期末監査の終盤に、パートナーが世間話の顔で聞いてくる。来期のリース、早期適用は考えていますか。経理部長は検討中ですと答える。実際には検討していない。同じ会話が翌年も繰り返され、適用の前年になってから、システム改修とリース契約の洗い出しと注記の設計が一斉に走り出す。遅れているのは判断ではない。判断に必要な材料が、誰の机にも置かれていないだけである。

POINT
会計基準の改正は、抜き打ちで来ない。企業会計基準委員会(ASBJ)による開発は、公益財団法人財務会計基準機構が定める「企業会計基準及び修正国際基準の開発に係る適正手続に関する規則」に従って行われる。審議テーマは、まず企業会計基準諮問会議が審議し、重要性又は緊急性の高いものをASBJへ提言する。ASBJは原則としてこの提言を尊重して審議テーマを決定する。基準の条文が書かれ始めるより前に、何を議題にするかが公になっている。 そこから専門委員会と委員会の審議に入るが、いずれも議事は原則として一般に公開され、傍聴が認められる。公開される委員会の録画映像は、一定期間、YouTubeで閲覧できる。公開草案及び論点整理は原則として2か月以上公開され、寄せられた意見は提出者名を含めてすべてASBJのウェブサイトに公表される。公表の議決には委員の5分の3以上の多数が要る。そして重要と認められる基準等については、原則として適用の2年後から適用後レビューが始まる。改正を知る手段が足りないのではない。手段が多すぎて、誰が見るのかが決まっていないだけである。

追いつけない原因は、公表日を見ていることにある

社内で共有されるのは「新しい基準が出ました」というニュースである。ところが実務で効くのは公表日ではなく適用日で、両者の距離は基準ごとにまるで違う。

企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」は2024年9月13日に公表され(2025年4月23日に修正)、2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用される。ただし2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用ができる。一方、企業会計基準第41号「後発事象に関する会計基準」は2026年1月9日に公表され、同じ2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されるが、早期適用の定めは置かれていない。

同じ期首に二つが着地するのに、片方は前倒しを選べて、片方は選べない。公表から適用までは、リースが約二年半、後発事象が約一年三か月である。準備に使える時間が倍近く違う。 ニュースの見出しを追っているだけでは、この差は出てこない。

公表のされ方にも癖がある。2026年1月9日には第41号のほか、第42号「『中間連結財務諸表等の作成基準』の一部改正(その2)」、改正企業会計基準第37号「期中財務諸表に関する会計基準」、企業会計基準適用指針第35号などが同時に公表された。2026年7月7日には、改正企業会計基準第27号「法人税等に関する会計基準」、第43号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正(その3)」、第44号「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正(その4)」が同じ日に出ている。一日にまとめて出るので、見出しは一本でも中身は複数である。 誰かが本文まで開かない限り、束のうち自社に効く一本だけが静かに埋もれる。

監査法人からの連絡を起点にすると、必ず一巡遅れる

改正情報を監査法人からの連絡で受け取っている会社は多い。悪い運用ではないが、構造として遅れる。

監査法人が改正の話を持ち出すのは、監査上それが論点になる時期である。つまり適用年度が視界に入ってからで、しかも切り口は「適用初年度に何をどう監査するか」になる。こちらが必要なのは、その一年から二年前の、要員とシステムと契約の手当てをする時間である。 同じ改正でも、聞きたいことと言われることの時期が噛み合っていない。

もう一つ、監査法人の関心は監査対象の財務諸表に向く。会計処理と注記は当然カバーされるが、契約書の書きぶりや購買部門の運用、稟議のフォーマットは監査の対象ではない。改正の影響が経理の外に出る部分は、こちらから探しに行くしかない。

適用後の動きも見ておく。ASBJは重要と認められる基準等について、原則として適用の2年後から適用後レビューを開始し、その結果として改正を行うことがある。適用したら終わりではなく、適用の二年後にもう一度動く可能性が制度に組み込まれている。 初度適用の対応を「一度きりのプロジェクト」として組むと、レビュー後の改正で同じ議論を最初からやり直すことになる。

