十一月の投資委員会で、経営企画部が今期の設備投資の執行見込みを報告する。期初に取った投資枠は60億円、執行見込みは41億円。 理由の欄には「一部案件の着工遅れ」と書かれている。同じ会議の次の議題は、事業部から上がってきた14億円の新ラインの稟議である。 期初の計画には載っていない。事業部長は、顧客の量産開始が前倒しになったので来月には発注したいと言う。枠は19億円余っているので、金額の上では通せる。 だが委員の一人が、三年前から先送りしている受変電設備の更新はどうなったのかと聞く。答えは、今期も見送りである。 使い残しが出ている年に、急ぎの成長投資が通り、急がない更新投資が四年目の先送りに入る。誰も手を抜いていないのに、枠の中身は毎年この形になる。

POINT
使い残しは、自社だけの問題ではない。日本銀行は短観のFAQで、設備投資計画の修正パターンについて、大企業では「過去の平均をみると、初回調査(3月調査)から12月調査までは、計画未定の案件が確定したり、前年度案件のずれ込み分が上乗せされる等の要因から上方修正される傾向がみられます。しかし、その後は、工事の遅れや案件の繰り延べ等から翌年度にずれ込むため、むしろ実績調査(翌年6月調査)にかけて下方修正される傾向がみられます」と説明している。 期中に計画が膨らみ、期末にかけて工事の遅れと繰り延べで萎む。統計に修正パターンとして載るほど、この動きは一般的である。 一方で、外に向けては、案件の一覧がすでに求められている。企業内容等の開示に関する内閣府令の第二号様式・記載上の注意(37)は、連結会社に重要な設備の新設、拡充、改修、除却、売却等の計画がある場合に、その内容をセグメント情報に関連付けて記載することを求め、記載する内容の例として、事業所名、設備の内容、投資予定金額(総額及び既支払額)、資金調達方法、着手及び完了予定年月などを示しており、有価証券報告書の第三号様式もこれに準じて記載させている。 重要な設備の計画は、外に出す書類では案件の単位で書く対象になっている。取締役会の側の要請も強まっている。 2026年7月21日に改訂されたコーポレートガバナンス・コードは、原則4-1で「成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)」や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて説明を行うべきとし、原則4-2で、取締役会は自社の経営資源の配分が経営戦略や経営計画に照らし適切なものとなっているかについて不断に検証を行うべきとしている。外に出す書類では重要な設備の計画が案件の単位で書く対象になっており、取締役会には配分の検証が求められている。 それなのに社内の意思決定は、稟議が上がってきた順に一件ずつ行われている。使い残しと飛び込みは、この食い違いから生まれる。

使い残しと飛び込みは、同じ原因から起きる

投資枠を使い残す会社と、期中に大型の稟議が飛び込んでくる会社は、別の問題を抱えているように見える。実際には、同じ会社で同じ年に両方が起きる。 原因が一つだからである。

原因は、投資の単位が稟議になっていることである。 期初の予算編成では、事業部ごとに投資額の総額を積み上げる。その総額が枠になる。枠の中身、つまりどの案件がいつ着工できる状態にあるかは、枠を決める時点ではほとんど議論されない。 案件の中身が議論されるのは、稟議が上がってきたときである。

この運用だと、二つのことが同時に起きる。第一に、準備の進んでいない案件が枠の中に入ったまま、着工の時期だけが後ろにずれていく。 設計が終わっていない、見積りが取れていない、施工業者の手配がつかない、許認可の手続が残っている。枠の上では「今期実施」のまま、実態は来期の案件になっている。 期末に使い残しとして顕在化するのは、この分である。

第二に、枠に載っていない案件が、稟議の形でいきなり現れる。 顧客の要請、競合の動き、法令の改正。事業部から見れば急ぎの案件だが、投資委員会から見ると、比べる相手がいない。 枠が余っていれば通り、足りなければ補正予算の議論になる。どちらの場合も、他の案件と並べて優先順位を付ける場面が一度もない。

使い残しの金額で事業部を責めても、翌年は準備の進んでいない案件を枠に入れない方向に動くだけで、枠そのものが小さく出てくる。必要な投資が計画から消え、また期中に飛び込み稟議として戻ってくる。

