経理の中途を一人採りたい、と決めてから半年が過ぎた。求人は出した、人材紹介会社にも声をかけた。それでも応募はぽつぽつ、面接に進んでも辞退か見送りで一人も採れない。経理部長会議では毎回「やはり給与が市場に負けているのでは」という話に流れ、提示レンジを月三万上げる案が議題に上がる。だが本当にそこだろうか。応募が来ない、来ても決まらない会社の九割は、給与ではなく、求人票の書き方と選考の速度で自滅している。ここを直さずに給与だけ上げても、採れないうえに人件費だけ重くなる。

POINT
経理が採れない主因は給与ではない。第一に求人票の必須要件を盛りすぎて母集団を自ら消していること、第二に選考が遅くて他社に先を越されること、第三に任せる仕事が言語化されていないことだ。必須要件は三つに削り、残りは歓迎に落とせ。経理の転職市場は薄い。要件を下げて育てる前提に立った会社だけが採れる。これは妥協ではなく、薄い市場での勝ち方だ。

給与を上げる前に、まず自社の求人票を一枚、他責を捨てて読み直してほしい。おそらくそこに、応募が来ない理由がそのまま書いてある。

必須要件の盛りすぎが、母集団を自分で消している

いちばん多い失敗が、必須要件(MUST)の盛りすぎだ。連結決算の実務経験、税務申告書の作成経験、IPO準備の経験、日常英語でのコミュニケーション。これらを一つの求人票に「すべて必須」で並べる。書いた側は「全部できる人が来れば理想」というつもりだろう。だが求職者側から見れば、この四つを全部満たす経理人材は市場にほとんどいない。母集団をゼロに近づける設定を、自分の手でやっている。

冷静に考えたい。連結もでき、税務も分かり、IPOも経験し、英語も回せる経理——そんな人材は、いま在籍している会社が全力で引き留める。転職市場に出てくる確率は低いし、出てきた瞬間に大手やスタートアップのCFO候補として攫われる。中堅企業の一求人票が、その争奪戦に勝てるはずがない。必須要件を盛るほど、届かない層だけを狙い撃ちして、届く層を弾いている。

ではどうするか。必須要件は三つに削る。自社でその人にまず回してほしい業務を突き詰め、それを回すのに本当に外せない能力だけを残す。月次決算を任せたいなら「月次決算の主担当経験」が必須、あとは仕訳と勘定科目の判断ができること、その程度で足りることが多い。連結・税務・IPO・英語は、あれば嬉しいが入社後に育てられるか外部で補える。これらは全部「歓迎要件(WANT)」に落とす。必須を三つに絞るだけで、応募母集団は体感で数倍に広がる。要件を削ることは、採用基準を下げることではない。入口を広げて、面接という場で見極める設計に切り替えることだ。

経理採用は、母集団を広げてから選考で絞る設計に組み替える。
STEP 1
任せる業務の言語化
入社後まず回してほしい仕事を具体で書き出す。月次決算の主担当か、支払と債権管理か。ここが曖昧だと要件も選考もぶれる
STEP 2
必須を三つに削る
その業務を回すのに本当に外せない能力だけをMUSTに残す。連結・税務・IPO・英語は原則WANTへ落とし、母集団を広げる
STEP 3
選考を一週間で完結
書類は翌営業日、一次から最終まで一週間以内。薄い市場では速さがそのまま採用力になる
STEP 4
見極めは面接で行う
要件で弾くのでなく、実務ケースを一問出して判断力を見る。育てる前提で伸びしろを評価する
土台土台=育てる前提の採用観。経理の転職市場は薄い。完成品を待つのでなく、要件を下げて入社後に伸ばす前提に立った会社だけが、継続的に採れる。
採用は選抜でなく、母集団づくりと速度の設計である。

選考の遅さは、内定より前に候補者を失う

要件を直して応募が増えても、選考が遅ければ採れない。経理人材、とくに実務ができる層は、複数社を並行で受けている。ある会社の一次面接から二次面接まで一週間空けば、その一週間で他社が内定を出し、候補者は消える。給与で負けたのではない。速さで負けたのだ。しかも本人は「御社は反応が遅かった」とはわざわざ言わないから、失注の理由として記録にすら残らない。見えない敗因ほど、繰り返される。

現場の経理採用が遅くなる理由ははっきりしている。書類選考が部長の机で二、三日眠る。一次と二次の日程調整に社内の複数役員のカレンダーを突き合わせて一週間かかる。最終前に「念のためもう一人会わせたい」と面接が一段増える。一つひとつは善意の丁寧さだが、合計すると候補者を失うには十分な遅さになる。丁寧さと遅さは、外から見れば区別がつかない。

対策は単純だ。経理一名の中途採用は、書類は翌営業日までに合否を返す、一次から最終まで一週間以内に完結させる、と最初に決めてしまう。面接官の予定は採用を優先して押さえる。「役員全員に会わせる」は最終一回に集約する。速さは、候補者に「この会社は決断できる組織だ」というメッセージにもなる。経理という職種は組織の意思決定の速さを敏感に見ている。選考の遅い会社は、入ってからも稟議が回らない会社だと正しく見抜かれる。

業務が言語化されていない会社は、そもそも要件を書けない

もう一つ根深い問題がある。そもそも「その人に何を任せるのか」が社内で言語化されていないケースだ。現任者が長年こなしてきた業務が本人の頭の中にしかなく、求人票には「経理業務全般」としか書けない。この状態では必須要件を三つに絞ろうにも、何が必須かを特定できない。採れない以前に、採る対象を定義できていない。

