着任して半年のCFOが、自分の予定表を1か月分さかのぼって数えた。働いた時間はおよそ190時間で、そのうち62時間が決算に関わるものだった。 月次の差異の確認に26時間、監査法人との打合せに14時間、仕訳と見積りの承認に10時間、開示資料の読み込みに12時間である。銀行との借換えの交渉と、検討中の買収の価格の検証は、どちらも夜と週末に回っていた。経理部長は優秀で、締めは5営業日で終わっている。 それでもCFOの机には、毎月、部門別の差異の説明資料が40枚届く。部長に尋ねると、こう答えた。「最後はCFOがご覧になるので、判断の要りそうなものは全部お持ちしています」。
CFOが最後に見ると分かっていると、経理部長は結論を持たずに上げる
CFOが締めの細部を見る理由は、三つほどある。経理の出身で、自分で見たほうが早い。経営会議で細かい数字を聞かれたときに答えられないのが怖い。監査法人の側が、論点の相談相手としてCFOを指名してくる。どれも筋の通った理由で、だから止まらない。
ところが、これを経理部長の側から見ると、仕事の性質が変わる。最後にCFOが見ると分かっている資料には、自分の結論を書く必要がない。 差異の原因を並べ、選択肢を並べ、判断を仰ぐ。引当金の水準も、監査法人から来た論点への回答も、同じ形になる。部長の仕事は、部下の作った資料を集めて整え、CFOの時間を押さえることになる。作業の取りまとめ役である。
この状態が数年続くと、二つのことが起きる。一つは、経理部長が判断の経験を積まないまま年次だけを重ねることである。次のCFOを社内から出せるかという問いに、答えがなくなる(CFO候補の見極めと育成、経理部長との違いを5つの判断軸で整理する)。もう一つは、その下の課長たちへの影響である。部長が判断しないなら、課長も判断を上に送る。課長が作業を抱えて管理の仕事に移れない問題と、根は同じところにある(経理マネージャーがプレイングマネージャーから抜けられない構造と移行設計)。
CFOの側の損失は、時間である。冒頭の62時間は、月の3分の1に当たる。その時間に進まなかったのは、借換えの条件の比較と、買収の価格の検証だった。どちらも、CFOのほかに決められる人がいない。
渡すのは、見積りの水準、監査対応の窓口、締めの品質の三つである
CFOから経理部長へ渡す仕事は、三つにまとめられる。
一つ目は、見積りの水準である。 貸倒引当金、賞与引当金、棚卸資産の評価、固定資産の減損の兆候の判定。これらの水準を決める仕事を、金額の基準を置いて経理部長に渡す。基準は、たとえば税引前利益の計画の3%というように、会社の数字に結び付けて決める。基準額までは部長が結論を出し、CFOには結果だけを報告する。基準額を超えるものと、前の期から方法を変えるものは、部長が自分の結論を付けてCFOに上げる。渡すのは計算ではなく、この水準でよいと言い切る役である。 前提を出す事業部、水準を決める経理、承認する経営という分担の中で、経理の席に座るのは経理部長になる(引当金の見積りの責任分担、前提は事業部・水準は経理・承認は経営)。
二つ目は、監査対応の窓口である。 監査チームの現場の責任者との日常の協議は、経理部長が受ける。論点が出たら、部長が会社の見解をまとめて回答する。CFOが出るのは、四半期ごとの監査責任者との協議と、監査役等への報告の場、それに修正を受け入れるかどうかの最後の判断である。監査法人には、窓口が変わることをCFOの口から伝える。 これを省くと、監査法人はこれまでどおりCFOに連絡し、部長の頭越しに話が進む。論点を期末まで寝かせないための四半期の段取りも、窓口が部長になって初めて回る(監査法人の指摘が期末に集中する原因と、四半期ごとに論点を前倒しする方法)。
三つ目は、締めの品質である。 月次の数字が確定したと宣言するのを、経理部長の仕事にする。CFOへの報告は、40枚の差異の説明をやめ、1枚の例外報告に変える。書くのは、基準額を超えた差異、未解決の論点、翌月に持ち越した修正の三つだけである。CFOは、その1枚に載っていない差異については聞かない。経営会議で数字を説明するのも部長の役にすると、部長は自分の言葉で論点を語る必要に迫られる(経理部長の経営会議報告を、読み上げから論点提示に変える訓練の進め方)。
口頭では渡らない。基準額と報告の形を文書にする
「任せる」と言うだけでは、何も変わらない。経理部長にとって、どこまで自分で決めてよいのかが分からなければ、安全なのは上に持っていくことだからである。
文書に書くのは四つである。経理部長が単独で決めてよい範囲、CFOに上げる基準額と事由、報告の様式と頻度、そしてCFOの手元に残す判断の一覧。分量は2枚あれば足りる。職務権限の規程に決裁の項目として載せておくと、人が替わっても線が残る(職務権限規程の作り方、決裁の金額基準と項目を一覧表に落とす手順)。
