」である。 当期に施策を何もしなかったら、当期の物量をこなすのにいくらかかったかを表す。物量が増えた分は、基準線そのものが上がることで吸収される。 売上の増減を価格・数量・ミックスに分けるのと同じ発想を、費用の側に当てる(売上増減を価格・数量・ミックスに分解する手順と、交差項の扱いで変わる差異)。

市況による単価の変動は、基準線から外に出して別の行で測る。 原材料なら取引所や業界の市況、物流費や賃金なら、日本銀行の企業物価指数や企業向けサービス価格指数のように、会社の努力で動かない外部の指数を、費目ごとに施策の前に決めておく。指数に対して実際の単価がどれだけ下回ったかが、交渉の成果である。 回避額は、ここに入る。

1円は、1施策にしか帰属させない。 同じ費目に複数の施策が効くときは、帰属の順番を先に決めておく。たとえば、仕様変更で下がった分は設計に、仕様変更後の単価から交渉で下がった分は購買に帰属させる。科目の間の付け替えは、減った科目と増えた科目を同じ施策の中で相殺して、差し引きだけを削減とする。

そして、範囲の変化を分ける。 期中に子会社を買えば費用は増え、事業を売れば減る。どちらも削減とは関係がない。撤退で残った共通費が他の事業に乗り移っていれば、それも削減の実績から差し引いて見る(事業撤退で消えないコスト、本社費やシステム費が残った事業に乗り移る前に測る)。

物量に連動しない費用と、削減のためにかけた費用

「前期の実績単価×当期の実績物量」が使えるのは、材料や運賃のように、物量と単価に分けられる費用である。本社の間接部門の人件費や、システムの保守費、事務所の賃料は、出荷の数量とは連動しない。 こうした費用は、前期の実額を基準線にし、範囲の変化と、施策と関係なく決まる単価の変動だけを足し引きする。人件費なら、全社で決めた賃金の改定率を単価の変動の行に置き、人員の増減を施策の行に置く。 賃上げの分まで削減の未達として事業部に負わせると、施策の評価そのものが歪む。

もう一つ、削減額の報告から抜け落ちやすいのが、削減のためにかけた費用である。 早期退職の割増退職金、拠点を閉じる費用、新しいシステムの導入費。日本基準の会社では、割増退職金や拠点の閉鎖損失が特別損失に計上されることがあり、営業費用の削減だけが目標の上に残る。 橋渡しの表には、施策ごとに削減額とかけた費用を並べ、何年で回収したかを示す。費用をかけずに出た削減と、費用をかけて出した削減は、同じ1億円でも意味が違う。

当期のPLの費用は、四つの行を足すと閉じる。閉じない削減額は認めない
基準線
前期の実績単価×当期の実績物量
+
市況の変動
外部の指数で測った単価の上昇と下落
+
範囲の変化
買収・売却・新規連結で出入りした費用
+
施策の効果
1円を1施策にだけ帰属させた削減(負の値)
=
当期のPLの費用
この等式が月次で閉じる形でのみ削減額を認める
削減額を足し上げる表とPLの表は、この等式の上でしか一つにならない。等式を閉じる責任は、事務局ではなく経理に置く。

削減額を認めるのは、PLとの差を毎月説明できる形だけである

基準線を決めても、報告の様式が変わらなければ、会議で見る数字は元に戻る。事務局の一覧表の横に、前期の費用から当期の費用までの橋渡しの表を並べる。 冒頭の会社の初年度を、この形で並べ直すと次のようになる。

項目金額内容
前期の対象費用2,150億円売上原価と販管費のうち、プロジェクトの対象にした費目
物量の変動+18億円出荷数量の増加に伴う材料・物流・外注加工
単価の変動(指数どおりの場合)+39億円樹脂・鋼材の市況、運賃、賃金の上昇
うち交渉による上昇の回避−8億円値上げ要求を断った・圧縮した分
範囲の変化+3億円期中に連結に加えた子会社の費用
施策の効果−31億円重複と付け替えを除いた後の削減
当期の対象費用2,171億円前期比+21億円

報告された56億円は、この表の上で四つに分かれる。施策の効果として認められたのは31億円。 残りの25億円は、購買と設計が同じ部品を数えた11億円、人件費から外注費に移っただけの6億円、上昇の回避として単価の行に移した8億円である。31億円の削減は、実際にPLに届いた数字である。 ただ、同じ年に物量と単価で57億円、交渉による回避を差し引いても49億円の増加があり、削減はその一部を打ち消したにとどまる。経営会議で説明すべきなのは、「削減が効かなかった」ではなく、この構造である。

