期末監査の二週目。新しく着任した監査法人の業務執行社員が、代理店を通じた販売を総額で売上に計上している理由を尋ねる。 4年前、収益認識基準の適用に合わせて、本人か代理人かを検討して決めた処理である。経理課長は、結論が総額だったことは覚えている。 検討の資料がどこにあるかは、覚えていない。当時の担当者はすでに退職し、当時の業務執行社員も交代している。 共有フォルダを探すと、「収益認識_検討_v5_最終」と「収益認識_検討_最終2」という二つのファイルが出てくる。結論はどちらも総額だが、根拠にしている契約の条項が違う。 どちらが監査法人と合意した版なのかを確かめるため、担当者は当時のメールを三日かけて遡る。仕訳は4年間、毎月同じ形で正しく起票されていた。消えていたのは、処理の理由だけである。
仕訳に残るのは、結論だけである
判断を要する会計処理は、どれも最後は一つの数字か一つの区分に落ちる。本人か代理人かの判断は、売上の総額か純額かになる。 リース期間の判断は年数に、引当の判断は率に、減損の資産グルーピングは資産グループの単位に、開発費の資産計上の判断は計上を始めた日になる。会計システムに残るのは、この数字と区分である。
理由の方は、別の場所に散る。監査法人とのメール、往査の打合せのメモ、担当者の個人フォルダの検討資料、経理部長の手帳。 判断した年は、全員がその理由を覚えているので、散っていても困らない。困るのは、判断した人と、判断を聞いた人が、両方とも入れ替わった年である。
論点を期中に前倒しして監査法人に当てるための会計処理メモについては、書く中身と出す時期を別の記事にまとめた(監査法人の指摘が期末に集中する原因と、四半期ごとに論点を前倒しする方法)。この記事で扱うのは、その後である。 当てて合意したメモを、数年後の担当者と監査人が探し出せる形で残す方法である。
判断の相手は、数年ごとに替わる
経理の担当者が異動するのは、どの会社でも見えている。見落とされやすいのは、監査法人の側も、会社を替えなくても人が替わることである。
公認会計士法は、大会社等の監査について、監査法人の業務執行社員の継続的な関与を制限している。業務執行社員は7会計期間連続して関与した後に2会計期間のインターバルが求められ、大規模監査法人が上場会社等を監査する場合の筆頭業務執行社員は、5会計期間連続して関与した後に5会計期間のインターバルが求められる。 監査法人を替えなくても、数年に一度は、会社の過去の判断を知らない業務執行社員が着任する。監査法人そのものを交代すれば、なおさらである(監査法人交代の初年度決算で経理が負う追加作業、期首残高と前期数値の検証)。
過去の判断の記録は、監査調書の中にもある。 だが監査調書は監査人が作成し監査事務所が保存する記録で、会社が必要なときに開ける資料ではない。新しい業務執行社員は、前任の調書を読んだうえで、それでも会社に理由を聞く。 監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」の適用指針A55は、監査人が過年度の会計上の見積りについて遡及的な検討を実施することで、経営者の過年度の見積りプロセスの有効性に関する情報や、見積りが経営者の偏向の影響を受ける可能性を示す情報を入手することがあるとしている。監査人は、過去の見積りと実績を並べて、なぜその水準だったのかを聞きにくる(見積りの精度を後から検証する方法、引当金と耐用年数のバックテスト)。答えるのは、そのとき在籍している経理の担当者である。
一枚に書くのは五つ
判断メモの形は、長くする必要がない。一つの論点について、次の五つを一枚に書く。
論点は、取引の名前ではなく、決める必要があったことで書く。「代理店販売」ではなく、「代理店を通じた販売で、当社が本人に当たるか」である。対象の取引の範囲と、その年の金額も書く。 範囲が書いていないと、似た取引が出てきたときに、このメモの結論がそのまま使えるのかが分からない。
事実の欄が、五つの中で最も後から効く。判断の時点で、どの契約の何条を読み、どの数字を使ったかを書く。 冒頭の会社で二つのファイルの根拠が食い違っていたのは、事実の欄が契約の版と条項を特定していなかったからである。そしてこの欄が、冒頭の定義に戻ってくる。後から結論を変えることになったとき、それが新たに入手可能になった情報によるのか、当時入手できた情報を使わなかったのかを説明する材料は、この欄になる(会計方針の変更・見積りの変更・誤謬の訂正の違いと、遡及・開示への影響)。
検討した基準には、採った処理の根拠だけでなく、採らなかった処理とその理由を書く。数年後に新しい業務執行社員が最初に聞くのは、なぜもう一方の処理ではないのか、だからである。
