売上高を180億円から216億円へ、2割伸ばす予算を組んだ。営業利益は9億円から12億円に増える計画で、取締役会は異論なく承認した。事業は計画どおりに進み、上期の売上は予算を少し上回った。11月、財務の担当者がCFOのところへ来て、年末までに10億円の借入が要ると言った。 取引銀行の担当者は、申し込みを受けながら尋ねた。今期の予算に、この借入は入っていなかったのですか。入っていなかった。予算書にあるのは、売上と費用と利益だけである。資金繰りの表は財務の担当者が前年の入出金をもとに別に作っていて、売上が2割伸びる前提は、そこに届いていなかった。 業績は予算どおりなのに、資金は予算の外で足りなくなった。
増収の計画ほど、利益より先に資金が出ていく
冒頭の会社の数字を置く。売上高は180億円から216億円に増え、月商は15億円から18億円になる。売掛金は月商の2.5か月分で、37億5,000万円から45億円に増える。増加は7億5,000万円である。
売上原価の率を80パーセントとすると、月あたりの売上原価は12億円から14億4,000万円になる。在庫を売上原価の2か月分持っているなら、24億円から28億8,000万円に増え、増加は4億8,000万円。買掛金は1.5か月分で、18億円から21億6,000万円に増え、増加は3億6,000万円である。
売掛金と在庫の増加の合計12億3,000万円から、買掛金の増加3億6,000万円を引くと、運転資本は8億7,000万円増える。 この金額は、損益計算書のどこにも出ない。
残りも並べる。営業利益12億円に、税率を30パーセントと置き、利息と納税の時期のずれを無視すると、税引後の利益は8億4,000万円である。減価償却費が5億円、新しい製造ラインの支払が9億円、配当が2億円、借入の約定返済が4億円あるとする。現預金の増減は、8億4,000万円に5億円を足し、8億7,000万円、9億円、2億円、4億円を引いて、10億3,000万円の減少になる。期首に16億円あった現預金は、期末には5億7,000万円になる。 月商18億円に対して、3分の1か月分しかない。
利益は3億円増え、現預金は10億3,000万円減る。この二つは矛盾しない。同じ売上の計画から、同時に出てくる結果である。運転資本が現金を外に出す仕組みそのものは、運転資本(CCC)の管理、在庫・売掛・買掛から黒字なのに資金が足りない原因を探るで扱った。予算の問題は、この結果が、承認の場に出ていないことにある。
資金繰りを別に見積もると、前提が食い違う
損益の予算と資金繰りを別々に作っている会社でも、資金繰りの表はある。食い違うのは前提である。
財務の担当者は、たいてい前年の入出金の実績から出発する。 月ごとの入金と支払の実績に、季節の傾向と、分かっている大きな支払を足す。この作り方は、事業が前年並みなら当たる。売上を2割伸ばす年、在庫を積み増す年、回収の条件を変える年には外れる。変化の情報は事業部と経営企画が持っていて、損益の予算には入っているが、財務には数字として渡っていない。
設備投資は、もっと食い違いやすい。損益の予算が見ているのは、稼働した月から始まる減価償却費である。資金が出ていくのは、契約のときの手付金、据付のときの中間金、検収の翌月以降の残金である。 3月に稼働するラインは、当期の損益にはほとんど影響しないが、支払の半分は当期に出ることがある。設備投資の予算を、発注と検収と支払の月まで持っている会社は、資金の予算にそのまま使える(設備投資の予算超過は審査ではなく執行で止める、発注時点の予算引当と再審議の条件)。
税金も、損益とは別の暦で動く。3月決算の会社なら、法人税の確定分は5月に、中間分は11月に出ていく。増益の年は、当期の利益にかかる税金の多くが翌期の5月に回り、当期の資金は前期の利益で決まる額を払う。賞与、配当、借入の返済も、損益の月とは関係なく、決まった月に出る。
損益の前提に回転期間と支払の月を足して、貸借対照表にする
つなげ方は難しくない。損益の予算を作るときの前提に、行を足す。
一つ目は、売掛金の回転期間である。 月別の売上の予算に、回収までの月数を当てれば、月末の売掛金の残高が出る。得意先を回収の条件で二つか三つの群に分け、群ごとに月数を置くと、売上の構成が変わったときの影響も拾える。大口の得意先との取引が増える計画で、その得意先の回収が遅いなら、売上の伸び以上に売掛金が増える。
二つ目は、在庫の回転期間である。 ここは前年並みと置かない。新製品の立ち上げの前には作りだめがあり、仕入先の変更の前には安全在庫を積む。生産と購買の計画から、月別の在庫の水準を出してもらう。
三つ目は、買掛金の回転期間である。 支払の条件を短くする予定があれば、ここに入れる。手形をやめて振込に変える、支払までの期間を60日以内に縮めるといった見直しは、費用はほとんど動かさずに、資金だけを大きく動かす(支払条件の見直し、手形廃止と支払サイト短縮を運転資本で吸収する方法)。
四つ目は、設備の支払の月と、暦で決まる支払である。 設備は案件ごとに、手付金、中間金、残金の月と金額を置く。納税、賞与、配当、約定返済は、日付と金額を置く。
これで、動く科目はそろう。固定資産は、期首の残高に設備の検収を足して減価償却費を引く。借入金は、約定返済を引く。純資産は、税引後の利益を足して配当を引く。現預金は、ほかの科目がすべて決まった後の差で出る。 全部の勘定科目に予算を置く必要はない。その他の資産と負債は前年の残高のまま置き、動く五つか六つの科目だけを計算する。業務量と単価の式で損益の予算を持っている会社は、同じ式に回転期間の行を足すだけで済む(ドライバーベース予算への切り替え方、勘定科目の積み上げを業務量と単価の式に置き換える)。
