経理の担当が長く固定されている会社で、「あの人がいないと支払が回らない」という状態は、たいてい褒め言葉として語られる。同じ状態を統制の側から見ると、資産に届く権限と記録を直せる権限が一人に揃い、しかもその人が休まないので誰も中身を見たことがない、という記述になる。信頼しているから任せている、という状態が、そのまま最大の穴になっている。 人を増やせないなら、増やさずに使える手段は三つしかない。連続休暇、担当のローテーション、そして一人に揃った権限を割る兼務解消である。
連続休暇で何が見えるのか
経理を舞台にした資産の流出は、一度実行して終わりになるものが少ない。架空の取引先への支払を続ける、消込を付け替えて残高の穴を翌月の入金で埋める、在庫の帳簿数量を毎月わずかに調整する。いずれも日々の手当てを前提にしている。手当てが止まった瞬間に、穴が表に出る。
連続休暇が検知の手段になるのはここだ。担当者が業務から離れている間、手当てをする人がいなくなる。埋め合わせの入金が起きず、消込の付け替えが止まり、翌月の残高照合で差異が残る。休暇そのものが不正を防いでいるのではなく、手当てが途切れる期間を人為的に作っているにすぎない。
したがって、次のような運用は形だけになる。担当者が休んでいる間、その人の仕事が誰にも触られず溜まっているだけ。休暇中に本人がリモートで処理している。休暇の日程を本人が自由に選べて、決算月や支払日を避けて設定できる。どれも手当てが途切れないので、検知の効果はほぼ出ない。
効かせるには三点を揃える。連続していること。業務を他人が実際に回すこと。そして時期を本人が選べないこと。三つ目が最も抵抗を受けるが、最も効く。
法令の根拠はない。だから規程に書き、労働基準法の道具を使う
連続休暇制度は、一般事業会社について法令が求めているものではない。だからこそ社内規程に書かなければ運用されない。ただし、休ませる側の道具は労働基準法にすでに用意されている。
年次有給休暇は、原則として労働者の請求する時季に与えるものとされている(労働基準法第39条第5項本文)。ただし同項ただし書は、請求された時季に与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には他の時季に与えることができるとしている。さらに第39条第6項は、労働者の過半数で組織する労働組合または過半数代表者との書面による協定により、有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、5日を超える部分について、第5項にかかわらずその定めにより与えることができるとしている。いわゆる計画的付与である。加えて第39条第7項により、有給休暇の日数が10労働日以上である労働者について、そのうち5日は基準日から1年以内の期間に、使用者が労働者ごとに時季を定めて与えなければならない。
整理すると、休暇の時季を会社側が決める仕組みは、労使協定という手続を踏めば正面から使える。連続休暇制度で新たに作るのは権限ではなく、その権限を経理の統制目的に向ける社内ルールのほうだ。 「本人が休みたがらない」を理由に運用されない会社は、道具がないのではなく、道具を規程に落としていない。
規程に書くのは四つでいい。
- 対象を、人ではなく職務で指定する(出納、支払処理、債権消込、マスタ登録など)
- 連続日数と、営業日での数え方(土日を含めるかで実質の長さが倍違う)
- 休暇期間中に代行者が実際に処理する業務の一覧
- 実施記録の様式、保存先、保存年限
一つ目が要になる。人で書くと「今回は繁忙なので免除」が毎年通る。職務で書けば、その職務に就いている限り全員に等しく適用され、個人への疑いという受け取られ方にならない。
三つの打ち手は、効き方も壊れ方も違う
三つのうち、基準が明示的に求めているのは三つ目だけである。財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準は、統制活動について、経営者は不正または誤謬等の行為が発生するリスクを減らすために各担当者の権限及び職責を明確にし、その際、職務を複数の者の間で適切に分担または分離させることが重要だとしたうえで、取引の承認、取引の記録、資産の管理に関する職責をそれぞれ別の者に担当させることにより、それぞれの担当者間で適切に相互牽制を働かせることを例示している(金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準の改訂について(意見書)」)。
