工場の屋根の改修工事が終わり、請求書が経理に回ってくる。摘要欄には「屋根改修工事一式」とだけ書かれている。金額は1,800万円。担当者は工事を見ていないし、稟議書には「老朽化に伴う改修」としか書かれていない。この時点で、正しい判定に必要な情報はどこにも残っていない。
それでも決算は来るので、判定は下される。多くの場合、根拠になるのは金額だ。60万円を超えているから資産、あるいは前期末取得価額の10パーセント以下だから修繕費。**この二つは判定の本体ではなく、判定できなかったときの代替である。**代替を本体として使い続けている会社は、資産計上漏れと否認リスクを同時に抱える。
判定の本体は二要件。金額はその代替にすぎない
順序を確認しておく。法人税法施行令132条が本体で、法人税基本通達7-8-1と7-8-2が例示、7-8-3以下が形式基準である。実務では順序が逆になっていることが多い。
施行令132条の要件は二つある。一つは、支出によって、その資産の取得時に通常の管理又は修理をするものとした場合に予測される使用可能期間を延長させること。もう一つは、支出によって、支出時におけるその資産の価額を増加させることである。**両方に該当する場合は、いずれか多い金額が損金不算入になる。**足し算ではない。この一点だけでも、金額を先に見る発想とは相容れない。
通達7-8-1は資本的支出の例示を三つ挙げる。建物の避難階段の取付け等、物理的に付加した部分に係る費用の額。用途変更のための模様替え等、改造又は改装に直接要した費用の額。機械の部分品を特に品質又は性能の高いものに取り替えた場合の、その取替えに要した費用のうち通常の取替えの場合に要すると認められる費用の額を超える部分の金額。
三つ目が実務でよく落ちる。**同じ部品への交換なら修繕費、上位グレードへの交換なら差額だけが資本的支出になる。**この差額を出すには、通常品の見積りも取っておく必要がある。工事が終わってからでは取れない。
通達7-8-2は修繕費に含まれる費用を例示する。建物の移えい又は解体移築(旧資材のおおむね70パーセント以上をそのまま利用して、従前の建物と同一の規模及び構造の建物を再建築するものに限る)、機械装置の移設、地盤沈下した土地の地盛り、建物や機械装置等の移設に伴う費用などである。旧資材の割合という要件が入っている点に注意したい。移築なら修繕費、という覚え方は誤りである。
形式基準は「明らかでない場合」の逃げ道である
金額基準を並べておく。使う順序と、使ってよい条件が通達ごとに違う。
| 根拠 | 内容 | 適用の条件 |
|---|---|---|
| 法人税法施行令132条 | 使用可能期間を延長させる部分と価額を増加させる部分に対応する金額を損金不算入。いずれにも該当する場合はいずれか多い金額 | 判定の本体。工事の中身が分かれば、ここで決まる |
| 法人税基本通達7-8-1 | 資本的支出の例示(物理的な付加、用途変更のための改造・改装、上位グレードへの取替えの差額) | 例示。該当すれば資本的支出 |
| 同7-8-2 | 修繕費の例示(一定の要件を満たす移えい・解体移築、機械装置の移設、地盤沈下した土地の地盛りなど) | 例示。要件付きのものがある |
| 同7-8-3 | 一の修理、改良等の費用が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行われることが明らかな場合は修繕費として損金経理可 | 金額または周期が明らかであること |
| 同7-8-4 | 資本的支出か修繕費か明らかでない金額が、60万円未満または前期末取得価額のおおむね10パーセント以下なら修繕費として損金経理可 | 「明らかでない」ことが前提 |
| 同7-8-5 | 資本的支出か修繕費か明らかでない金額について、支出額の30パーセント相当額と前期末取得価額の10パーセント相当額のいずれか少ない金額を修繕費、残額を資本的支出とできる | 「明らかでない」ことに加え、継続適用が条件 |
