九月に方針が出る。十一月に各事業部が数字を上げてくる。十二月に「全社目標に届かない」と差し戻され、一月に帳尻が合った表が出来上がる。三か月かけて、誰も信じていない数字が一枚できる。現場は「どうせ削られる」と読んでバッファを乗せ、本社は「どうせ乗せている」と読んで一律で刈り込む。この読み合いが編成の実体になっている会社は珍しくない。問題はトップダウンかボトムアップかという方式選択ではない。両方を同じテーブルで同時に戦わせているから、交渉になってしまうのだ。
消耗戦の正体は「交渉になっていること」
トップダウン単独の予算は速い。全社目標を分解して各部門に配れば一か月で終わる。だが現場は自分で作っていない数字を背負うので、期中に未達が出たときに「あれは本社が置いた数字だ」と言う。実行されない予算になる。
ボトムアップ単独は納得感が高い代わりに、前年踏襲の足し算になる。既存事業の延長線に、達成できそうな伸び率を乗せた数字が積み上がる。合計しても経営が必要とする水準に届かないし、届いていても事業構造を変える意思が入っていない。
多くの会社はこの両方の欠点を知っているので、両方をやる。ところが、やり方が「本社が目標を置く → 現場が数字を上げる → 差分を交渉する」という一本の流れになっている。すると第一段の数字が交渉の初期提示額になり、第二段の数字が防御の初期提示額になる。どちらも本音ではない数字が並び、真ん中あたりで手を打つ。三か月かけて実務がやっているのは、値決めの交渉だ。予算編成の設計を直すというのは、この構造から交渉性を抜くということに尽きる。
三段に分けて、各段で決めることを固定する
分離の要点は、各段で「決めること」と「決めないこと」をはっきりさせることだ。
第一段の配分で、数字を確定させないという点が肝になる。「事業Aは前年比110%」と置いた瞬間に交渉が始まる。渡すべきは、来期の市場前提(この価格帯は下がる、この地域は伸びる)、資源の制約(増員はこの範囲、投資枠はこの水準)、そして優先順位(この事業には赤字でも張る、この事業は回収を優先する)だ。数字を出すならレンジで出し、根拠となる前提を必ず添える。前提が書かれていれば、現場は「その前提は違う」と反論できる。数字だけを渡すと、反論の形が「無理です」しか残らない。
第二段の積み上げでは、目標に寄せさせないことを明示する。ここで現場が忖度して目標に合わせた数字を出してくると、実力とのギャップが編成の中で見えなくなり、期中に未達として一気に出てくる。「達成できる数字」ではなく「今の打ち手のままなら着地する数字」を出させる。この二つは違うものだ。
ギャップは数字でなく打ち手で埋める
三段目が最も設計が要る。全社目標と積み上げの間には必ずギャップが残る。ここで一律のカット率をかけると、元の三か月に戻る。
やるべきは、ギャップを打ち手に分解することだ。ギャップが十億円なら、それを埋める打ち手を列挙して、それぞれに金額・実行責任者・着手時期・成立条件を紐づける。値上げでいくら、新規チャネルでいくら、原価低減でいくら。並べてみると、たいてい打ち手の合計はギャップに届かない。
届かないことが分かるのが、この工程の価値だ。届かない差額は、三つのどれかで処理するしかない。目標を下げる、資源を追加投入する、あるいは「打ち手未定のまま目標を背負わせる」。三つ目を選ぶ会社が多く、そして三つ目を選んだ年の予算は必ず未達になる。少なくとも、三つ目を選んだという事実が経営会議の記録に残る形にしておく。翌年の編成が変わるとしたら、そこからだ。
編成の記録が、期中の予実を決める
編成を三段に分ける最大の効用は、実は期中に出る。予実管理が形骸化するのは、差異が出たときに「なぜその予算だったのか」を誰も再現できないからだ(予実管理が形骸化する理由と、回る予実の作り方)。前提と素の見込みと打ち手が別々に残っていれば、未達が出たときに切り分けられる。前提(市場や価格)が外れたのか、実力の見込みが甘かったのか、打ち手が実行されなかったのか。この三つは対処がまったく違う。前提が外れたなら計画を組み直す話であり、打ち手が動いていないなら実行管理の話だ。
年度予算を作り直さずに前提のズレを吸収する仕組みを併走させる選択肢もある(ローリングフォーキャスト導入の進め方)。ただし、編成が交渉のままだと、ローリングにしても交渉の回数が増えるだけになる。順番としては、編成から交渉性を抜くのが先だ。



