経理部長が来年3月末で定年を迎える。後任の候補として真っ先に名前が挙がるのは、連結と開示を担当する課長である。 在籍18年、月次も四半期も年度も、締めのどこで何が詰まるかを全部知っている。監査法人の担当者も、まずこの課長に電話をかける。社長の意見ははっきりしている。締めを一番分かっている人に任せるのが、一番安全だ。 一方でCFOは、2年後のS/4HANAへの移行と、今は第8営業日の月次決算を第5営業日まで縮めることを、次の経理部長の仕事だと考えている。二人は同じ候補について話しているようで、違う仕事の担い手を探している。 その違いを言葉にしないまま、選考が始まろうとしている。

POINT
誰を部長に置くかの前に、何を置くかを決める。これは組織論の好みではなく、内部統制の評価の枠組みがそう書いている。金融庁の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」は、全社的な内部統制に関する評価項目の例として、経営者は、信頼性のある財務報告の作成を支えるのに必要な能力を識別し、所要の能力を有する人材を確保・配置しているか、を挙げている。 続けて、信頼性のある財務報告の作成に必要とされる能力の内容は、定期的に見直され、常に適切なものとなっているかを問う。能力を識別し、見直し、それから人を確保・配置する。順番は能力が先で、人が後である。 同じ評価項目の例には、経営者が、組織の変更やITの開発など、信頼性のある財務報告の作成に重要な影響を及ぼす可能性のある変化が発生する都度、リスクを再評価する仕組みを設定し、適切な対応を図っているか、という項目もある。経理部長の交代とシステムの移行が同じ3年に重なる会社は、この変化を二つ同時に抱えることになる。 実施基準は、2023年4月に企業会計審議会が改訂の意見書を公表し、2024年4月1日以後に開始する事業年度から適用されている。さらに実施基準は、決算・財務報告プロセスに係る内部統制について、財務報告の信頼性に関して非常に重要な業務プロセスである一方、実施頻度が日常的な取引に関連する業務プロセスなどに比して低いことから、評価できる実例の数は少ないとしている。年に数回しか動かない工程は、それを担ってきた人の頭の中に手順が残りやすい。後任選びは、その工程を誰に預けるかの判断でもある。

先に決めるのは、次の3年で部長に求める役割である

後任選びがこじれる会社では、求める人物像に全部が入っている。締めを落とさず、監査対応ができ、部下を育て、システム移行を率い、決算を早め、FP&Aとも組める人。 この人物像に合う候補は、社内にも社外にもほとんどいない。そして合わない候補を比べるとき、評価の軸が人によって違うので、議論が終わらない。

そこで先に、次の3年で部長に求める役割を、安定運用と改革のどちらかに決める。 両方を同じ重さで求めない。

ここで言う安定運用は、今の締めの仕組みを落とさずに運用し、監査と税務に耐え、人の入れ替わりがあっても品質を保つ仕事を指す。改革は、締めの手順、システム、組織の分担のどれかを、3年のうちに作り替える仕事である。 冒頭の会社なら、S/4HANAへの移行と締めの日数の短縮があるので、改革である。

役割を決めるときは、3年間に部長が決裁する事項を書き出すと迷いにくい。移行の要件定義で標準に合わせるか作り込むか、手作業の工程を廃止するか、課の分担を組み替えるか。こうした決裁が並ぶなら改革で、並ばないなら安定運用である(コントローラー職を置くか、経理部長とFP&Aの間で宙に浮く数字の責任)。

締めを一番回せる人を部長に上げると、仕組みは今のまま固定される

決算を一番回せる担当者を部長に上げると、何が起きるか。本人の能力の問題ではなく、構造の問題として、今の仕組みが固定される。

理由は三つある。一つ目は、その人が今の締めの手順の作り手だということ。 手順のどこに無駄があるかは知っていても、それぞれに理由があったことも知っている。自分が作った工程を廃止する判断は、他人の工程を廃止するより重い。

二つ目は、部長になっても実務から抜けられないこと。 一番詳しい人が上に上がると、下にその代わりがいない。締めの山場になると、部長が自分で連結の精算表を直すことになる(経理マネージャーがプレイングマネージャーから抜けられない構造と移行設計)。改革に使うはずの時間は、締めに吸われる。