| 同7-8-6の2 | ソフトウエアのプログラム修正等について、機能上の障害の除去や現状の効用の維持なら修繕費、新たな機能の追加や機能の向上なら資本的支出 | 修正の性質による |
7-8-4の「明らかでない」という文言を軽く見ないほうがいい。この通達は、判定を尽くしてもなお区分がつかない支出について、簡便な処理を認めるものである。工事の中身を確認しなかったから明らかでない、という状態は、通達が想定する「明らかでない」ではない。
税務調査でこの差が出る。調査官が見るのは金額ではなく、工事の内容が分かる資料である。設計図、仕様書、工事報告書、写真。これらから機能の追加や耐用年数の延長が読み取れる工事について、60万円基準で修繕費にしていれば、通達の適用要件を満たしていないという指摘になる。60万円という数字を守っていたことは、防御にならない。
7-8-5の特例も同じ入口を通る。対象はやはり「明らかでない金額」であり、そのうえで継続適用が条件になっている。都合のよい年だけ使うことはできない。使うなら方針として決め、以後の年も同じ扱いにする必要がある。単年度の税負担の調整弁として使える規定ではない。
資本的支出は、新しい資産をもう一つ取得したものとして扱われる
判定の次に落ちるのが、資本的支出とした後の処理である。
法人税法施行令55条1項は、資本的支出の金額を取得価額として、その有する減価償却資産と種類及び耐用年数を同じくする減価償却資産を新たに取得したものとすると定めている。ここを取り違えている会社が実際にある。本体資産の残存耐用年数で償却してしまう処理だ。
残存耐用年数が3年になっている建物附属設備に、耐用年数15年の資本的支出を行った場合、税務上はその15年で新規取得したものとして償却が始まる。**償却費は当初の想定よりずっと小さくなり、その差が毎期の申告調整として残り続ける。**修繕費として一括で落とすつもりだった支出が資本的支出になると、費用化のスピードは想定と桁違いに遅くなる。
固定資産税(償却資産)にも波及する。資本的支出は償却資産の課税標準に加算されるため、申告漏れがあると後年に修正が必要になる。修繕費として処理していた工事が調査で資本的支出と認定されると、法人税だけでなく償却資産の申告も遡って直すことになる。
固定資産台帳の設計も同時に問題になる。資本的支出を本体資産と一体の一行に押し込むと、後で切り離せなくなる。除却時に、どの部分がいつ計上されたものかを追えなくなるからだ。台帳では本体と資本的支出を別行で持ち、本体との紐づけをコードで管理する。基幹システム側の固定資産モジュールでは、この構造を前提にした設定が必要になる(固定資産管理をシステムでどう回すか)。
判定に必要な情報は、請求書に書かれていない
ここまでの要件を並べると、判定に必要な情報が何かがはっきりする。工事によって機能が増えたか。使用可能期間が延びたか。上位グレードへの交換なら、通常品ならいくらだったか。周期的な工事なら、前回はいつだったか。
**この四つは、いずれも請求書に書かれていない。**書かれているのは金額と「一式」という三文字である。発注した部門は知っているが、経理には伝わらない。工事が終わって数か月経ってから聞きに行くと、担当者は異動しているか、記憶が曖昧になっている。
だから判定の工程を、請求書の到着地点から発注の手前へ動かす。
稟議様式に足すのは四行でいい。この工事によって、従前になかった機能が加わるか。加わるなら、その内容を書く。この工事によって、当初想定していた使用可能期間が延びるか。延びるなら、何年程度か。部品や設備の取替えを含む場合、従前と同等品への取替えか、上位グレードへの取替えか。同種の工事を過去に実施しているか。実施しているなら、直近はいつか。
四行を書くのは経理ではなく、発注する部門である。ここが要点になる。経理が知らない情報を経理に判定させている構造が、そもそもの誤りである。
