期末監査の終盤、監査法人の主査から連絡が入る。今期から始めた海外メーカー製品の取次販売について、在庫リスクも販売価格の決定権も持っていない以上、代理人として手数料相当の純額で売上を計上すべきではないかという指摘である。 経理部は慌てて契約書を取り寄せる。担当者が起票し、係長が確認し、課長が承認した伝票が半年分並んでいる。三人とも、確認欄に印を押している。 確認していたのは、請求書の金額と伝票の金額が一致しているか、売上高と仕入高の科目が正しいか、消費税の区分が正しいか、だった。この取引を総額で売上に立ててよいのかという問いは、三人の誰の確認項目にも入っていなかった。 二重チェックは、三重に行われていた。止まらなかったのは、誰もその種類の誤りを見る役になっていなかったからである。
再計算のレビューが止めるのは、主に転記と計算の誤りである
決算レビューの典型は、担当者が作った数字を、上長がもう一度計算し直す形をとっている。明細の合計が残高と合っているか、前月からの増減は説明できるか、伝票の金額は証憑と一致しているか。
この確認で見つかるのは、主に基準第24号の分類でいう一つ目、データの収集又は処理上の誤りである。桁の打ち間違い、転記漏れ、集計範囲の誤り。これらは確かに起きるが、上長の目で止める種類の誤りとは言いにくい。 システムの照合、明細と残高の自動突合、前月比の閾値チェックといった仕組みで、担当者の手元を離れる前に止められる種類の誤りだからである(勘定残高の証憑突合と明細レビュー、四半期レビューに耐える残高保証の手順)。
一方で、決算の訂正につながりやすいのは、二つ目と三つ目の側である。 引当金の前提にした事実が期中に変わっていたのに、見積りに反映されていなかった。新しい契約を、従来の類似取引と同じ処理で流していた。これらの誤りは、再計算しても見つからない。 計算は合っているからである。冒頭の取次販売も、金額と科目と税区分はすべて正しかった。間違っていたのは、総額で売上に立ててよいかという判断のほうである。
つまり、全件を上長が再計算する体制は、工数を倍にして、止まる誤りの種類を一つも増やしていない。 担当者と上長が同じ種類の誤りを二回探し、別の種類の誤りは誰も探していない。二重チェックが形だけになる理由は、見る人の怠慢より、二人が同じものを見ていることのほうにある。
階層は、金額でなく誤りの種類で分ける
レビューの設計を直すとき、よくある案は金額で階層を切ることである。一千万円以上は課長、一億円以上は部長、というように。これは見る人の数を金額に比例させる設計で、見る中身は変わらない。 一億円の伝票を部長が再計算しても、見つかるのはやはり転記と計算の誤りである。
切るべき軸は二つある。一つは、その数字に含まれる誤りの種類が、計算の誤りか判断の誤りか。 もう一つは、その取引が毎期繰り返しているものか、初めてのものかである。
左下は、上長のレビューから外してよい領域である。毎月同じ形で発生し、同じ計算で出る数字は、照合の仕組みに任せる。上長が見るのは、照合の仕組みが今月も動いたかどうかである。
左下の再計算をやめるときには、手続が一つ要る。係長の全件確認が、財務報告に係る内部統制の評価でリスク・コントロール・マトリクス上のキーコントロールに指定されているなら、廃止にはマトリクスの改訂と、監査人との事前の協議が要る。 代わりに置くシステムの照合や自動突合は業務処理統制として評価されることになり、その前提として、変更管理やアクセス管理といったIT全般統制が有効であることが求められる。照合のルールを経理の担当者自身が自由に書き換えられる状態なら、その照合は統制として数えにくい(内部統制の3点セットの作り方と更新、形だけの文書にしない運用)。
左上は、初めての取引の入力である。初回だけ上長が処理の型を承認し、承認した型を二回目から左下の仕組みに乗せる。ここで大事なのは、二回目以降を上長の手元に残さないことである。 残すと、半年後には初回の取引と定型の取引が同じ机に積まれ、区別がつかなくなる。
右下は、毎期繰り返す見積りである。引当金、棚卸資産の評価損、固定資産の減損の兆候判定、繰延税金資産の回収可能性。ここで見るのは計算より前提である。 見方は後で述べる。
最も上の階層で見るべきなのは右上の領域だ。初めての契約類型、初めてのスキーム、初めての国での取引。金額が小さくても、ここだけは経理責任者まで上げる。 理由は単純で、会計方針の当てはめ違いは、発見されるまで毎月同じ誤りを繰り返すからである。監査基準報告書450のA7項も、虚偽表示は単発的に発生するとは限らず、内部統制が機能していないことや、企業が広範囲に適用している仮定や評価方法が不適切であることから生じている場合には、他の虚偽表示が存在する可能性を示唆している、としている。 初回は三十万円の誤りでも、見逃せば同じ型の取引が増えるたびに同じ誤りが積み上がる。
