経理課長のポストに、大手監査法人でシニアマネージャーまで務めた公認会計士の応募が来ている。職務経歴書は隙がない。上場会社の監査を十年、IPO支援を三件、新基準の導入対応も書かれている。人事は乗り気だが、経理部長の反応が鈍い。三年前に会計士を一人採って、一年で辞められているからだ。 そのときの記憶は、部長の中で「頭はいいが、うちの月次を回せなかった」という一文に圧縮されている。
この一文は、半分だけ正しい。回せなかったのは事実だが、回せなかった理由は本人の能力ではない。
「決算を締めた経験がない」のは、制度がそう作ったからである
面接でよく出る質問がある。月次決算をご自身で回した経験はありますか。
この問いは、制度上ありえないものを問うている。 監査法人に所属する会計士が、監査先の帳簿を作ることは禁じられている。禁じられているというのは倫理の話ではなく、業務制限の条文の話だ。
公認会計士法第24条の2第1項が挙げる大会社等は、第1号の会計監査人設置会社、第2号の金融商品取引法第193条の2第1項又は第2項の規定により監査証明を受けなければならない者、第3号の銀行、第4号の長期信用銀行、第5号の保険会社、第6号の政令で定める者である。上場会社の監査に従事してきた会計士は、まずここに当たる。
そして施行規則第5条第1項が並べる業務のうち、第1号が記帳代行と財務書類の調製、第2号が財務・会計の情報システムの整備または管理、第3号が現物出資財産その他これに準ずる財産の証明または鑑定評価、第4号が保険数理、第5号が内部監査の外部委託である。第6号の包括規定が、これら以外でも「自らが作成していると認められる業務」や「被監査会社等の経営判断に関与すると認められる業務」を拾う。
つまり、記帳も、決算書の組成も、会計システムの設定も、経営判断への関与も、監査先に対しては原則としてできない。十年やっても、締めの当事者経験は一日分も積み上がらない。
だから問うべきは経験の有無ではない。制度上積めない経験を面接で確認しても、答えは「ありません」しかなく、その答えは何の情報も持っていない。
監査は「作る責任は経営者」という前提の上に成立している
もう一段、構造を見ておく。
企業会計審議会「監査基準」第一 監査の目的 1は「財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある」とする。主語は「経営者の作成した財務諸表」である。
この考え方を明示的に言語化したのが、企業会計審議会「監査基準の改訂に関する意見書」(平成14年1月25日)だ。同意見書は、監査の目的について「財務諸表の作成に対する経営者の責任と、当該財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する監査人の責任との区別(二重責任の原則)を明示した」と書いている。
会社法の側も同じ線を引く。会社法第435条第2項は「株式会社は、法務省令で定めるところにより、各事業年度に係る計算書類…及び事業報告並びにこれらの附属明細書を作成しなければならない」とし、作成義務を会社に負わせる。第436条が監査を、第438条第2項が定時株主総会の承認を定める。作る、監査する、承認する。三つは別の主体の行為である。
会計士の職業人生は、この「監査する」の列だけで構成されている。 評価の技術は、日本の労働市場で最も体系的に訓練された部類に入る。公認会計士法第3条は、公認会計士となる資格について、試験合格に加えて業務補助等の期間が三年以上(令和4年法律第41号による改正で二年から三年に延長され、令和5年4月1日施行。施行日時点で二年以上の者には経過措置がある)であり、実務補習を修了して内閣総理大臣の確認を受けることを求める。資格取得後も同法第28条により研修が義務づけられ、日本公認会計士協会の制度では、直前三事業年度で合計120単位以上、かつ当該事業年度に20単位以上の履修が求められる。
訓練の中身が「評価」に寄っているのであって、訓練が薄いわけではない。ここを取り違えると、採用の判断も配置の判断も外す。
通用する力と、通用しない力
線を引く。
真ん中の列が、三年前の失敗の中身である。優秀な人に、その人が構造上できない仕事を渡した。 渡した側は「経理のプロだから当然できる」と思っている。渡された側は、できないとは言えない。言えないまま三か月が過ぎ、周囲が「使えない」と判断する。
そして、この判断は本人にも伝わる。伝わった時点で、辞める理由が揃う。
面接で問うことを、入れ替える
問いを入れ替えれば、面接は情報を持ち始める。
| 問うのをやめる質問 | 代わりに問う質問 | 聞き分けるもの |
|---|---|---|
| 月次決算を回した経験はありますか | 担当した会社で、どの論点にどんな誤りを見つけ、その会社の経理はどう直しましたか | 直した後まで見届けているか。指摘で終わる人か |
| 決算を何日で締められますか | 早期化が進んだ会社と進まなかった会社を、それぞれ何が分けていたと思いますか | 現場の制約を見ているか。方法論だけで語らないか |
