「うちの経理部長は優秀だから、いずれCFOに」。その一言で、後継者計画を済ませた気になっている経営者は多い。だが、締めを一日も落とさず回す力と、限られた資金をどの事業に張るかを決める力は、まったく別の筋肉だ。経理部長としての評価がいくら高くても、それはCFOの適性をほとんど保証しない。
本稿は、社内のCFO候補を見極めるための判断軸を、決算実務の巧拙ではなく「経営の意思決定にどれだけ食い込めるか」で設計する。次の財務責任者を育てたい経営者・人事に向けて、誰を候補に据え、何を経験させればよいかを5つの軸で言語化する。
なぜ「優秀な経理部長=CFO候補」が危ういのか
経理部長は、企業の財務数値を正確に管理する責任者だ。締め・決算・税務・資金繰りを滞りなく回し、過去から現在の数字を経営に報告する。一方CFO(Chief Financial Officer=最高財務責任者)は、財務数値を管理するだけでなく、財務戦略そのものを立案・執行し、経営陣の一員として戦略を練る立場にある。経理部長が「経理部の責任者として財務を扱う」のに対し、CFOは「経営の責任者として財務を扱う」。同じ財務を見ていても、立っている場所が違う。
ここで効いてくるのが、日本企業特有の組織構造だ。日本の本社には経理財務部と経営企画部が別々にあり、それぞれ別の役員がいる。経理は「過去の数字を正確に処理する部門」、経営企画は「戦略を立案する部門」として、別々に発展してきた。だから経理畑をまっすぐ上がってきた人材は、戦略・投資判断・対投資家といった領域を構造的に経験しないまま部長になりがちだ。欧米ではこれらをCFOが一括して管掌するのが標準であり、その差が「経理部長は優秀なのにCFOが育たない」現象を生む。
そして人材市場を見れば、外から買ってくる選択肢も細い。PwC Japanの調査では、CFO組織(財務・経理・税務・経営管理など)の約8割が人材不足を感じていると報告されている。公認会計士やCFO経験者といった高度財務人材は監査法人・証券会社・上場企業に囲い込まれ、転職市場にほとんど出てこない。年収2,000万円を提示しても半年〜1年以上ポジションが埋まらない例は珍しくない。つまり、社内で見極めて育てる以外に現実的な道は、ほとんどない。
CFO候補を見極める5つの判断軸
候補の選別は、決算がどれだけ速く正確かではなく、「経営の意思決定にどれだけ関与してきたか・関与できるか」で行う。経理部長の動詞とCFOの動詞を、5つの軸で並べて見る。
① 締めを回す力か、締めの先を語る力か。 経理部長の本領は、月次・年次の締めを一日も落とさず正確に回すことにある。これは前提条件であって、加点項目ではない。CFO候補で見たいのは、出てきた数字を「だから次にどう動くか」へ翻訳できるか。たとえば「粗利率が2ポイント落ちた」で止まる人と、「この製品ラインから撤退すべきだ」まで踏み込む人の差だ。ここで役立つ概念がFP&A(Financial Planning & Analysis=財務計画・分析。数字を起点に事業を分析し、未来を予測する機能)で、経理が「過去を正確に処理する」のに対し、FP&Aは「未来の意思決定を支える」。候補が日常業務で後者の言葉を持っているかを聴く。
② 資金繰り表をつくる人か、資本構成を設計する人か。 経理部長が資金繰り表をつくる人だとすれば、CFOは資本構成そのものを設計する人だ。事業を動かす資金を、いくらで、どの手段(借入・増資・社債・内部留保)で調達するか。さらに調達した資金をどの事業に張るか——この資本配分(キャピタル・アロケーション)こそCFOの中核だ。EYの調査では、資本配分に組織的に取り組んだ企業の65%が「同業より多くの企業価値を創造した」と回答している。候補に「うちの余剰資金を今どこに張るべきか」と問い、自分の見解を持っているかを確かめる。借入条件の交渉経験や、投資の優先順位づけに関わった経験があれば強い。
