連結決算の担当が辞めて8か月になる。人材紹介会社3社に求人を出し、書類は11件届いたが、面接に進んだ4人のうち2人は他社に決まり、残る2人は年収が折り合わなかった。 経理部長は人事部に、社内から異動で取れないかと相談する。人事部の答えは短い。経理への社内異動は前例がない。定期異動は来年4月で、各部門の要員計画はもう固まっている。 同じ週、事業部の営業管理課で受注から売上計上までを5年担当している社員が、上長との面談で、数字の仕事をもっとやりたいと話していた。その話は、経理部長のところには届いていない。

POINT
他部署から人を動かす手段としての「命令」は、法的にも実務的にも細くなっている。労働基準法施行規則の改正により、2024年4月1日から、労働契約の締結時(有期労働契約の更新時を含む)に、雇入れ直後だけでなく将来の配置転換を含めた就業場所と業務の変更の範囲を書面で明示することが求められている(厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」)。変更の範囲を経理以外の業務に限って書いて採用した社員を、命令だけで経理に動かす前提は立たない。判例も同じ方向にある。 最高裁第二小法廷は2024年4月26日の判決(滋賀県社会福祉協議会事件)で、労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと判断した(判旨の文言は、中央労働委員会が掲載する令和6年度関東地区労使関係セミナーの講演資料による)。限定の合意がある社員の職種を変えるには本人の同意が要り、厚生労働省の資料が紹介する福岡高裁2015年1月15日判決(西日本鉄道事件)は、その同意は労働者の任意によるものであることを要し、労働者が自発的に職種変更を申し出たのか、使用者の働き掛けにより不本意ながら同意したのかなどを総合考慮して慎重に判断すべきとしている。本人の応募から始まる社内公募は、この「自発的な申出」を最も説明しやすい形である。 一方で、制度の運用はまだ人事の年次行事に近い。日本労働研究雑誌No.774(2025年1月)の千野翔平氏の論考は、社内公募制度の導入率を2006年34.7パーセント(労働政策研究・研修機構の調査)、2022年42.2パーセント(リクルートマネジメントソリューションズの調査)と紹介し、リクルートワークス研究所の2022年の調査による応募時期を、年1回31.5パーセント、不定期25.5パーセント、年2回17.1パーセント、通年12.5パーセントとしている。欠員はいつでも出るが、公募の窓はたいてい年に一度しか開かない。

人事任せの公募が、経理の欠員を埋めない理由

社内公募の制度がある会社でも、経理の欠員が公募で埋まった例は多くない。制度がないからではなく、経理の欠員と制度の作りが噛み合っていないからである。

一つ目は、時期である。 年に一度の募集は、翌年度の組織を作るための仕組みで、期中に出た欠員を埋めるためには作られていない。冒頭の会社のように、4月の定期異動まで待てば、欠員は一年半になる。

二つ目は、募集する席の書き方である。 人事が作る求人票は「経理職(連結決算)」のような職種名になりやすい。他部署の社員にとって、連結決算は応募を考える対象にならない。 自分の経験のどこが使えるかが書かれていない募集には、手が挙がらない。

三つ目は、応募の事実が誰に伝わるかと、送り出す部門の扱いである。 千野氏の論考は、選考に人事部門が介入すると、手を挙げた応募者が異動の意向が人事部門に漏れることを恐れ、応募意欲が下がることが懸念されるとする一方、人事部門の介入には、現状から逃避するための安易な異動希望ではないかといった俯瞰的な視点から支援する役割があることも紹介している。人事に知られることさえ応募をためらわせるなら、応募が上長に伝わる運用で手が挙がらないのは当然である。 反対に、送り出す部門に何も知らせずに合格を出せば、事業部長は着任日を引き延ばして抵抗する。

四つ目は、着任後である。 同じ論考は、公募で希望が叶った人の中にも、異動後に仕事内容や上司からの期待が伝わらないことへの不満があり、転職の意向につながりうることを紹介している。受け入れる側が初日から90日の仕事を用意していない異動は、欠員を一時的に埋めて、半年後に別の欠員を作る。

公募で埋めるのは欠員の席ではなく、一段上げたあとに空く席

冒頭の欠員は連結決算の担当である。連結決算を、他部署から来た人に最初から任せることはできない。 ここで募集の対象を置き換える。

経理の中には、連結決算を担えるところまで来ている人がいることが多い。債権債務や固定資産、月次の定型仕訳を担当し、連結パッケージの回収を手伝っている中堅である。その人を連結決算に上げ、空いた席を公募する。 空いた席の仕事、たとえば売掛金の入金消込、売上の計上と照合、経費精算の点検、月次の定型仕訳は、取引の流れを知っている人なら短い期間で覚えられる。

