連結の主担当が辞意を伝えてきた。在籍九年、資本連結も持分法も税効果も一人で担い、監査法人との論点整理も任せている。年齢は三十八歳、等級は主任級で、上に課長のポストは空いていない。 慰留の席で本人が言ったのは待遇の不満ではなかった。この会社では、私の仕事の値段が上がる道が課長になることしかない。そして私は課長に向いていない。 経理部長は反論できなかった。等級表を見れば、そのとおりだったからである。課長にならなくても仕事の値段が上がる道、つまり専門職コースを作るなら、何を先に決めておくべきか。

POINT
専門職コースを設計する前に、法制上の位置づけを確認しておく必要がある。専門職と呼んでも、労働時間の扱いは一般の労働者と変わらない。 専門業務型裁量労働制の対象業務は労働基準法施行規則で限定列挙されており、2024年4月1日から「銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務」が加わって20業務になった。列挙は業務単位であり、事業会社の経理・財務部門で行う決算、連結、税務申告の業務は入っていない。 公認会計士、税理士、中小企業診断士は列挙されているが、それは当該資格に係る業務であって、資格を持っていれば社内のどんな仕事でも対象になるという構造ではない。高度プロフェッショナル制度も同じである。 対象業務は労働基準法施行規則第34条の2第3項各号で定められ、金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発、投資判断に基づく資産運用や有価証券の売買、有価証券市場の動向や有価証券の価値等の分析・評価とこれに基づく投資助言、顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査・分析とこれに基づく考案・助言、新たな技術・商品又は役務の研究開発の5業務に限られ、年収要件は同条第6項で1,075万円とされている。自社の連結や税務は、どちらにも該当しない。 そして管理監督者は労働基準法第41条第2号の「監督若しくは管理の地位にある者」であり、行政解釈は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとしている(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)。部下を持たない専門職は、ここに入らない。つまり専門職等級は、時間外割増が発生する等級である。 この一点を設計に織り込まないと、報酬表は運用開始後に行き詰まる。

上限を課長と同額に置くと、総額で逆転する

専門職コースを作るとき、最初に決めたくなるのが報酬の上限である。多くの会社が「課長と同水準」に置く。組織の納得感が最も得られやすいからである。 そしてこの置き方が、稼働してから問題を生む。

課長は管理監督者として扱われ、時間外割増が発生しない。専門職は一般の労働者なので、時間外割増が発生する。 基本給と賞与の水準を課長と同額に設計すると、決算期に残業が集中する連結担当や税務担当は、年収の総額で課長を上回る期が出る。 上回ること自体は仕事量に見合っていれば問題ないが、設計時に想定していないと、二年目に「専門職のほうが高い」という話が管理職側から出てくる。そして是正の手段が、基本給を下げるか、残業を抑えるかしかない。 後者を選ぶと、繁忙期に人を張れなくなる。

逆に、時間外込みで課長と揃うように基本給を低く置くと、別の問題が起きる。繁忙期以外の月の手取りが下がる。 決算期に稼いで閑散期に落ちるという年収の形は、専門職として長く働く人が最も嫌う形である。そして残業を減らす改善をした本人の年収が下がるという、逆向きの誘因が生まれる(経理の年収は何で決まるのか、業務難易度・上場区分・会社規模の3要因)。

決め方は、比較の単位を先に定めることである。 基本給で比べるのか、賞与を含む年額で比べるのか、時間外を含む総支給額で比べるのか。三つのうちどれで課長と並べるかを決め、決めた基準を等級表の注記に書く。 書かなければ、二年目に別の基準で比較され、制度が揺れやすい。

二つのコースは、労働時間法制の扱いが違う。同じ表で並べられない。
管理監督者になりうるライン管理職コース
時間外割増 ●○○
報酬の変動 ●○○
代替可能性 ●●●
労働基準法第41条第2号の管理監督者に当たれば、労働時間・休憩・休日の規定が適用されない。報酬は月額で安定し、繁忙期でも変わらない。 ポスト数に上限があり、組織改編で椅子が消える。
一般の労働者のまま専門職コース
時間外割増 ●●●
報酬の変動 ●●●
代替可能性 ●○○
専門業務型裁量労働制の20業務にも高度プロフェッショナル制度の5業務にも該当しないため、時間外割増が発生する。 決算期に総額が跳ね、閑散期に落ちる。ポスト数の制約はないが、要件を書かないと運用で歯止めが利かない。
時間外の有無を無視して報酬上限だけ揃えると、二年目に総額の逆転が議題になる。

