四半期の途中までは順調に見えていた利益が、賞与の支給月にまとめて振れる。差額の内訳を聞くと「引当が足りていませんでした」で終わる。翌期も同じことが起きる。この現象の原因は、見積りの精度ではない。見積りを更新する日が決まっていないことだ。 賞与の見込みは人事が持ち、料率は制度が動かす。どちらも経理の中では変わらない。だから、経理が単独で精度を上げようとすると必ず頭打ちになる。直すのは計算式ではなく、受け渡しの日付である。
賞与引当金は、就業規則の書き方で科目が変わる
賞与引当金という科目を毎期そのまま使っている会社は多い。だが、審理情報15号の分岐に照らすと、その科目でよいかどうかは会社によって違う。
分岐は二段ある。第一段は、財務諸表の作成時に支給額が確定しているかどうか。ここでいう確定には、個々の従業員への支給額が決まっている場合だけでなく、支給率・支給月数・支給総額が確定している場合等も含まれる。「まだ一人ずつの査定が終わっていないから未確定」と処理している会社は、この(注)を読み落としていることがある。 総額と支給月数が労使で決まっていれば、確定側に寄る。
第二段は、その支給額が支給対象期間に対応して算定されているかどうか。対応しているなら未払費用、支給対象期間以外の臨時的な要因に基づくもの(成功報酬的賞与等)なら未払金になる。
ここで実務が詰まる。支給対象期間が就業規則にも賞与規程にも書かれていない会社が、思いのほか多いからだ。書かれていなければ、当期に帰属する額の根拠が書けない。四月から九月の勤務に対して十二月に支給するのか、単に十二月時点の在籍者に払うのか。この一行がないまま按分している会社は、監査で必ず質問を受ける。 直すのは経理の計算ではなく、規程の側である。
科目の判定を毎期やり直す必要はない。一度整理して、支給対象期間の定めと確定の時期を一覧にしておけば、あとは当てはめるだけになる(決算整理仕訳の全体像:見落としやすい決算特有の仕訳を漏れなく洗い出す)。
税務は引当を認めない。だから差額は毎期必ず残る
会計で積んだ賞与引当金は、税務では損金にならない。法人税法第22条第3項第2号が、償却費以外の費用のうち当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを損金から除いているからだ。
では、いつなら損金になるのか。法人税法施行令第72条の3が三つの区分を置いている。
第一号は、労働協約または就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与である。使用人にその支給額の通知がされており、かつ支給予定日または通知をした日の属する事業年度においてその支給額につき損金経理をしているものに限られ、支給予定日または通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度の損金になる。
第二号が、いわゆる決算賞与の要件になる。イとして、その支給額を各人別に、かつ同時期に支給を受ける全ての使用人に対して通知をしていること。ロとして、イの通知をした金額を通知をした全ての使用人に対し、通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から1月以内に支払っていること。ハとして、その支給額につきイの通知をした日の属する事業年度において損金経理をしていること。三つを全て満たしたときに、通知をした日の属する事業年度の損金になる。
第三号は、前二号以外の賞与について、支払われた日の属する事業年度である。
要件がそろわなければ支払時まで待つ、という構造だ。 実務上つまずくのは第二号ロの「全ての使用人に対し」の部分で、支給日在籍要件を付けている会社では、通知した相手の一部が退職して支払われなかった時点で全体の要件が崩れる。規程の一行が、そのまま数千万円の損金算入時期を動かす。