三つ目は、周りの期待が変わらないこと。 監査法人も、事業部も、困ったら元の課長に電話をかける。部長になった本人は、それに応えることで信頼を保ってきた。

したがって、安定運用が役割なら、内部昇格は最も筋のよい選択である。 仕組みを知り、関係者に信頼され、立ち上がりの時間がほとんど要らない。改革が役割なのに内部昇格を選ぶなら、本人の資質とは別に、改革に要る権限と支援を就任と同時に渡す必要がある。 移行や早期化の計画を外部の専門家と組む予算、課長の後任を就任前に決めて締めの実務を引き取らせること、そしてCFOが改革の決裁を部長に委ねると決裁権限規程に書くことである。

外から採ると、現場の実務の受け皿が空く

では改革が役割なら、外から経験者を採ればよいか。外部登用には、逆向きの穴がある。

外から来た部長は、他社で締めを作り替えた経験を持っていても、この会社の勘定の癖、事業部ごとの計上の慣行、過去に監査人と合意した論点を知らない。それを知っているのは、部長候補だった課長である。 外部の部長が改革を進めるほど、日々の締めを実際に担う人への依存は強くなる。

ところが、昇格を逃した課長の側には、動機が残りにくい。外から来た上司の下で、自分が作った手順が次々に変えられていく。 残る理由がなければ、1年以内に転職先を探し始めることもある(経理の中堅・次期リーダー層が辞める原因は、給与より決裁権限の狭さにある)。そうなると、外部の部長は、会社の暗黙知を持たないまま最初の年度決算を迎える。

外部登用を選ぶなら、現場の実務の受け皿を同時に用意する。 課長を締めの責任者として正式に位置づけ、締めの手順の変更には課長の合意を要件にする。報酬を管理職の階段だけでなく専門職の等級でも上げられるようにする(経理に専門職コースを置くか、管理職を経ないと報酬が上がらない設計の問題)。そして外部の部長には、最初の年度決算を見届けるまで大きな作り替えを始めないという段取りを、採用の時点で合意しておく(経理の即戦力採用が半年で失速する理由、前職の型を持ち込む経験者への対処)。

役割を先に決めると、選び方と一緒に用意するものが決まる
安定運用を任せる内部昇格を軸に選ぶ
締めを落とさず運用した実績、監査対応の中身、部下への引き継ぎの実績で選ぶ。就任と同時に、本人が抱えていた実務の後任を決め、部長が精算表を直さなくて済む状態にする。改革の課題が出てきたら、外部の専門家を期間限定で付ける。
改革を任せる外部登用も含めて選ぶ
作り替えた仕組みの具体と、途中でやめたものの理由で選ぶ。内部昇格なら、改革の決裁権限と予算を規程に書いて渡す。外部登用なら、締めを知る課長を実務の受け皿として正式に位置づけ、最初の年度決算までは作り替えを始めない。
内部か外部かは、役割を決めた後の手段の選択である。どちらを選んでも、候補者の資質だけでは埋まらない穴を、就任と同時に会社の側で埋める。

選考の軸を役割ごとに分ける

役割を決めたら、選考で見るものを分ける。同じ面接の質問で両方の候補を比べると、安定運用の実績を持つ人が、改革の役割でも高く評価されやすい。 実績は具体的に語れるが、改革の力は語りにくいからである(経理の中途採用面接で何を見るか、職務経歴書では分からない実務力の測り方)。

見るもの安定運用の役割改革の役割
過去の実績締めの遅延や開示の訂正を出さなかった期間、監査の指摘の件数と対応作り替えた工程・システム・分担の具体と、その前後の日数や工数
判断の記録見積りや会計処理の判断を、根拠とともに残してきたかやめると決めた業務と、反対した人をどう説得したか
人の扱い部下に締めの工程を引き継ぎ、自分が抜けても締まる状態を作ったか改革で役割が変わった人を、辞めさせずに移したか
確かめ方内部なら過去の締めの工程表と監査の記録、外部なら前職の上司への照会失敗した改革の説明を求め、何を変えれば成功したと考えるかを聞く

