事業ポートフォリオの見直しを、評価の軸を選ぶ議論から始めると、事業を図の上に置く段階で手が止まることがある。ROICを軸にすると決めても、分母になる投下資本が事業ごとに分かれていなければ、事業別のROICは計算できないからだ。筆者は、軸の選び方より先に、事業に資産と負債を割り付けた数字があるかを確かめるべきだと考えている。事業別の貸借対照表が無い会社は、そこから始める。この記事では、事業ポートフォリオの意味、評価の軸、事業別の数字の作り方、見直しの手順、撤退と売却の基準、取締役会での進め方の順に整理する。
- 事業を同じ物差しで並べる。利益額だけで比べると、資産を多く使う事業と少ない資産で稼ぐ事業の区別がつかない。筆者は、事業に資産と負債を割り付けた数字を先に用意すべきだと考えている。
- 軸はROICと再投資の機会の2つにする。ROICは事業ごとの資本コストとの差で見て、成長性は、市場の成長率に加えて、自社が追加の投資で資本コストを超えるリターンを得られる余地を見る。
- 撤退基準を先に置く。仕分けの図は結論を出す道具ではない。筆者は、どの状態になったら見直しの対象にするかを、数値と期限で先に決めておくべきだと考えている。
事業ポートフォリオとは
事業ポートフォリオとは、会社が持っている事業の組み合わせを指す。経済産業省が2020年7月に公表した「事業再編実務指針」は、この語を「企業が有する事業の組合せ」と定義している。
事業ポートフォリオを考えるとは、既存の事業を1つずつ評価することに加えて、組み合わせの全体を見て、どの事業に経営資源を寄せ、どの事業から引くかを決めることである。
事業ポートフォリオマネジメントとの違い
事業ポートフォリオは事業の組み合わせそのものを指し、事業ポートフォリオマネジメントは、その組み合わせを定期的に見直して入れ替える仕組みと運用を指す。指針は、事業ポートフォリオマネジメントの基本を3つにまとめている。企業理念と価値基準に基づくこと、ビジネスモデルを明確にして経営戦略を策定すること、そのうえで事業ポートフォリオを定期的に見直す仕組みを構築して適切に運用することである。
仕組みの中身として指針が挙げるのは、社内の実施体制の整備と、見直しの土台になる事業評価の仕組みの2つである。この記事が扱う軸、事業別の数字、基準は、後者の事業評価の仕組みに当たる。
見直しの説明が求められる背景
上場会社には、事業ポートフォリオの見直しを株主に説明することが求められている。金融庁と東京証券取引所が2026年7月21日に公表したコーポレートガバナンス・コードの2026年改訂版は、原則4-1で、経営戦略や経営計画の策定・公表に当たり、成長投資や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分等に関し、具体的に何を実行するのかについて説明を行うべきだとしている。同じ原則の解釈指針は、取締役会において決定された事業ポートフォリオに関する基本的な方針と、見直しの状況を分かりやすく示すべきだとする。
方針と見直しの状況を説明するには、社内で事業を比べている物差しそのものが要る。
評価の軸(ROIC・成長性)
事業を比べる軸は、資本収益性と成長性の2つにする。指針は、この2つを軸として事業評価を行う標準的な仕組みを「4象限フレームワーク」と呼び、活用することが有効だとしている。資本収益性を測る指標としては、資本コストとの比較のしやすさや、事業部門の水準まで分解しやすいことなどから、一般にROIC(投下資本利益率)が優れていると考えられると書いている。
ROICは資本コストとの差で見る
ROICは、事業に投じた資本に対して、税引後の営業利益を年に何%生んだかを示す。数字の高低だけでは評価できない。比べる相手は、その事業の資本コストである。ROICが資本コストを上回っていれば、事業は資金の提供者が期待するリターンを超えて稼いでいる。下回っていれば、会計上は黒字でも、期待に届いていない。
資本コストは、全社で1つの数字を全事業に当てるとは限らない。指針によれば、同じ会社の中でも事業によってリスクとリターンの性質が異なる場合には、性質が共通する事業を1つの事業セグメントとして括り、事業セグメントごとの資本コストを把握することが望ましい。把握の方法としては、全社の資本コストをそのまま当てはめる方法と、同様の事業を主要事業とする他の上場企業の資本コストやβ値、業種別の平均値から推計する方法の2つを挙げている。