他部署の側で候補になるのは、すでに会計の手前の数字を扱っている人である。 営業管理で受注から売上計上までを担当している人、購買で検収と請求書の照合をしている人、工場で原価の集計を手伝っている人、事業部で予算の取りまとめをしている人。彼らは仕訳のルールより先に、取引がどう起きて、どこで数字になるかを知っている。 異動してきた未経験者を育てるとき、取引の流れを先に理解させる順序が効くのと同じ理由で、この経験は初期業務に直結する(経理未経験者の育て方、他部署からの異動者を90日で戦力にする配置設計)。

したがって、募集の書き方も変わる。職種名ではなく、最初の90日に担当する業務と、どの経験が使えるかを書く。 「受注から売上計上までの流れを知っている方。最初の3か月は、入金消込と売上の照合を担当していただきます」。求人票に業務の粒度を書けない会社は、社外に出す求人票でも同じ問題を抱えている(経理の中途採用が決まらない原因は、給与より求人票と選考の遅さにある)。

送り出す部門とは、候補者の名前が出る前に原則を合意する

公募で最も揉めるのは、送り出す部門との調整である。揉める原因の多くは、調整を始める順序にある。 合格者が決まってから事業部長に話すと、議論は「なぜうちの彼なのか」という個人の話になり、断る理由はいくらでも出てくる。

順序を逆にする。 CFOが送り出しの可能性がある部門の担当役員と、候補者の名前が出る前に三つの原則を合意しておく。

第一に、応募の秘匿と人事の関与の範囲である。 応募の事実を知るのは、経理の選考担当と、人事の中で公募の窓口を務める1名に限る。人事の評価や定期異動を担当する者には、選考が終わるまで回さない。人事の窓口が受け持つのは、応募の動機が現職からの逃避だけではないかの確認と、処遇の格付けと契約内容の確認である。 千野氏の論考が紹介する人事の俯瞰的な支援の役割は、この範囲で残す。上長への連絡は内定後に本人から行い、その日を決めておく。第二に、着任日の決め方である。 経理の側の繁忙期だけでなく、送り出す部門の繁忙期も避け、引き継ぎ期間の上限を決めておく。3月決算の会社なら、経理の側で着任を避けるべき時期はおおむね決まっている(経理の異動と着任時期は決算カレンダーから逆算し、期首一斉の入れ替えを避ける)。第三に、送り出した部門の穴の埋め方である。 人件費の予算枠を異動とともに移すのか、送り出した部門に補充の枠を残すのか、期間限定の派遣を管理部門の予算で付けるのかを、あらかじめ決める。欠員の予算をどちらが持つかを決めないまま人だけを動かすと、送り出した部門の予実が良く見え、補充が後回しになる(採用できていない席の人件費予算、欠員による予算の余りが利益に見える問題)。

処遇の扱いも先に決める。異動によって等級や給与が下がる設計では、手を挙げる人はまず出てこない。 経理の職務等級の側で、前の部門での等級をどこに格付けるかの対応表を用意しておく(経理の職務等級と報酬テーブルを、年功から業務難易度へ組み替える手順)。そして、職種や業務の変更の範囲を限定して雇われている社員が応募してきた場合は、応募を受ける前に人事と契約の内容を確認する。

期中の欠員を社内公募で埋める手順は、人事の年次の募集とは別の経路で、経理が主導して運用する。
STEP 1
欠員の席を分解する
連結など高度な仕事は既存メンバーを一段上げて埋め、空く席の初期業務90日分を経理が書き出す
→
STEP 2
送り出し側の役員と原則を合意する
候補者の名前が出る前に、応募の秘匿、着任日の決め方、送り出した部門の穴の埋め方を決める
→
STEP 3
随時の公募を出す
職種名ではなく最初の90日の業務と使える経験を書き、応募は経理の選考担当と人事の公募窓口1名だけが知る
→
STEP 4
選考し、全員に理由を返す
不合格者にも何が足りなかったかを伝える。不合格の社員は元の部門で働き続ける前提で扱う
→
STEP 5
着任日を二つの繁忙期から決める
経理の決算カレンダーと送り出す部門の繁忙期の両方を避け、引き継ぎの上限日を置く
土台土台=欠員の期間の工数を、社外のスポット人材で先につないでおくこと。公募は数か月かかる。つなぎがないと、公募の合否より先に既存メンバーが疲弊する。
社内公募は人事だけの制度ではなく、経理が自ら運用する採用の経路の一つである。

