買収から3年目の経営会議。子会社の社長が、今期の営業利益7億円、前年比12パーセント増という数字を報告する。 資料の表紙には、グループで最も利益率の高い事業と書いてある。続いて経理部長が、連結のセグメント損益を示す。同じ事業の利益は1.8億円しかない。 差の5.2億円は、のれんの償却と、買収のときに識別した顧客関連資産の償却である。子会社の社長は、それは自分の事業の費用ではないと言う。経理部長は、連結ではこの数字が外に出ていると言う。議論は毎年同じところで止まる。 買収を決めた当時の担当役員はすでに退任していて、会議室には、その価格が妥当だったかを問われる人が一人もいない。

POINT
日本基準の連結財務諸表では、のれんは償却される。企業結合に関する会計基準第32項は、のれんを資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしている。 同じ基準の第47項は、のれんの当期償却額を販売費及び一般管理費の区分に表示するとしているので、償却は営業利益の段階で効いてくる。 一方で、IFRS第3号を適用する会社では、のれんは償却せず、IAS第36号に従って毎年減損テストを行う。同じ買収でも、日本基準の会社ではセグメント利益からのれんの償却額が毎年引かれ、IFRSの会社では引かれない。 開示の側では、セグメント情報等の開示に関する会計基準が、報告セグメントごとののれんの償却額と未償却残高の情報を求めている。つまり、のれんをどのセグメントに配分するかは、社外に出る数字として一度は決まっている。 決まっていないのは、社内の評価でその数字を誰に宛てるかである。株式を買って子会社にした場合、のれんは連結の手続の中でしか生まれず、子会社の単体の損益計算書には現れない。子会社の社長が報告する7億円に償却が入っていないのは、手を抜いているからではなく、単体の会計がそういう作りだからである。

償却を載せなければ好調に見え続け、載せれば価格の責任を現場が負う

冒頭の会社の数字を並べてみる。買収価格は96億円で、そのうち借入で80億円を賄った。 取得時に識別した純資産は時価で36億円、そのうち顧客関連資産が12億円で、10年で償却している。のれんは差額の60億円で、15年で償却している。

項目金額(年)何を表すか
子会社の営業利益(単体)7.0億円事業の運営の結果
顧客関連資産の償却▲1.2億円買収価格のうち、識別した無形資産の分
のれんの償却▲4.0億円買収価格のうち、識別できなかった超過収益力の分
連結のセグメント利益1.8億円社外に出る数字
買収資金の借入利息(1.2%)▲1.0億円買収価格の資金の費用(借入分のみ)
買収資金まで負わせた利益0.8億円会計上の費用をすべて載せた結果

償却も金利も載せないと、この事業は7億円を稼ぐ優等生である。 子会社の業績連動の賞与も、多くの会社ではこの数字で決まっている。だが、7億円を稼ぐために親会社は96億円を払っている。払った価格の回収が評価に入らない限り、どれほど高く買っても、買った後の事業は好調に見え続ける。

逆に、償却と金利をすべて子会社の損益に載せると、今度は現場が困る。96億円という価格は、子会社の社長が決めたものではない。 入札で競り上がった価格も、親会社側のシナジーを見込んで上乗せした価格も、すべて子会社の成績から引かれる。現場は、自分では動かせない費用で赤字に近い評価を受け続け、改善の努力が数字に表れない。どちらに倒しても、評価は誰かにとって不公平になる。

償却額は回収の物差しにならない

議論がかみ合わない理由は、もう一つある。のれんの償却額そのものが、回収の度合いを測る数字になっていないことだ。

のれん60億円を15年で償却すれば、年4億円である。20年で償却すれば年3億円になる。基準は20年以内のその効果の及ぶ期間と定めているだけで、年数の見積りには幅がある。 償却年数の選び方ひとつで、同じ事業の利益が毎年1億円動く。それは事業の成績の差ではない。

さらに、償却と借入の利息を全部載せた0.8億円の黒字は、この買収が元を取れていることを意味しない。買収価格の96億円は、借入だけでなく、自己資金の16億円も使っている。 資本コストを6パーセントとして、96億円に掛けると年5.76億円になる。子会社の営業利益7億円に実効税率30パーセントを当てた税引後の営業利益は4.9億円なので、資本コストに対して年0.86億円足りない。 会計上の費用をすべて載せると黒字なのに、払った価格に対する要求収益で見ると回収できていない。評価が反転する境目は、償却を載せるかどうかではなく、買収価格の総額に資本コストを掛けるかどうかにある(部門に資本コストを課すと在庫と売掛が減る理由、利益だけの評価の限界)。

