期末監査の終盤に、パートナーが世間話の顔で聞いてくる。来期のリース、早期適用は考えていますか。経理部長は検討中ですと答える。実際には検討していない。同じ会話が翌年も繰り返され、適用の前年になってから、システム改修とリース契約の洗い出しと注記の設計が一斉に走り出す。遅れているのは判断ではない。判断に必要な材料が、誰の机にも置かれていないだけである。
追いつけない原因は、公表日を見ていることにある
社内で共有されるのは「新しい基準が出ました」というニュースである。ところが実務で効くのは公表日ではなく適用日で、両者の距離は基準ごとにまるで違う。
企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」は2024年9月13日に公表され(2025年4月23日に修正)、2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用される。ただし2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用ができる。一方、企業会計基準第41号「後発事象に関する会計基準」は2026年1月9日に公表され、同じ2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されるが、早期適用の定めは置かれていない。
同じ期首に二つが着地するのに、片方は前倒しを選べて、片方は選べない。公表から適用までは、リースが約二年半、後発事象が約一年三か月である。準備に使える時間が倍近く違う。 ニュースの見出しを追っているだけでは、この差は出てこない。
公表のされ方にも癖がある。2026年1月9日には第41号のほか、第42号「『中間連結財務諸表等の作成基準』の一部改正(その2)」、改正企業会計基準第37号「期中財務諸表に関する会計基準」、企業会計基準適用指針第35号などが同時に公表された。2026年7月7日には、改正企業会計基準第27号「法人税等に関する会計基準」、第43号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正(その3)」、第44号「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正(その4)」が同じ日に出ている。一日にまとめて出るので、見出しは一本でも中身は複数である。 誰かが本文まで開かない限り、束のうち自社に効く一本だけが静かに埋もれる。
監査法人からの連絡を起点にすると、必ず一巡遅れる
改正情報を監査法人からの連絡で受け取っている会社は多い。悪い運用ではないが、構造として遅れる。
監査法人が改正の話を持ち出すのは、監査上それが論点になる時期である。つまり適用年度が視界に入ってからで、しかも切り口は「適用初年度に何をどう監査するか」になる。こちらが必要なのは、その一年から二年前の、要員とシステムと契約の手当てをする時間である。 同じ改正でも、聞きたいことと言われることの時期が噛み合っていない。
もう一つ、監査法人の関心は監査対象の財務諸表に向く。会計処理と注記は当然カバーされるが、契約書の書きぶりや購買部門の運用、稟議のフォーマットは監査の対象ではない。改正の影響が経理の外に出る部分は、こちらから探しに行くしかない。
適用後の動きも見ておく。ASBJは重要と認められる基準等について、原則として適用の2年後から適用後レビューを開始し、その結果として改正を行うことがある。適用したら終わりではなく、適用の二年後にもう一度動く可能性が制度に組み込まれている。 初度適用の対応を「一度きりのプロジェクト」として組むと、レビュー後の改正で同じ議論を最初からやり直すことになる。
監視すべき発信元は、ASBJだけではない
改正対応の当番を決めるとき、多くの会社が「ASBJを見る人」を一人置いて終わる。ここが穴になる。決算と開示を動かす発信元は、少なくとも六つに分かれている。
| 発信元 | 出てくるもの | 効く先 |
|---|---|---|
| ASBJ | 企業会計基準、企業会計基準適用指針、実務対応報告、移管指針 | 会計処理、注記、システム設定 |
| SSBJ | サステナビリティ開示基準 | 有価証券報告書の記述情報、社内のデータ収集 |
| 金融庁 | 企業内容等の開示に関する内閣府令とその改正、パブリックコメント | 有価証券報告書、半期報告書、臨時報告書 |
| JICPA | 監査基準報告書、実務指針、Q&A | 監査対応、監査法人からの要求水準 |
| 東証 | 有価証券上場規程、決算短信の作成要領・様式 | 適時開示、決算短信 |
| 国税庁 | 法人税基本通達ほかの法令解釈通達、税制改正 | 税効果、申告調整、期末の見積り |
ASBJの公表物が四区分に分かれていることも、台帳を作るときに効いてくる。企業会計基準は会計処理及び開示の基本となるルール、企業会計基準適用指針はその解釈と適用の指針、実務対応報告は基準のない分野の当面の取扱いや緊急性のある分野の実務上の取扱い、そして移管指針は日本公認会計士協会が公表した実務指針及びQ&Aを形式以外の変更を行わずにASBJへ移したものである。
この四つ目が、社内文書を静かに陳腐化させる。 たとえば会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」は、2024年7月1日に移管指針第4号として同じ名称のままASBJへ移管された。内容は変わっていないのに、参照先と番号が変わる。社内の決算マニュアルや稟議の根拠欄に旧番号が残っていても、決算は普通に回ってしまう。だから誰も気づかない。次に基準本体が改正されたときに、追いかける先を間違える(経理の手順書(決算マニュアル)の書き方:使われる手順書と死蔵される手順書の差)。
三つの役を、人の名前で決める
「情報収集」という一語で括ると、実際には性質の違う三つの仕事が混ざる。混ざったまま一人に渡すから、誰も完遂しない。
