「どの事業に金を入れ、どこから引くか」——複数事業を抱える会社で、この問いに胸を張って答えられる経営企画は意外に少ない。声の大きい事業部長が予算を取り、赤字でも「来期は伸びる」の一言で延命する。BCGのPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント。事業を市場成長率と市場シェアの2軸で4分類する手法)は1970年代に生まれた古典だが、市場シェアという外向きの軸だけでは、自社が実際にいくら稼ぎ、いくら資本を食っているかが見えない。本稿は教科書の輪転(花形・金のなる木・問題児・負け犬)を一度脇に置き、ROIC(投下資本利益率)×再投資機会という、社内で実際に金の出し入れを決めるための2軸に組み替える。CFOzine編集部が、現場でそのまま回せる運用に落とし込む。
なぜPPMでは金の出し入れを決められないのか
PPMの横軸は「相対的市場シェア」だ。シェアが高ければキャッシュを生む、という経験則に立っている。だがこの軸には致命的な欠陥が二つある。一つは、シェアが高くても資本コストを上回って稼げているとは限らないこと。装置産業のように巨額の設備を抱える事業は、シェア首位でも投下資本のリターンが資本コストに届かず、実は価値を毀損していることがある。もう一つは、自社が実際にいくら投じ、いくら回収したかがマトリクス上に一切出てこないこと。市場成長率も相対シェアも外部環境の指標であって、自社の財布の中身ではない。
PPMの限界としては、事業間のシナジーが反映されない、新規事業を評価しにくい、といった点も従来から指摘されてきた。だが経営管理の実務で最も困るのは、もっと素朴な事実だ——PPMの図を描いても、来期どの事業の予算を増やしどこを削るか、という数字が一円も出てこない。意思決定の現場では「負け犬だから撤退」という分類ラベルではなく、「この事業はROICが資本コストを年◯%下回り続けているから売却を検討する」という定量の根拠が要る。
そこで軸を入れ替える。縦軸にROIC(その事業が投じた資本に対していくら税引後営業利益を生んだか)、横軸に再投資機会(追加で資本を投じたとき、どれだけ伸ばせる余地があるか=実質的な成長余地)を取る。縦軸は「今この事業が価値を生んでいるか」、横軸は「これから金を入れる価値があるか」を測る。前者は過去・現在の効率、後者は未来の機会。金を入れるか引くかは、この二つの掛け合わせでしか正しく決まらない。
ROIC×WACCスプレッド——縦軸の引き方
縦軸のROICは、絶対値で見てはいけない。基準は各事業の資本コスト(WACC=加重平均資本コスト。借入と株主資本の調達コストを資本構成で加重平均したもの)だ。ROICがWACCを上回っていれば価値を創造し、下回っていれば、たとえ黒字でも価値を毀損している。この差をROIC-WACCスプレッドと呼ぶ。スプレッドがプラスかマイナスか——これが事業の真の通信簿になる。会計上の利益が出ていても、スプレッドがマイナスなら「その黒字は株主から預かった資本のコストすら賄えていない」という赤信号だ。
実務で最初に詰まるのが、事業別のWACCをどう出すかである。全社一律のWACCを全事業に当てると、リスクの高い新規事業を甘く、安定事業を厳しく評価してしまい、判断が歪む。事業ごとに分けるなら、その事業と同質の上場企業群(ピュアプレイ=単一事業に近い会社)のβ(ベータ。株式市場全体に対する値動きの感応度)を借りてくる「ピュアプレイ法」が王道だ。これが難しければ、まずは事業を「安定・標準・高リスク」の三段階に束ね、それぞれにハードルレートを置くだけでも、全社一律よりはるかに筋のいい判断ができる。精緻さより、事業間で相対比較が成立する一貫した物差しを持つことが先決だ。