回転期間の行には、責任者の名前を書く。売掛金は営業、在庫は生産と購買、買掛金は購買である。回転期間を前年より縮める前提を置くなら、縮めるための施策と担当者が要る。施策のない改善の前提は、資金の予算を楽に見せるための数字になる。
期末の残高だけでなく、月別の最低残高まで出す
貸借対照表の予算を期末の一時点だけで作ると、まだ足りない。資金が足りなくなるのは、期末より前の、どこかの月である。
増収の年は、期の前半に資金が出て、後半に戻る形になりやすい。売上が伸び始める前に在庫を積み、売上が伸びると売掛金が増え、回収が追いつくのは数か月後である。季節性のある事業では、繁忙期の前に在庫と買掛金の支払が重なる。冒頭の会社で借入が必要になったのは11月で、中間の納税と冬の賞与と、年末の商戦に向けた在庫の支払が重なる月だった。期末の残高だけを見ていれば、5億7,000万円は残るので、足りないことに気づかない。
月別の残高を出すには、売上と費用の予算を月別に持っている必要がある。年間の予算を12で割っただけの月次では、谷の位置は出ない(年間予算を12で割ると月次の差異分析が機能しない理由と、季節指数での月次配分)。予算の段階で分かるのは月末の残高までで、月の途中の谷は、期中に週次の予測で追う(13週キャッシュフロー予測の作り方、月次の資金繰り表では見えない月中の谷)。
承認は、利益と期末の現預金の両方で取る
貸借対照表と資金の予算を作っても、参考資料として添付するだけなら、次の年には作られなくなる。予算の決議の対象に、営業利益と並べて、期末の現預金の残高と、月別の最低の残高を入れる。
承認の条件も決めておく。月別の最低の残高が、会社の決めた手元資金の下限を割る予算は、借入の計画とあわせて出されなければ承認しない。冒頭の会社がこの条件を持っていれば、11月の借入は、4月の取締役会で、予算の一部として決議されていた。銀行への説明も、予算の説明の中で済む。借入の枠を期初に用意するか、長期の借入にするかは、落ち着いて比べられる(資金調達の選び方、銀行借入・社債・エクイティの違いと使い分け)。
資金が足りないと分かったとき、選択肢は借入だけではない。予算の段階なら、前提のほうを動かせる。 在庫の積み増しを2か月遅らせる、設備の残金の支払を翌期の検収に合わせる、回収の遅い得意先との取引の伸びを抑える。どれも、損益への影響と資金への影響を同じ表で比べて決められる。期中に資金が足りなくなってからでは、借りる以外の選択肢はほとんど残っていない。
期中の予実の管理も、二本にする。月次の報告で、利益の予実と並べて現預金の予実を出し、差を三つに分ける。利益の差によるもの、回転期間の差によるもの、支払の時期のずれによるものである。回転期間の差は、事業部の責任として返す。事業部の評価に資本コストを入れている会社は、売掛金と在庫の予算がそのまま評価の基準になる(部門に資本コストを課すと在庫と売掛が減る理由、利益だけの評価の限界)。
冷凍食品のメーカー(売上高300億円、3月決算)。大手の外食チェーンとの取引の拡大と新工場の稼働で、売上を15パーセント伸ばす予算を作った。 損益の予算は経営企画が作り、資金繰りは財務課が前年の入出金に一律の伸び率を掛けて作っていた。2年前、同じように増収を計画した年に、期中で8億円の借入を急いで申し込んだことがあり、CFOはこの年から、損益と同じ前提で貸借対照表と資金の予算を作らせた。計算すると、売掛金が9億円、在庫が7億円増え、買掛金の増加は5億円で、運転資本は11億円増える。在庫の増加のうち3億円は、新工場への切り替えの前に旧工場で作りだめをする分だった。新工場の支払は当期に18億円出る。税引後の利益と減価償却費の合計は21億円で、配当が3億円、約定返済が5億円ある。期首に22億円あった現預金は、期末に6億円になり、月別では9月末の2億円が最低だった。 会社が決めていた手元資金の下限は12億円である。CFOは予算の議案を差し戻し、三つを直させた。作りだめの開始を2か月遅らせて、9月末の在庫を3億円減らす。新工場の残金4億円の支払を、検収の時期に合わせて翌期の4月にする。そのうえで、15億円の借入の枠を取引銀行2行と期初に契約する。取締役会は、営業利益の予算と、期末の現預金10億円、借入の枠15億円を、一つの議案で決議した。その年、売上は予算を2パーセント上回り、借入の枠は最大で9億円を使った。 期中に銀行へ新しく借入を申し込むことはなかった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
予算を資金までつなげるために決める三つ
第一に、貸借対照表と資金の予算を、損益の予算と同じ前提から作る。 損益の前提に、売掛金と在庫と買掛金の回転期間、設備の支払の月、暦で決まる支払を足す。現預金は、ほかの科目が決まった後の差として出す。
第二に、期末の残高だけでなく、月別の最低の残高を出す。 回転期間の前提には責任者の名前を書き、施策のない改善は置かない。
第三に、予算の承認を、利益と期末の現預金の両方で取る。 月別の最低の残高が手元資金の下限を割る予算は、借入の計画か、前提の見直しとあわせて決議する。