資本コストの出し方は資本コストの出し方と使い方、WACCを自社の数字で説明するで扱った。ROICと資本コストの差を使った仕分けの詳細は事業ポートフォリオの組み替え、ROICスプレッドで資本を残す事業と引く事業にまとめている。
成長性は再投資の機会で測る
もう1つの軸は成長性である。成長性を市場の成長率だけで測ると、市場は伸びているが自社には伸ばす手立てが無い事業も、成長事業に分類される。指針は、成長性を測る指標として、市場全体の成長率などに加え、自社がその事業を成長させられるかという観点から評価することが考えられるとしている。
筆者は、この観点を「再投資の機会」と呼んで、3つの問いで確かめる形を勧める。次の投資案件の見込みリターンが資本コストを超えるか。投資を受け止める需要や案件が実際にあるか。自社の技術、顧客基盤、販路といった強みが、その機会で生きるか。3つがそろう事業を、再投資の機会が大きい事業と判定する。
事業の仕分けには、市場成長率と相対的な市場シェアの2軸で評価するPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という手法もある。指針の脚注は、4象限フレームワークでは、成長性を評価する際に、自社がベストオーナーかどうかも勘案することを想定していると書く。ベストオーナーとは、その事業の企業価値を中長期的に最大化することが期待される経営主体を指す。
事業別の数字の作り方
軸を決めても、事業別のROICが計算できなければ、事業を図に置けない。事業別の損益は作っているが、事業別の貸借対照表は作っていないという会社は、ここで止まる。指針も、事業ごとにROICと資本コストを比べるには、まず事業ごとに資産等の割付けを行うことが必要になるとしている。指針が引く、東証一部・二部の上場企業を対象にした企業アンケート(2019年11月から2020年1月に実施)では、事業部門や事業セグメントごとの貸借対照表を整備している企業は4割程度にとどまっていた。
進まない要因としては、制度会計に沿った精緻な貸借対照表を作ろうとして挫折することなどが指摘されている、と指針は書く。そのうえで、制度会計の水準の正確さは必ずしも要らず、管理会計として「ざっくり」捉えればよいという考え方で、まず整備する姿勢が重要だとしている。有利子負債と株主資本の割付けに時間がかかる場合は、ROICの算出に最低限必要な資産側の割付けから始めることも考えられるとする。
作る順番は4つの工程に分けられる。
事業の単位を決める
最初に、評価の対象にする事業の括りを決める。細かく分けすぎると資産の割付けが難しくなり、粗すぎると、括りの中にある収益性の低い事業が見えなくなる。評価分析を事業ごとに行うか事業セグメントごとに行うかについて、指針は、事業の数、各事業の規模や性質、企業の規模などを勘案して適切な括り方で行うことが求められるとしている。区分は連結ベースで行うことを想定しており、法人単位の単体ベースは想定していない。
筆者は、事業別損益がすでにある単位から始めることを勧める。利益の側を作り直さずに済む。
資産と事業負債を割り付ける
次に、投下資本を事業に割り付ける。投下資本は、運転資本(売掛金と在庫から買掛金を引いたもの)と、事業が使う固定資産の合計で捉える。指針も、事業ごとに有利子負債と株主資本を割り付けていない場合には、運転資本や固定資産などの合計額を用いることが多いとされる、と紹介している。
割付けは、3つの扱いに分けると進めやすい。
| 扱い | 対象の例 | 割付けの方法 |
|---|---|---|
| 事業に直接付ける | 事業専用の売掛金、在庫、製造設備、買掛金 | 取引や資産台帳の事業コードで集計する |
| 基準を決めて配る | 共用の物流拠点、共用の生産ライン | 面積、稼働時間など、資産の性質に合う基準を決め、毎期同じ基準で配る |
| 事業に配らない | 本社の資産、余剰の現金、有利子負債 | 全社の項目として別に置き、事業の比較には入れない |