③ 社内に説明する人か、資本市場と対話できる人か。 上場企業(あるいは上場を見据える企業)では、投資家・アナリスト・格付機関への説明責任をCFOが負う。決算説明会の質疑、機関投資家との個別ミーティング、ESG情報の開示——資本市場と対話する最前線に立つ。経理部長は社内の経営陣に報告するが、CFOは社外の厳しい目に晒され、会社の物語を自分の言葉で語る。候補に「自社の数字を、利害が対立する外部の専門家に説明できるか」という視点があるか。社内では通る説明が市場では通らない、という感覚を持っているかが分かれ目になる。
④ 自部門を守る人か、事業ポートフォリオを判断できる人か。 CFOは特定の事業に肩入れせず、全社の視点でどの事業を伸ばし、どこから撤退するかを判断する。これは経理部門の運営とは異なる筋肉だ。見極めの勘所は、候補が「自分の管掌領域の都合」を一度脇に置いて、全社最適で物を言えるか。自部門のコストや人員を守る発言ばかりなら、まだ部長の思考にとどまっている。事業の取捨選択に、痛みを伴う側も含めて踏み込めるかを見る。
⑤ 数字に責任を負う人か、損益(P/L)に責任を負った人か。 これは経験で測れる、最も明快な軸だ。経理部長は数字を正確に管理する責任を負うが、その数字を「つくり出す」責任は負っていない。CFO候補として一段上にいるのは、事業のP/L(損益計算書)に当事者として責任を負った経験のある人材だ。
売上を立て、コストを管理し、利益をひねり出す現場の痛みを知っているか。この一点で、財務の専門家と「事業を創り、伸ばす視点を持つ財務人材」が分かれる。
候補が決まったら、何を経験させるか
5軸で候補を絞ったら、足りない筋肉を計画的に積ませる。CFOに求められるのは、経理・財務の実務に加え、予算管理・資金調達・M&A・IR(投資家向け広報)まで含む幅広い経験だ。これらを偶然に任せず、後継者計画として設計する。
実務的に効果が高いのは、経理から一度離す異動だ。経営企画に置けば、中期経営計画の策定や全社横断のプロジェクト、M&Aの企画立案に触れられる。事業部門に出して事業部長や事業の数値責任を任せれば、軸⑤のP/L責任を本人の経験として獲得できる。
「数字を正確に処理する」場所から「数字をつくり出す」場所へ移すこと——これが経理部長をCFO候補へ変える、最も再現性の高い一手だ。
目安として、35〜40歳の段階で、経営戦略の立案・予算管理・経理・財務(資金調達・銀行対応・投資判断)・M&Aのコアスキルが一通り揃うよう逆算してローテーションを組む。重要なのは、これらをCFO組織として一元的に管理し、採用・育成・配置を計画的に回すことだ。
最後に強調したい。CFOが育たない最大の理由は、本人の能力ではなく、経理畑をまっすぐ上げるだけで「経営の意思決定に関わる経験」を与えてこなかった会社の設計にある。優秀な経理部長を持っているなら、半分は手にしている。残り半分は、締めの先・資本の配分・市場との対話・事業の取捨選択・損益への当事者責任——この5つを、意図して経験させられるかにかかっている。見極めとは選別であると同時に、設計の問題だ。
- 締めを正確に回す力とCFOの適性は別物。候補は決算の巧拙でなく「経営の意思決定にどれだけ食い込めるか」で見極める。
- 見極める5つの軸:①締めの先を語れるか ②資本構成を設計できるか ③資本市場と対話できるか ④全社で事業を取捨選択できるか ⑤P/Lに当事者として責任を負った経験があるか。
- 高度財務人材は市場に出ず(CFO組織の約8割が人材不足)、社内で育てる以外に現実的な道は薄い。
- 育成の核は経理から離す異動——経営企画と事業部門に出し、「処理する場所」から「つくり出す場所」へ移す。35〜40歳で5領域が揃うよう逆算する。
- CFOが育たないのは能力でなく会社の設計の問題。見極めとは選別であると同時に、設計の問題だ。