この買収が資本コストを上回るには、税引後の営業利益で5.76億円、税引前の営業利益に戻せば約8.2億円が要る。買収時の事業計画は、3年目の営業利益を10億円と置いていた。 価格の根拠になった数字との差は3億円ある。問題の中身は、この3億円が事業の運営で埋まらないのか、計画そのものが高すぎたのかである。そして、その問いに答える責任は、事業の責任者と、価格を決めた人とで分かれている。

事業の運営成績と買収案件の損益を二枚に分ける

損益を一枚で見る限り、この問いは切り分けられない。事業の運営成績と、買収案件の事後検証を、別の損益として二枚に分ける。

同じ買収した事業を、宛先の違う二枚の損益で見る。
事業の責任者に宛てる運営成績の損益
現場が動かせる範囲 ●●●
買収価格の反映 ○○○
見る頻度 ●●●
単体の営業利益から、事業が実際に使っている運転資本と設備の資本コストを引く。 のれんと顧客関連資産の償却、買収資金の利息は入れない。予算と前年との比較で毎月見る。
買収を決めた者に宛てる案件の損益
現場が動かせる範囲 ●○○
買収価格の反映 ●●●
見る頻度 ●○○
買収価格の総額に資本コストを掛け、事業の税引後利益と、親会社側に出たシナジーの合計と比べる。 買収時の事業計画の年次の数字と並べて、年に一度、取締役会で検証する。
事業の責任者には、自分で動かせる資本と費用だけを負わせる。買収価格と計画の妥当性は、価格を決めた経営会議と取締役会が引き受ける。

運営成績の損益は、事業の責任者が動かせるものだけで作る。 冒頭の会社なら、子会社の営業利益7億円から、事業で使っている運転資本と設備の合計20億円に6パーセントの資本コストを掛けた1.2億円を、税引後の利益から引く。税引後の営業利益4.9億円に対して3.7億円のプラスである。事業の運営は、使っている資本に見合う以上の利益を出している。 責任者の評価と賞与は、この損益の予算と実績で決める(部門別損益(事業部別P&L)の作り方、管理可能性で段階表示して共通費配賦の対立を防ぐ)。

案件の損益は、買収価格の総額を投下資本として置く。 96億円に資本コストを掛けた5.76億円と、事業の税引後の利益に親会社側に出たシナジーを足した額を比べる。のれんと顧客関連資産の償却は、この損益でも費用に入れない。投下資本に買収価格の全額を置いた時点で、価格の回収は資本コストの側で測っているからである。 償却まで引けば、同じ価格を二度負わせることになる。償却額はあくまで連結の開示の数字として、別に照合しておけばよい。

案件の損益に含めるものは、買収の時に決めておく

案件の損益は、後から作ると揉めやすい。何をシナジーとして数えるかを、買収の稟議の時点で決めておく。

シナジーは、買った会社の中ではなく、買った側の事業に出ることが多い。冒頭の会社では、子会社の製品を親会社の営業網で売る計画で、年1.5億円の粗利の上乗せを価格に織り込んでいた。 その粗利は親会社の事業部の損益に載っている。案件の損益にそれを持ってこないと、価格に払ったシナジーの分だけ、案件は不当に悪く見える。逆に、事業部が自分の努力で取った粗利まで案件の側に数えれば、案件は実態より良く見える。 どの取引をシナジーとして数えるか、その判定の条件を、稟議の添付資料として決めておく(M&Aの投資判断で買収シナジーを原則として価格に乗せない理由、実現確度と時期で割り引くPMIの実務)。

比べる相手は、買収時の事業計画の年次の数字である。 価格の根拠になった計画を、年ごとの営業利益、運転資本、設備投資、シナジーの額として固定し、案件の損益の予算にする。計画を後から書き換えれば、事後検証は意味を失う。この計画と実績の乖離は、のれんの減損の兆候を検討するときにも監査人から問われる数字なので、経理と経営企画で同じ一本を共有する(のれんの減損は兆候で管理する、M&A後にCFOが四半期ごとに見る指標)。