選考の結果は、不合格者にも理由を添えて返す。千野氏の論考が紹介するリクルートワークス研究所の2022年の調査では、異動の希望が叶わなかった人の35.2パーセントが、結果について「いっさい説明はなかった」と答えている。 経理に応募して不合格になった社員は、元の部門で働き続ける。説明のない不合格は、その社員が次に手を挙げる先を社外に変える。 欠員のつなぎに外の人材をどう使うかは、別に設計しておく(経理の繁忙期に派遣やスポット人材が効く業務と、効かない業務の違い)。

設例

売上高520億円の精密部品メーカー(東証スタンダード上場、3月決算)。経理部は12名で、連結子会社は国内3社、海外4社。前年の9月に連結決算の担当者が退職し、人材紹介会社3社を通じた採用は8か月決まらなかった。 その間、連結は経理課長が兼務し、第3四半期の決算短信の開示は前年より4営業日遅れている。CFOは、連結の担当を外から採る計画をやめた。 代わりに、債権と固定資産を担当しながら連結パッケージの回収を手伝っていた入社7年目の社員を連結の担当に上げ、その社員の業務のうち、入金消込、売上の計上と照合、固定資産台帳の更新を、新しい席として切り出した。最初の90日の業務を経理課長が書き出し、求人票は「受注から売上計上までの流れを知っている方」で始めた。 人事部は定期異動の時期ではないことを理由に難色を示したが、CFOは営業本部長、製造本部長と先に三つの原則を合意した。応募は経理の選考担当と人事の公募窓口1名だけが知り、人事の窓口は応募の動機と処遇の格付けの確認だけを受け持ち、内定後に本人が上長に伝える。着任日は経理の4月から6月と、営業の3月の繁忙期を避け、引き継ぎは1か月を上限とする。送り出した部門には、半年間の派遣1名を管理本部の予算で付ける。 公募は5月の連休明けに社内のポータルに出し、応募は3名だった。営業管理課で受注から売上計上までを5年担当していた社員、購買課の検収担当、工場の原価係である。面接は経理課長と連結の担当に上がる社員が行い、営業管理課の社員を選んだ。 不合格の2名には、経理課長が面談で理由を伝え、原価係の社員には翌年の原価計算の担当の募集で声をかけると約束している。着任は7月1日。 入金消込と売上の照合は、前の部門で見ていた取引先の名前と取引の流れを知っていたため、2か月目にはほぼ一人でこなせるようになった。連結の担当に上がった社員は、第1四半期の決算から主担当になり、第2四半期の半期報告書の作成では遅れは出ていない。 翌年、同社は経理部の欠員を人事の年次募集とは別に随時公募できる規程を設け、原価係の社員はその最初の公募で経理部に移った。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、欠員の席をそのまま募集せず、既存メンバーを一段上げたあとに空く席を公募する。 連結決算のような高度な席を他部署から来た人に最初から任せることはできない。中堅を上げ、空いた入金消込、売上の照合、定型仕訳などの初期業務90日分を経理が自分で書き出し、職種名ではなく業務と使える経験で募集する。 候補は、営業管理、購買の検収、工場の原価、事業部の予算のように、すでに会計の手前の数字を扱っている人である。

第二に、送り出す部門とは、候補者の名前が出る前に原則を合意する。 応募を知る者の範囲と人事の関与の範囲、着任日の決め方、送り出した部門の穴の埋め方を、CFOと送り出し側の担当役員で先に決める。着任日は経理の決算カレンダーと送り出す部門の繁忙期の両方から逆算し、引き継ぎの上限日を置く。 人件費の予算枠と補充の扱いを決めずに人だけを動かさない。異動で等級や給与が下がらない格付けの対応表も先に用意する。

第三に、命令で動かせる範囲が狭くなっている前提で、本人の応募を起点にした経路を経理が自分で持つ。 2024年4月1日から労働契約の締結時に就業場所と業務の変更の範囲の明示が求められ、最高裁は2024年4月26日、職種や業務内容を特定のものに限定する合意がある場合、使用者はその労働者の個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと判断した。 限定の合意がある社員の職種変更に要る同意の任意性は、自発的な申出かどうかを含めて判断される。公募の窓は多くの会社で年に一度しか開かないので、期中の欠員には随時の公募を規程に置き、不合格者にも理由を返す。

まとめ

経理の欠員を公募で埋めるなら、欠員の席そのものではなく、中堅を一段上げたあとに空く席を募集する。送り出す部門とは候補者の名前が出る前に原則を合意し、不合格者にも理由を返す。

次の欠員に備えて今のうちにできるのは二つ。入金消込や売上の照合など、空きやすい席の初期業務90日分を書き出しておくことと、人事の年次募集とは別に随時公募できる規程を置くことである。

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