監視役 は、決められた発信元を決められた頻度で見る。判断はしない。ASBJについて言えば、毎回のニュースを読む必要はなく、「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」という一本の文書の改訂を追えばよい。直近の改訂は2026年8月17日で、開発中のテーマと検討状況、今後の計画がそこに集約されている。読むものを一本に絞ると、当番が回るようになる。 読むものを「業界紙と監査法人のニュースレターとASBJのサイト」と書いた瞬間に、当番は形骸化する。
影響評価役 は、拾われたテーマが自社に効くかを判定する。ここには会計と業務の両方が分かる人が要る。効くかどうかは、取引の有無、金額の重要性、システムでどう処理しているか、契約にどう書いてあるかで決まるので、条文を読めるだけでは判定できない。
展開役 は、効くと判定されたものを、工程・システム・契約・要員のどこに落とすかを決める。会計基準の改正が経理だけで完結することは、実際にはほとんどない。リースなら購買と法務、収益認識なら営業と契約管理、税務なら申告と情報システムに跨る。落とし先が経理の中しかない改正は、むしろ少ない。
三役を同一人物が兼ねてもよい。兼ねてはいけないのは、割り当てないことである。役が名前で決まっていないと、監視は「気づいた人が言う」になり、影響評価は「監査法人に聞く」になり、展開は「来期考える」になる。
影響評価は三段階で止める。全部を読み切ろうとしない
影響評価でつまずく会社は、たいてい丁寧すぎる。公開草案の全文を読み、結論の背景まで追い、コメント対応まで見て、それで一本に一週間使う。ASBJが公表している「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」(2026年8月17日改訂)に載っているだけでも、開発中の会計基準が三本と開発中の指針が五本ある。この読み方では回らない。
判定は三段階で足りる。効くは、自社に該当取引があり、金額または開示の観点で無視できないもの。効かないは、該当取引がないか、あっても重要性がないもの。要調査は、該当の有無自体が今わからないもの。
肝は二つある。第一に、「効かない」と判定した理由を一行で残すこと。残さないと、翌四半期に同じテーマをゼロから検討する。第二に、「要調査」に期限を付けること。要調査は、判断の保留ではなく調査の発注である。誰が何をいつまでに調べるかを書かない要調査は、次の棚卸しでもう一度要調査になる(引当金の見積りは誰が決めるか|数字を作る人と水準を決める人を分ける社内ルール)。
開発中のテーマは、着地までの距離で並べ替える
ASBJが公表している開発中のテーマは、進み方がまったく揃っていない。同じ「開発中」の箱に入っていても、動き出しの時期が九年違うことがある。
「子会社株式及び関連会社株式の減損とのれんの減損の関係」は2017年10月に検討が開始され、現在も開発中である。「金融商品に関する会計基準」は2022年4月から予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損の検討が進み、2025年10月29日に企業会計基準公開草案第89号が公表され、2026年2月6日にコメントが締め切られ、いまは寄せられたコメントへの対応を検討する段階にある。さらに2026年2月からは金融商品の分類及び測定の見直しにも着手し、フェーズ1として予想信用損失モデルの適用範囲と関連する領域を優先し、株式を含むその他の領域はフェーズ2に回すことが予定されている。
一方、「継続企業に関する会計基準」は2025年2月に検討が開始されたばかりで、まだ公開草案の手前である。排出量取引制度に係る会計上の取扱いは、2025年7月に企業会計基準諮問会議から提言を受け、2025年12月に検討が始まった。繰延資産に係る会計上の取扱いは2024年7月に提言を受けたが、他のプロジェクトとリソースの状況を踏まえて着手時期を判断するとされ、まだ始まっていない。逆に最も速く動いたのは電子決済手段で、2026年6月に検討を始め、2026年8月17日に実務対応報告公開草案第74号を公表、コメント期限は2026年10月19日である。
この差を並べ替えるだけで、優先順位はほぼ自動で決まる。 公開草案が出たテーマは一年から二年で着地する可能性が高く、要員とシステムの手当てを考える段階にある。論点整理どまりのテーマは動きを見ていればよい。提言を受けただけで着手していないテーマは、監視の対象にはするが、影響評価に工数を割く段階にない。距離で並べていない台帳は、九年動いているテーマと二か月前に始まったテーマを、同じ重さで机に載せてしまう。
予想信用損失モデルは、金融機関の話だと片づけられがちだが、営業債権の貸倒引当金の考え方に直接効く。自社の売掛金と受取手形の残高を思い浮かべた瞬間に、他人事ではなくなるテーマである。
決めるのは三つ
第一に、発信元ごとに担当者名と頻度を貼る。 ASBJ、SSBJ、金融庁、JICPA、東証、国税庁。ASBJについては読むものを「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」の差分に絞る。読むものを絞らないと当番は回らない。移管指針が出ている領域は、社内マニュアルの参照先が旧番号のまま残っていないかを一度だけ点検する。
第二に、監視・影響評価・社内展開の三役を人の名前で決める。 兼務は構わないが、割り当てないことだけは避ける。影響評価は効く・効かない・要調査の三段階で止め、効かないと判定した理由を一行残し、要調査には調査の担当と期限を付ける。
第三に、四半期の棚卸しを決算工程の中に入れる。 年次の勉強会ではなく、期日のある工程にする。台帳には適用日までの残り四半期数を持たせ、残り四四半期を切ったテーマは決算スケジュールに行を立てる。開発中のテーマは着地までの距離で並べ替える。
そのうえで、追うのは公表日ではなく適用日である。公表は情報だが、適用は締切である。同じ期首に二つの初度適用が重なるかどうかは、公表のニュースには書かれていない。 自社の台帳に適用日を並べたときにだけ見える。



