「この製品、本当に儲かっているのか」——その問いに、御社の管理会計は正しく答えられているだろうか。多くの会社が使う全部原価計算(製造にかかった固定費まで製品1個あたりに割り振る方式)は、決算書を作るには正しい。だが、価格を下げてでも受注すべきか、赤字品を切るべきか——こうした「次の一手」を決める場面では、しばしば判断を誤らせる。
理由はシンプルだ。全部原価で出した「製品別利益」は、つくった量や在庫の積み方で動いてしまう。本当の儲けの感度は、そこには映らない。この記事では、限界利益と貢献利益という二つのモノサシで、価格・受注・撤退の判断を作り直す。教科書の定義ではなく、現場でどう数字を回すかに踏み込む。
全部原価の罠:利益が「つくった量」で動く
まず、なぜ全部原価のままだと危ないのかをはっきりさせたい。
全部原価計算では、工場の固定費(家賃・減価償却・正社員の人件費など、つくっても売っても変わらない費用)を、生産量に応じて製品1個あたりに配賦する。ここに落とし穴がある。たくさんつくると、固定費が大量の製品に薄く広がり、1個あたりの原価が下がる。売れ残った分の固定費は在庫(資産)として貸借対照表に残り、その期の費用から外れる。
この「量で利益が動く」ズレを会計用語では操業度差異と呼ぶ。標準的には〈(実際操業度−基準操業度)×固定費率〉で計算され、設備をどれだけ稼働させたかで損益がブレる(しごとカタログ)。つまり、固定費の配賦という仕組みそのものが、現金の出入りとは無関係に「紙の上の利益」を上下させる(マネーフォワード、ProSee View)。
筆者(CFOzine編集部)が現場で見てきた典型はこうだ。期末に工場を回して在庫を積む。全部原価ベースの月次は黒字になる。経営会議では「採算は取れている」と報告される。だが翌期、その在庫がさばけず、しわ寄せが来る。固定費は逃げも隠れもしない——一度払うと決めた家賃や正社員給与は、製品を1個多くつくっても増えないし、つくらなくても消えない。にもかかわらず、全部原価はそれを「1個あたりの変動費のような顔」で配賦する。ここが、価格や受注の判断を歪める震源地だ。
判断のためのモノサシは、固定費を製品に紛れ込ませない形に組み替える必要がある。それが限界利益と貢献利益だ。
限界利益と貢献利益:二つのモノサシを使い分ける
混同されがちな二語を、先に整理しておく。
広い意味では同じ言葉として使われることもあるが、実務では役割が分かれる。会社全体で「あといくら売れば固定費を回収できるか」を見るときは限界利益、製品や事業ごとに「単体でどこまで利益に貢献しているか」を見るときは貢献利益を使う(マネーフォワード、アタックス)。
この二段構えが効くのは、固定費を「逃げられる固定費」と「逃げられない固定費」に分けて考えられるからだ。製品をやめても本社費は消えない。だが専用設備のリース料は契約解除で消えるかもしれない。前者は共通固定費、後者は個別固定費。この線引きが、撤退判断の生死を分ける(後述)。
実務で組むなら、損益計算書を次の階段にする。費用を変動費・個別固定費・共通固定費の3つにタグ付けし直し、上から順に差し引いていくだけだ。
各段階の意味はこうだ。「売上高 −変動費」で限界利益、そこから「−個別固定費」で貢献利益、さらに「−共通固定費」で営業利益にたどり着く。この形にしておくと、製品ごと・事業ごとに、どの段階で黒字か赤字かが一目で読める。難しい新システムは要らない。費用を3つにタグ付けし直すだけで、見える世界が変わる。
価格と受注:限界利益がプラスなら、その注文は会社を太らせる
ここからが現場の正念場だ。「赤字すれすれの値引き注文、受けるべきか」。
全部原価で考えると、こうなる。1個あたり原価1,000円(変動費600円+配賦された固定費400円)の製品に、800円で1,000個ほしいという引き合いが来た。原価割れだから断る——これが多くの現場の反射だ。だが、この判断はしばしば間違っている。
