社長は68歳になり、専務の長男に会社を継がせる時期を口にするようになった。顧問の税理士が持ってきた案は、来期に社長が会長に退き、役員退職金を支払うというものだった。 退職金で利益が大きく落ちれば自社株の評価が下がり、その翌期に株式を長男に贈与すれば、税の負担が軽くなる。同じ週、CFOは銀行に中期計画を説明していた。来期は新工場の稼働で売上が伸び、営業利益は過去最高になるという計画である。 工場の資金は、その増益を前提に借りる。税理士の案と自分の計画が、同じ年度について逆のことを言っている。CFOは、どちらの資料も自分の部署が数字を出していることに気づいた。

POINT
上場していない会社の株式は、相続や贈与のとき、国税庁の財産評価基本通達に沿って評価する。 経営を支配する株主が持つ株式には原則的評価方式を使う。上場会社の株価をもとに、配当、利益、純資産の三つを比べて算定する類似業種比準方式と、資産と負債を相続税の評価額に直して差し引く純資産価額方式があり、会社の規模に応じて使い分けるか、組み合わせる。類似業種比準方式では、評価する会社の利益や配当が下がると、株価が下がる。 株価対策と呼ばれる手法の多くは、この仕組みを使って、株式を動かす直前の期の利益を落とす。CFOの仕事は、利益と企業価値を上げることである。 承継の局面では、この二つが同じ決算の上でぶつかる。税の負担を後ろに延ばす制度としては、事業承継税制がある。贈与税や相続税の全額の納税を猶予する特例措置は、2027年12月31日までの贈与と相続が対象である。

一時的に利益を落とす対策は、評価の見直しで効かなくなる方向にある

税理士の案は、長く使われてきた定石である。ただ、この定石が拠っている評価の方法そのものが、見直しの議論の中にある。

きっかけは、会計検査院の指摘だった。会計検査院は2024年11月、相続などで取得した取引相場のない株式の申告を調べ、類似業種比準方式による評価額の中央値が、純資産価額方式による評価額の中央値の27.2パーセントにとどまると報告した。 評価の方式の間に大きな差があり、規模の大きな会社ほど低く評価される。検査院は国税庁に、評価の方法の検討を求めた。

国税庁は2026年4月、取引相場のない株式の評価に関する有識者会議を設けた。8月の第5回の会議の資料には、国税庁の考える見直しの方向性が書かれている。 会社の規模による区分をやめ、共通の方式で評価する。類似業種比準方式は残しにくい。評価の主軸は、収益力を反映する方式に置く。資料は、仮の姿として、帳簿上の純資産に数年分の超過収益を足し引きする方式を示している。

CFOにとって重いのは、評価額を圧縮する手法への対応の部分である。 資料は、役員報酬や役員退職金、オペレーティング・リースで利益を一時的に動かす手法を名指しし、評価は非経常的な損益を除いた正常な利益で行う方向を示した。完全支配関係にあるグループの会社は、グループ全体で評価する案も載っている。持株会社に資産を移して親会社の株価を下げる手法への対応である。

これらはまだ議論の途中で、通達は改正されていない。適用の時期も決まっていない。それでも、数年先の承継を考える会社が、一時的に利益を落とす手法を計画の前提に置くのは危うい。 贈与の年に新しい評価の方法が適用されれば、退職金で落とした利益は、評価の計算から除かれるかもしれない。

現行の通達のもとでも、リスクはある。通達には、定めどおりに評価することが著しく不適当な場合は、国税庁長官の指示を受けて評価するという定めがある(総則6項)。 最高裁は2022年4月19日の判決で、相続の直前に借入で不動産を買って評価額を下げた事案について、通達によらない評価を認めた。税の負担を減らすことを主な目的にした取引は、否認される余地がある。

