期末が近づくと、監査法人から資料依頼が飛んでくる。勘定明細を出してほしい、この残高の内訳を、この見積りの根拠を——依頼はメールや口頭で、担当者一人ひとりに直接届く。受けた担当は、締め作業の手を止めて資料を作る。別の担当も、似たような資料を別の依頼で作っている。同じ内訳を切り口を変えて何度も出す。こうして期末に、決算を締める仕事と監査に応える仕事が、同じ担当の手元で正面衝突する。 監査対応が重いのは、監査法人の要求が多いからではない。依頼を受ける社内の側に、受け皿が設計されていないからだ。工数は、監査法人と交渉して減らすものではなく、受け方を設計して減らすものだ。
衝突は「依頼が各担当へ直接飛ぶ」から起きる
監査対応が締めと衝突する第一の原因は、依頼の入口が分散していることだ。監査法人の各担当が、経理の各担当に、それぞれのタイミングで資料を求める。窓口が一つでないから、経理側は全体で何をどれだけ求められているのかを把握できない。ある担当は売掛金の明細を、別の担当は同じ得意先の残高確認を、切り口だけ変えて別々に作る。誰がどの依頼を抱えているのか、いつまでに出すのかも、個人のメールボックスに散らばったまま可視化されない。
これを直す最初の一手が、依頼を一本のPBCリスト(Prepared By Client、クライアント準備資料の一覧)に束ねることだ。監査法人から来る依頼を、項目・目的・提出先を明記した一つの表に集約し、監査法人とのやり取りの窓口も経理側で一人に絞る。リストが一枚になった瞬間に、依頼の重複が見え、同じ元データから作れる資料はまとめて一度で出せるようになる。締めが止まる根因の多くは、要求の量でなく、要求が見えないことにある。
「社内の提出責任者」と「期日」を先に埋める
リストを一本化しただけでは、まだ締めとの衝突は消えない。次に埋めるのは、各項目の社内の提出責任者と提出期日だ。監査が本格化してから「これは誰が出す資料か」を探し始めると、締め作業の担当がそのまま監査資料も抱え込む。そうならないよう、リストの各行に、社内で誰が責任を持って出すか、いつまでに出すかを、監査が始まる前に先に割り当てる。
割り当ての勘所は、締めのクリティカルパス上にいる担当に、期末の資料作成を過度に載せないことだ。主要勘定の残高を確定させる担当は、期末の数日間が最も忙しい。その担当にしか作れない資料は最小限に絞り、それ以外は他の担当や、前倒しできるものは期中に振る。締めのスケジュール表を作る段階で、監査資料の提出も同じ工程表に載せておくと、どこで衝突するかが事前に見える(決算スケジュール表の作り方:5日締めを支えるWBSとクリティカルパス)。
期中に出せるものは、期末に持ち込まない
三つ目が、前倒しだ。監査法人が求める資料のすべてが、期末残高を必要とするわけではない。会計方針や規程、重要な契約書、期中の取引の明細、固定資産の増減、関係会社との取引記録——こうした資料は、期末の締めを待たなくても期中に用意できる。これらを期末に回すから、締めと監査が同じ数日に凝縮されて衝突する。
だからPBCリストを、期中に出せる資料と、期末残高が固まらないと出せない資料に仕分ける。前者は監査法人と相談して期中に前倒し、期末には期末残高・会計上の見積り・注記の裏づけといった、締めを待つ資料だけを残す。期末に残る資料を減らせば、締めのピークと監査対応のピークがずれ、衝突が緩む。注記に必要なデータを期中から取りに行く発想と同じで、締めの直前に慌てて集めない仕組みが効く(注記情報の収集設計:開示に必要なデータを期中から取りに行く仕組み)。前倒しは、監査対応を軽くするだけでなく、締めそのものの早期化にも効く。
工数は「交渉」でなく「受け皿の設計」で減る
監査対応の工数を減らそうとすると、多くの会社は「依頼を減らせないか」と監査法人との交渉に向かう。だが監査法人が求める資料は、監査手続き上の必要があって求めているものが大半で、交渉で大きくは減らない。減らせるのは、社内の受け方だ。依頼を一本のPBCリストに束ね、社内の提出責任者と期日を監査が始まる前に埋め、期中に出せる資料を前倒す。この受け皿さえ設計すれば、同じ量の依頼を、締めと衝突させずにさばける。監査対応が重い会社は、たいてい要求が多いのではなく、受け皿が無い。締めの早期化と監査対応の両立も、この設計の延長線上にある(決算業務の内部統制:締めの早期化と統制の両立は不正リスクで設計する)。