期初に洗い出すのは、稟議ではなく案件

直すべきは、期初に議論する単位である。事業部ごとの総額ではなく、案件の一覧を出させる。 稟議書を書く前の段階、構想にとどまっている案件まで含める。

一覧に持たせる列は、多くない。

投資パイプラインの一行に持たせる列(一行=一案件)
  • ① 案件名と事業部、設備の所在地
  • ② 区分(法令・安全対応/維持更新/成長)
  • ③ 概算額と、その精度(構想段階の目算/概算見積り/確定見積り)
  • ④ 戦略との適合(中期経営計画のどの施策に紐づくか、紐づかないなら空欄のまま残す)
  • ⑤ 実行準備度(設計、見積り、用地・許認可、施工業者の手配、社内の実行体制のうち何が済んでいるか)
  • ⑥ 着工予定月と、支払予定月の分布
  • ⑦ 先送りした場合に何が起きるか(停止リスク、法令違反、顧客の失注、何も起きない)
  • ⑧ 過去に先送りした回数

⑤と⑧が、この一覧の核心である。 金額と戦略適合は、稟議の審査でも見ている。見ていないのは、その案件が今期中に実際に着工できる状態にあるかと、何年先送りされてきたかである。

一覧を作ると、多くの会社で総額が枠を大きく超える。超えるのが正常である。 枠に収まるように案件を出させた時点で、事業部は自己検閲をしており、落とされた案件が期中に飛び込みとして戻ってくる。出し切らせたうえで、並べて落とすのが投資委員会の仕事になる。

並べる軸は、金額ではなく準備度

案件を並べるときに、多くの会社は金額と投資効率で順位を付ける。NPVやIRRの高い順に枠を埋めていく。 投資判断の指標としては正しいが、年間の執行管理の軸としては足りない(投資判断でNPV・IRR・回収期間をどう使い分けるか、3指標の落とし穴と優先順位)。使い残しを生んでいるのは効率の低い案件ではなく、準備の進んでいない案件だからである。

年間の並べ方には、戦略との適合と、実行準備度の二軸を使う。

年間の投資案件は、戦略との適合と実行準備度の二軸で四つに分かれる。枠を先に渡すのは右上だけである。
戦略との適合 高 →
準備を急がせる
戦略上は必要だが、今期の着工は読めない。枠の一部を確保したまま、設計と見積りの期限を四半期ごとに置く。期限を割ったら順位を下げる
今期の枠を渡す
戦略に紐づき、すぐ着工できる。期初に着工月と支払月を確定させ、執行見込みの基準にする。遅れが出たら、その分の枠を他の案件に振り向ける
今期は載せない
構想段階で、戦略との紐づけも弱い。一覧には残すが枠は割らない。翌期の洗い出しで準備度と適合を見直す
区分で審査する
準備はできているが、成長の施策とは紐づかない。維持更新や法令対応ならその区分の枠で審査し、成長の枠に割り込ませない
実行準備度(設計・見積り・許認可・施工手配) 高 →
使い残しは右上以外に枠を渡したときに生まれ、飛び込みは一覧に載っていない案件が右上に割り込むときに生まれる。

右下の扱いが、実務では最も揉める。 老朽化した設備の更新や、法令への対応は、中期経営計画の施策には紐づかないことが多い。戦略適合で並べると下位に沈みやすく、毎年先送りされる。 冒頭の受変電設備が四年目に入ったのは、この構造による。

枠は、更新と成長で先に割る

右下の案件を沈ませないためには、並べる前に枠を区分ごとに割っておく。

順序はこうなる。まず法令・安全対応を枠の外側、あるいは枠の最上段で確保する。 これは選択の問題ではない。次に、残りを維持更新と成長で何割ずつにするかを決める。 割合は業種と設備の年齢で変わるので、一般解はない。決めるための材料は、過去の実績と設備の状態である。過去五年の投資実績を区分別に並べ、償却が終わった設備の比率と、先送りされている更新案件の総額を横に置く。 簿価ゼロの設備が増え続けているなら、更新の割合が足りていない(償却済み設備を使う工場の原価が安く見える問題、簿価ゼロが設備更新の判断を歪める)。

割った後は、区分の中でだけ順位を付ける。 更新の案件どうしは、停止した場合の損失と先送りの回数で並べる。成長の案件どうしは、戦略適合と投資効率で並べる。更新と成長を同じ物差しで並べないことが、この設計の要点である。 同じ物差しで並べれば、ほとんどの場合成長が勝つ。