| 当社の課題は何だと思いますか | 入社後の最初の三か月で、あなたが「まだ判断しない」と決める領域はどこですか | 評価者の癖を自覚しているか |
| ITは得意ですか | 会計システムの設定変更を、あなたが自分で申請して通した経験はありますか | 独立性の制約下で何をやってきたかを正確に語れるか |
| チームマネジメントの経験は | 監査チームの後輩に、答えを教えずに考えさせた場面を一つ挙げてください | 教える型を持っているか。監査調書のレビューと同じ癖が出るか |
三行目が要点になる。入社直後に自社を評価してみせる人は、たいてい失速する。 評価は監査人の職能であり、本人はそれで褒められてきた。だが事業会社で最初に求められるのは、評価ではなく理解である。ここを面接で確認しておくと、入社後の設計が楽になる(経験者の立ち上がりを設計する)。
四行目は、独立性の制約を本人が正確に語れるかを見ている。「システムは触っていません、施行規則で禁じられているので」と即答できる人は、自分の職域の輪郭を分かっている。「多少は触りました」と曖昧に答える人は、経歴のほかの部分も曖昧である可能性が高い。
コンサル出身者は、別の理由で失速する
同じ「外から来た専門職」でも、コンサル出身者の躓き方は違う。
論点整理と資料化の速度は、経理組織にとってはほぼ異次元である。三日でまとまるものが半日でまとまる。問題は、その先だ。
コンサルの仕事は、多くの場合、意思決定の材料を作るところまでで区切られている。決めるのはクライアントである。十年やっても「自分が決めて、自分が背負う」経験は積みにくい。 事業会社の経理では、引当金の水準も、収益認識の判断も、開示の書きぶりも、最後は自分たちが決めて署名する側に立つ。
税務でも同じ構造が出る。税理士法第2条第1項は、税理士業務を「他人の求めに応じ」行う事務として定義し、第52条は「税理士又は税理士法人でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行つてはならない」とする。自社の申告書を自社の経理が作る行為は、この「他人の求めに応じ」に当たらない。 だから事業会社の経理は、外部の専門家に頼るかどうかを含めて、自分で決めて自分で提出する。誰かが代わりに責任を負う構造になっていない。
コンサル出身者を採るときに確認すべきは、この転換を本人が理解しているかである。「提案までが自分の仕事」という前提のまま入ると、資料は増えるが決算は変わらない。
期待の置き場所を、紙に書いてから採る
ここまでの線引きを、採用の前工程に落とす。
第一に、求人票に「制度設計側の職務」と「日々の締めの職務」を分けて書く。会計方針、新基準の適用、注記と開示、監査対応、内部統制文書、規程の整備。これが前者である。月次の締め、伝票、部門調整、支払、残高照合。これが後者だ。どちらを主として期待するのかを一行で書く。書かない求人票は、入社後に必ずもめる。
第二に、既存メンバーへの説明を、採用決定と同時に行う。「決算の専門家が来る」と伝えると、既存メンバーは自分たちが評価されると受け取る。 伝えるべきは職務の分担であって、優劣ではない。ここを曖昧にした会社では、入社初日から情報が渡らなくなる。
第三に、最初の三か月で本人に求めないことを決める。改善提案を求めない。自社の評価を求めない。求めるのは、決算を一巡させることと、違和感を記録しておくことだけにする。棚卸しの日付を入社日に決めておくと、本人も既存メンバーも待てる。
そして、この三つは会計士やコンサル出身者に限った話ではない。専門性の高い経験者を採るときに毎回必要になる設計である(経理の中途採用で失敗を繰り返さない)。
三つ決めてから、募集をかける
採用の前に決めるべきことは、三つに絞られる。
第一に、求めているのが評価の技術か生成の技術かを決める。会計方針や開示や監査対応の設計を強くしたいなら、監査法人出身者は当たりである。締めの実行力を足したいなら、事業会社で締めを回してきた人を採るほうが早い。両方を一人に求める求人票は、誰も満たせない。
第二に、締めの当事者経験がないことを減点にしない。公認会計士法第24条の2と施行規則第5条第1項が、その経験を積むことを制度として禁じている。減点するなら、代わりに何を見るのかを先に決めておく。見るべきは、指摘の先まで見届けた経験と、自分の職域の輪郭を正確に語れるかである。
第三に、入社後の分担を紙に書き、既存メンバーに先に説明する。書いていない分担は、入社後に力関係で決まる。力関係で決まった分担は、たいてい本人にも既存メンバーにも不利な形に落ち着く。
日本公認会計士協会の会員数等調によれば、2026年7月31日現在の公認会計士は38,264人である。同協会の組織内会計士ネットワークの会員数は、2016年12月末の1,708名から2025年12月末の3,121名へ増えており、そのうち正会員2,545名の勤務先は上場会社1,240名、非上場会社1,019名となっている(数値はネットワークへの登録者数であり、事業会社に勤務する会計士の総数ではない)。事業会社へ移る人は、確実に増えている。 増えているぶん、置き場所を間違える会社も増える。