宛先の例外は、計画を書いた人が事業を率いる場合

二枚に分ける原則には、一つ例外がある。買収時の事業計画を書いたのが、今の事業の責任者本人である場合だ。

売り手の創業者が買収後も社長として残り、その人が作った計画を前提に価格を決めた場合、計画と実績の差は、事業の責任者が自分で約束した数字の差である。この場合は、運営成績の損益とは別に、案件の損益の達成度も、その責任者の評価に一部入れてよい。 アーンアウトを付けた買収なら、その条項の指標と、案件の損益の指標をそろえておくと、評価と支払の根拠が二重にならない(アーンアウト条項の組み方、買収後の会計と経営への影響まで見た設計)。

逆に、親会社から送り込んだ社長に、前任者が決めた価格の責任を負わせるのは筋が違う。 送り込まれた社長が問われるのは、引き継いだ時点の事業から、使っている資本に見合う以上の利益を出せているかである。価格の妥当性は、価格を決めた経営会議に残る。この区別を人事の前に決めておかないと、優秀な人ほど、高値で買った会社の社長を引き受けなくなる。

設例

売上高1,800億円の産業機器メーカー(3月決算、日本基準)。3年前に、物流現場向けのソフトウェア会社を96億円で買収した。 子会社の社長は親会社から出向した事業部長で、創業者は買収時に退いている。経営会議では毎年、子会社の報告する単体の営業利益と、経理の示すセグメント利益の差が議論になっていた。CFOは、翌期から損益を二枚に分けることを提案した。 運営成績の損益は、単体の営業利益から、運転資本と設備の20億円に6パーセントを掛けた資本コストを税引後で引く形にし、子会社の社長の評価はこの予算と実績で決めることにした。案件の損益は、96億円を投下資本とし、買収時の事業計画の年次の数字を予算として固定した。 シナジーは、稟議の添付資料にあった「親会社の営業網経由の受注で、子会社製品を含む案件」の粗利に限り、親会社の事業部の損益から写すことにした。1年目の検証で、案件の損益は資本コストに対して年約0.4億円の不足と出た。 事業の税引後の利益4.9億円に、シナジーの粗利0.6億円の税引後0.42億円を足しても、5.76億円に届かない。計画との差を分けると、子会社の営業利益が計画の10億円に対して3億円、シナジーが計画の1.5億円に対して0.9億円足りなかった。取締役会は、子会社の運営は使っている資本に見合う利益を出していると確認したうえで、計画との差の主因は計画の前提にあった大口顧客2社の導入時期と、親会社の営業網での販売が立ち上がっていないことだと整理し、後者の責任者を親会社の事業部長に置いた。 子会社の社長の賞与は、前年まで連結のセグメント利益に引きずられていたが、運営成績の予算の達成度で決まるようになった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、のれんの償却額を、事業の評価にも回収の判定にも使わない。 企業結合に関する会計基準第32項は20年以内の規則的な償却を定めているが、年数の見積りで毎年の金額が変わる。償却額は連結の開示の数字として照合し、回収は買収価格の総額に資本コストを掛けた額で測る。

第二に、損益を二枚に分け、宛先を変える。 運営成績の損益は、単体の営業利益から、事業が使っている運転資本と設備の資本コストだけを引き、事業の責任者に宛てる。案件の損益は、買収価格の総額を投下資本に置き、事業の税引後利益とシナジーの合計と比べて、買収を決めた経営会議と取締役会に宛てる。

第三に、案件の損益の中身を、買収の稟議の時点で固定する。 年次の事業計画、シナジーとして数える取引の判定条件、検証の頻度と場を稟議の添付資料に入れる。計画を書いた本人が事業を率いる場合だけ、案件の損益の達成度を責任者の評価に一部入れる。

まとめ

買収した事業の損益を一枚で見る限り、償却を載せても載せなくても、評価は誰かにとって不公平になる。事業の責任者には、単体の営業利益から、使っている運転資本と設備の資本コストを引いた運営成績の損益を宛てる。買収の成否は、買収価格の総額に資本コストを掛けた額と、事業の税引後利益にシナジーを足した額を比べる案件の損益で測り、買収を決めた経営会議と取締役会が引き受ける。計画を書いた本人が事業を率いる場合に限り、案件の損益も一部を評価に入れる。

次の買収では、年次の事業計画と、シナジーとして数える取引の条件を、稟議の時点で固定しておく。

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