区分の割合を期初に決めることは、取締役会の検証の対象を作ることでもある。前掲のコーポレートガバナンス・コードが求める経営資源の配分の検証は、個別の稟議を見ても行えない。 成長にいくら、更新にいくら、それが中期経営計画に照らして適切か。この問いに答えられる資料は、区分別の枠と、その執行の実績だけである(キャピタルアロケーション(資本配分)の決め方、原資と使い道の優先順位)。

準備不足の案件は、枠を残して着工を遅らせる

期中に、枠を渡した案件の準備が遅れることは避けられない。用地の手続が長引く、施工業者の手配がつかない、設計の見直しが出る。 このときの対応が、使い残しの額を決める。

多くの会社がとる対応は二つである。一つは、その案件の枠を翌期に繰り越すこと。 繰越を認める会社では、期末に着工しなかった案件の枠がそのまま翌期に乗る。翌期の枠は、繰越分と新規分で二重に膨らみ、同じ遅れが翌期にも起きる。 繰越の是非そのものは、支出の性質で判断基準を分けるべき論点である(予算の使い残しを翌期に繰り越すべきか、期末の駆け込み消化を防ぐ配分ルール)。もう一つは、遅れた案件の枠を取り上げて全社に戻すことである。 取り上げると、事業部は次から準備の遅れを報告しなくなる。

パイプラインを持っている会社には、第三の対応がある。遅れた案件の枠は取り上げず、着工を遅らせる。そのうえで、同じ区分の中で次に準備が整っている案件を前に出す。 年度内の順位の入れ替えで、枠を消化する。

これが成立する条件は二つある。第一に、前に出せる案件が一覧に載っていて、準備度が分かっていること。 一覧がなければ、入れ替える相手がいない。第二に、入れ替えの判断を四半期ごとの定例にしておくこと。 遅れが判明するたびに臨時で議論すると、判断は期末に集中する。四半期ごとに、枠を渡した案件の準備度を見直し、着工予定月を割り込んだ案件と、前に出せる案件を並べる。 入れ替えた結果、遅れた案件は翌期の一覧で再び準備度を問われる。枠を取り上げてはいないが、自動で翌期に乗るわけでもない。

飛び込み案件は、パイプラインのどこに入るかで審査する

パイプラインを持っても、飛び込みはなくならない。顧客の要請や法令の改正は、期初に予測できないからである。 変えるのは、飛び込みの審査の仕方である。

飛び込み案件の稟議には、その案件を一覧のどこに置くか、そして一覧のどの案件と入れ替えるかを書かせる。 同じ区分の中で順位の下の案件を後ろに回すのか、区分をまたいで成長の枠から出すのか、枠の追加を求めるのか。入れ替える相手を書けない稟議は、比べる相手のいない稟議のままである。

こう書かせると、審査の問いが変わる。「この案件を通すか」ではなく、「この案件と、後ろに回す案件のどちらを今期やるか」になる。 冒頭の14億円の新ラインなら、成長の枠のどの案件を後ろにずらすのか、それとも受変電設備の更新を五年目の先送りに入れるのかを、委員会が明示的に選ぶことになる。先送りの回数が一覧に載っていれば、四年目の先送りを選ぶことの重さも数字で見える。

枠の追加を求める場合は、予備の枠との関係で扱う。期中の追加要求を都度の稟議で捌かないために、予備の枠をどう持ち、どういう条件で解放するかは別に設計しておく(予算の予備費の持ち方、期中の追加要求を個別の稟議にしない三層の設計)。承認した後に工事費が膨らむ問題は、また別の管理になる(設備投資の予算超過は審査ではなく執行で止める、発注時点の予算引当と再審議の条件)。