会計と税務のずれは、将来減算一時差異として毎期繰り越される。賞与引当金と、それに対応して積んだ未払社会保険料の両方が対象になる。回収可能性の判断が揺れる会社では、この差異が損益を二重に振らせる要因になる(繰延税金資産の回収可能性|業績が揺れた期に損益が二重に振れる仕組み)。
賞与の社会保険料は、二つの上限と二つの改定日で動く
賞与に係る法定福利費を「月額給与と同じ率を掛ければいい」と処理している会社は、二か所で外す。上限と改定日である。
まず、賞与そのものの定義が決まっている。健康保険法第3条第6項は「賞与」を、労働の対償として受けるもののうち三月を超える期間ごとに受けるものと定義する。同条第5項は「報酬」から、臨時に受けるものおよび三月を超える期間ごとに受けるものを除いている。年四回以上支給されるものは賞与ではなく報酬側に入り、標準報酬月額の計算に載る。 支給回数を変える人事施策は、社会保険料の計算の枠組みごと動かす。
上限は二つある。厚生年金保険法第24条の4第1項は、標準賞与額について千円未満の端数を切り捨てるとしたうえで、150万円を超えるときは150万円とする。健康保険法第45条第1項は同じく千円未満を切り捨てたうえで、その年度(毎年4月1日から翌年3月31日まで)における標準賞与額の累計額が573万円を超えることとなる場合には、累計額が573万円となるようその月の標準賞与額を決定し、その年度においてその月の翌月以降に受ける賞与の標準賞与額は零とする。
厚生年金は一回ごとの頭打ち、健康保険は年度累計の頭打ちである。役員や高給与層が多い会社では、夏の賞与で健康保険側の枠を使い切り、冬の賞与に健康保険料がかからないことがある。 年間の引当を単純な率で置いていると、この会社は毎年冬に過大計上する。
率のほうは、保険ごとに改定のタイミングが違う。厚生年金保険法第81条第3項は保険料額を標準報酬月額および標準賞与額にそれぞれ保険料率を乗じて得た額とし、同条第4項は平成29年9月以後の月分の保険料率を千分の183.00と定めている。ここは動かない。動くのは健康保険側だ。健康保険法第160条第1項は、協会が管掌する健康保険の一般保険料率を千分の30から千分の130までの範囲内で支部被保険者を単位として決定するとし、同条第8項は変更に厚生労働大臣の認可を、第9項は認可をしたときの告示を求めている。負担は健康保険法第161条第1項と厚生年金保険法第82条第1項により、被保険者と事業主がそれぞれ半額である。なお介護保険料率が乗るのは介護保険第二号被保険者である被保険者に限られる。健康保険法第156条第1項は、介護保険第二号被保険者である被保険者の保険料額を一般保険料等額と介護保険料額の合算額とし、それ以外の被保険者については一般保険料等額のみとしている。年齢構成によって会社負担率が人ごとに違う、ということだ。
これに加えて、折半ではない負担がある。子ども・子育て支援法第69条第2項は「一般事業主は、拠出金を納付する義務を負う」とし、同法第70条第1項は拠出金の額を、厚生年金保険法に基づく保険料の計算の基礎となる標準報酬月額および標準賞与額に拠出金率を乗じて得た額の総額とする。同条第2項は拠出金率を千分の四・〇以内において政令で定めるとし、子ども・子育て支援法施行令第27条が千分の三・六と定めている。この0.36%は全額が会社負担で、賞与にも乗る。 従業員の給与明細に出ないため、引当の計算から落ちやすい。
令和8年度は、率の側が動いた年である
料率改定の反映漏れが怖いという感覚は正しい。特に今年度は、加わった項目がある。
全国健康保険協会は、令和8年度の保険料率を3月分(4月納付分)から改定している。全国一律の介護保険料率は1.62%、全国一律の子ども・子育て支援金は0.23%。都道府県単位の健康保険料率は、最も高い佐賀県が10.55%、最も低い沖縄県が9.44%である。