監視すべき発信元は、ASBJだけではない

改正対応の当番を決めるとき、多くの会社が「ASBJを見る人」を一人置いて終わる。ここが穴になる。決算と開示を動かす発信元は、少なくとも六つに分かれている。

発信元出てくるもの効く先
ASBJ企業会計基準、企業会計基準適用指針、実務対応報告、移管指針会計処理、注記、システム設定
SSBJサステナビリティ開示基準有価証券報告書の記述情報、社内のデータ収集
金融庁企業内容等の開示に関する内閣府令とその改正、パブリックコメント有価証券報告書、半期報告書、臨時報告書
JICPA監査基準報告書、実務指針、Q&A監査対応、監査法人からの要求水準
東証有価証券上場規程、決算短信の作成要領・様式適時開示、決算短信
国税庁法人税基本通達ほかの法令解釈通達、税制改正税効果、申告調整、期末の見積り

ASBJの公表物が四区分に分かれていることも、台帳を作るときに効いてくる。企業会計基準は会計処理及び開示の基本となるルール、企業会計基準適用指針はその解釈と適用の指針、実務対応報告は基準のない分野の当面の取扱いや緊急性のある分野の実務上の取扱い、そして移管指針は日本公認会計士協会が公表した実務指針及びQ&Aを形式以外の変更を行わずにASBJへ移したものである。

この四つ目が、社内文書を静かに陳腐化させる。 たとえば会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」は、2024年7月1日に移管指針第4号として同じ名称のままASBJへ移管された。内容は変わっていないのに、参照先と番号が変わる。社内の決算マニュアルや稟議の根拠欄に旧番号が残っていても、決算は普通に回ってしまう。だから誰も気づかない。次に基準本体が改正されたときに、追いかける先を間違える(経理の手順書(決算マニュアル)の書き方:使われる手順書と死蔵される手順書の差)。

改正対応を、決算工程と同じ扱いで四半期に一度回す。年に一度の勉強会ではなく、期日のある工程にする。
① 監視
発信元ごとに担当を貼る。ASBJは「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」の差分だけを見る。前回改訂は2026年8月17日
② 影響評価
効く・効かない・要調査の三段階で仕分ける。効かないと判定した理由も一行で残す。翌期に同じ検討を繰り返さない
四半期の改正棚卸し
④ 台帳の棚卸し
適用日までの残り四半期数を更新する。残り四四半期を切ったテーマは、決算スケジュールに行を立てる
③ 社内展開
効くものだけを工程・システム・契約・要員に落とす。落とし先のない結論は展開したことにしない
年に一度の棚卸しでは、残り時間が四四半期を切ったことに気づくのが一年遅れる。

三つの役を、人の名前で決める

「情報収集」という一語で括ると、実際には性質の違う三つの仕事が混ざる。混ざったまま一人に渡すから、誰も完遂しない。

監視役 は、決められた発信元を決められた頻度で見る。判断はしない。ASBJについて言えば、毎回のニュースを読む必要はなく、「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」という一本の文書の改訂を追えばよい。直近の改訂は2026年8月17日で、開発中のテーマと検討状況、今後の計画がそこに集約されている。読むものを一本に絞ると、当番が回るようになる。 読むものを「業界紙と監査法人のニュースレターとASBJのサイト」と書いた瞬間に、当番は形骸化する。

影響評価役 は、拾われたテーマが自社に効くかを判定する。ここには会計と業務の両方が分かる人が要る。効くかどうかは、取引の有無、金額の重要性、システムでどう処理しているか、契約にどう書いてあるかで決まるので、条文を読めるだけでは判定できない。

展開役 は、効くと判定されたものを、工程・システム・契約・要員のどこに落とすかを決める。会計基準の改正が経理だけで完結することは、実際にはほとんどない。リースなら購買と法務、収益認識なら営業と契約管理、税務なら申告と情報システムに跨る。落とし先が経理の中しかない改正は、むしろ少ない。

三役を同一人物が兼ねてもよい。兼ねてはいけないのは、割り当てないことである。役が名前で決まっていないと、監視は「気づいた人が言う」になり、影響評価は「監査法人に聞く」になり、展開は「来期考える」になる。

影響評価は三段階で止める。全部を読み切ろうとしない

影響評価でつまずく会社は、たいてい丁寧すぎる。公開草案の全文を読み、結論の背景まで追い、コメント対応まで見て、それで一本に一週間使う。ASBJが公表している「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」(2026年8月17日改訂)に載っているだけでも、開発中の会計基準が三本と開発中の指針が五本ある。この読み方では回らない。

判定は三段階で足りる。効くは、自社に該当取引があり、金額または開示の観点で無視できないもの。効かないは、該当取引がないか、あっても重要性がないもの。要調査は、該当の有無自体が今わからないもの。