割付けの考え方と、現金や有利子負債を事業に配らない理由は、事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測るで詳しく扱った。
設例で確かめる
3つの事業を持つ会社で、数字を並べてみる。
| 事業 | 税引後の営業利益 | 投下資本 | ROIC | 資本コスト | 差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 事業X | 12億円 | 100億円 | 12.0% | 6.0% | +6.0ポイント |
| 事業Y | 12億円 | 240億円 | 5.0% | 6.0% | −1.0ポイント |
| 事業Z | 3億円 | 30億円 | 10.0% | 8.0% | +2.0ポイント |
| 3事業の合計 | 27億円 | 370億円 | 7.3% |
事業Xと事業Yは、税引後の営業利益が同じ12億円である。損益だけなら、2つは同じ大きさに見える。投下資本を割り付けると、事業Yは事業Xの2.4倍の資本を使っており、ROICは資本コストを1.0ポイント下回る。事業を入れ替える議論は、この表ができてから始められる。
事業ポートフォリオマネジメントの手順
事業ポートフォリオマネジメントの手順は、数字を更新し、事業を仕分け、方針を決め、資金の配分に反映する4つを、毎年繰り返すことである。
2つの軸で4つに仕分ける
縦にROICと資本コストの差、横に再投資の機会を取り、事業を4つの象限に置く。
4つの象限は、指針の4象限フレームワークのA(新規の成長事業)、B(現在の主力事業)、C(成熟事業)、D(低収益・低成長の旧来事業)に対応する。対応づけと打ち手の欄は筆者の整理である。指針のAは新規の成長事業を指し、再建の事業は筆者が加えた。
| 象限 | 指針の区分 | 状態 | 方針 | 主な打ち手 |
|---|---|---|---|---|
| 主力事業 | B | 差がプラス、機会が大きい | 優先して資金を充てる | 成長投資とM&A。案件ごとに見込みリターンを確かめる |
| 成熟事業 | C | 差がプラス、機会が小さい | 維持し、生む資金を他の事業へ充てる | 投資を更新に絞る。自社がベストオーナーかを定期的に確かめる |
| 育成・再建の事業 | A | 差がマイナス、機会が大きい | 期限と数値を決めて育てる | 中長期の時間軸で評価する。回収までの期間を管理する |
| 見直しの対象 | D | 差がマイナス、機会が小さい | 切出しや撤退を検討する | 改善の期限を決める。売却、縮小、清算から選ぶ |
先の設例に当てはめる。再投資の機会が事業Zだけ大きいとすれば、事業Xは成熟事業、事業Zは主力事業、事業Yは見直しの対象に入る。事業Xが生む資金を事業Zに充て、事業Yは改善の期限を決める、という方針の出発点が得られる。
指針は、切出しを検討すべき事業として特に緊急を要するのはDに属する事業だとしたうえで、Cに属する事業であっても、中長期的に自社で抱えておくことがベストでない場合には早期に切り出し、自社が強みを有するAに属する事業などへの成長投資に資金を充てることが合理的だとしている。
見直しの年間工程
仕分けは、毎年同じ時期に、同じ手順で繰り返す。
予算が固まった後に見直すと、方針を変えても資金の動きは1年遅れるので、方針を決める時期は予算編成の前に置く。事業の位置づけを受けて、成長投資、M&A、株主還元、負債の返済にどう配るかは、キャピタルアロケーション(資本配分)の決め方、原資と使い道の優先順位で扱った。
撤退と売却の基準
仕分けを毎年行っても、見直しの対象に入った事業の扱いを毎回その場で議論していると、結論は先へ延びやすい。筆者は、どの状態になったら見直しの議題に載せるかを、数値と期限で先に決めておくべきだと考えている。
指針は、事業の切出しを検討する基準について、損益計算書上の赤字になってから検討を始めるのでは通常遅いとしている。その状態では売却先を見つけることも困難で、大きな痛みを伴う撤退や大幅な縮小を余儀なくされるおそれがあるためである。そのうえで、損益計算書上は黒字であっても、例えば資本収益性が事業の資本コストを下回り、回復が難しいと見込まれる段階で、売却する決断を行うことが望ましいとしている。