承継を税務の作業として計画の外に置くから、数字が矛盾する

冒頭の矛盾は、税理士とCFOのどちらかが間違っているから起きたわけではない。承継が、経営計画の外で、税務の作業として進んでいるから起きている。

オーナー企業では、承継は社長と顧問の税理士の間の話として扱われやすい。CFOには、決算の数字と株主名簿の提出だけが求められる。計画を作る側と、株価を計算する側が、互いの前提を知らない。

CFOの立ち位置を、対策の実行役から承継の設計役に移す
BEFORE
株価を下げる期を作る
退職金や一時の損失で利益を落とし、その期に株式を動かす。投資と増益の計画は、その年だけ脇に置かれる
→
AFTER
承継の年を経営計画に置く
投資の立ち上げで利益が落ちる期と承継の時期を合わせ、納税資金を資本配分に入れる。計画は一本のまま保つ
利益を落とす理由を作るのをやめ、事業の理由で利益が落ちる年を先に知っておく。

設計に必要な情報は、すでにCFOの手元にある。 中期計画には、年度ごとの利益と純資産の見通しがある。大型の投資を実行した年とその翌年は、減価償却と立ち上げの費用で利益が落ちる。この落ち込みは、評価を下げるために作ったものではなく、事業の計画から出てくるものである。

最初にやるのは、中期計画の各年度について、自社株の評価額を試算することである。 決算の数字が固まれば、現行の方式の評価額は計算できる。計画の年度ごとに並べると、評価額が高い年と低い年が見える。承継の時期の候補は、その表の上で議論する。

この表があれば、税理士の案の代わりに出せるものがある。新工場の稼働が再来期にずれるなら、減価償却が始まる年の利益は計画の上でも下がる。 その年を承継の候補にすれば、銀行に出す計画と、株価の計算は同じ数字になる。評価の方法が見直されて正常な利益で評価されるようになっても、事業から生じた費用は残る。

反対に、成長の投資を、株価が上がるからという理由で遅らせてはいけない。 株価が上がって困るのは、税額と、それを払う資金である。企業価値が上がること自体は、後継者が受け取る会社を良くしている(オーナー企業のCFOが最初に取り組むこと、個人と法人の資金・保証を切り分ける)。

納税資金と猶予の条件は、資本配分と財務方針に入れる

承継でCFOが設計するものは、時期のほかに二つある。

一つ目は、納税資金である。 後継者が贈与税や相続税を払う資金は、多くの場合、後継者の手元にはない。会社が後継者から株式の一部を買い取る方法がよく検討されるが、これは自己株式の取得であり、分配可能額の範囲でしかできない(配当の上限は利益剰余金ではない、分配可能額の検算と減額要因の確認)。買い取りに使う資金は、設備投資や借入の返済と同じ財布から出る。税額の見込みを資本配分の計画に1行として載せ、ほかの使い道と並べる(キャピタルアロケーション(資本配分)の決め方、原資と使い道の優先順位)。

二つ目は、事業承継税制を使う場合の条件である。 特例措置を使うには、特例承継計画を都道府県に出しておく必要がある。提出の期限は、2026年度の税制改正で2027年9月30日まで延びた。贈与と相続の期限は2027年12月31日のままで、延長しないことが税制改正大綱に明記されている。後継者の要件も変わっている。2025年1月以後の贈与では、後継者は贈与の直前に役員であれば足りる。 改正の前は、贈与の日まで3年以上続けて役員であることが条件だった。

猶予は、免除と同じではない。 申告の後の5年間は、後継者が代表者であり続け、対象の株式を持ち続けることが条件になる。その後も、株式を譲渡すれば、猶予された税額の全部または一部を納めることになる。CFOが見落としやすいのは、会社の側の条件である。資産の大半が有価証券や賃貸用の不動産、現預金などで占められる会社は、資産保有型会社として猶予の対象から外れる。 従業員の数など一定の事業の実態があれば除かれるが、この判定は承継の後も続く。

