来期予算のヒアリングで、営業本部長が今期実績プラス三パーセントの数字を置いてくる。市場は伸びていて、こちらが見ているパイプラインはもっと厚い。根拠を問うと「堅めに見ています」と返ってくる。そして翌年、その予算はきれいに一〇一パーセントで着地する。毎年これだ。予算の精度が高いのではない。達成できる数字しか上がってこないだけだ。ここで「もっと攻めた数字を出せ」と現場に迫っても何も変わらない。彼らが保守的なのではなく、その数字が賞与の評価表に転記されると全員が知っているからだ。

POINT
予算の精度が上がらない会社は、たいてい一つの数字に二つの役目を負わせている。「達成すべき目標」と「起こりそうな予測」だ。この二つは求められる性質が正反対で、片方に評価が紐づいた瞬間、もう片方は必ず壊れる。予算(資源配分の枠)・目標(コミットする数字)・フォーキャスト(着地の見立て)を三つに分けて持ち、評価に紐づけるのは目標だけにする。フォーキャストは達成率でなく精度で見る。数字を三本持つのは管理を増やすためではなく、経営が資金と人を張る判断を、交渉の産物から切り離すためだ。

目標と予測は、求められる性質が正反対だ

目標は少し背伸びしていて意味がある。届くか届かないかの水準だから、組織が伸びる。一方でフォーキャストは、中立でなければ一円の価値もない。「たぶんこのあたりに落ちる」という素の見立てだからこそ、経営はそれを前提に採用を止めたり、在庫を積んだり、資金枠を手当てできる。背伸びした数字と素の見立て。この二つを同じセルに入れさせれば、評価という最も強い引力に引かれて、数字は一方に寄る。

寄り方は二通りある。一つはサンドバッグ、つまり達成しやすい低い数字を取りにいく形。もう一つはホッケースティックで、上期は控えめに置き、下期に急回復する絵を描いておく形だ。後者は上期の未達を「下期で取り戻します」で流せるため、予算交渉では通りやすい。どちらも、経営が意思決定に使う情報としては汚染されている。

同じ数字に兼ねさせると、性質の弱いほうが壊れる
コミットする数字目標(ターゲット)
評価との連動
中立性
少し背伸びした水準に置く。期中は動かさない。動かした瞬間、目標としての機能が消える。
正直に出させる数字フォーキャスト(着地見込み)
評価との連動
中立性
素の見立て。毎月動くのが正常で、動かないほうが異常。経営会議で使うのはこちら。
評価に紐づけていい数字は一本だけだ。二本紐づけた時点で、予測は情報でなく交渉になる。

歪んだ予測は「当たり外れ」の話では済まない

予測が低めに歪むと、経営は守りに入る。採用を絞り、広告を止め、在庫を薄くする。ところが実際には売れて、欠品と機会損失が出る。逆に期初の強気な計画のまま人を採ると、下期に売上は戻らず人件費だけが残る。フォーキャストの歪みは、報告の見栄えの問題ではなく、資金と人をどこに張るかという不可逆な判断を狂わせる。

三つ目の数字、すなわち予算そのものの役目もここで整理しておく。予算は資源配分の枠だ。採用枠、投資枠、経費枠を年度の初めに切る道具であって、達成を競うものではない。目標と予算を同一視すると、期中に想定外の好機が来ても「予算にないから」で潰れる。三つに分けるとは、コミットの数字・張る枠・見立ての三つを別々に持ち、それぞれ別の会議で扱うということだ。予算編成プロセスの設計:トップダウンとボトムアップをどう噛み合わせるかでも触れたが、編成の巧拙より、編成後にどの数字を評価に載せるかのほうが、精度への影響は大きい。

分離を実装する五つのルール

分けると宣言するだけでは戻る。運用で縛る。

フォーキャストの中立性を守る運用ルール
  • ① フォーキャストは達成率で評価しない。評価するなら精度(前月予測と実績の乖離幅)で見る
  • ② 目標とフォーキャストを同じシートの同じ行に置かない。入力欄を物理的に分ける
  • ③ 目標は期中に動かさない。フォーキャストは毎月動かす。動かない予測は提出者が思考を止めた合図
  • ④ 差異報告は「目標との差」と「前回予測との差」を別々に出す。前者は評価、後者は精度の話
  • ⑤ 経営会議の議論は原則フォーキャストで行う。目標が出てくるのは期初と評価時期だけ

