期末が近づくと、監査法人から資料依頼が飛んでくる。勘定明細を出してほしい、この残高の内訳を、この見積りの根拠を——依頼はメールや口頭で、担当者一人ひとりに直接届く。受けた担当は、締め作業の手を止めて資料を作る。別の担当も、似たような資料を別の依頼で作っている。同じ内訳を切り口を変えて何度も出す。こうして期末に、決算を締める仕事と監査に応える仕事が、同じ担当の手元で正面衝突する。 監査対応が重いのは、監査法人の要求が多いからではない。依頼を受ける社内の側に、受け皿が設計されていないからだ。工数は、監査法人と交渉して減らすものではなく、受け方を設計して減らすものだ。

POINT
監査対応で締めが止まる原因は、資料依頼(PBCリスト)が各担当へ個別に飛び、受け方が無設計なことにある。だから同じ資料を重複して作り、期末に締めと監査が衝突する。直す順は三つ。①依頼を一本のPBCリストに束ね、社内の窓口を一つにする。②各項目に「社内の提出責任者」と「提出期日」を先に埋め、誰がいつ出すかを監査が本格化する前に確定させる。③期末を待たずに出せる資料(規程・契約・期中の明細)を期中に前倒しし、期末には期末残高に関わるものだけを残す。工数は交渉でなく、この受け皿の設計で減る。

衝突は「依頼が各担当へ直接飛ぶ」から起きる

監査対応が締めと衝突する第一の原因は、依頼の入口が分散していることだ。監査法人の各担当が、経理の各担当に、それぞれのタイミングで資料を求める。窓口が一つでないから、経理側は全体で何をどれだけ求められているのかを把握できない。ある担当は売掛金の明細を、別の担当は同じ得意先の残高確認を、切り口だけ変えて別々に作る。誰がどの依頼を抱えているのか、いつまでに出すのかも、個人のメールボックスに散らばったまま可視化されない。

これを直す最初の一手が、依頼を一本のPBCリスト(Prepared By Client、クライアント準備資料の一覧)に束ねることだ。監査法人から来る依頼を、項目・目的・提出先を明記した一つの表に集約し、監査法人とのやり取りの窓口も経理側で一人に絞る。リストが一枚になった瞬間に、依頼の重複が見え、同じ元データから作れる資料はまとめて一度で出せるようになる。締めが止まる根因の多くは、要求の量でなく、要求が見えないことにある。

「社内の提出責任者」と「期日」を先に埋める

リストを一本化しただけでは、まだ締めとの衝突は消えない。次に埋めるのは、各項目の社内の提出責任者と提出期日だ。監査が本格化してから「これは誰が出す資料か」を探し始めると、締め作業の担当がそのまま監査資料も抱え込む。そうならないよう、リストの各行に、社内で誰が責任を持って出すか、いつまでに出すかを、監査が始まる前に先に割り当てる。

割り当ての勘所は、締めのクリティカルパス上にいる担当に、期末の資料作成を過度に載せないことだ。主要勘定の残高を確定させる担当は、期末の数日間が最も忙しい。その担当にしか作れない資料は最小限に絞り、それ以外は他の担当や、前倒しできるものは期中に振る。締めのスケジュール表を作る段階で、監査資料の提出も同じ工程表に載せておくと、どこで衝突するかが事前に見える(決算スケジュール表の作り方:5日締めを支えるWBSとクリティカルパス)。

依頼を束ね、責任と期日を先に決め、出せるものは期中に前倒す。
STEP 1
依頼を一本化する
監査法人からの資料依頼をPBCリスト一枚に集約し、社内の窓口を一人に絞る。重複依頼がここで見える
STEP 2
責任者と期日を割る
各項目に社内の提出責任者と提出期日を、監査が本格化する前に先に埋める。締めのクリティカルパス上の担当に載せすぎない
STEP 3
期中提出分を切り出す
規程・契約・期中の勘定明細など期末残高に依存しない資料を選び、期中のうちに提出する
STEP 4
期末は残高分だけ残す
期末残高・見積り・注記の裏づけなど、締めを待つ資料だけを期末に集中させる
STEP 5
受領と差戻しを記録する
提出済み・未提出・監査法人からの追加依頼をリスト上で管理し、抜けと二度手間を防ぐ
土台土台はPBCリストを正本一つで持ち、経理と監査法人が同じ一覧を見ること。依頼と提出状況が一枚に集約されていないと、責任も期日も前倒しも機能しない。
監査対応の工数は、監査法人と減らす交渉でなく、依頼を受ける工程を設計することで減る。

