買収が終わって最初の月次が来ない。催促すると翌々週にExcelが届き、勘定科目の粒度が粗く、前月との比較もできない。本社の経理部長が「これは人を送るしかないですね」と言う。この判断が、統合を一年遅らせる。買収先の経理が遅いのは、担当者の能力ではなく、締めの前工程がその会社なりの形で組まれているからだ。 そこへ本社の様式と人を同時に投入すると、動いていた手順まで一緒に壊れる。しかも連結会計基準は、統一の方向を本社側だと言っていない。合わせにいくのが本社であってよい場面も、買収先には残っている。
買収直後にやってはいけないことが三つある
本社の勘定科目体系をそのまま送り込むこと。本社の月次パッケージの様式をそのまま送り込むこと。そして経理課長を送り込むこと。この三つは、どれも善意で行われ、どれも同じ結果になる。
買収先の締めは、その会社の業務プロセスに合わせて組まれている。売上の計上は営業事務が出荷実績を確定させた翌日に、仕入は倉庫の検収リストが上がった時点で。担当者の頭の中には、どの部署の誰が何日に何を出すかという地図がある。様式を変えると、この地図が使えなくなる。壊れた締めからは、統合の判断材料になる数字は出てこない。
人を送る判断も、初年度は割に合わない。買収先の経理担当者は、自分の会社が買われたという事実をまだ消化していない。そこへ本社から上位の役職者が来れば、評価されていないという読み方をする。読み方が正しいかどうかは関係ない。辞める。辞めると、締めを支えていた暗黙知が同時に消える(経理の属人化を解消する手順、担当者が替わっても締まる標準化)。
最初に測るのは数字ではなく、期日
最初の三十日は、買収先の締めの実態カレンダーを作ることに使う。
聞き方は具体的にする。第1営業日に何が確定しているか。売上が確定するのは第何営業日で、その前提になる出荷または検収の情報は誰が何日に出しているか。仕入は。在庫は。経費精算の締切は。試算表が出るのは第何営業日で、そこから役員報告までに何日かかっているか。
このカレンダーを見ると、遅れの原因が経理にあるのか、経理の前工程にあるのかが一目で分かる。多くの場合は後者だ。遅れの実体は、経理に情報が届く時刻のほうにある。 ここを見ずに人を替えると、替えた人が同じ場所で詰まる(月次決算が遅い原因と、締め日を縮めるために最初に直す3か所)。
同時に、決算日の扱いも初年度に決める。連結決算日と3か月以内のずれであれば、注4により子会社の正規の決算を基礎に連結できる。決算日を揃えにいくのか、当面はずらしたまま走るのか。この分岐は統合の順序全体を左右するので、締めの改善に着手する前に決めておく。 揃える判断をするなら、揃える期の決算は変則になり、その期に他の統合作業を重ねられない。連結をどの時点から始めるかは、みなし取得日の置き方で変わる、期中買収の連結開始時期と当期利益で整理している。
勘定科目は、様式ではなく意味を移す
科目体系の統一を初年度にやると、止まりやすい。買収先の科目は、その会社の管理の必要から生まれている。統一の号令をかけると、担当者は自分の会社の管理指標が消えることを恐れて抵抗し、抵抗が説明できないので沈黙する。
先にやるのはマッピング表だ。買収先の科目から連結科目への対応表を、買収先の担当者が作る。本社はレビューだけをする。作る過程で、会計方針の差が全部表に出てくる。売上の計上時点、値引きとリベートの処理、引当の水準、資本的支出と修繕費の線引き、棚卸資産の評価方法、固定資産の減価償却方法。
ここで連結会計基準第17項に戻る。統一の対象は「同一環境下で行われた同一の性質の取引等」である。同じ製品を同じ市場に売っているなら統一する。買収先が扱っている商流が本社と違うなら、その差は環境の差であって、統一すべき不一致ではない。そして結論の背景第58項は、統一にあたってより合理的な会計方針を選択すべきであり、子会社の会計処理を親会社に合わせる場合のほか、親会社の会計処理を子会社に合わせる場合も考えられるとしている。基準の側は、本社が買収先に合わせる可能性を最初から認めている。 これを一度でも実行すると、統合の空気が変わる。
差が残る項目は、連結修正で吸収する分と、買収先の帳簿を直す分に分けて、期限を書く。全部を直そうとすると、かえって何も進まなくなる(連結パッケージの設計と回収、子会社の提出を遅らせない様式と期日)。
統制の逃げ道には、その先が書かれていない
内部統制の話は、初年度に後回しにされやすい。数字が出ることのほうが急ぐからだ。だが、この猶予の性質を理解しておかないと、翌期に足を取られる。
実施基準は、経営者がやむを得ない事情により内部統制の一部について十分な評価手続を実施できない場合に、その範囲を除外して有効性を評価できるとし、やむを得ない事情の例として下期における他企業の買収等を挙げている。除外の範囲と理由は内部統制報告書に記載する必要があり、評価を実施できないことが財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼす場合には評価結果を表明できない。なお実施基準は「下期」があくまで例示であり、内部統制報告書作成日までにやむを得ず評価を完了できない場合でその合理性が認められるときには下期に限られないことにも触れている。