つまり、猶予を使うと決めた会社では、その後の財務方針に制約がかかる。手元の資金を厚く積んで有価証券で運用する方針、事業を売却して現金に換える判断、持株会社への移行は、どれも猶予の条件に触れうる(持株会社への移行を財務で判断する、増える本社費と税務の見積もり方)。猶予を使うかどうかは税理士とオーナーが決めるとしても、その後の計画が条件を守れるかを確かめられるのは、CFOだけである。

会社の利益を損なう対策には、CFOが線を引く

設計する側に立つということは、断る場面も引き受けるということである。

株価を下げるための取引の中には、会社の価値を実際に削るものがある。 必要のない資産を買う。採算の合わない契約を結ぶ。事業に使う資金を、評価の低い資産に替える。評価額は下がるが、後継者が受け取る会社も、その分だけ弱くなる。

判断の物差しは一つでよい。 税の効果がまったくなかったとしても、その取引を実行するか。答えが否なら、その取引は事業の判断として成り立っていない。社長の退任と退職金の支払は、退任が本当で、金額が功績に見合うなら、事業の判断である。時期と金額が株価から逆算されているなら、そうは言えない(役員報酬の改定はいつまでに行うか、定期同額給与と事前確定届出給与の期限)。

オーナー以外の株主がいる会社では、この線引きはさらに重い。取引先、従業員の持株会、親族の少数株主は、会社の利益を落とす取引で損をする側にいる。取引の目的と検討の経緯を取締役会の資料と議事録に残す(税務調査への備えは期中の記録で差がつく、稟議・議事録・契約書の残し方)。

設例

包装資材のメーカー(3月決算、売上高180億円、社長とその親族が株式の8割を保有)。社長が70歳で長男に承継する方針を固め、顧問の税理士は、承継の前の期に役員退職金とリース取引で利益を落とす案を示した。 同じ時期、CFOは35億円の新工場の投資を取締役会に諮っていた。CFOは税理士に依頼し、中期計画の5年分について、年度ごとの自社株の評価額を試算してもらった。新工場の減価償却が通年で効く3年目に利益が計画の上で4割下がり、評価額もその年が最も低かった。 CFOは、承継の時期を3年目とし、利益を落とすための取引は行わない案を社長に示した。評価の方法の見直しが議論されており、一時的な損失は評価から除かれる可能性があることも説明した。社長はこの案を採った。長男は翌年に取締役に就き、会社は特例承継計画を期限の前に提出した。 CFOは、猶予の条件を毎期の決算で確かめる項目に加えた。余剰の資金は有価証券で運用せず、借入の返済と設備の更新に充てる方針にした。納税資金に備えた自己株式の取得の枠は、資本配分の計画に3億円として載せた。銀行に出す計画は、最初から最後まで一本のままだった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、承継の年を経営計画の中に置く。 中期計画の年度ごとに自社株の評価額を試算し、投資の立ち上げで利益が落ちる年と承継の時期を合わせる。利益を落とすための取引は、評価の見直しの議論を踏まえ、計画の前提にしない。

第二に、納税資金と猶予の条件を、資本配分と財務方針に入れる。 税額の見込みと自己株式の取得の枠を計画に載せる。事業承継税制を使うなら、提出と贈与の期限、資産の構成の条件を、毎期の決算で確かめる。

第三に、会社の価値を削る対策には線を引く。 税の効果がなくても実行する取引かどうかで判断し、目的と経緯を記録に残す。

まとめ
承継のために株価を下げたい局面と、企業価値を上げるCFOの職責は、同じ決算の上でぶつかる。一時的に利益を落とす株価対策は、国税庁の有識者会議で評価の方法が見直されている今、計画の前提にしにくい。CFOは、中期計画の年度ごとに評価額を試算し、投資で利益が落ちる年に承継を合わせる。納税資金は資本配分に、猶予の条件は財務方針に入れ、計画を一本に保つ。

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