このうち効き目がいちばん大きいのは①だ。精度で評価するとは、上振れも下振れも同じだけ減点するということで、これによって「安全側に置いておけば得」という構造が消える。低く出して達成しても、乖離が大きければ評価は下がる。多くの会社は達成率だけを見て、外し方の方向には無関心だから、現場は一方向に寄せ続ける。着地見込みの精度そのものを管理指標に据える考え方は予測精度を上げる|着地見込み(フォーキャスト)を経営の武器に変えるに詳しい。

現場では
ある卸売業では、部門長の賞与が予算達成率に連動し、同じ表の隣の列に月次の着地見込みを書かせていた。見込みは毎月「予算どおり」で埋まり、下方修正が出るのは決算の直前だった。やったことは一つで、見込みの入力を別シートに移し、評価対象から外し、代わりに「三か月前に出した見込みと実績の乖離率」を部門長の評価項目に加えた。翌期、見込みは毎月動くようになり、初めて下期の失速が二か月前に見えた。数字の作り方を教えたのではなく、正直に出すことが損にならない構造に変えただけだ。

効かないケースを正直に書く

分離が常に正解ではない。部門が三つ四つで、社長が現場の数字を肌感覚で把握できている規模なら、三本立ては管理工数だけが増える。数十人規模の会社に予算・目標・フォーキャストの三本を敷いても、埋める作業が増えるだけで意思決定は速くならない。

制度より運用が先に壊れることもある。フォーキャストを評価から外しても、下方修正を持ってきた部門長が会議で詰められる空気が残っていれば、数字は結局歪む。分離が機能するかどうかは、悪い見通しを最初に上げた人間を責めないという一貫性を、経営が何期守れるかにかかっている。ここを守れないなら、シートを分けても形だけだ。

更新頻度を上げれば解決する、という誤解も多い。ローリングフォーキャスト導入の進め方:年度予算を捨てずに併走させるで扱ったとおり、頻度は精度の必要条件でしかない。評価に紐づいたまま更新回数だけ増やせば、歪んだ数字の提出回数が増える。

予算の精度は、制度の写像でしかない

保守的な数字を出す部門長は、合理的に振る舞っている。低く出せば達成でき、高く出せば未達で減点される。その構造を残したまま「もっと現実的な数字を」と求めるのは、正直さを期待しながら正直者が損をする仕組みを維持するのに等しい。変えるべきは現場の姿勢ではなく、どの数字に評価を載せるかという設計だ。評価の設計そのものが数字の質を決める点は、経理の人事評価が回らない理由:ミスを減点する文化を成果指標に変えるとも通じる。

まとめ
部門から上がる予算が毎年保守的なのは、現場の姿勢ではなく、一つの数字に「達成すべき目標」と「起こりそうな予測」を兼ねさせている設計の帰結だ。目標は背伸びして意味があり、フォーキャストは中立でなければ価値がない。性質が正反対の二つを同じセルに入れれば、評価という最も強い引力に引かれて数字はサンドバッグかホッケースティックに寄る。歪んだ予測は報告の見栄えの問題ではなく、採用・在庫・投資という不可逆な判断を狂わせる。だから予算(資源配分の枠)・目標(コミットする数字)・フォーキャスト(着地の見立て)を三つに分け、評価に紐づけるのは目標だけにする。実装は五つ、達成率でなく精度で評価する、入力欄を物理的に分ける、目標は動かさず予測は毎月動かす、差異報告を目標比と前回予測比に割る、経営会議はフォーキャストで回す。最も効くのは精度評価で、上振れも下振れも同じだけ減点することで「安全側に置けば得」という構造が消える。ただし部門が数個の規模では管理工数が勝ち、下方修正を上げた人間を責める空気が残れば制度を分けても歪む。更新頻度を上げるだけでは解決しない。予算の精度は、制度の写像でしかない。

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