要件を成果物で書けないなら、作らない

専門職コースが形骸化する最大の原因は、報酬でも任期でもない。要件が書けていないことである。

多くの規程で、専門職の要件はこう書かれる。高度な専門知識を有し、担当領域において卓越した成果を継続的に発揮している者。 この文で判定できる人事担当者はいない。判定できないので、実際の運用は「部長が推薦した人」になる。そして部長が推薦するのは、たいてい昇格年次を過ぎて処遇に困っている人である。

要件は、知識ではなく成果物で書く。連結の専門職なら、資本連結と持分法の仕訳を単独で組めること、税効果のスケジューリングを作れること、監査法人と論点を文書でやりとりし合意まで持っていけること、注記の原案を作れること、そして手順を文書化して後任に移せること。 税務なら、法人税と消費税の申告書を自社で作れること、税務調査に主担当として立てること、組織再編や海外取引について事前に論点を出せること。開示なら、短信と有価証券報告書の原案を作れること、開示府令の改正を自分で追えること。

この列挙ができない領域には、専門職を置かない。 置けば、その等級は「何をしたら上がるか分からない等級」になり、下の世代から見て目標にならない。目標にならない等級は、リテンションの手段として機能しない(経理の人事評価が機能しない理由と、ミスの減点を成果指標に変える方法)。

そして要件を書く過程で、多くの会社が気づくことがある。書き出した項目の多くを、現時点で一人しか満たしていない。 それは専門職コースの必要性を示すと同時に、その一人が抜けたときの脆さも示している。要件の一覧は、そのまま後継育成の目次になる(経理のベテラン依存から次世代へ、知識を3年で移す世代交代計画)。

任期を切らないと、置き場になる

三つ目が任期である。ここを飛ばして作った制度は、五年以内に劣化する可能性が高い。

劣化はたいてい同じ経路をたどる。初年度は本来の対象者が就く。二年目、管理職の適性がないが年次が上がった人を、部長が専門職として推薦する。要件は満たしていないが、判定する仕組みがないので通る。 三年目、専門職の人数が増え、一人あたりの報酬原資が薄まる。四年目、本来の対象者から見て専門職等級の意味が薄れる。五年目、最初に想定していた人が辞める。

これを止めるのが任期である。三年なら三年で区切り、再任には初回と同じ要件審査をかける。 再任されなければ元の等級に戻る。報酬が下がるので、当然もめる。 もめることを見越して、初回の任用時に、任期と再任の要件と、再任されなかった場合の等級・報酬を書面で本人に渡しておく。この書面がないと、三年後に不利益変更の議論になる。

任期を切ることには、もう一つの効き目がある。要件が固定されないことである。 三年ごとに要件を見直せば、新リース基準や電子帳簿保存法のような制度変更、あるいは決算の自動化で価値の所在が動いたときに、専門職の定義を更新できる。終身の等級として設計すると、十年前の要件で選ばれた人が十年後も同じ処遇を受けることになる(経理の中堅・次期リーダー層が辞める原因は、給与より決裁権限の狭さにある)。

決めるのは三つ

第一に、要件を成果物で書き切る。書けない領域には置かない。 高度な専門知識を有し卓越した成果を継続的に発揮している者、という文言では誰も判定できず、運用は部長の推薦に落ちる。連結なら資本連結と持分法の仕訳を単独で組める、税効果のスケジューリングを作れる、監査法人と論点を文書でやりとりして合意まで持っていける、注記の原案を作れる、手順を文書化して後任に移せる、という粒度まで下げる。 税務、開示、原価計算も同じ粒度で書く。書き出してみて現時点で一人しか満たしていない項目が並ぶなら、それがそのまま後継育成の目次になる。

第二に、報酬上限を、時間外を含む総額で比較して決める。 専門職等級は労働時間法制上、一般の労働者のままである。専門業務型裁量労働制の対象業務は2024年4月に銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく考案及び助言の業務が加わって20業務となったが、事業会社の経理・財務の業務は列挙されていない。高度プロフェッショナル制度も、労働基準法施行規則第34条の2第3項各号の5業務に限られ、年収要件は同条第6項で1,075万円である。 管理監督者は労働基準法第41条第2号の規定で、行政解釈は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者を指し、名称にとらわれず実態に即して判断すべきとしている。部下を持たない専門職はここに入らないため、時間外割増が発生する。 基本給で課長と揃えれば決算期の総額で逆転し、総額で揃えるために基本給を下げれば閑散期の手取りが落ち、残業を減らした本人の年収が下がるという逆向きの誘因が生まれる。基本給・年額・総支給額のどれで並べるかを決め、等級表の注記に書く。

