第2四半期の経営会議で、事業部長が同じことを言う。「期初の前提が違うので、この差異を我々の責任とされても困ります」。 反論は難しい。実際、為替も原材料も期初の想定から外れている。そして議論は毎年同じ二択に落ちる。予算を作り直すか、差異として説明し続けるか。 どちらに転んでも、決まるまでに二か月かかり、その二か月のあいだ現場は何を目標に動けばいいのか分からない。失われているのは、予算よりも期の残り時間である。

POINT
前提が動くこと自体は、統計として毎期観測されている。日本銀行「短観(要旨)(2026年6月)」(2026年7月1日公表、第209回全国企業短期経済観測調査、回答期間は5月28日から6月30日、回答率99.4パーセント)は、【参考】として事業計画の前提となっている想定為替レートを掲げている。 全規模・全産業の円/ドルで見ると、2026年度は3月調査の150.10円が、6月調査では152.57円になっている。 上期が150.10円から152.62円、下期が150.09円から152.51円で、上期も下期もほぼ同じ幅で動いている。 円/ユーロも同様で、2026年度は171.77円から175.62円へ動いた。注目すべきは動いた方向でも幅でもない。三か月ごとに、全国の企業が自社の事業計画の前提を、そろって置き直しているという事実のほうである。 期初に置いた前提が期中に動くのは、想定外の事態ではない。毎期起きることに対して、その都度どうするかを議論しているなら、議論の設計のほうが間違っている。

社外には数値のトリガーがあり、社内にはない

奇妙なのは、同じ会社が社外に対しては、この問題をすでに数値で解いていることである。

東京証券取引所の有価証券上場規程第405条は、公表された直近の予想値に比べて新たに算出した予想値に差異が生じた場合、直ちにその内容を開示することを上場会社に求めている。 そして同規程施行規則第407条が、開示が必要になる水準を数値で置く。連結財務諸表作成会社であれば、新たに算出した予想値を直近の公表予想値で除した数値について、連結売上高は1.1以上または0.9以下、連結営業利益・連結経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益はそれぞれ1.3以上または0.7以下である。 売上高で1割、各段階の利益で3割。判断は不要で、計算すれば答えが出る。

社内の予算には、これに当たるものがない会社がほとんどである。 前提が動いたときに、誰が、何を見て、どの水準で改定を発動するのか。書かれていないので、毎回それを決めるところから始まる。 そして決めるのは会議であり、会議は結論より先に立場が出るので、事業部は改定を求め、経営企画は据え置きを主張する。この構図は前提が動くたびに再現されるが、毎回ゼロから議論されている。

社外向けの基準が示している設計思想は二つある。 一つは、閾値を数値で置くこと。もう一つは、閾値に触れたら直ちに動くと決めておくことである。この二つを社内の予算にも移す。それだけで、二か月の議論は一回の判定になる。

発動条件を「利益の差異」で書くと、改定が遅れ、努力と環境が混ざる

ただし、社外向けの基準をそのまま持ってきてはいけない。開示の基準は結果である利益の差異で書かれているが、社内の予算改定を利益の差異で発動させると、制度は壊れる。

理由は二つある。第一に、利益の差異は遅れて出る。 為替が動いた月にすぐ利益が動くわけではなく、在庫の回転や契約の改定時期を経て、二四半期遅れて損益に現れることがある。利益差異をトリガーにすると、原因が起きてから半年後に改定が始まる。改定した頃には、次の前提が動いている。

第二に、利益の差異には努力が混ざる。 前提が悪化したのに現場が打ち手で埋めた結果、利益差異が閾値に届かなかったとする。このとき「前提は崩れたが予算は改定しない」となり、埋めた側は次期の予算を厳しく組まれることになる。 逆に、前提が好転したのに利益が出なかったとき、前提の追い風を差異の説明から差し引くことができない。結果でトリガーを引くと、努力と環境が分離されないまま制度が動く。

トリガーは前提指標そのもので書く。 為替なら期初に置いたレートからの乖離幅、原材料なら指標価格の変動率、数量なら市場全体の出荷量。そして閾値は、その指標が自社の営業利益にいくら効くかの感応度から逆算する。 一円の円安が営業利益にいくら効くかが分かっていれば、営業利益で許容する幅から、為替で何円動いたら発動するかが決まる(感度分析とシナリオ分析の違いと使い分け、投資の不確実性を稟議で示す)。感応度を持っていない会社は、閾値を決められない。閾値を決める作業は、実は感応度を測る作業である。