見積りのレビューは、前提の変化と前期の答え合わせだけを見る
右下の見積りについて、上長が見るべきものは二つに絞れる。
一つ目は、前提が変わったかどうかである。 貸倒引当金なら取引先の信用状態、評価損なら販売計画と市況、減損なら事業計画と使用状況。計算式が同じでも、前提にした事実が期中に変わっていれば見積りは誤りになる。 基準第24号が二つ目の類型として挙げる「事実の見落としや誤解から生じる会計上の見積りの誤り」の多くは、これに当たる。上長は計算を追わず、前提として置いた事実の一覧を見て、期中に変わったものがないかだけを問う。
二つ目は、前期の見積りの答え合わせである。 前期末に置いた引当金が、当期中にどれだけ実際に取り崩されたか。評価損を置いた在庫が、実際にいくらで売れたか。監査人が監査基準報告書540第13項に基づいて毎期行っているこの検討を、社内でも先にやっておく。 同項は、この検討が見積り時点で利用可能だった情報に基づく過年度の判断を問題とするものではないとしており、目的は責任追及より、見積りの癖を知ることにある。毎期同じ方向に外れているなら、それは前提の置き方の偏りを疑う材料になる(引当金の見積りの責任分担、前提は事業部・水準は経理・承認は経営)。
この二つだけを見るレビューは、再計算より短く済み、しかも止まる誤りの種類が違う。同じ時間を使うなら、再計算より、前提の一覧と前期の答え合わせに使うほうが、訂正につながりやすい種類の誤りに届く。
初めての取引を、上に上げる仕組みにする
右上の領域には、固有の難しさがある。初めての取引は、担当者の側から見て「初めて」だと気づかれにくい。 取次販売の請求書は、自社で仕入れて売る商品の請求書と同じ形で届く。担当者から見れば、いつもの売上と仕入である。
そこで、初めての取引を担当者の判断に頼らず、機械的に拾う仕組みが要る。 拾う網は三つある。新しく登録された取引先、初めて使われた勘定科目や税区分、そして法務や購買の稟議で新しい契約類型として上がってきたもの。 前の二つは会計システムのマスタ登録と転記の記録から毎月抜ける。三つ目は、稟議の回付先に経理を入れておけば届く(収益認識基準の運用でつまずく原因、契約情報を経理へ届ける流れの作り方)。
網にかかったものは、金額にかかわらず、会計処理の判断を一枚にまとめて経理責任者に上げる。 何の契約か、どの基準のどの論点に当たりうるか、どう処理するか、その理由。この一枚が、そのまま左上の「処理の雛形」になり、承認された時点で二回目以降は定型の側に移る。 監査法人との事前協議が必要なものは、この一枚をそのまま持っていけばよい(監査法人の指摘が期末に集中する原因と、四半期ごとに論点を前倒しする方法)。
承認印でなく、何を見て通したかを残す
最後が記録である。残高と裏付けが一致していることを示す記録の作り方は、勘定残高の保証として別に整理してある(勘定残高の証憑突合と明細レビュー、四半期レビューに耐える残高保証の手順)。ここで扱うのは、それとは別の、判断のレビューの記録である。 残高の記録が「数字が合っているか」を残すのに対し、判断のレビューの記録は「何を見て、その判断を通したか」を残す。
欄は四つで足りる。見た対象、比べた基準、調べることにした閾値、質問と回答。 右下の見積りなら、見た対象は前提一覧のうち期中に変化があったもの、比べた基準は前期の見積りと確定額の差、閾値は差が何割を超えたら前提を見直すか、になる。右上の新規取引なら、会計処理の判断の一枚を添付し、質問と回答の欄に監査法人との協議の要点を書く。確認欄の印や電子承認のタイムスタンプは誰が通したかを示すが、効いていたかどうかは示さない。 四欄が埋まっていれば、監査人がそのレビューを統制として評価するときに、どの誤りをどの精度で止めるつもりだったのかが読める。書く量は増えるように見えるが、左下の再計算をやめた分で吸収できる。 そして記録が残っていれば、翌期に担当が替わっても、何を見ればよいかが引き継がれる。
- 決算の作業を、計算・転記の誤りが問題になるものと、判断の誤りが問題になるものに分けたか
- 毎期繰り返す計算について、上長の再計算に代わる照合と閾値チェックを置いたか
- 初めての取引先・勘定科目・税区分を毎月自動で抜き出す手順を決めたか
- 新しい契約類型の稟議が経理に回る経路を作ったか
- 見積りごとに前提とした事実の一覧を作り、期中の変化を問う担当を決めたか
- 前期の見積りと確定額の差を、監査人より先に社内で検討する時期を決めたか