この表を閉じるのは、事務局ではなく経理である。施策を推進する側が効果も測ると、比較の相手を選ぶ誘惑から逃れられない。 経理は、月次決算の費用の実績から物量と単価の変動を差し引き、残りを施策の効果として分科会の報告と突き合わせる。報告の合計が表の施策の行を上回った月は、上回った分を分科会に差し戻し、どの隙間から入ったかを特定させる。 予算未達の分解と同じで、差異を分解する物差しを持つ者と、差異を説明する者を分ける(予算未達の差異を数量・単価・構成・タイミングに分解し、翌期の打ち手につなぐ手順)。

目標の立て方も、この表に合わせて直す。 削減の目標を「削減額の合計」で置くと、測り方の工夫で達成できてしまう。目標は、施策の効果の行で置くか、物量あたりの費用で置く。 市況の上昇を吸収しきれない年があることは、指数の行を見れば取締役会にも説明できる。本社費のように物量と連動しない費用は、そもそも削減額より総額の水準を他社と比べるほうが効く(本社費は配賦ルールより先に総額を説明する、コーポレート部門のコストの比べ方)。

設例

売上高2,400億円の住宅設備メーカー(3月決算)。3年で120億円のコスト削減を掲げ、購買・製造・物流・間接部門の四つの分科会を立ち上げた。 初年度の目標は50億円で、分科会の報告の合計は56億円だった。同じ年度、対象の費用は前期の2,150億円から2,171億円に増えた。 取締役会で説明がつかず、CFOは経理部の管理会計チームに、前期から当期への費用の橋渡しを作らせた。分科会の報告書を費目と部品の単位まで戻して突き合わせると、購買と設計が同じ部品の単価低下をそれぞれ報告していた額が11億円あった。 樹脂部品の材質変更で、設計は旧材質の単価との差を、購買は新材質の初回見積りとの差を数えていた。間接部門の人員の削減として報告された9億円のうち6億円は、同じ業務を受けた外部の委託先への支払として、別の部門の外注費に計上されていた。 購買の報告のうち8億円は、サプライヤーの値上げの要求を断った額だった。この25億円を除くと、施策の効果は31億円になる。 残る費用の増加は、出荷数量の3パーセント増による18億円、樹脂・鋼材・運賃・賃金の上昇による39億円(回避額を差し引いて31億円)、期中に連結した子会社の3億円で説明がついた。2年目から、会社は三つを変えた。 基準線を「前期の実績単価×当期の実績物量」に固定し、単価の変動は費目ごとに決めた外部の指数で測る。同じ部品に設計と購買の両方が効くときは、仕様変更による分を設計に、その後の交渉による分を購買に帰属させる。そして分科会の報告は、経理が作る月次の橋渡しの表の施策の行と一致したものだけを、実績として経営会議に載せることにした。 2年目の目標は、削減額の合計ではなく、出荷1単位あたりの対象費用を前期比で2パーセント下げることに置き直している。2年目の報告の合計は34億円で、初年度より小さかった。 経理の橋渡しの表の施策の行は32億円で、報告との差の2億円は、帰属の順番の読み違いとして翌月に整理された。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、削減額を測る基準線を、施策の開始前に方法として一本に固定する。 部門ごとに比較の相手が違うと、初回見積りからの値引き、同じ1円の二重計上、科目の間の付け替え、値上げの回避額が、同じ削減額の列に足される。基準線は「前期の実績単価×当期の実績物量」のように算出の方法で決め、物量の増減は基準線の側で吸収する。

第二に、市況の変動と範囲の変化を、施策の効果から分けて別の行で測る。 単価の変動は、日本銀行の企業物価指数や企業向けサービス価格指数、原材料の市況のような外部の指数を費目ごとに事前に決めて測り、交渉による回避額はこの行に入れる。1円は1施策にしか帰属させず、同じ費目に複数の施策が効くときの帰属の順番を先に決める。 買収・売却・新規連結で出入りした費用は範囲の行に置く。

第三に、前期と当期のPLの費用の差を、経理が毎月閉じる。 物量・単価・範囲・施策の四つの行で等式が閉じる形でしか削減額を認めず、報告の合計が施策の行を上回った分は分科会に差し戻す。冒頭の会社では、報告された56億円のうち施策の効果として残ったのは31億円で、同じ年に物量と単価で49億円の純増があった。 目標も削減額の合計ではなく、施策の行か物量あたりの費用で置く。

まとめ

部門の削減額が目標を超えても決算の費用が減らないのは、削減額とPLの費用を別々の物差しで測っているからだ。削減額の列には、初回見積りからの値引き、同じ1円の二重計上、科目の間の付け替え、値上げ要求の回避額が混ざる。

施策を始める前に、基準線を「前期の実績単価×当期の実績物量」のような方法で一本に固定し、市況の変動と範囲の変化は別の行で測る。前期から当期への費用の橋渡しは経理が毎月閉じ、その表の施策の行と一致した分だけを削減として認める。

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