肝は二つある。第一に、「効かない」と判定した理由を一行で残すこと。残さないと、翌四半期に同じテーマをゼロから検討する。第二に、「要調査」に期限を付けること。要調査は、判断の保留ではなく調査の発注である。誰が何をいつまでに調べるかを書かない要調査は、次の棚卸しでもう一度要調査になる(引当金の見積りは誰が決めるか|数字を作る人と水準を決める人を分ける社内ルール)。

開発中のテーマは、着地までの距離で並べ替える

ASBJが公表している開発中のテーマは、進み方がまったく揃っていない。同じ「開発中」の箱に入っていても、動き出しの時期が九年違うことがある。

「子会社株式及び関連会社株式の減損とのれんの減損の関係」は2017年10月に検討が開始され、現在も開発中である。「金融商品に関する会計基準」は2022年4月から予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損の検討が進み、2025年10月29日に企業会計基準公開草案第89号が公表され、2026年2月6日にコメントが締め切られ、いまは寄せられたコメントへの対応を検討する段階にある。さらに2026年2月からは金融商品の分類及び測定の見直しにも着手し、フェーズ1として予想信用損失モデルの適用範囲と関連する領域を優先し、株式を含むその他の領域はフェーズ2に回すことが予定されている。

一方、「継続企業に関する会計基準」は2025年2月に検討が開始されたばかりで、まだ公開草案の手前である。排出量取引制度に係る会計上の取扱いは、2025年7月に企業会計基準諮問会議から提言を受け、2025年12月に検討が始まった。繰延資産に係る会計上の取扱いは2024年7月に提言を受けたが、他のプロジェクトとリソースの状況を踏まえて着手時期を判断するとされ、まだ始まっていない。逆に最も速く動いたのは電子決済手段で、2026年6月に検討を始め、2026年8月17日に実務対応報告公開草案第74号を公表、コメント期限は2026年10月19日である。

この差を並べ替えるだけで、優先順位はほぼ自動で決まる。 公開草案が出たテーマは一年から二年で着地する可能性が高く、要員とシステムの手当てを考える段階にある。論点整理どまりのテーマは動きを見ていればよい。提言を受けただけで着手していないテーマは、監視の対象にはするが、影響評価に工数を割く段階にない。距離で並べていない台帳は、九年動いているテーマと二か月前に始まったテーマを、同じ重さで机に載せてしまう。

予想信用損失モデルは、金融機関の話だと片づけられがちだが、営業債権の貸倒引当金の考え方に直接効く。自社の売掛金と受取手形の残高を思い浮かべた瞬間に、他人事ではなくなるテーマである。

現場では
売上高480億円の電子部品商社で、決算早期化のプロジェクトが一段落した後、経理部長が改正対応の当番表を作った。それまでは「情報収集」という一行が課の目標に入っているだけで、実態は課長が思い出したときに監査法人のニュースレターを回覧する運用だった。当番表は三列で作られている。発信元、担当者名、確認の頻度。ASBJは主任が月次、金融庁の開示府令とパブリックコメントは開示担当が月次、JICPAの実務指針と監査基準報告書は課長が四半期、東証の決算短信の作成要領は開示担当が四半期、国税庁の通達と税制改正は税務担当が月次、SSBJは経営企画と共同で四半期。ASBJの担当には、ニュース全部ではなく「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」の改訂差分を見るという一行だけを書いた。二回目の棚卸しで、これまで拾えていなかったものが二つ出ている。一つは移管指針である。社内の連結決算マニュアルが会計制度委員会報告第7号を根拠として引用していたが、この実務指針は2024年7月1日に移管指針第4号としてASBJへ移管されていた。内容は同じでも、次に改正があったときに見に行く場所が変わる。マニュアルの根拠欄を一括で書き換えた。もう一つはリースと後発事象の適用日の重なりである。企業会計基準第34号も第41号も、適用は2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首。ただしリースには2025年4月1日以後開始する期首からの早期適用があり、後発事象には早期適用の定めがない。 三月決算の同社にとって、2027年4月からの一年に二つの初度適用が重なることが、この時点で初めて社内資料に書かれた。経理部長は早期適用を採らない判断をしたが、判断そのものより、判断を二年前にできたことのほうが効いた と言っている。リース契約の棚卸しは購買部門に、後発事象の報告義務は法務と営業に、それぞれ翌期の課の目標として渡っている。当番表を作るのに要したのは一時間である。

決めるのは三つ

第一に、発信元ごとに担当者名と頻度を貼る。 ASBJ、SSBJ、金融庁、JICPA、東証、国税庁。ASBJについては読むものを「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」の差分に絞る。読むものを絞らないと当番は回らない。移管指針が出ている領域は、社内マニュアルの参照先が旧番号のまま残っていないかを一度だけ点検する。