基準は数値と期限で置き、当たったときの手続きも先に決める。数値は、たとえば「ROICが資本コストを下回る状態が続いている」である。期限は、資本コストを上回る水準へ回復させるまでの期間で、延長を認める回数も決めておく。手続きは、基準に当たった事業を誰が審査し、いつまでに結論を出すかである。基準に当たった事業は、自動的に撤退とはせず、再審査にかける。数値と期限の置き方、延長の扱い、再審査の進め方は、撤退基準の決め方、起案時に数値と期限を置いて損切りを遅らせないで詳しく扱った。
売却を選ぶ場合は、買い手に見せる数字として、本社費の配賦額を単独で要る費用に置き換えた損益が要る。事業を手放しても、配賦されていた本社費の全額が同時になくなるわけではないので、会社に残る費用も測る。準備の進め方はカーブアウトの進め方、売却前に単独損益と共通費をそろえる手順にまとめた。
取締役会での進め方
事業ポートフォリオの基本方針は、取締役会で決める。指針は、事業ポートフォリオに関する基本方針は取締役会で決定すべきものであり、少なくとも年に1回は定期的に、十分な時間を取って議論すべきだとしている。上場企業の取締役会は、少なくとも年に1回、基本方針の見直しを行うとともに、経営陣に対して、事業ポートフォリオマネジメントの実施状況などに関して監督を行うべきだとする。
取締役会に出す資料は、次の4点に絞ると議論しやすい、と筆者は考えている。
- 事業別のROIC、資本コスト、両者の差を並べた表。前年の数字も併せて載せる。
- 4象限の図。前年から象限が変わった事業には、理由を書き添える。
- 基準に当たった事業の一覧と、それぞれの改善計画、期限、再審査の日。
- 方針を変える場合の資金の動き。どの事業から引き、どの事業へ充てるか。
原案を作る主体について、指針は、取締役会に先立って経営会議などで検討する際も、特定の事業部門を所掌する経営陣ではなく、事業部門横断的なコーポレート部門の経営陣が主導することが望ましいとしている。全社的な観点からの財務的な規律付けの担い手になるべき役職としてはCFOを挙げ、経営企画とCFOのラインが、事業ポートフォリオについて一体的に議論できる関係を構築することが望ましいとする。
数字を作る側は、割付けのルールを毎期そろえる。ルールを変える必要が出たときは、変更の前後の数字を両方示し、理由を資料に書く。
よくある質問
事業ポートフォリオとは
会社が持っている事業の組み合わせのことである。経済産業省の事業再編実務指針は「企業が有する事業の組合せ」と定義している。どの事業に経営資源を寄せ、どの事業から引くかを、組み合わせの全体を見て決めるときに使う。
どの軸で評価するか
資本収益性と成長性の2つの軸で評価する。資本収益性は、事業ごとのROICを、その事業の資本コストと比べて見る。成長性は、市場の成長率に加えて、自社がその事業を成長させられるかを見て評価する。この記事では後者を再投資の機会と呼んだ。
見直しの頻度は
経済産業省の事業再編実務指針は、上場企業の取締役会は、少なくとも年に1回は定期的に、事業ポートフォリオに関する基本方針の見直しを行うべきだとしている。筆者は、決めた配分を翌期の予算に入れられるよう、見直しの時期を予算編成の前に置くことを勧める。
事業ポートフォリオマネジメントとは
事業の組み合わせを定期的に見直し、入れ替える仕組みと運用のことである。事業再編実務指針は、仕組みの中身として、社内の実施体制の整備と、事業評価の仕組みの2つを挙げている。
- 事業を同じ物差しで並べる。筆者は、軸を選ぶ前に、事業に資産と負債を割り付けた数字を用意すべきだと考えている。精緻さより、毎期同じルールで計算することを優先する。
- 軸はROICと再投資の機会の2つにする。ROICは事業ごとの資本コストとの差で見て、4つの象限に仕分ける。象限は方針の出発点であり、結論は取締役会で決める。
- 撤退基準を先に置く。筆者は、見直しの議題に載せる基準を、数値と期限で先に決めておくべきだと考えている。基本方針は、少なくとも年に1回、取締役会で見直す。
次に読むなら、分母の作り方を扱った事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測ると、基準の置き方を扱った撤退基準の決め方、起案時に数値と期限を置いて損切りを遅らせないを勧める。