設例

売上高1,450億円の自動車部品メーカー。国内に5工場、年間の設備投資枠は期初予算で90億円前後。 過去三期の実行率(期末の実績額÷期初の枠)は71パーセント、68パーセント、74パーセントだった。一方で、期初の計画に載っていない10億円超の稟議が、毎年二、三件上がっていた。 着任したCFOは、実行率を上げろという指示を出さなかった。最初にやったのは、翌期の予算編成で、事業部ごとの投資額の総額ではなく、案件の一覧を出させることである。 構想段階の案件も含め、稟議を書く前の段階のものまで出すよう求めた。集まった案件は64件、概算の総額は142億円で、枠を大きく超えた。 実行準備度で分けると、設計と見積りが済み着工月を確定できる案件が21件・51億円、見積りの取得や設計の途中にある案件が18件・47億円、構想段階の案件が25件・44億円だった。先送りの回数の列を埋めると、三回以上先送りされている案件が7件あり、うち6件が維持更新の区分だった。 枠の割り方は次のように決めた。法令・安全対応を6億円として最上段で確保し、残る84億円を維持更新38億円、成長46億円に割った。 維持更新の割合は、過去五期の区分別実績と、償却が終わった設備の比率を並べて決めている。枠を先に渡したのは、準備が済んだ21件のうち、区分ごとの順位で枠に収まるものだけである。 見積り取得中の案件には、四半期ごとに設計と見積りの期限を置いた。四半期ごとの投資委員会では、枠を渡した案件の準備度を見直している。第2四半期に、成長の区分で枠を渡していた2件(計9億円)が用地の手続で着工を翌期にずらすことになった。 枠は取り上げず、同じ区分で次に見積りが揃った2件(計8億円)を前に出した。期中に飛び込みの稟議が1件(新規受注に伴う検査設備、8億円)上がったが、稟議には、成長の区分で枠を渡していた案件のうちどれを後ろに回すかが書かれていた。 投資委員会は名指しされた1件(既存製品の生産ラインの増設、8億円)の準備度を見直し、顧客側の量産時期が後ろにずれて今期の着工の必要がなくなっていたことを確認したうえで、その1件を翌期の一覧に回し、飛び込みの8億円と入れ替えて承認した。成長の区分の枠46億円は、入れ替えの前後で変わっていない。 期末の実行率は88パーセントだった。三回以上先送りされていた維持更新の7件のうち5件が、その期に着工している。 残る2件は、先送りの理由と翌期の着工予定月を一覧に記載したうえで、翌期の枠の最上段に置いた。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

投資パイプラインで決めておく三つのこと

第一に、期初に議論する単位を、事業部ごとの総額から案件の一覧に変える。 構想段階の案件まで出させ、区分、概算額とその精度、戦略との適合、実行準備度、着工予定月と支払予定月、先送りした場合に起きること、過去の先送り回数を一行に持たせる。総額が枠を超えるのは正常であり、枠に収まるように出させた時点で、落とされた案件が期中の飛び込みとして戻ってくる。 日本銀行が短観のFAQで、大企業の設備投資計画は12月調査まで上方修正され、その後は工事の遅れや案件の繰り延べ等から実績調査にかけて下方修正される傾向があると説明しているとおり、使い残しは一般的な型である。型であるなら、稟議の審査を厳しくしても消えない。

第二に、並べる前に、枠を区分で割る。 法令・安全対応を最上段で確保し、残りを維持更新と成長に割る。割合は過去五期の区分別実績、償却が終わった設備の比率、先送りされている更新案件の総額を並べて決める。 区分の中でだけ順位を付け、維持更新は停止した場合の損失と先送りの回数で、成長は戦略適合と投資効率で並べる。同じ物差しで並べれば成長が勝ちやすく、更新は毎年沈む。 2026年7月改訂のコーポレートガバナンス・コードが原則4-2で求める経営資源の配分の検証は、区分別の枠と執行実績がなければ行えない。

第三に、準備の遅れは繰越でも取り上げでもなく、年度内の順位の入れ替えで吸収する。 遅れた案件の枠は取り上げずに着工を遅らせ、同じ区分で次に準備が整った案件を前に出す。判断は四半期ごとの定例にし、臨時の議論で期末に集中させない。 飛び込み案件の稟議には、一覧のどこに置くか、どの案件と入れ替えるかを書かせる。入れ替える相手を書けない稟議は、比べる相手のいない稟議のまま審査に乗せない。 有価証券報告書の設備の新設等の計画で、着手及び完了予定年月などを記載する例が示されている以上、社内でも案件の単位で時期を持って判断するのが筋である。

まとめ

使い残しと飛び込みは、投資の単位が稟議になっていることから同じ年に同時に起きる。日銀短観のFAQが示すとおり、12月調査まで膨らみ、実績調査にかけて萎む計画修正は一般的な型であり、稟議の審査を厳しくしても消えない。次の予算編成で確認したいのは三点だ。

  • 事業部ごとの総額でなく、構想段階まで含めた案件一覧(実行準備度と先送り回数の列を含む)を出させているか
  • 並べる前に、法令・安全対応、維持更新、成長の区分で枠を割っているか
  • 準備の遅れを四半期ごとの順位の入れ替えで吸収し、飛び込み稟議には入れ替える相手を書かせているか

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