期中に出せるものは、期末に持ち込まない

三つ目が、前倒しだ。監査法人が求める資料のすべてが、期末残高を必要とするわけではない。会計方針や規程、重要な契約書、期中の取引の明細、固定資産の増減、関係会社との取引記録——こうした資料は、期末の締めを待たなくても期中に用意できる。これらを期末に回すから、締めと監査が同じ数日に凝縮されて衝突する。

だからPBCリストを、期中に出せる資料と、期末残高が固まらないと出せない資料に仕分ける。前者は監査法人と相談して期中に前倒し、期末には期末残高・会計上の見積り・注記の裏づけといった、締めを待つ資料だけを残す。期末に残る資料を減らせば、締めのピークと監査対応のピークがずれ、衝突が緩む。注記に必要なデータを期中から取りに行く発想と同じで、締めの直前に慌てて集めない仕組みが効く(注記情報の収集設計:開示に必要なデータを期中から取りに行く仕組み)。前倒しは、監査対応を軽くするだけでなく、締めそのものの早期化にも効く。

現場では
ある会社では、期末になると監査法人の各担当から経理の各担当へ直接、資料依頼が飛んでいた。締めの最中に依頼が割り込み、同じ得意先の明細を残高確認用と増減分析用に別々に作るような重複も起きて、締めが数日遅れていた。翌期から、依頼を一枚のPBCリストに集約し、経理側の窓口を課長一人に絞った。各項目に提出責任者と期日を先に割り当て、規程・契約・期中明細は期末の一月前までに提出。期末に残ったのは期末残高と見積りの裏づけだけになった。監査法人からの追加依頼もリスト上で管理し、提出済みと未提出を可視化した。監査法人の要求量は変わっていない。変えたのは受け方だけで、締めと監査の衝突は目に見えて減った。

工数は「交渉」でなく「受け皿の設計」で減る

監査対応の工数を減らそうとすると、多くの会社は「依頼を減らせないか」と監査法人との交渉に向かう。だが監査法人が求める資料は、監査手続き上の必要があって求めているものが大半で、交渉で大きくは減らない。減らせるのは、社内の受け方だ。依頼を一本のPBCリストに束ね、社内の提出責任者と期日を監査が始まる前に埋め、期中に出せる資料を前倒す。この受け皿さえ設計すれば、同じ量の依頼を、締めと衝突させずにさばける。監査対応が重い会社は、たいてい要求が多いのではなく、受け皿が無い。締めの早期化と監査対応の両立も、この設計の延長線上にある(決算業務の内部統制:締めの早期化と統制の両立は不正リスクで設計する)。

まとめ
監査対応で締めが止まるのは、監査法人の要求が多いからでなく、資料依頼を受ける社内の受け皿が無いからだ。依頼が各担当へ個別に飛ぶと、経理は全体量を把握できず、同じ資料を切り口を変えて重複して作り、期末に締めと監査が正面衝突する。直す順は三つ。第一に、依頼を一本のPBCリストに集約し、社内の窓口を一人に絞る。リストが一枚になれば重複が見え、まとめて出せる。第二に、各項目に社内の提出責任者と提出期日を、監査が本格化する前に先に埋める。締めのクリティカルパス上の担当に資料作成を載せすぎない。第三に、規程・契約・期中明細など期末残高に依存しない資料を期中に前倒し、期末には期末残高・見積り・注記の裏づけだけを残す。提出済みと未提出、追加依頼もリスト上で管理する。監査対応の工数は監査法人と減らす交渉でなく、依頼を受ける工程を設計することで減る。要求量は変えず、受け方を変える。

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