- レビュー記録に、見た対象・比べた基準・閾値・質問と回答の四欄を置いたか
決めるのは三つ
第一に、上長による全件の再計算をやめ、計算と転記の誤りは照合の仕組みで止める。 企業会計基準第24号は誤謬を、財務諸表の基礎となるデータの収集又は処理上の誤り、事実の見落としや誤解から生じる会計上の見積りの誤り、会計方針の適用の誤り又は表示方法の誤りの三つに分けている。再計算で見つかるのは主に一つ目で、それはシステムの照合と閾値チェックで担当者の手元を離れる前に止められる。 ただし全件確認がキーコントロールに指定されているなら、廃止の前に統制の文書を改訂し、監査人と協議する。担当者と上長が同じ種類の誤りを二回探す体制は、工数を倍にして、止まる誤りを増やさない。
第二に、レビューの階層を金額でなく、誤りの種類と取引の新しさで切る。 毎期繰り返す計算は仕組みに任せ、初めての取引の入力は初回だけ雛形を承認して定型に移す。毎期繰り返す見積りは前提の変化と前期の答え合わせだけを見る。初めての取引の会計処理は、金額が小さくても経理責任者まで上げる。 監査基準報告書450のA7項が示すとおり、広く適用している仮定や方法が不適切であれば誤りは単発では済まず、方針の当てはめ違いは発見されるまで毎月繰り返す。初めての取引は担当者の判断に頼らず、新規の取引先・勘定科目・税区分と、新しい契約類型の稟議から機械的に拾う。
第三に、承認者が何を見て通したかを記録に残す。 印とタイムスタンプは誰が通したかを示すが、効いていたかどうかは示さない。見た対象、比べた基準、閾値、質問と回答の四欄を置く。 見積りについては、監査基準報告書540第13項が監査人に求めている過年度の見積りの確定額又は再見積額の検討を社内で先に行い、その結果を記録に添える。毎期同じ方向に外れている見積りがあることを、監査人だけが知っている状態をなくす。
売上高860億円の住宅設備メーカー。経理部は18名で、月次決算は第6営業日に確定していた。レビューは「全伝票を係長が確認、一千万円以上は課長が再確認」という規程で、係長3名の月末から第5営業日までの時間の約六割がこの確認に使われていた。 見直しのきっかけは、前期の期末監査で指摘を二件受けたことである。一件は、新たに始めた設備の据付サービスを製品の販売と一体で売上計上していたもので、履行義務を分けて判断すべきだという指摘だった。もう一件は、製品保証引当金の繰入率を三年間据え置いていたが、その間に保証期間を延長した製品群があったというものだった。 どちらの伝票にも、係長と課長の確認印が押されていた。経理部長がまず調べたのは、過去二年分のレビューで実際に見つかった誤りの内訳である。 係長の確認で差し戻された伝票は年間で約410件あり、ほぼ全件が金額・科目・税区分・部門コードの誤りだった。このうち約七割は、同じ誤りが会計システムの入力チェックや照合で止められる種類のものだった。 判断の誤りで差し戻された伝票は、二年間で一件もなかった。監査で指摘された二件は、社内のレビューでは一度も論点として上がっていない。 改修は三つに分けて進めた。第一に、定型の計上と振替について係長の全件確認を廃止し、入力時の検証ルールと、明細と残高の自動突合、前月比二割超の変動の自動抽出に置き換えた。 残る約三割は部門コードと税区分の判断を伴う入力で、全件確認の代わりに、課長が月次の抽出サンプルを確認する運用に残した。全件確認は内部統制の文書でキーコントロールに指定されていたため、切り替えの前に文書を改訂し、監査法人と協議している。第二に、毎月の抽出として、初めて登録された取引先、初めて使われた勘定科目と税区分、法務の稟議で新規の契約類型とされたものの一覧を作り、課長が会計処理の判断メモを確認する運用にした。初年度にこの網にかかった新規の契約類型は14件で、そのうち3件は会計処理を従来と変えている。 第三に、引当金と評価損について見積りごとに前提の一覧を作り、四半期ごとに前期見積りと確定額の差を部長が確認することにした。製品保証引当金は、この検討で繰入率を製品群別に分けている。係長3名の確認に使っていた時間は、月末から第5営業日までで約六割から二割弱に減った。 空いた時間は、見積りの前提一覧の整備と、新規取引の判断メモの作成に回っている。翌期の期末監査で、判断の誤りについての指摘は出ていない。 課長の一人が部内の勉強会で言っている。前は伝票の数字を見ていた。今は伝票の外にある事実を見ている。見る場所を変えただけで、確認の時間は減った。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。