これは採用の問題に見えて、実は業務設計の問題だ。裏を返せば、採用をきっかけに業務を棚卸しできる。いま経理で回っている作業を、月次決算・支払・債権管理・税務対応・経営数字の作成といった塊で書き出し、どれを新しい人に渡し、どれを現任者に残すかを決める。この線引きができて初めて、求人票の「任せる業務」と必須要件が具体で書ける。曖昧な求人票は、曖昧な業務理解の鏡だ。採用がうまくいかないとき、直すべきは提示給与ではなく、自社が仕事を説明できていないという事実のほうかもしれない。組織全体の人員構成と役割分担は経理組織の人員設計で構造から見直せる。

面接では要件でなく、判断力と伸びしろを見る

必須要件を三つに削ると、当然の反論が来る。「要件を下げたら、質の低い人まで通ってしまうのではないか」。ここに、要件削減が妥協だと誤解される核心がある。だが要件を削ることと、採用の質を下げることは別物だ。要件は入口の広さを決めるだけで、質の判定は面接でやる。入口で弾くのをやめ、面接で見極める——この移行を怖がると、いつまでも母集団の狭さから抜け出せない。

問題は、多くの経理面接が見極めになっていないことだ。職務経歴書をなぞって「連結の経験はありますか」「決算は何日で締めていましたか」と確認するだけの面接では、要件で弾くのと変わらない。経歴の答え合わせをしているにすぎない。見るべきは、経歴そのものではなく、その人が未知の状況でどう考えるかだ。経理の実務で本当に効くのは、知識量より、判断に迷ったときの筋の良さである。

だから面接では、実務ケースを一問ぶつける。たとえば「月次決算の最中に、ある取引先からの入金がシステム上どの請求にも紐づかない。金額も一致しない。あなたはまず何を確認し、締めをどう進めるか」。正解を当てさせたいのではない。何を疑い、どの順序で切り分け、締切とのバランスをどう取るかという思考の運び方を見る。ここに、その人の実務の地力と伸びしろが出る。連結を知らなくても、この筋が良い人は入社後に連結を覚える。逆に、経歴が立派でもこの筋が鈍い人は、新しい論点にぶつかるたびに手が止まる。要件で測れないこの一点を、面接という場は測れる。経理の評価軸そのものをどう設計するかは経理の評価制度の再設計とも通じる。

給与が全く無関係だと言いたいのではない。市場から明らかに外れた低い提示なら、当然そこも直す。ただ、応募が来ない・決まらない会社の多くは、給与が市場の中央付近にありながら、求人票と選考と見極めで負けている。順序の問題だ。まず入口を広げ、速く動き、面接で見極める。それでもなお採れないと確認できてから、給与を議論すればいい。多くの会社は、その手前で給与に逃げている。

「育てて採る」は妥協ではなく、薄い市場での勝ち筋

ここまでの三つ——要件を削る、選考を速くする、業務を言語化する——を貫く思想は一つだ。経理の転職市場は薄い、という現実を受け入れることである。営業やエンジニアと違い、経理の実務者が転職市場に大量に流通しているわけではない。とくに中堅企業が欲しい「月次を主担当で回せる経験者」は、常に売り手優位だ。完成品を市場価格で買おうとする限り、資金力のある大手に競り負け続ける。

だから戦い方を変える。完成品を待つのではなく、七割の人を採って自社で三割を伸ばす。連結ができなくても月次が回せる人を採り、連結は入社後に一つの決算を一緒に越えて覚えてもらう。要件を下げて育てる前提に立った会社は、母集団が広い分だけ採れるし、育てた人は市場から買った人より定着する。これは基準を甘くする妥協ではない。薄い市場で継続的に人を確保する、合理的な勝ち筋だ。育てる前提が持てるかどうかは、実は採用力そのものである。入社後にどんな経験を積ませて価値を上げるかは経理の市場価値と経験設計と一続きで設計したい。

育てて採ると決めたら、受け入れる側の準備も要る。要件を下げて採った人が三ヶ月で「思っていた仕事と違う」と辞めるのは、育てる設計がないまま入口だけ広げた結果だ。入社後に何をどの順で覚えてもらうか、最初の決算を誰が伴走するか、半年後にどこまで任せるか——この道筋を、採用を決める前に描いておく。育てる前提とは、掛け声ではなく、受け入れ計画のことだ。そこまで用意して初めて、広げた入口が定着に変わる。逆に言えば、この計画を描けない会社は、要件を下げても人を活かせないので、結局は完成品を高く買い続けるしかなくなる。

給与を三万上げる会議をもう一度開く前に、自社の求人票の必須要件を数えてほしい。四つ以上並んでいたら、そこが最初に直す場所だ。応募が来ないのは市場のせいでも給与のせいでもなく、たいてい自分たちの書き方と速度のせいだ。そこは、明日から自分の手で直せる。

まとめ
経理が採れない主因は給与ではなく、求人票と選考プロセスにある。第一に、連結・税務・IPO・英語を全部必須にして母集団を自ら消している——必須要件は三つに削り、残りは歓迎に落とす。第二に、選考が遅くて候補者を失っている——書類は翌営業日、最終まで一週間以内に完結させる。第三に、任せる業務が言語化されておらず要件が書けない——採用を機に業務を棚卸しする。根底にあるのは、薄い市場で完成品を待つ愚を捨て、七割を採って三割を育てる前提に立つことだ。これは妥協でなく、勝ち筋である。

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