読むべきは猶予の広さではなく、その先が書かれていないことだ。実施基準は、除外した拠点を翌期にどう扱うかを定めていない。翌期に評価範囲へ入るかどうかは、重要な事業拠点の選定という別の判断に委ねられる。しかも令和5年4月7日の改訂は、選定に使う「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことを明記した。つまり翌期に入るかどうかは事前には決まらない。入ったときに間に合わないのは、会社側の準備不足として扱われる。 数字が出るようになってから統制に着手すると、二年目の期末に届かない。3点セットの整備は、買収先の業務プロセスを本社が理解する作業でもあり、統合の実務そのものと重なる(内部統制の3点セットの作り方と更新、形だけの文書にしない運用)。
同じ一年の中で、取得原価の配分も終わらせなければならない。企業結合会計基準第28項が定める、企業結合日以後1年である。無形資産の識別、偶発債務、退職給付の再測定。ここに必要な情報は、買収先の帳簿と契約書から出す。帳簿の整備が遅れると、取得原価の配分の精度がそのまま落ちる。 統合の初年度に締めの型を移すことは、のれんの金額の確からしさに直結している(のれんの減損は兆候で管理する、M&A後にCFOが四半期ごとに見る指標)。
人を替える判断は、締まってからでいい
人事に手を付けてよい合図は、感覚ではなく数字で決める。決めたDay定義に対して、直近三か月の遵守率が一定水準を超えたか。超えたなら、その組織は型を受け入れている。超えないなら、原因は前工程か体制のどちらかで、人を替えても直らない。
送るとしても、送る役割を間違えない。管理職を送ると監督になる。送るべきは、一緒に締める人である。 期間を区切って、買収先の担当者の隣で同じ作業をする。三か月で、本社の様式が何を求めているかが担当者に伝わり、本社側には買収先の業務の癖が伝わる。この双方向がないと、マッピング表は毎月の質問攻めに変わる。
欠員が出た場合の縮退運転も、統合初年度こそ先に用意しておく。買収先は人数が少ないことが多く、一人抜けると締めが止まる(欠員・休職が出た期の決算を止めない縮退運転の設計と、落とす作業の格付け)。
売上百億円規模の会社が、同業の三十億円規模の会社を買収した。決算日は同じ3月で、買収は10月。買収先の月次は第12営業日に試算表が出る運用で、本社は第5営業日だった。本社の経理部長は、まず本社の月次パッケージを送ろうとした。CFOがそれを止めて、代わりに買収先の締めの実態カレンダーを作らせた。二週間かかった。分かったのは、売上の確定が遅いのは経理ではなく、営業所ごとに出荷実績の入力タイミングがばらついていたためだということだった。月末最終日に入力する営業所と、翌月第3営業日にまとめて入力する営業所が混在していた。経理は全営業所の入力が終わるまで動けない。手を入れたのはここだけである。入力の締切を翌月第1営業日に統一し、遅れた営業所を経理でなく営業本部が督促する形にした。三か月で試算表は第8営業日に出るようになった。並行して、買収先の担当者に連結科目へのマッピング表を作らせた。作る過程で、値引きを売上から控除している本社と、販売費に計上している買収先の差が出た。検討の結果、控除する本社の処理に揃えることになったが、リベートの引当の見積り方法は、取引形態を踏まえて買収先の方法を本社が採用している。買収から一年後、内部統制の3点セットの整備が終わっている。翌期に評価範囲へ入れるかどうかは重要な事業拠点の選定次第だが、整備が済んでいたので選ぶ余地が残った。本社から人を出したのは、この一年で延べ二名、それぞれ三か月の常駐で、役職は主任クラスだった。買収先の経理担当者は誰も辞めていない。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
統合とは、締めの型を移すことである
買収後の経理統合を「本社のやり方に揃えること」と定義すると、議論は人の話に流れやすい。揃わないのは人が変わらないからだ、という結論に行き着く。
定義を変える。統合とは、期日と意味を共有することだ。期日が共有されれば数字は届く。意味が共有されれば数字は比較できる。この二つが揃った時点で、連結決算は動き始める(連結決算が遅れる3つの原因、子会社のデータを早く集める仕組み)。人の配置は、その後で最適化すればいい。
差が出るのは二年目だ。順序を守った会社は統制の評価と科目体系の統一へ進み、守らなかった会社は二年目も月次を督促している。買収の価値が数字で見えるようになるかどうかは、初年度に何を送ったかに大きく左右される。 初年度に送るものは、様式でも人でもない。
買収先の経理は、期日、科目の意味、統制、人の順に統合する。人から入ると、締めを支えていた担当者が辞めて、前の段に戻れなくなる。
最初の三十日は、買収先の締めの実態カレンダー作りに使う。決算日を揃えるかどうかもその間に決め、統制の整備は企業結合日以後1年の中に収める。