分母の投下資本も曖昧にしない。事業に紐づく運転資本(売掛金+在庫−買掛金)と固定資産を積み上げ、本社費や共通資産の配賦ルールを最初に決めて固定する。ここで毎期ルールを動かすと、事業部長に「数字の作り方」で議論をすり替えられる。配賦ルールは硬く、結果は柔らかく——これが社内運用の鉄則だ。なお、ROICを一段ずつ分解して「利益率」と「資本回転率」に割り、さらに現場のKPI(売掛回収日数、在庫日数など)まで落とす「ROICツリー」を使えば、スプレッドがマイナスの事業について「効率が悪いのか、利益が薄いのか」まで切り分けられる。
再投資機会——横軸を「市場成長率」にしない
横軸を市場成長率にしてしまうと、PPMに逆戻りする。市場が伸びていても、自社がその伸びを取りに行く勝ち筋(差別化された資産・チャネル・技術)を持っていなければ、追加投資はただの溶解だ。だから横軸は「市場が伸びるか」ではなく「自社が追加の一円を投じたとき、WACCを超えるリターンで回収できる機会がどれだけあるか」で測る。判断材料は三つに絞ると現場で動く。①その事業の限界ROIC(次の投資案件単体の見込みリターン)が資本コストを超えるか、②投資を吸収できる需要・案件パイプラインが実在するか、③自社固有の優位がその機会で効くか。三つとも揃って初めて「再投資機会あり」と判定する。
- 限界ROIC(次の投資案件単体の見込みリターン)が資本コストを超える
- 投資を吸収できる需要・案件パイプラインが実在する
- 自社固有の優位がその機会で効く
この縦横を組むと、四象限の意味が金の出し入れに直結する。スプレッド・プラス×機会あり=積極投資(伸ばす)。スプレッド・プラス×機会なし=刈り取り(成熟事業。投資は最小限にし、生むキャッシュを他へ回す)。スプレッド・マイナス×機会あり=再建か撤退の二択(最も悩ましい象限。期限を切って改善目標を握り、達成できなければ引く)。スプレッド・マイナス×機会なし=撤退・売却(議論の余地は小さい)。PPMの「負け犬は捨てる」が情緒的だったのに対し、こちらはプラスのキャッシュをどこから抜いてどこへ移すかという資金循環として描ける。これがポートフォリオ管理の本体だ。
「引く」を制度に埋め込む——撤退基準の社内運用
このフレームの真価は、撤退・売却を仕組みにできる点にある。人は自分が立ち上げた事業を畳めない。だから個人の決断に委ねず、ルールで引かせる。経済産業省が2020年7月に公表した「事業再編実務指針(事業再編ガイドライン)」も、事業の切出しを進める実務上の工夫として、ROIC等を用いた定量基準の整備を求めている。背景には「事業の売却等の基準や検討プロセスが明確でない」という日本企業共通の課題があった。指針が示すのは、ROICが資本コストを一定期間下回り続けた事業を自動的に見直しのテーブルに載せる仕組みだ。
社内運用に落とすなら、こう設計する。第一に、自動アラートの閾値を決める。「ROIC-WACCスプレッドが2期連続マイナス、かつ再建計画でも3期目にプラス転換の絵が描けない事業は、取締役会の再編議題に自動で上程する」といった機械的トリガーを置く。第二に、改善には必ず期限と数値目標を握らせる。「来期は伸びる」を封じ、達成できなければ事前合意どおり売却・撤退に進む。第三に、撤退で空いた資本の行き先をセットで決める。引いた金を眠らせず、機会ありと判定した事業へ即座に再配分する——出口と入口を一対で動かすことで、ポートフォリオは初めて回り始める。
そしてこれは現場の管理会計だけの話ではない。2021年改訂のコーポレートガバナンス・コードは、自社の資本コストを的確に把握したうえで事業ポートフォリオの見直しの方針を株主に分かりやすく説明することを求め、補充原則5-2①として、取締役会で決定した事業ポートフォリオの基本方針と見直し状況を示すべきことを新設した。取締役会には、経営陣による経営資源の配分とポートフォリオ戦略の実行を監督する役割も明記された。つまりROIC×再投資機会の棚卸しは、CFOが社内で金を動かすための道具であると同時に、取締役会と株主に対して「なぜこの事業に投じ、なぜあの事業から引くのか」を説明する共通言語でもある。図を一枚描いて満足するのではなく、閾値・期限・資金の行き先という三つの仕掛けまで埋め込んで、初めてポートフォリオ管理は機能する。