「経理は融通が利かない」。この評価は、たいてい経理の側に自覚がない状態で成立している。断ったつもりはない。むしろ受けたつもりでいる。それでも事業部門は「頼んでも動かない」と言う。この食い違いは、経理の態度でも事業部門の理解不足でもない。依頼をどこで受け、いつまでに何を返すかが決まっていないだけだ。 人は断られたことより、返ってくるかどうか分からない状態に怒る。
怒りの原因は、断ったことではなく「いつ返るか分からない」こと
事業部門の不満を聞くと、内容はだいたい三つに集約される。返事が来ない。来ても「確認します」で止まる。急いで出したのに、締めの時期だからと後回しにされる。
どれも「断られた」とは言っていない。問題は拒否ではなく、不確実性である。 頼んだ側は、その依頼を自分の仕事の段取りに組み込みたい。組み込むには、いつ返るかが要る。金額でも結論でもなく、時点が要る。ここが返ってこないから、催促が始まり、催促が態度の問題に見える。
経理の側にも言い分がある。作業量が見えない依頼に期限は約束できない。調べてみないと分からない。この言い分は正しい。だから約束するものを変える。完了期限ではなく、一次応答期限を約束する。
一次応答で返すのは三つだけでいい。受けたこと。どの種類の依頼として扱うか。いつまでに完了見込みを返すか、あるいはいつ完了するか。内容を返さなくても、扱いを返せば依頼者は段取りを組める。 これを1営業日以内と決める。実務上、これで摩擦の多くは消える。
依頼を三つに分け、扱いを変える
依頼を一律に扱うと、軽いものが重いものに巻き込まれて遅れる。分け方は複雑にしない。三つで足りる。
定型依頼は、答えがすでに決まっているものだ。締め日はいつか、この勘定科目は何を入れるのか、この経費は精算できるのか。調べる必要がなく、担当者が誰でも同じ答えを返せる。これは即答が原則で、答えを個人が持っている状態のほうが問題になる。
作業依頼は、経理が手を動かす必要があるものだ。過去三年の取引先別データ、特定案件の原価内訳、新しい切り口の集計。ここで必要なのは即答ではなく工数の見積りである。返すべきは「できます」でも「できません」でもなく、「この形なら◯営業日、この形なら◯営業日」という選択肢だ。
判断依頼は、経理が結論を出すものだ。この契約の収益をいつ計上するか、この支出は資産か費用か、この引当は要るか。ここは速さより根拠が要る。そして結論は記録する。同じ論点は必ず翌期に再燃するし、監査法人にも同じ根拠を出すことになる。
左下を見てほしい。ここが実務で最も詰まる。事業部門が決めるべきことが決まっていないのに、経理に判断を求める依頼だ。値引きの承認、契約条件の変更、在庫の処分可否。経理が会計処理を答えるには、その前に事業側の意思決定が要る。ここを引き受けてしまうと、経理が事業の意思決定を代行する形になり、しかも決めた責任だけ経理に残る。 返すときは、拒否ではなく順序として返す。誰がいつ決めれば、経理は何日で処理を答えられるか。
断ってよい基準を、先に文面まで作る
断ることを個人の裁量に任せると、断れる人と断れない人が生まれ、断れない人に依頼が集中する。基準を決めて、文面まで用意する。
- 情報が揃っていない。何が足りないかを列挙し、揃った時点から◯営業日と書いて差し戻す。「情報不足」だけで返さない
- 締めのクリティカルパス上にある期間。受付停止日をカレンダーで先に公開し、その期間に来た依頼は再開日を明記して返す
- 決めるのが経理ではない。誰が決めるべきかを書いて返す。決まった後に経理が何を何日で返すかもあわせて書く
- 制度上できない。法令・基準・社内規程のどれに当たるかを示す。「ルールなので」で終わらせない
四つに共通するのは、断りの文面に必ず「次に何が起きれば進むか」を書くことだ。断られた依頼が事業側で止まると、それは恨みとして残る。止めた理由ではなく、止まったこと自体が記憶される。次の一歩が書いてあれば、依頼者は自分で動ける。