同じ箇所には、もう一つ見落とされやすい記述がある。適切に職務を分掌させることは、業務を特定の者に一身専属的に属させることにより、組織としての継続的な対応が困難となる等の問題点を克服することができる、というくだりだ。分掌は不正対策であると同時に、継続性の対策でもある。人がいないから分掌できないと言っている会社は、不正リスクと業務継続リスクを同時に放置していることになる(属人化した決算を組織知に変える 担当者が辞めても締まる引き継ぎ設計)。
ローテーションは「全員を毎年」より「資産に届く職務を数年で」
担当替えの制度設計でよく失敗するのが、範囲の広げすぎだ。経理全員を毎年入れ替える制度は、二年目で止まる。習熟のやり直しが重すぎて、決算が遅れるからだ。
絞り込みの基準は、資産に届くかどうかに置く。出金の実行、振込先マスタの登録・変更、入金消込、在庫の実地棚卸の取りまとめ、固定資産の除却処理。このあたりに就いている職務だけを対象にし、周期は二年から三年で設計する。それ以外の職務は、ローテーションではなく手順書と相互レビューで受ける。
周期を決めたら、引き継ぎの様式も決めておく。引き継ぎが口頭で行われると、前任のやり方は前任のまま次の人へ渡り、第三者の目に晒される機会が消える。最低限、前任が使っていたファイル、取引先ごとの例外的な処理、システムに残っていない手作業の一覧を書面にする。これは統制の話であると同時に、経理組織の機能配置の話でもある(経理組織の最適人数と機能配置 月次・連結・税務をどう分担するか)。
実施しただけでは統制にならない。証跡を四点で残す
連続休暇もローテーションも、実施しただけでは監査の場で統制として扱われない。証拠が残らないからだ。残すのは四点でいい。
- 対象職務(人名ではなく職務名。人名は別欄に併記する)
- 実施期間(実日付。予定日ではなく、実際に離れていた日)
- 代行者の氏名
- 代行期間中に代行者が実際に処理した業務と、その件数
四点目が抜けている記録が非常に多い。休暇簿を出しても、その期間にその業務を誰が回したかが書かれていなければ、統制が機能したことの証拠にならない。逆にこの四点が揃っていれば、少人数で兼務が残っていても、代替統制として説明できる(少人数経理の職務分掌|3〜5人でどこまで内部統制を効かせられるか)。記録の様式と更新頻度を最初に決めておくと、翌年以降の運用が軽くなる(J-SOX財務報告内部統制:3点セットを形骸化させない更新運用の実務)。
「信頼しているから任せている」への答え方
この手の制度を提案すると、必ず「あの人を疑うのか」という反応が返ってくる。ここで議論を人の話に持ち込ませないための材料が二つある。
一つ目は、対象を職務で指定していること。特定の個人を選んでいるわけではなく、その職務に就いた人全員に等しく適用される。次に就く人にも同じルールが適用されると説明できれば、疑いの話ではなくなる。
二つ目は、上位者も対象になるということだ。2023年に改訂された内部統制の基準と実施基準では、内部統制を無視または無効ならしめる行為について、当該行為が経営者以外の業務プロセスの責任者によってなされる可能性もあることが示されている。承認者が経理部長であるという事実は、それ自体では統制にならない。上長が承認しているから大丈夫、という説明が効かない領域があることを、基準の側が明示している。
法令の側からも一つ。会社法第432条第1項は、株式会社は法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならないと定めている。記帳できる人が社内に一人しかいない状態は、不正の問題である前に、この義務の履行がその一人の出勤に依存している状態でもある。休ませられない理由を説明する側が、実はこの点を説明できていない。
人を増やせない前提で、経路を途切れさせる
少人数の経理で不正のリスクを下げられるかは、人数ではなく、一人で完結する経路が途切れる瞬間があるかで決まる。兼務解消はその経路を恒久的に断つ手段で、連続休暇とローテーションは、断てないまま経路を一時的に途切れさせる手段だ。効き始める時間が違うだけで、どれか一つを選ぶ話ではない。
着手するなら、順序は決まっている。まず対象職務を四つか五つ書き出す。次に、その職務に人ではなく職務名で連続休暇を設定し、代行者を決める。そのうえで、代行者が実際に処理した件数まで記録に残す。ここまでを一年回してから、ローテーションと兼務解消の議論に入る。制度を全部同時に入れようとする会社ほど、何も入らないまま翌年になる。