判定が難しい工事については、見積の段階で手を打つ。工事会社に、機能追加に係る部分と原状回復に係る部分を分けた内訳で見積を出すよう依頼する。相見積のタイミングであれば、この依頼は通る。工事が始まってからでは断られる。一式で受けた見積は、一式でしか請求されない。
決算で戻せない、というのは比喩ではない
判定を誤ったまま決算を締めるとどうなるか。修繕費として損金経理したものが資本的支出だった場合、資産計上が漏れ、償却費も計上されていない。逆に、修繕費でよかったものを資産計上した場合、その期の損金が過少になる。
前者は税務調査で指摘され、更正処分と加算税の対象になりうる。しかも一件では終わらない。同じ判定基準で処理してきた過去の工事が同様に見直される。屋根、外壁、空調、生産設備。修繕費として落としてきた工事の一覧が調査官の手元に並ぶ。
後者は自社の不利益だが、こちらも簡単には戻らない。損金経理を要件とする規定は、その期に損金経理していなければ適用できない。資産計上してしまった支出を後から修繕費に振り替えるには、更正の請求という手続を踏むことになる。決算を締めた後の選択肢は、いずれも重い。
そして最も避けたいのは、方針が年によって揺れることだ。ある年は60万円基準で修繕費、翌年は同種の工事を資産計上、という処理をしていると、7-8-5の継続適用を要件とする特例が使えないだけでなく、判定に一貫した基準がないことが調査で露呈する。判定基準の文書化は、税務リスクの管理そのものである。税務と決算を分断せず一つの工程として設計する話に接続する(申告と決算をつなぐ)。
ソフトウエアでは、同じ論点が形を変えて出る
建物や機械の話に見えるが、同じ判定はソフトウエアでも走る。むしろ金額が大きく、頻度も高い。
法人税基本通達7-8-6の2は、法人が有するソフトウエアについてプログラムの修正等を行った場合に、その修正等が機能上の障害の除去や現状の効用の維持等に該当するときは修繕費、新たな機能の追加や機能の向上等に該当するときは資本的支出になるとしている。
判定の難しさは、一つの開発案件の中に両方が混ざることにある。基幹システムの改修で、法令改正への対応と業務要件の追加を同じ開発工程に載せることは普通にある。開発会社からの請求書は「システム改修費用」の一行で来る。ここでも一式である。
対処は工事と同じで、見積と請求の内訳を分けさせることに尽きる。要件定義の段階で、機能追加の要件と現状維持の要件を別の要件番号で管理し、工数を分けて見積らせる。開発ベンダーにとっては手間が増えるので、契約前に合意しておく必要がある。着手後に依頼しても、按分の根拠が作れない。
按分の根拠は、工数でも要件数でもよいが、社内で決めて固定する。決めていないと、年によって都合のよい按分が選ばれる。
判定を、発注前に終える
この論点で会社の実力差が出るのは、税法の理解ではない。判定の工程をどこに置いているかである。
三つを決めれば足りる。第一に、稟議様式に判定欄を置き、記入責任を発注部門に持たせる。機能の追加、使用可能期間の延長、取替えのグレード、同種工事の周期。四行でいい。第二に、一定金額を超える工事については、相見積の依頼書の段階で、機能追加部分と原状回復部分を分けた内訳を求める。工事が始まってからでは取れない。第三に、判定基準と按分の方法を文書化し、年によって揺らさない。7-8-5の特例を使うなら継続適用が要件になる。
そのうえで、金額基準の位置づけを社内で正しく共有する。20万円、60万円、前期末取得価額の10パーセント。これらは判定を尽くしてもなお区分が明らかでない支出のための代替であって、判定を省略するための基準ではない。中身を見ずに金額で決めた処理は、金額基準を守っていても要件を満たしていない。
工事が終わり、請求書が経理に届いた時点では、判定に必要な情報のほとんどが失われている。決算で戻せないのは、経理の力量の問題ではない。情報が存在しない場所で判定させているからである。



