請求書処理を自動化して、月に四十時間の削減見込みが立った。導入の報告会で「浮いた時間で分析に取り組んでもらいます」と説明する。半年後に工数を測り直すと、経理部の総労働時間はほとんど変わっていない。分析の成果物も出ていない。関係者は誰もサボっていない。むしろ全員が忙しくしている。何が起きたかというと、空いた時間が既存業務の丁寧さに吸い込まれたのだ。突合の回数が増え、確認のメールが増え、資料の体裁が良くなった。悪意ではなく、振替先が決まっていない工数は、必ず手前の仕事に戻る。

POINT
自動化で削減した工数は、振替先を先に決めておかないと既存業務の丁寧さに吸い戻される。「浮いた時間で分析を」という言い方が空回りするのは、分析が業務として定義されていないからだ。振替先は、月次の差異コメント、事業部への数字の説明、新規契約の会計判断、システム変更時のテストといった、実在する成果物と期限で定義する。移行期は旧業務と新業務の二重稼働が発生するので、削減工数の全額を最初から振り替えない。そして全員が移れるわけではない。移れる層・時間がかかる層・向かない層に分け、向かない層には正確さが価値になる仕事を用意する。ここを曖昧にした計画は、現場で必ず止まる。

「浮いた時間で分析を」が空回りする理由

分析という言葉は、業務の名前になっていない。誰に、いつまでに、何を出すのかが決まっていないものは、締切のある既存業務に必ず負ける。経理の担当者は締切で動く職種なので、締切のない仕事は後回しになる。これは意欲の問題ではなく、優先順位の設計の問題だ。

だから振替先は、成果物と提出先と期限のセットで書く。たとえば「営業部門の月次予算差異について、上位五項目の要因コメントを第五営業日までに事業部長へ提出する」。ここまで書けば業務になる。「分析力を高める」は業務にならない。

振替先の候補は、多くの会社で似通っている。予算差異の要因説明、事業部への月次数字の説明会、新規契約や新取引の会計処理判断、システム変更時のテストと受入、決算工程そのものの設計と改善、監査対応の一次窓口。どれも判断が入り、自動化しにくく、社内にいる人でないとできない。逆にいえば、外に出しにくい仕事が振替先になる(シェアードサービスとBPOの判断 経理機能のどこを外に出すか)。

振り替えの手順を、工程として組む

削減した工数を、実在する業務へ移すまでを工程として組む。
STEP 1
削減工数を人別・業務別に測る
誰の、どの作業が、月に何時間減ったのかを実測する。全社合計の削減時間では誰も動けない
STEP 2
振替先を成果物で定義する
提出先・期限・様式まで決めた業務として書き出す。「分析」「事業支援」のままでは業務にならない
STEP 3
人を割り当て、二重稼働を認める
旧作業の残りと新業務が重なる期間を三〜六か月見込み、削減工数の全額を最初から振り替えない
STEP 4
評価の対象を入れ替える
処理件数や残業の少なさでなく、新業務の成果物で評価する。評価が旧のままだと誰も移らない
土台土台=削減工数が人別に見えていること。合計時間しか分からない状態では、誰が何時間を新業務に使えるのかが決まらない。
振替先の定義と評価の入れ替えを同時にやらないと、人は締切のある旧業務に戻る。

四つめの評価の入れ替えを飛ばす会社が多い。処理件数や締めの早さで評価される仕組みのまま「分析もやってほしい」と言えば、担当者は評価される側の仕事を優先する。当然の行動だ。評価制度の側を先に動かさないと、リスキリングは掛け声で終わる(経理の人事評価が回らない理由:ミスを減点する文化を成果指標に変える)。

全員は移れない、を前提に置く

ここが計画で最も避けられがちな部分だ。だが率直に置いたほうが、結果として全員が納得する計画になる。経理のメンバーは、実務上おおむね三層に分かれる。

第一層は、数字の背景を説明することにもともと関心があり、事業部の人と話すことを苦にしない人。この層は振替先を用意すれば自分で動く。必要なのは訓練より機会で、事業部の会議に同席させ、数字の説明を任せるところから始まる。

第二層は、意欲はあるが経験がない人。仕訳は正確に切れるが、事業の言葉で話した経験がない。この層には時間がかかる。半年から一年、第一層の人と組ませて同じ業務を二人で回す期間を取る。ここを短縮しようとして研修だけで済ませると、知識は入るが行動が変わらない。