受付停止日についてひとつ補足しておく。締めの前後に受付を止めること自体は正当な運用だが、止める期間を事後に伝えると必ず揉める。年間カレンダーとして期初に配り、事業部門の予定表に載せてもらう。締めの工程がクリティカルパスで組まれているなら、どこを止めるかも自ずと決まる(決算スケジュール表の作り方:5日締めを支えるWBSとクリティカルパス)。
「経理がやってくれない」の半分は、義務の所在の問題
依頼の摩擦を仕分けで整理していくと、一定の割合で別の問題が出てくる。経理への親切のお願いに見えて、実は事業部門が負っている義務を経理が代行しているケースだ。
分かりやすいのが電子取引の記録保存である。電子帳簿保存法第7条は、所得税(源泉徴収に係る所得税を除く。)及び法人税に係る保存義務者が電子取引を行った場合に、財務省令で定めるところにより、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならないとしている。取引先とメールで請求書PDFをやり取りしているのは事業部門であり、保存義務は会社に付く。経理に転送するかどうかは親切の問題ではない。
この構造を説明していないと、依頼は「経理を助けるお願い」として認識される。 助けるお願いなら、忙しければ後回しにできる。義務なら後回しにできない。同じ作業でも、位置づけが違えば守られ方が変わる。運用の落とし込みは別稿で整理している(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。
同種の話は他にもある。入荷検収の入力遅れは期ズレを生み、締めの後半で経理が追いかける作業になる(決算のカットオフ(期ズレ)を止める:入荷データと請求書のギャップを締めで潰す)。契約書の写しが回ってこないと収益認識の判断ができない。これらを「経理が困っている」と説明する限り、優先順位は上がらない。会社の義務として、誰が何をいつまでに、と書くほうが早い。
約束は双務にする|片務のサービスレベル合意は守られない
期限の約束を文書にすると、社内向けのサービスレベル合意(SLA)になる。ここで経理側だけが約束する形にすると、必ず破綻する。入力が遅れれば作業は始まらないし、情報が不足していれば判断は出せない。
だから約束は対にする。経理は一次応答を1営業日以内に返し、作業依頼は見積りを提示したうえで着手する。事業部門は、依頼テンプレートの必須項目を埋める、月次の入力を締切までに終える、判断依頼には契約書と社内稟議を添える。片務のSLAは、破ったときに責める相手が一方にしかいないので、運用が続かない。
そして、約束する前に測る。依頼の件数、種類別の所要時間、依頼元の部署。三か月分でいい。測らずに「1営業日以内に応答します」と宣言すると、繁忙期に守れず、宣言そのものが信用を落とす。測った結果として応答できないなら、応答期限を延ばすのではなく、定型依頼をFAQに逃がして母数を減らす。業務量の実態を把握する作業は、業務フローを描く作業と同じ道具立てで進む(経理業務フローの可視化:As-Isを描いて初めてムダが見える業務棚卸の進め方)。
人員が足りていない状態でSLAだけ作っても意味がない。応答が遅い原因が要員不足なら、そちらを先に見る(経理組織の最適人数と機能配置 月次・連結・税務をどう分担するか)。
役割分担は、人柄ではなく手続で担保する
「あの人に頼めば通る」という状態は、一見うまく回っているように見える。だが実態は、依頼の可否が担当者の裁量に置かれているということだ。その人が異動すれば、事業部門から見て経理は突然「厳しくなった」ように見える。関係は個人に紐づいているので、引き継げない。
手続で担保するというのは、冷たくすることではない。誰が受けても同じ扱いになり、断る理由が四つに限定され、断ったときには次の一歩が示される。この状態を作れば、担当者は個人的な負い目なしに断れるし、事業部門は交渉ではなく手続として依頼を出せる。摩擦が減るのは、優しさが増えたからではなく、予測可能性が増えたからだ。
経理を「頼めば何でもやってくれる部署」にしないことは、経理を守るためだけの話ではない。判断依頼に時間を割ける状態を作るための話でもある(経理をコストセンターで終わらせない|財務が経営に効く瞬間)。



