「うちのCFOは、決算と監査対応で一年が終わる」——そんな会社が、いまの日本にはまだ多い。だが資本市場の要求は確実に変わった。決算を締め、内部統制を回す「守り」だけでは、もうCFOの仕事は半分しか終わっていない。残りの半分——どこにお金を置き、どの事業を伸ばし、どの事業を畳むか。この資本配分(限られたお金を、どの事業・投資に振り向けるかの判断)こそ、いま財務トップに突きつけられている本丸だ。本稿はCFOzine編集部が、CFOの役割が「守り」から「攻め」へ広がる流れを、日本企業の現実に即して整理する総論である。
「守り」だけでは評価されなくなった——東証要請という分水嶺
潮目を決定的に変えたのは、2023年3月に東京証券取引所がプライム・スタンダードの全上場会社へ出した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請だ。平たく言えば「PBR(株価純資産倍率=株価が会社の純資産の何倍で評価されているか)が1倍を割っている会社は、稼ぐ力か成長期待のどちらかが市場に評価されていない。改善の方針と目標を、投資家にわかる形で出しなさい」という、踏み込んだ要請だった。
その後の浸透は速い。とりわけPBRが1倍を割る企業ほど、対応を迫られている。背景には、2014年の「伊藤レポート」(経済産業省のプロジェクト報告書)がROE(自己資本利益率=株主資本でどれだけ稼いだか)8%という目線を投げ込み、2015年のコーポレートガバナンス・コード(上場企業の経営の作法を定めた指針)へとつながった、ここ約10年の流れがある。
東証の集計では、要請への対応を開示したプライム市場の企業は2024年7月末で約8割に達した。
ここで効いてくるのが、財務トップの仕事の性質だ。決算の正確さや統制の堅牢さは、できていて当たり前——市場は加点してくれない。一方で「資本コストを上回る収益を、どの事業で、いつ、いくら稼ぐのか」は、CFOが説明しなければ誰も説明できない。守りは減点を防ぐ仕事、攻めは加点を取りにいく仕事。いまの資本市場は、守りができている前提で、攻めの設計図を見にきている。
「攻め」のCFOが実際にやっていること
攻めへの転換と聞くと抽象的だが、現場でやることは具体的だ。CFOzine編集部の見立てでは、攻めのCFOの仕事は大きく3つに分解できる。
- 資本配分の決定権を握る:手元の現金、稼いだ利益、借入枠——この原資を、成長投資・M&A・設備・株主還元のどこにいくら振るか。「各事業から上がってきた予算を足し合わせる」のではなく、会社全体の視点で配分を組み替える。ここでCFOが受け身だと、声の大きい事業部門に資源が流れ、全体最適は崩れる。
- 事業ポートフォリオに切り込む:ROIC(投下資本利益率=その事業に投じたお金がどれだけ利益を生むか)を事業ごとに測り、資本コストを下回り続ける事業には「立て直すか、売るか、畳むか」を迫る。撤退の議論は、CFOが口火を切らないと社内では先送りされやすい。嫌われ役だが、攻めの核心だ。
- 戦略を市場の言葉に翻訳する:経営トップの構想を、投資家が納得するROIC・ROE・キャッシュ創出の道筋へ落とし込み、同時に現場の日々の活動とつなぐ。CFOは「経営の言葉」「現場の言葉」「市場の言葉」の三つを行き来できる、数少ないポジションにいる。
PwCの「CFO意識調査2025年版」でも、業績予測や財務戦略づくりといった「攻め」の役割が増えたと感じるCFOが多い一方、ガバナンス強化や不正防止という「守り」も依然として重い、という両にらみの実態が浮かぶ。攻めは守りを捨てることではない。守りを土台に、その上で攻める。この二者択一にできない点こそ、日本のCFOの難しさだ。
日本企業ならではの壁——時間・人材・距離感
ここで地に足をつけたい。海外の「Chief Value Officer(最高価値責任者)」論をそのまま輸入しても、日本の多くの経理財務部門では絵に描いた餅になる。理由は3つある。
第一に、時間がない。月次・四半期・本決算、税務、監査対応、開示——守りの定常業務だけで経理財務の工数は埋まりがちだ。攻めの構想に充てる時間は、業務を減らさない限り生まれない。だからこそ、まず手をつけるべきは資本配分の高尚な議論ではなく、決算・支払・請求まわりの自動化や標準化で「守りの時間を削る」泥臭い作業だったりする。RPA(定型作業を自動化する仕組み)やシステム刷新で、年間数百時間規模の工数を削減したと報告される例もある。攻めの前提は、守りの効率化だ。
第二に、人材の型が合っていない。これまで経理財務人材は、簿記・税務・会計基準の正確さで評価されてきた。だが攻めに必要なのは、事業の中身を読む力、資本市場の感覚、プロジェクトを前に進める力、そして変化を起こす胆力だ。会計の専門家を採るだけでは届かない。CFO組織そのものを、攻め向きに育て替える必要がある。
第三に、事業との距離。攻めのCFOは、管理部門の奥に座っていてはできない。どの事業が、なぜ稼げないのか。現場の構造まで踏み込んで初めて、撤退や追加投資の判断ができる。経理財務が「数字を締める部署」から「事業を一緒に動かす部署」へ、社内での立ち位置を変えられるか。ここが分かれ目になる。
いまの財務トップに、結局なにが求められているのか
整理しよう。CFOの仕事は、決算と統制という「守り」から、資本配分・事業ポートフォリオ・成長投資という「攻め」へ、その重心を移しつつある。引き金は東証の資本コスト要請であり、その源流には伊藤レポート以来の約10年がある。守りはできて当たり前、攻めの設計図こそ市場が見にきている——これが現在地だ。
ただし、攻めは守りの放棄ではない。むしろ守りを効率化して時間を生み、その時間で攻めの構想を組む。日本企業にとって現実的な順序は、こうなる。
攻めのCFOとは、派手な投資判断を下す人のことではない。会社の限られたお金を、どこに置けば一番価値を生むかを、誰よりも具体的に語れる人のことだ。守りで信頼を積み、その信頼を元手に攻めの意思決定をリードする。いま財務トップに求められているのは、この地続きの役割だ。