結論は、処理と金額を書く。見直す条件は、次の節で扱う。最後に、監査法人と合意した日、合意の相手、合意の形を添える。往査の打合せで口頭で了解を得たのか、メールで回答を受けたのか、期末の監査の中で結論を確認されたのか。合意の形によって、数年後に同じ結論を主張できる強さが違う。 契約書、取締役会の議事録、見積りの計算表といった裏付け資料は、その資料を根拠にした欄ごとに添付する。
メモは、論点番号で引ける台帳に置く
判断メモを書いても、置き場所が科目別のフォルダでは、冒頭の会社と同じことが起きる。探す人は、ファイル名ではなく論点で探すからである。 メモの一覧を、論点番号を鍵にした台帳にする。
| 列 | 書く内容 |
|---|---|
| 論点番号 | 年度と連番。メモのファイル名にも同じ番号を付ける |
| 論点 | 決める必要があったことを一文で |
| 結論 | 採った処理を一文で |
| 関係する科目と注記 | 影響する勘定科目と、重要な会計方針・会計上の見積りの注記の該当箇所 |
| 合意日と合意の形 | 監査法人と合意した日、相手、口頭・メール・期末監査のいずれか |
| 見直す条件 | 結論を開け直すきっかけになる事実 |
| 次に確認する時期 | 四半期ごと、年度末、契約の更新時など |
| 状態 | 有効、見直し中、廃止(廃止なら後継の論点番号) |
関係する注記の列は、開示の作業と台帳をつなぐ。企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、2021年3月31日以後終了する年度末から、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について注記を求めている。注記の文案の材料は、判断メモの事実と見直す条件の欄にすでにある。 監査上の主要な検討事項(KAM)の候補になる論点も、この台帳から先に読める(KAM(監査上の主要な検討事項)への備えは期末の文面交渉より期中の論点整理)。
保存の期間も決めておく。会社法第432条第2項は、株式会社に、会計帳簿の閉鎖の時から10年間、その会計帳簿及びその事業に関する重要な資料の保存を求めている。 判断メモが同項の重要な資料に当たるかを個別に論じるより、判断の結果が載っている会計帳簿と同じ期間は残すと台帳の運用規則に定めておく方が実務的である。有効な論点のメモは、期間に関係なく残す。
見直す条件が、メモを開け直させる
五つの欄のうち、多くの会社が書かないのが見直す条件である。書かれていないメモは、一度合意すると誰にも開かれない。 前提になった事実が変わっても、変わったことに気づく仕組みがないからである。
見直す条件は、結論を支えている事実の裏返しで書く。本社ビルの賃貸借で、延長オプションの行使を合理的に確実と判断し、借手のリース期間を10年としたなら、見直す条件は、本社の移転を取締役会の議題に上げたとき、あるいは内装への大規模な投資の計画を取り消したときである。 代理店販売を本人と判断した根拠が在庫のリスクを当社が負う条項なら、見直す条件は、その条項を変える契約の改定である。製品保証引当金の率なら、実際の修理費用の率が引当の率から一定の幅を超えて乖離したときである。 企業会計基準第34号には、リースの契約条件の変更を伴わないリース負債の見直しの定めもあり、リース期間の判断は一度確定すれば終わりではない。
見直す条件を書いておくと、四半期の締めで、台帳の見直す条件の列と、その四半期の取締役会の議事録や契約の改定の一覧を突き合わせるという工程が組める。条件に当たる事実が見つかれば、その論点を見直し中にし、結論を開け直す。このとき事実の欄に、判断の時点で何を知っていたかが書いてあれば、結論の変更が新たに入手可能になった情報に基づくことを説明する材料になる。 つまり見直す条件の列は、結論を変えるきっかけにも、変えたときに誤謬ではないと示す根拠にもなる。
判断の重い論点を、誰が上に上げて誰が承認するかは、決算のレビューの階層の設計と同じ線で決める(決算レビューの二重チェックが形骸化する原因、再計算では止まらない誤り)。台帳に論点を新しく起こすのは担当者、見直す条件と結論を確定するのは経理部長、見直し中にした論点の結論を変えるのはCFOの承認、という三段が一つの形である。
