設備投資の予算超過が続いている会社の対策は、多くの場合同じ方向に向かう。稟議のフォーマットを厚くする。見積の相見積を義務づける。役員会での質問を増やす。それでも翌年、また超過する。当然だ。予算超過は審査の失敗ではなく、執行の可視性の失敗である。 承認の瞬間から竣工までの十数か月、経理が見ているのは支払だけで、発注も、追加工事の口約束も、数字としてはどこにも立っていない。支払を見て気づいたときには、意思決定はすでに終わっている。
超過が竣工時にしか見えない、構造的な理由
設備投資の資金は、承認 → 発注 → 検収 → 支払、の順で動く。ところが会計システムが数字として持つのは検収以降だ。承認額は稟議書というWordファイルの中にあり、発注残は購買システムの中にあって、会計の予算消化には反映されない。
この構造だと、進捗率50%の時点で「予算の40%しか使っていない」という報告が上がる。実際にはすでに発注済みの契約が予算の85%に達していても、検収が来ていなければ数字には出ない。残額に見えているものは、実は「まだ支払っていない額」であって「まだ使える額」ではない。 この一点を直すだけで、超過の発見時期は数か月早まる。
そのうえで、時間そのものがコストを押し上げる。稟議から竣工まで18か月から24か月かかる案件では、見積を取った時点の単価はもう存在しない。
見積時と発注時で1年空けば、それだけで数パーセント動く。これは誰かの怠慢ではなく、投資の意思決定に織り込むべき前提だ。「見積を厳しく取れ」という指示では止まらない領域が存在する。
承認と同時に決議する、三つの執行ルール
① 予算引当は発注時点に置く
発注(購買発注、あるいは工事請負契約の締結)を打った時点で、その金額を予算から引き当てる。SAPを使っているならコミットメント管理と予算アベイラビリティ管理で、超過時に警告あるいはエラーで止める設定ができる(SAPで予算超過を発注段階で止める、予算統制(ファンドマネジメント)の入れ方)。システムに機能がないなら、投資案件ごとの残額管理表を購買部門が持ち、発注起票の前に残額を確認する運用でもいい。仕組みの豪華さは問わない。要は、発注の意思決定より前に残額が見えていることの一点だ。
② 再審議のトリガーを、率と絶対額で書く
「当初承認額の10%、または3,000万円のいずれか低い方を超える見込みとなった時点で、当初と同じ決裁ラインに戻す」。この一文を投資決議の議事録に入れる。率だけだと小型案件で頻発し、絶対額だけだと大型案件で機能しないので、両方を書いて低い方を採る。
ここで肝心なのは「超えた時点」ではなく「超える見込みとなった時点」と書くことだ。超えてから戻しても、承認する以外の選択肢はもう残っていない。そして戻す先は、プロジェクトマネージャや部門長ではなく当初の決裁ラインとする。追加工事の承認権限を現場に下ろした瞬間、この仕組みは機能を失う。
③ 予備費は案件に持たせない
見積の10%を予備費として案件予算に積む運用は広く行われているが、これは予算を10%増やしているのと変わらない。案件に埋め込まれた予備費は、使わなければ翌期の予算配分を減らされるという読みも働いて、大半が消化される。
予備費は全社プールに置き、案件からの申請に対して財務が個別に配分する。プールの総額は個別案件の予備費の合計より小さくてよい。すべての案件が同時に上振れるわけではないからだ。これは保険の原理そのもので、案件数が多いほど効く。
実績だけを見ていると、EACの悪化が見えない
執行管理の報告で最もよく使われるのが「予算に対する消化率」だ。だがこれは過去しか語らない。進捗50%で予算50%を使っていれば順調に見えるが、残り50%の工事に必要な金額が当初見積の70%に膨らんでいれば、完成時には20%超過する。この情報は消化率のどこにも現れない。
必要なのはEAC(完成時総見込額)=実績+残工事の見込、を毎月更新することだ。実績は経理が持っているが、残工事の見込は現場しか持っていない。だから月次の投資会議で現場に出させる。出させ方にはコツがあって、「残りいくらか」ではなく「当初見積のどの項目が、なぜ、いくら動いたか」を項目ベースで問う。総額で聞くと、悪い数字は最後まで出てこない(投資後のレビュー(ポストオーディット)が行われない原因と、事後検証を仕組みにする方法)。
最後に膨らむのは、資産化の境界線
竣工が近づくと、決まってこの議論が出る。据付費用は取得価額か。試運転にかかった原材料は。既存設備の撤去費用は。ここで「費用で落とせる分は費用に」という圧力がかかる。予算超過の見かけを小さくできるからだ。
法人税法施行令54条は、固定資産の取得価額に購入代価と、事業の用に供するために直接要した費用を含めると定めている。据付費や試運転費は原則として取得価額に算入される。既存設備の撤去費用は違う。原則は除却に伴う損金であり、取得価額には入らない。例外は土地を利用するために建物を取り壊すケースで、法人税基本通達7-3-6は、土地とともに取得した建物をおおむね1年以内に取り壊す場合、取壊費用を含めて土地の取得価額とする扱いを示している。つまり「据付は資産、撤去は費用、ただし土地絡みは例外」という線が最初から引ける。引けるのに現場に判断させると、超過の見かけを小さくする方向に寄る。取得価額に何を入れるかは、投資決議のときに投資額の内訳として決めておく。 後から決めると、決める人が超過を出している当人になる(SAP固定資産(FI-AA)の償却ずれは、決算時でなく取得時のマスタ登録で防ぐ)。
ある食品メーカーで、5年間の設備投資案件を洗い直したことがある。承認額に対する完成額の超過率は平均で12%、大型案件に限れば18%だった。個別の理由は仕様変更、追加配管、資材高と様々だが、共通していたのは超過が判明した時期だった。31件中24件が、竣工の3か月前以降に発覚している。発注はとっくに終わっていて、止める選択肢はどこにもなかった。翌期から変えたのは二つだけだ。投資案件ごとに購買発注の時点で残額を落とす管理表を購買部門に持たせたことと、月次の投資会議でEACを項目別に更新させたこと。稟議のフォーマットには一行も手を入れていない。超過率そのものは翌期も8%残ったが、発覚時期は平均で竣工の7か月前まで前倒しになった。仕様の見直しや代替案が間に合う位置に、判断が移った。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
「厳しく審査する」の次に、「どこで止めるか」を書く
投資審査の精度を上げる努力は無駄ではない。だが承認から竣工までの十数か月に何のゲートも置かなければ、審査で削った分は執行で戻ってくる。定めておくべきは、いくらまでなら現場が判断してよいか、どの時点で誰に戻すか、そして残額を何で測るか、の三つだ。どれも会計基準の問題ではなく、決裁権限規程と月次会議の議題の問題である(予実管理が形骸化する3つの理由と、差異を打ち手につなぐ進め方)。
設備投資の予算超過は、審査の甘さより、承認から竣工までの区間で残額が見えていないことから生じる。会計が映すのは検収以降なので、残額に見えているのは「まだ支払っていない額」にすぎない。
歯止めは、金額とNPVを決める投資決議の場で、執行のルールも一緒に決議しておくことだ。予算は発注時点で引き当てる。再審議は率と絶対額の低い方で線を引き、超える見込みとなった時点で当初の決裁ラインへ戻す。予備費は案件に持たせず全社プールに置く。月次の報告は消化率をやめ、EACを項目別に更新させる。