子ども・子育て支援金は新しい枠組みだ。厚生労働省が公表しているこども家庭庁の資料は、加速化プランの財源の一部となる子ども・子育て支援金について、令和8年度から全ての世代・企業から拠出することが法律に規定されているとし、被用者保険(健保組合、協会けんぽ、共済組合)に共通の支援金率(一律の率)を0.23%としている。徴収は令和8年4月分から医療保険料とあわせて行われ、被用者保険では5月給与から天引きが始まる。徴収の流れは、被保険者と事業主がそれぞれ2分の1を負担する形で示されている。
この支援金率は、標準賞与額にもかかる。 健康保険法第156条第1項第1号は、介護保険第二号被保険者である被保険者の保険料額を、一般保険料等額と介護保険料額の合算額とし、一般保険料等額を「各被保険者の標準報酬月額及び標準賞与額にそれぞれ一般保険料率(基本保険料率と特定保険料率とを合算した率をいう。)と子ども・子育て支援金率とを合算した率を乗じて得た額」と定義している。賦課の対象に標準賞与額が明記されている以上、賞与にも乗る。
したがって、令和8年3月分より前の率で賞与引当金に対応する法定福利費を置いたままにしている会社は、支給月に差額が出る。金額の規模は会社によるが、支払対象が全従業員である以上、取りこぼしは全社に及ぶ。人件費の予算そのものを組み替える必要が出ることもある(人件費の管理会計|要員計画と人件費予算をつないで増員を数字で判断する)。
反映漏れは、責任者ではなく日付で止める
料率改定の反映漏れを「担当者の注意不足」として処理している限り、来年も同じことが起きる。止めるのは注意ではなく、月次サイクルに埋め込んだ日付である。
決めるのは四つでいい。
第一に、賞与の支給見込額を人事から経理へ渡す日。四半期ごとでも構わないが、「四半期末の翌第2営業日までに、支給月数と対象人数と支給対象期間を書いた一枚を出す」というところまで固定する。口頭とメールのやり取りに戻すと、翌年には消える。
第二に、料率の見直し日。健康保険と介護保険と子ども・子育て支援金は年度で動き、協会けんぽは3月分(4月納付分)から改定される。だから、料率テーブルの更新は毎年2月から3月に置き、更新した人と確認した人の名前を残す。厚生年金保険料率は千分の183.00で動いていないが、動いていないことを毎年確認する工程として残す。
第三に、年度累計のリセット日。健康保険の573万円は年度(4月1日から翌年3月31日)の累計で頭打ちになるため、4月に累計がゼロに戻る。この切り替えを計算表に組み込んでおかないと、期をまたぐ賞与の見込みが必ずずれる。
第四に、差額の説明日。支給月の翌月次で、引当額と実際額の差を要因別に分ける。支給見込みの差、標準賞与額の上限の効き方の差、料率の差の三つに割る。割れれば、翌期に直すべき場所が自動的に決まる。 割らずに「差額」と書いている限り、原因は毎年不明のままになる。
この四つは、決算スケジュールのWBSに行として入れておくのが早い(決算スケジュール表の作り方:5日締めを支えるWBSとクリティカルパス)。着地見込みの精度を上げる取り組みとしても、賞与は効きが大きい科目になる(予測精度を上げる|着地見込み(フォーキャスト)を経営の武器に変える)。
精度は、計算式ではなく受け渡しで上がる
賞与引当金の議論は、放っておくと見積り手法の話になる。過去実績の平均を使うか、直近の支給率を使うか。だが、その議論で埋まる差は小さい。
大きいのは、人事が持っている情報が経理に届く日と、制度が動いた事実を確認する日である。どちらも計算ではなく、段取りだ。 そして段取りは、担当者が代わっても残る形に書ける。
やる順序は決まっている。まず、就業規則と賞与規程に支給対象期間が書かれているかを確認する。書かれていなければ、そこから直す。次に、審理情報15号の三分岐に照らして自社の科目を判定し、確定の時期を一覧にする。そのうえで、人事からの受け渡し日、料率の見直し日、年度累計のリセット日、差額の説明日を月次サイクルに埋める。最後に、差額を三つの要因に割って報告する。
この順序を踏むと、賞与は「期末に振れる科目」から「毎月説明できる科目」に変わる。 変わるのは金額ではなく、説明の質のほうだ。