売上高640億円の医療機器販売会社(3月決算)。期末監査で、交代したばかりの業務執行社員から、代理店を通じた販売を総額で計上している理由を聞かれた。 収益認識基準の適用時に検討した論点だったが、当時の担当者は退職しており、検討資料は結論は同じで根拠の条項が違う二つの版が残っていた。監査法人とのメールを遡って合意した版を特定するまでに三日、その根拠の条項が現在の代理店契約にも残っているかを確かめるのに、さらに一週間かかった。 経理部長は期末監査の後、過去5年分の判断を洗い出した。監査法人との往査の議事メモ、経理部内の稟議、担当者の検討資料から拾うと、判断を要した論点は47件あった。 31件は、検討資料から論点・事実・基準・結論を再構成でき、監査法人との当時のメールで合意の日も特定できた。16件は、結論は分かっても事実の欄を埋められなかった。 契約のどの版を読んだのか、見積りにどの時点の数字を使ったのかが残っていなかったためである。この16件は、現在の契約と数字で事実を書き直し、監査法人と改めて検討した。結論を変えたものはなかったが、この作業に翌期の第2四半期までの三か月を要している。 並行して、論点番号・論点・結論・関係する注記・合意日と合意の形・見直す条件・次に確認する時期・状態の八列の台帳を作り、47件のメモを論点番号で共有フォルダの一か所に置いた。翌期の第3四半期には、新リース会計基準の適用に向けて、営業所と倉庫の賃貸借128件のリース期間を検討し、延長オプションの判断が分かれる21件について個別のメモを書いた。 残りの107件は、解約不能期間が短く延長の実績もない契約という共通の事実で一件の論点にまとめた。四半期の締めでは、見直す条件の列と取締役会の議事録を突き合わせる工程を入れた。 最初の一年で条件に当たったのは2件で、倉庫の統合の決議を受けた賃貸借1件のリース期間と、修理費用の率の上昇を受けた製品保証引当金の率である。いずれも、事実の欄に判断の時点の情報が書かれていたため、新たに入手可能になった情報に基づく見直しであることを説明でき、監査法人との協議は往査の中の一回で済んだ。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、判断を要する会計処理は、論点・事実・検討した基準・結論・見直す条件の五つを一枚に書き、監査法人と合意した日と合意の形を添える。 仕訳に残るのは総額か純額か、何年か、何パーセントかという結論だけである。大会社等の監査では、業務執行社員は7会計期間、大規模監査法人が上場会社等を監査する場合の筆頭業務執行社員は5会計期間の関与の後に交代し、担当者も異動する。 事実の欄には、判断の時点でどの契約のどの条項を読み、どの数字を使ったかを書く。採らなかった処理とその理由も書く。
第二に、メモは論点番号を鍵にした台帳に置き、注記と保存の期間につなぐ。 企業会計基準第24号の第4-2項と第4-3項は、具体的な会計基準等の定めが存在しない場合に採用した会計処理についても重要な会計方針の注記の開示目的が同じであるとし、企業会計基準第31号は翌年度に重要な影響を及ぼすリスクがある見積りの注記を求めている。台帳に関係する注記の列を持たせ、注記の文案の材料を判断メモから取る。 保存は、会社法第432条第2項が定める会計帳簿の10年と同じ期間を下限にする。企業会計基準第34号が2027年4月1日以後開始する年度から適用されるリースは、契約ごとのリース期間の判断が一度に増えるので、判断の分かれる契約を個別に、共通の事実を持つ契約をまとめて書く。
第三に、見直す条件を欠かさず書き、四半期の締めで取締役会の議事録や契約の改定と突き合わせる。 見直す条件のないメモは、前提が変わっても開かれない。企業会計基準第24号は、会計上の見積りの変更を新たに入手可能となった情報に基づく変更とし、誤謬を財務諸表作成時に入手可能な情報を使用しなかったこと又は誤用したことによる誤りとしている。 事実の欄と見直す条件の欄は、結論を変えるきっかけであると同時に、結論を変えたときにそれが誤謬ではないと説明するための材料になる。
仕訳に残るのは結論だけで、判断の理由は担当者や業務執行社員の交代とともに散っていく。見積りの変更か誤謬の訂正かを後から説明できるかどうかは、判断の時点で何を知っていたかを残しているかで分かれる。
手を付ける順番は次のとおりである。まず過去数年分の判断を洗い出し、論点・事実・検討した基準・結論・見直す条件の五欄でメモにする。次に、論点番号を鍵にした台帳へ集め、関係する注記と合意日を列に持たせる。そのうえで、四半期の締めに見直す条件と取締役会の議事録・契約の改定を突き合わせる工程を入れる。2027年4月1日以後開始する年度から適用される新リース会計基準では契約ごとの判断が一度に増えるため、その準備を台帳づくりの最初の対象にしてもよい。