改定するかどうかを毎回議論するのをやめ、期初に置いた条件で自動的に判定する。
① 期初に前提と閾値を置く
前提指標・基準値・感応度・発動する変動幅を、予算書と同じ紙に書いて承認を取る
→
② 月次で前提だけを測る
損益ではなく前提指標の実績を並べる。閾値に触れていなければ判定は終わり、議論は起こさない
↑
毎期繰り返す判定
↓
④ 改定は予測だけ動かす
目標値は動かさず、着地の予測と資源配分を組み直す。次期の期初に、閾値そのものを見直す
←
③ 触れた月に判定する
一過性か構造的かを仕分け、構造的なものだけ改定の対象にする。仕分けの基準も期初に書いておく
前提が動くたびに議論するのではなく、前提が閾値に触れたときだけ動く。触れない月は、何もしないことが正解になる。

前提指標に載せてよいのは、三つの条件を満たすものだけ

前提指標でトリガーを書くと決めると、次に起きるのは指標の乱立である。各事業部が自分に効く指標を挙げてきて、期初の一覧が二十行を超える。こうなると、毎月どれかが閾値に触れる。

載せてよい指標の条件は三つある。第一に、外部で観測でき、誰が見ても同じ値になること。 為替、指標価格、公表統計、業界団体の出荷実績。社内の推計値を前提指標に置くと、閾値に触れたかどうかの判定そのものが交渉になる。 判定を交渉にしないために閾値を作ったのに、判定が交渉になれば元に戻る。

第二に、自社の損益への感応度が測れること。 一単位動いたときに営業利益がいくら動くかを、数字で書けるかどうか。書けない指標は、閾値も書けない。 そして感応度が小さすぎる指標は、そもそも載せる意味がない。目安として、期初の営業利益計画に対して一定の割合以上を動かし得るものだけを残す。

第三に、現場の努力で動かせないこと。 ここが一番見落とされる。受注件数や解約率のように、現場の行動で動く指標を前提に置くと、環境要因と努力が混ざったままトリガーが引かれる。 前提指標は、動かせないものを置く場所である。動かせるものは、予算の中身の側に置く。

この三つを通すと、指標はたいてい三つから五つに絞られる。 絞れないときは、感応度が測れていないだけであることが多い。測れていない指標を並べても、閾値は書けない。

改定するとき、動かすものと動かさないものを分ける

閾値に触れて改定を発動したとして、次に決まっていないのが「何を作り直すのか」である。ここが決まっていないと、発動した瞬間に全社の予算編成がもう一度始まり、二か月が消える。

動かすのは予測であって、目標ではない。 期初に置いた目標値は、評価の基準として据え置く。動かすのは、期末の着地がどこになるかという見込みと、そこから逆算した資源の配分である。 この二つを分けて持っている会社は、改定を軽く実施できる。分けていない会社は、改定のたびに評価制度まで揺れる(予算を人事評価に紐づけると予測が歪む、目標と予測を分けて持つ予算設計)。

動かす範囲も、期初に決めておく。 全社の全費目を組み直すのか、影響を受ける事業だけか、それとも前提指標に直接紐づく費目だけか。現実的なのは三番目である。 為替の改定なら、外貨建ての売上と輸入原材料、そして為替差損益の見込みだけを引き直す。国内の人件費と固定費まで組み直す理由はない。

そして、社内の予算レートをどう置くかという問題が、この設計の前提にある。期中に実勢へ追随させるのか、期初に固定して差異を為替影響として切り出すのか。後者を選んでいる会社のほうが、改定の判定は軽くなる(社内為替レート(予算レート)の決め方、海外事業の実力と為替影響を切り分ける)。前提を固定していない会社では、そもそも「前提が崩れた」という状態を定義できない。

発動しないと決めた月に、代わりに何を出すか

制度が現場に受け入れられるかどうかは、発動したときではなく、発動しなかったときの扱いで決まる。閾値に触れていないので改定しません、とだけ返すと、次の月から現場は閾値の計算式を疑い始める。

置くべきものは一つで、発動しなかった月には、前提指標の実績と閾値までの距離を数字で開示する。 為替は期初レートに対していま何円動いていて、発動水準まであと何円か。この一行があるだけで、改定しないという判断が恣意的でないことが伝わる。 そして現場は、あとどれだけ動けば環境要因として認められるのかを、自分で計算できるようになる。

もう一つ、閾値に触れないまま前提が悪化し続けるケースの受け皿を用意しておく。 一件ずつは閾値に届かないが、複数の前提が同じ方向に動いて積み上がる場合である。この受け皿は、閾値の追加ではなく、期中の追加要求を処理する枠として持つほうが早い(予算の予備費の持ち方、期中の追加要求を個別の稟議にしない三層の設計)。改定の制度と、予備費の制度は別の仕事をしている。片方で両方を解こうとすると、どちらも効かなくなる。