CFOの手元に残す判断は、絞って書く。会計方針の変更。基準額を超える見積りと、減損や繰延税金資産の取崩しのように業績の見通しに関わる判断。過去の決算の訂正。監査法人の修正の求めを受け入れないと決めること。経営者として監査法人に提出する確認書の内容。これらは、経理部長が結論の案を作ったうえで、CFOが決める。 残す判断でも、案を作るのは部長である。
渡す順番にも工夫がいる。三つを同じ月に渡すと、部長の手が足りなくなる。筆者は、締めの品質、監査対応の窓口、見積りの水準の順を勧める。月次は毎月あるので慣れるのが早く、誤っても翌月に直せる。見積りは年度の利益に響くので、最後にする。全体で2四半期から3四半期を見込む。
もう一つ、部長の下も動かす必要がある。部長がCFOから仕事を受け取るには、部長が持っている仕事を課長に渡さなければならない。 残高の明細の確認や、少額の仕訳の承認は、課長と係長の層に下ろす。上から一段ずつ、同じことをする。
渡した後に誤りが出ても、取り上げない
渡した後の最初の数か月で、ほぼ確実に誤りが出る。引当の水準が甘かった、差異の原因の説明が翌月に覆った、監査法人への回答が後で修正になった。このときCFOが仕事を引き取ると、やり直しはきかない。 部長は、結論を持っていくと取り上げられると学び、以前より慎重に、すべてを上げるようになる。
そこで、渡す前に、戻す条件を決めておく。たとえば、同じ種類の誤りが2四半期続いたとき、あるいは監査での修正の合計が基準額を超えたときに、その領域だけ一時的にCFOの確認を挟む。条件を先に決めておけば、戻すことは罰にならず、決めた手続の実行になる。条件に当たらない誤りは、部長が原因を調べて次の月の報告に書く。
CFOの側にも、決めておくことがある。見ないと決めたものを、見ない。 気になる差異を部長に直接聞くのはかまわない。担当者に直接聞くと、線が消える。経営会議で細部を問われて答えられなかったら、部長に答えさせるか、持ち帰る。CFOが細部まで即答できることは、経営にとって価値が小さい。価値が大きいのは、借換えの条件や投資の採否について、CFOが考え抜いた案を持っていることである(キャピタルアロケーション(資本配分)の決め方、原資と使い道の優先順位)。
見積りについては、後から検証する仕組みを付けておくと、任せやすくなる。前の期の見積りと実績の差を、年に一度、部長がまとめて報告する。水準の決め方が妥当だったかを、通年の当たり外れを材料にして話せる(見積りの精度を後から検証する方法、引当金と耐用年数のバックテスト)。
電子部品の商社(売上高1,100億円、3月決算、プライム上場)。事業会社の経理部長から転じたCFOは、着任から1年、月次の差異の説明を全部門分、自分で読んでいた。 予定表を数えると、決算に関わる時間は月におよそ60時間だった。その年、取引銀行との借換えの条件の比較が遅れ、提示された条件をほぼそのまま受けた。CFOは経理部長と話し、三つを順に渡すと決めて、2枚の文書にした。4月から、月次の確定は経理部長が宣言し、CFOへの報告は1枚の例外報告になった。 7月に、CFOが監査法人の責任者に、日常の窓口は経理部長になると伝えた。10月から、税引前利益の計画の3%までの見積りは部長が決めることにした。最初の半年で、誤りは2件出た。売掛金の滞留の見落としによる貸倒引当金の不足が1件、在庫の評価の基準の当てはめ違いが1件で、どちらも翌四半期に直した。戻す条件には当たらず、CFOは引き取らなかった。1年後、CFOが決算に使う時間は月におよそ20時間になった。 空いた時間で、CFOは借入の満期の分散と、遊休不動産の売却の検討を進めた。経理部長は、仕訳の承認と残高の確認を課長2人に下ろし、経営会議で月次を自分で説明している。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、CFOが決算に使っている時間を、1か月分数える。 差異の確認、監査法人との打合せ、承認、開示の読み込みに分ける。その時間に進まなかった資本と資金の案件を、横に書く。
第二に、締めの品質、監査対応の窓口、見積りの水準を、この順に経理部長へ渡す。 単独で決めてよい範囲、CFOに上げる基準額、報告の形、CFOに残す判断を文書にする。監査法人には、CFOから窓口の変更を伝える。
第三に、戻す条件を先に決め、条件に当たらない誤りでは取り上げない。 CFOは、例外報告に載っていない差異を担当者に直接聞かない。
CFOが締めの細部まで見る会社では、経理部長は結論を持たずに資料を上げるようになり、作業の取りまとめ役に留まる。二人の能力の問題に見えるが、原因は、どこまでが経理部長の判断かという線が文書になっていないことにある。
締めの品質、監査対応の窓口、見積りの水準を、基準額と報告の形を決めて渡す。CFOの手元には、会計方針の変更や訂正など数個の判断だけを残す。渡した直後の誤りは見込んでおき、戻す条件を先に決める。空いた時間は、CFOにしか決められない資本と資金の判断に使う。