改革の役割で一番情報が多いのは、失敗の説明である。 うまくいった改革は環境のおかげでも語れるが、失敗した改革を具体的に分解して語れる人は、何が改革を止めるかを知っている。

交代の時期と重なりの期間を決める

最後に時期を決める。部長の交代は、年度決算の締めの途中に置かない。 3月決算なら、年度決算と定時株主総会が終わった後、第1四半期の締めが始まる前の6月下旬から7月上旬が、引き継ぐ人にとって一番負荷が低い(経理の異動と着任時期は決算カレンダーから逆算し、期首一斉の入れ替えを避ける)。

外部登用なら、前の部長との重なりの期間を、少なくとも一度の四半期の締めを含むように取る。 年度決算を見せたいなら、着任を前の年の秋にして、年度決算を前の部長と一緒に通す。定年の日付に合わせて機械的に交代させると、決算の途中で引き継ぐことになりやすい。

設例

売上高700億円の化学メーカー(3月決算、連結子会社9社)。経理部長の定年を1年半後に控え、社長は連結担当の課長の昇格を考えていた。 CFOは選考の前に、次の3年で部長が決裁する事項を書き出した。S/4HANAの要件定義で作り込みを認めるかどうかの判断が約40項目、月次決算を第8営業日から第5営業日にするための工程の廃止と前倒し、子会社の経理の本社集約の範囲。並んだのは改革の決裁で、役割は改革とした。 候補は社内の課長と、人材紹介会社を通じて会った他社の経理部長経験者2名だった。選考では、改革の役割に合わせて、作り替えた仕組みと失敗した改革の説明を全員に求めた。社内の課長は、自分の作った連結の手順のどこを捨てるかについて具体的に語れず、本人も「締めを守る側のほうが向いている」と話した。 外部の候補の一人は、前職で決算を第9営業日から第5営業日に縮めた経緯と、途中で断念した子会社の経理の集約について、断念の理由を三つに分けて説明した。会社はこの候補を部長として採用した。同時に、課長を連結・開示の責任者として正式に位置づけ、締めの手順の変更には課長の合意を要件とし、専門職の等級を新設して課長の報酬を管理職と同じ水準に上げた。 新しい部長は前年の10月に着任し、年度決算を前の部長と一緒に通した後の6月に正式に交代した。着任から最初の年度決算までは、工程の作り替えには手を付けず、課長と締めの工程表を一行ずつ読み直すことに使った。交代から2年後、月次決算は第5営業日で締まるようになり、課長は在籍を続けて、S/4HANAの移行では連結の要件定義の責任者を務めた。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、候補者の名前より先に、次の3年で部長に求める役割を一つに決める。 内部統制の実施基準は、財務報告を支えるのに必要な能力を識別し、見直したうえで、人を確保・配置しているかを問う。能力が先で人が後である。3年間に部長が決裁する事項を書き出し、改革の決裁が並ぶなら改革、並ばないなら安定運用とする。両方を同じ重さで求める人物像は、選考を終わらせない。

第二に、役割ごとに選び方と同時に用意するものを決める。 決算を一番回せる人を上げると、今の手順の作り手であること、実務から抜けられないこと、周りの期待が変わらないことから、仕組みは今のまま固定される。安定運用なら内部昇格が筋がよく、改革を内部昇格で任せるなら権限と予算と実務の後任を就任と同時に渡す。外部登用なら、締めを知る課長を実務の受け皿として正式に位置づけ、報酬の道を用意し、最初の年度決算までは作り替えを始めない段取りを合意する。

第三に、選考の軸と交代の時期を分けて設計する。 改革の役割では、作り替えた仕組みの具体と、失敗した改革の説明で見る。交代は年度決算の途中に置かず、外部登用なら少なくとも一度の四半期の締めを含む重なりの期間を取る。

まとめ

部長の後任を誰にするかは、次の3年で部長が何を決裁するかを書き出した後でなければ決まらない。外から採るなら、締めを知る課長の位置づけと報酬、そして交代の時期を、採用と同時に決めておく。

最初の一手は、3年分の決裁事項の一覧を作り、そこに改革の決裁が並ぶかどうかを確かめることである。

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