設例

売上高1,120億円の電子部品メーカーで、経営企画部長が予算改定のルールを一枚に書き直した。着手のきっかけは、前期の記録を数えたことである。 前期は期中に二回、予算を作り直しており、一回目の議論の開始から改定版の確定まで62日、二回目は48日かかっていた。その間に開かれた会議は合計17回、参加した部門長は延べ92人である。 そして改定後の予算に対する下期の達成率は、改定前の予算に対する達成率とほとんど変わらなかった。作り直しの費用は明らかなのに、効果が測れていなかった。 新しいルールは、前提指標を四つに絞ることから始めた。ドル円レート、ユーロ円レート、銅の指標価格、そして主要顧客の属する市場の四半期出荷台数である。 それぞれについて期初の基準値を置き、あわせて感応度を測った。一円の円安がフルイヤーの営業利益に効く額は、外貨建て売上と輸入原材料を差し引きして約8,400万円だった。 会社の営業利益に対して許容する期中の環境要因の幅を12億円と置いたので、為替の発動水準は期初レートから14円と決まっている。銅は指標価格の15パーセント変動を発動水準としている。市場出荷台数だけは感応度を測れず、10パーセント変動という暫定の水準を置いたうえで、暫定であることを一覧に明記した。 月次の会議では、損益の差異報告の前に、この四つの実績と発動水準までの距離を一枚で出す。運用初年度、閾値に触れたのは一回だけだった。 銅の指標価格が期初比で19パーセント上昇し、発動水準の15パーセントを超えている。このとき組み直した範囲は、原材料費と、価格改定の交渉が進んでいる案件の売上見込みだけである。 国内の人件費や固定費、投資計画には触れていない。改定にかかった日数は11日で、会議は3回だった。 一方、為替は期中に最大で11.2円動いたが、発動水準の14円に届かなかったため、改定していない。このとき経営企画部が毎月出していたのが、期初レートからの乖離と、発動水準まであと何円かという二つの数字である。 期末に事業部長へ聞き取りをしたところ、この二行があったことで「なぜ改定しないのか」という質問がほぼ消えたという回答が返っている。経営企画部長が翌期に向けて変えたのは、閾値そのものではなかった。四つの前提指標のうち、市場出荷台数の感応度が測れていなかったので、そこを一年かけて測ることにしている。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

予算改定の発動条件で決める三つ

第一に、改定の発動条件を、結果である利益の差異ではなく、前提指標の変動幅で書く。 利益の差異は原因から二四半期遅れて出るので、トリガーにすると改定が半年遅れる。そして利益の差異には現場の努力が混ざるため、前提が崩れたのに埋めた部門が損をし、前提の追い風を差異の説明から差し引けなくなる。 前提指標を三つから五つに絞り、期初に基準値を置き、閾値はその指標が営業利益に効く感応度から逆算する。感応度を持っていない会社は閾値を決められない。閾値を決める作業は、実は感応度を測る作業である。

第二に、発動したときに何を動かして何を動かさないかを、期初に書いておく。 動かすのは着地の予測と資源配分であって、評価の基準となる目標値ではない。組み直す範囲も、前提指標に直接紐づく費目に限る。 為替の改定なら外貨建ての売上、輸入原材料、為替差損益の見込みだけで足り、国内の人件費や固定費まで触る理由はない。範囲を書いていないと、発動した瞬間に全社の予算編成がもう一度始まる。

第三に、発動しなかった月に、前提指標の実績と閾値までの距離を数字で出す。 制度が受け入れられるかどうかは、発動したときではなく発動しなかったときの扱いで決まる。閾値に触れていないので改定しませんとだけ返すと、翌月から現場は計算式を疑い始める。 そして、一件ずつは閾値に届かないまま複数の前提が同じ方向へ積み上がる場合の受け皿を、改定の制度ではなく予備費の側に用意しておく。改定と予備費は別の仕事をしており、片方で両方を解こうとすると、どちらも効かなくなる。

まとめ

期中に前提が動くのは毎期のことであり、揉める原因は改定の発動条件が書かれていないことにある。社外向けには東証の開示基準が数値の閾値を置いているが、社内の予算に移すときは、利益の差異ではなく前提指標の変動幅で書く。利益の差異は遅れて出るうえに、現場の努力が混ざるからである。

来期の予算書には、次の四つを同じ紙に載せておきたい。外部で観測でき、感応度が測れ、現場の努力で動かない前提指標を三つから五つ。各指標の基準値と、感応度から逆算した発動水準。発動したときに組み直す範囲(予測と資源配分、前提指標に直接紐づく費目に限る)。発動しなかった月に出す、実績と発動水準までの距離の一覧。閾値に届かないまま前提が積み上がる場合は、改定ではなく予備費の枠で受ける。

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