正しくは限界利益で見る。この注文を受けても固定費は1円も増えない(家賃も正社員給与も変わらない)。だから売値と変動費の差額は、まるごと固定費の回収、ひいては利益に上乗せされる。
つまり、**価格の最低ラインは「全部原価」ではなく「変動費」**だ。変動費を上回りさえすれば、その差額は固定費回収に貢献する。これが値引き受注を冷静に裁くための一本目の刃になる(ミロク情報サービス、城南支部)。
ただし——ここを言い切らないと無責任になる——限界利益プラスなら何でも受けてよい、ではない。実務では必ず次の三つを同時に確認する。
- 生産能力に余力があるか。 これは「手すきの設備で受ける追加注文」の理論。能力が一杯で、この注文のために通常価格の製品をあきらめるなら、捨てた利益(機会原価=他を選んでいれば得られた利益)を引かねばならない。フル稼働中に限界利益だけで判断すると足元の利益を削る(Wheat)
- 既存価格を壊さないか。 安値が常連客に伝わり正規価格が崩れれば、目先の20万円より大きな出血になる。スポット・新規市場・違う販路など、本体価格と切り離せる注文かを見極める
- 「変動費」を取りこぼしていないか。 配送費・決済手数料・追加の梱包・残業代——これらも変動費。「材料費だけ」が変動費だと思い込むと限界利益を過大評価する
この三点を踏まえれば、限界利益分析は値引き交渉の最強の武器になる。相手の予算が厳しいとき、「いくらまでなら受けられるか」の底(=変動費)を自社が握っていれば、勝てる見積りを根拠を持って出せる。逆に、底を知らない会社は、怖くて値引けないか、根拠なく安請けして自滅するかのどちらかだ。
撤退:貢献利益がプラスの事業を、本社費の配賦で切ってはいけない
最後は、もっとも誤りが多い「赤字事業の撤退」だ。
全部原価ベースのセグメント損益では、本社費(共通固定費)が各事業に配賦される。すると、ある事業が「営業赤字」に見える。「足を引っ張っているから撤退」——この結論に飛びつく前に、必ず貢献利益まで戻して見てほしい。判断の分かれ目は、配賦前の貢献利益がプラスかマイナスか、その一点にある。
なぜなら、撤退しても本社費は消えないからだ。その事業が負担していた本社費は、残った事業に丸ごと付け替わる。結果、撤退後に会社全体の利益はかえって悪化する——貢献利益のぶんだけ(原価計算 セグメント別損益)。
数字で言う。ある事業の貢献利益が年300万円、そこに配賦された本社費が500万円。セグメント損益は200万円の赤字に見える。だがこの事業を畳めば、300万円の貢献利益が消え、500万円の本社費は他事業へ移るだけだ。
正しい撤退ラインは、貢献利益がマイナスのときだ。売上が変動費+個別固定費すらまかなえていない事業は、続けるほど出血する。ここで効いてくるのが、固定費の線引きの精度だ。撤退で本当に消える費用(個別固定費=専用設備、その事業限りの人員や契約)はいくらか。短期的には、個別固定費は基本構造を変えない限り回避できないため、まずは個別固定費を引く前の限界利益で各事業の稼ぎを比べ、そのうえで「この個別固定費は撤退で消せるのか」を一件ずつ詰める(原価計算 セグメント別損益、mcframe)。
全部原価は決算のための言語、限界利益・貢献利益は意思決定のための言語だ。両方を持ち、場面で使い分ける。価格の底は変動費で握り、撤退は貢献利益で裁く——この二つを徹底するだけで、「なんとなく原価割れだから断る」「赤字に見えるから畳む」という反射的な判断から抜け出せる。固定費の壁は、消そうとすると越えられない。だが「逃げられる固定費」と「逃げられない固定費」に分けて、回収のロジックを組み直せば、壁は採算管理の味方になる。



