転職サイトで「経理」の年収を調べると、レンジが広すぎて参考にならない。同じ「経理課長」でも、下は500万円台、上は1,000万円超まで平気で開く。同期入社なのに、数年後に給与が二回りも違っていた——そんな話も珍しくない。この幅の正体を「運」や「交渉力」で片づけると、次の一手を間違える。経理の年収を決めているのは役職や年齢ではなく、扱う数字の難易度と、その数字が載っている会社の大きさだ。 本稿は、年収を3つの要因に分解し、上げたいなら何を積むべきかを逆算する。
年収表が当てにならないのは「経理」を一括りにするから
年収の相場表が役に立たないのは、「経理」という一語が、あまりに違う仕事を同じ箱に入れているからだ。伝票を起票して月次を締める仕事と、海外子会社を含む連結決算を組んで開示まで回す仕事は、同じ「経理」でも市場での希少性がまるで違う。相場表はこれを平均してしまうから、レンジが無意味に広がる。
年収を読むには、平均でなく分解が要る。経理の給与を左右する要因を突き詰めると、次の3つの掛け算に行き着く。足し算ではなく掛け算なのが肝で、どれか一つがゼロに近ければ、他が高くても年収は伸び切らない。
以下、3つの要因を順に見ていく。数値はあくまで方向感で、会社や地域で大きくぶれる。金額そのものより、「何が年収を動かすのか」の構造を持ち帰ってほしい。
第1要因:扱う業務の難易度
最も効くのが、扱う数字の難易度だ。これは階段になっている。単体の記帳・月次決算が土台で、その上に連結決算、さらにIFRS(国際会計基準)や上場企業の開示、いちばん上にM&A(買収)の会計処理やデューデリジェンスが乗る。上へ行くほど、できる人の数が減る。年収を押し上げるのは「できる人が少ない仕事」であって、忙しさや残業時間ではない。
とりわけ単体決算と連結決算の間には、はっきりした段差がある。連結は、子会社の数字を集めて内部取引を消し、資本連結を組む。海外子会社があれば換算や現地基準との差異も加わる。ここを一人で回せる人材は市場で慢性的に不足していて、単体しか経験のない人との年収差になって表れる。逆に言えば、単体記帳の速さをいくら磨いても、この段差は越えられない。
第2・第3要因:上場区分と会社規模
残る2つは、乗っている「会社」の側の要因だ。
上場か非上場かは、開示責任の重さに直結する。上場企業の経理は、四半期開示・有価証券報告書・内部統制(J-SOX)といった、間違えれば市場と投資家に影響する仕事を負う。この責任の重さが年収に乗る。IPO(新規上場)準備企業の経理・管理部門が高値で採用されるのも、上場をくぐらせる希少経験に値がつくからだ。
会社規模は、預かる数字の桁で効く。売上100億円の会社の経理部長と、売上1,000億円・海外拠点ありの会社の経理部長では、同じ肩書きでも管掌する複雑さがまるで違う。上がるのは肩書きではなく、預かる会社の数字の大きさだ。
上げたいなら、どの要因で止まっているかを特定する
3要因に分けると、年収を上げる打ち手も具体になる。闇雲に「もっと頑張る」のではなく、自分が今どの要因で頭打ちなのかを一つ特定する。単体しか経験がないなら、社内で連結や開示の担当に手を挙げる(難易度を上げる)。中小の非上場で難易度の高い仕事がそもそも発生しないなら、上場企業やIPO準備企業へ移る(上場区分・規模を変える)。要因ごとに、社内で取りに行けるものと、転職でしか変えられないものが分かれる。
一つ注意がある。難易度の高い経験は、給与だけでなくキャリアの分岐そのものを広げる。連結・開示・M&Aを回せる経理は、事業会社の経営管理にもコンサルにも進める(経理のキャリアパス|事業会社・コンサル・SAP人材の3つの道)。定型業務の速さを競う土俵から、意思決定に効く数字を扱う土俵へ移ることが、年収の天井を押し上げる本筋だ(これからの経理に求められるスキル|定型業務の先へ)。どの経験を、どの順番で取りに行くかは、別稿で設計図にした(経理パーソンの市場価値を上げる経験設計|連結・IPO・M&Aの順で積む)。