第二に、監視・影響評価・社内展開の三役を人の名前で決める。 兼務は構わないが、割り当てないことだけは避ける。影響評価は効く・効かない・要調査の三段階で止め、効かないと判定した理由を一行残し、要調査には調査の担当と期限を付ける。

第三に、四半期の棚卸しを決算工程の中に入れる。 年次の勉強会ではなく、期日のある工程にする。台帳には適用日までの残り四半期数を持たせ、残り四四半期を切ったテーマは決算スケジュールに行を立てる。開発中のテーマは着地までの距離で並べ替える。

そのうえで、追うのは公表日ではなく適用日である。公表は情報だが、適用は締切である。同じ期首に二つの初度適用が重なるかどうかは、公表のニュースには書かれていない。 自社の台帳に適用日を並べたときにだけ見える。

まとめ
基準改正への対応が後手に回るのは、担当者の勉強不足ではなく、誰がどの情報源を見て社内へ落とすかが職務になっていないことに起因する。ASBJの開発は財務会計基準機構の適正手続規則に従い、審議テーマは企業会計基準諮問会議の提言を受けてASBJが決定し、専門委員会と委員会の議事は原則公開で傍聴が認められ、公開される委員会の録画はYouTubeで一定期間閲覧できる。公開草案及び論点整理は原則2か月以上公開され、寄せられた意見は提出者名を含めて全文が公表され、公表の議決は委員の5分の3以上の多数による。重要な基準等には適用の2年後から適用後レビューが始まる。改正は事前に見える設計になっている。実務で効くのは公表日ではなく適用日で、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」は2024年9月13日公表(2025年4月23日修正)で2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用、2025年4月1日以後開始する期首からの早期適用が可能。企業会計基準第41号「後発事象に関する会計基準」は2026年1月9日公表で適用時期は同じだが、早期適用の定めがない。三月決算では同じ期首に二つの初度適用が重なる。公表は一日にまとめて行われるため、2026年7月7日のように改正第27号・第43号・第44号が同日に出ることもあり、見出し一本の裏に複数の改正が入る。監視すべき発信元はASBJのほか、SSBJ、金融庁(開示府令とパブリックコメント)、JICPA(監査基準報告書・実務指針)、東証(上場規程・決算短信の作成要領)、国税庁(通達・税制改正)に分かれる。ASBJの公表物は企業会計基準、企業会計基準適用指針、実務対応報告、移管指針の四区分で、移管指針は日本公認会計士協会の実務指針及びQ&Aを形式以外の変更を行わずに移したものであるため、内容が変わらないまま参照先だけが変わる。会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」は2024年7月1日に移管指針第4号となった。社内マニュアルの根拠欄は静かに陳腐化する。運用は三役の割り当てから始める。監視役は決めた発信元を決めた頻度で見るだけで判断せず、ASBJについては「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」(直近改訂は2026年8月17日)の差分に絞る。影響評価役は効く・効かない・要調査の三段階で止め、効かない理由を一行残し、要調査には担当と期限を付ける。展開役は工程・システム・契約・要員のどこに落とすかを決める。開発中のテーマは着地までの距離で並べ替える。「子会社株式及び関連会社株式の減損とのれんの減損の関係」は2017年10月開始でいまも開発中、金融商品は2025年10月29日に公開草案第89号が公表され2026年2月6日にコメントが締め切られて対応の検討段階、2026年2月からは分類及び測定の見直しにも着手しフェーズ1とフェーズ2に分けられている。継続企業に関する会計基準は2025年2月開始、排出量取引制度は2025年7月の提言を受け2025年12月開始、繰延資産は2024年7月の提言を受けたが着手時期未定、電子決済手段は2026年6月開始で2026年8月17日に実務対応報告公開草案第74号が公表されコメント期限は2026年10月19日である。距離で並べれば優先順位は自動で決まる。四半期の棚卸しを決算工程に組み込み、台帳に適用日までの残り四半期数を持たせる。残り四四半期を切ったテーマから、決算スケジュールに行を立てる。監査法人からの連絡を起点にすると必ず一巡遅れる。監査法人が改正を持ち出すのは監査上の論点になる時期であり、切り口も適用初年度の監査であって、その一年から二年前の要員・システム・契約の手当てとは噛み合わない。契約書の書きぶりや購買部門の運用は監査の対象ではないため、経理の外に出る影響は自分で探しに行くしかない。

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