第三に、任期を切り、再任要件と再任されなかった場合の処遇を、初回の任用時に書面で渡す。 任期がなければ、二年目以降に管理職適性のない滞留者の置き場として使われ、人数が増えて報酬原資が薄まり、五年目に本来の対象者が辞める。三年で区切って初回と同じ要件審査をかけ、再任されなければ元の等級に戻す。 報酬が下がる以上もめるので、任期・再任要件・不再任時の等級と報酬を最初に書面化しておく。任期を切ることは、要件そのものを三年ごとに更新できるという副次的な効き目も持つ。制度変更や決算の自動化で価値の所在が動いても、定義を追随させられる。

設例

売上高520億円の電子部品商社。東証スタンダード上場で、経理部は22名。専門職コースの検討は、二年間で連結担当と税務担当が相次いで退職したことから始まった。 二人とも三十代後半で、管理職ポストが埋まっており、直近の等級昇格から四年が経っていた。退職面談の記録には、二人とも同じ趣旨の言葉が残っていた。この仕事を続ける限り、報酬は今のままだと分かった。 人事部が最初に作った案は、専門職等級を課長相当に一つ置き、報酬は課長と同額とするものだった。経理部長がこの案を差し戻している。理由は二つで、要件が書かれていないことと、時間外の扱いが検討されていないことだった。 書き直しは要件から着手した。連結、税務、開示、原価計算の四領域について、何ができれば専門職かを成果物で列挙する作業に、経理部内で延べ3週間をかけている。出来上がった要件は、連結が9項目、税務が7項目、開示が8項目、原価計算が6項目。 現任者を当てはめてみて分かったことが二つあった。第一に、四領域すべてで、全項目を満たす人は各1名以下だった。第二に、原価計算は要件を6項目書いたところで手が止まり、7項目目以降が書けなかった。 議論の末、原価計算は専門職の対象領域から外している。理由は、業務の中身が製造子会社側に移っており、本社経理に残る専門性を言語化できなかったためである。 報酬は、時間外を含む総支給額で課長と並べる設計にした。過去3期の実績を見ると、連結担当の時間外は年間で平均310時間、うち約6割が四半期決算と本決算の月に集中していた。この実績を織り込んで基本給の水準を課長より低く置くと閑散期の手取りが下がるため、逆の設計を採っている。基本給と賞与は課長と同額に置き、総支給額では専門職が課長を上回る期が生じることを、制度設計の前提として役員会に明示して承認を得た。 承認の根拠として提出したのは、退職した2名の後任を外部から採用した際の実績である。採用単価と、立ち上がりまでに要した10か月分の生産性低下を合わせると、1名あたり1,400万円相当の損失が発生していた。 任期は3年とし、再任審査は初回と同じ要件で行う。不再任の場合に戻る等級と報酬を明記した任用通知書の様式を、初回任用の前に作っている。 初回の任用は3名。連結1名、税務1名、開示1名で、いずれも要件を全項目満たしていた。副次的な効果が一つ出ている。要件の一覧を経理部内に公開したところ、若手3名から自分の担当領域で不足している項目についての相談が来た。 従来の等級要件は行動評価の文言で書かれており、何を勉強すればよいかが読み取れなかった。経理部長の言葉が記録に残っている。専門職コースを作ってよかったのは、3人の処遇より、残り19人に道筋が見えたことだ。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ

昇格の道がライン管理職しかない等級制度では、連結・税務・開示の担い手ほど市場に出るほうが合理的になる。専門職コースはその受け皿になりうるが、次の三つを先に決めておかないと形骸化する。

  • 要件:知識でなく成果物で書く。列挙できない領域には置かない
  • 報酬:専門職は時間外割増が発生する等級であることを前提に、基本給・年額・総支給額のどれで課長と並べるかを決め、等級表の注記に書く
  • 任期:三年などで区切り、再任要件と不再任時の等級・報酬を初回任用時に書面で渡す

着手するなら、まず自社の連結・税務・開示で要件を書き出してみるとよい。一人しか満たしていない項目の一覧が、そのまま後継育成の目次にもなる。

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