第三層は、正確な反復作業に価値を発揮するが、対人の説明や曖昧な状況の判断に強い負荷を感じる人。この層に「分析ができるようになれ」と迫るのは、本人にも組織にも良い結果を生まない。自動化しても残る精緻な照合業務、監査対応の資料整備、マスタ管理の品質維持——正確さそのものが価値になる仕事は経理から消えない。そこに配置するのが誠実な扱いだ。三層の比率を最初から見積もっておくと、振替可能な工数の見込みが現実的になる。

現場では
ある中堅企業で、経費精算のシステム化により経理五名分の作業が月百時間ほど減った。当初は「全員で分析に取り組む」計画だったが、三か月経っても新しい成果物は出なかった。計画を組み直し、削減工数のうち六割だけを振替対象とし、残りは移行期の二重稼働と品質確認に充てた。振替先は「主要三事業部への月次数字説明」の一本に絞り、担当を二名に限定した。他の三名は債権管理の精緻化とマスタ品質の維持に配置した。半年後、事業部説明は定着し、担当二名は翌期に予算編成へ関与するようになった。全員を同じ方向に動かそうとしていた最初の計画が、実は一番動かない計画だった。

時間軸を置き、進捗を工数で測る

リスキリング計画が続かないもう一つの理由は、期限がないことだ。「順次移行していく」という書き方では、一年後に何がどこまで進んだのかを誰も判定できない。粗くていいので時間軸を置く。

最初の三か月は、削減工数の実測と振替先の定義に充てる。この期間に成果物は出なくていい。次の六か月で、第一層の人が新業務を実際に回し始める。ここで一つでも定着した成果物が出れば、社内に前例ができる。そこから先の一年で、第二層を第一層と組ませて広げていく。二年目に入るころには、振替対象とした工数の半分程度が新業務に乗っていれば十分に速いほうだ。

進捗は、研修の受講時間ではなく工数で測る。誰が月に何時間を新業務に使ったか、定義した成果物が期限どおりに出たか。この二つを毎月見る。研修の受講率だけを追うと、知識は増えたが仕事は変わらないという状態を、進捗として誤って報告することになる。

もう一つ、経営側が持つべき歯止めがある。振替が進まないとき、原因が本人の能力にあると決めつけないことだ。多くの場合、原因は振替先の定義が曖昧か、旧業務が実は減っていないか、評価が旧のままかのどれかにある。設計側の不備を人の問題にすり替えると、計画は止まるだけでなく、経理の士気まで落ちる。

学習経路は、簿記の上積みではない

移る側に必要なのは、簿記の階級を上げることではない。実務で効くのは三つだ。データを扱う手(表計算とBIツールで、明細から論点を取り出せること)、事業の言葉(自社の商流と収益構造を、会計用語を使わずに説明できること)、そして伝える形(数字の羅列でなく、要因と対策の順で一枚にまとめられること)。この三つは座学より、実際の月次業務を題材にした反復でしか身につかない。求められる力の全体像は別稿で整理している(これからの経理に求められるスキル|定型業務の先へ)。

社内で育てるか外から採るかの判断もここに絡む。第一層が社内に一人もいないなら、育成の起点がないので採用を検討することになる(経理DX人材は内製か採用か 既存メンバーのリスキリング判断軸)。

まとめ
自動化で削減した工数は、振替先を先に決めなければ既存業務の丁寧さに吸い戻される。「浮いた時間で分析を」が空回りするのは、分析が提出先も期限も持たない言葉であり、締切のある旧業務に必ず負けるからだ。振替先は成果物・提出先・期限のセットで定義する。予算差異の要因コメント、事業部への数字の説明、新規取引の会計判断、システム変更のテストなど、外に出しにくい判断業務が候補になる。工程は、削減工数を人別に測る、振替先を成果物で定義する、人を割り当てて三〜六か月の二重稼働を認める、評価対象を入れ替える、の四段で組む。評価を旧のままにすると誰も移らない。そして全員は移れない。自分で動く層、時間をかければ移れる層、正確な反復に価値を出す層の三つに分け、三層目には精緻な照合やマスタ品質といった正確さが価値になる仕事を用意する。移る側に要るのは簿記の上積みではなく、データを扱う手・事業の言葉・伝える形の三つだ。

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