経理課長が来春に子会社の経理部長として出向することになり、後任を決める段になった。候補は係長が2人と、主任が1人。 3人とも仕事は速く、月次の締めの主要な作業を担っている。固定資産、売掛金、連結のパッケージの作成は、それぞれの担当の中で完結していて、ミスも少ない。経理部長は、3人に、課の全体の試算表を渡して、気になる勘定を三つ挙げてほしいと頼んだ。 返ってきたのは、3人とも自分の担当の勘定だった。担当の外の数字を、どこから疑えばよいのかを知らなかったのである。 経理部長は、3人の力が足りないとは思わなかった。そういう経験をさせてこなかった、と思った。

POINT
経理の係長や主任の多くは、作業の一番手として評価されて昇格してきた。自分の担当の仕訳を正確に速く起こし、締めの期限を守る。 ところが課長の仕事の中心は、自分で作業することより、他人が作った数字を見て、誤りや異常に気づくことにある。作業の技能と、レビューの技能は、別の技能である。 作業は手順を覚えれば速くなるが、レビューは、何が起きていれば数字がどう動くかの見当を、担当の外の勘定についても持っていなければできない。内部統制の上でも、経理の統制の多くは誰かのレビューで成り立っている。 残高の明細の確認、手入力の仕訳の承認、締めのチェックリストの確認。承認の印だけが残り、何を見たかが残っていないレビューは、監査で指摘の対象になりやすい。レビューのできる人を育てることは、育成の課題であると同時に、統制の品質の課題でもある。

係長が作業の一番手であり続けると、課長候補は育たない

係長が作業の一番手に置かれる理由は、はっきりしている。締めの期限に間に合わせるには、最も速い人に最も重い作業を任せるのが効率がよいからである。 月次の締めを5営業日で回している組織ほど、この配置から抜けにくい。

締めは速くなる。だが、代わりに失うものがある。係長が他人の数字を見る時間である。 自分の担当の勘定の誤りには気づけても、隣の担当の勘定に何が起きているかは知らない。課長が一人で全体を見ていて、課長が抜けると誰も全体を見られなくなる。冒頭の経理部長が直面したのは、この状態である。

管理職に上がった後で、作業からレビューへの切り替えを求めても遅い。課長になったばかりの人は、自分で作業を抱え込み、プレイングマネージャーから抜けられなくなる(経理マネージャーがプレイングマネージャーから抜けられない構造と移行設計)。レビューの技能は、係長や主任のうちに、作業と並行して積ませる必要がある。

任せる順番は、残高、仕訳、締めの全体、人の順にする

レビューには、易しいものから難しいものまで段階がある。任せる順番は、見る対象が狭く、正解が確かめやすいものから始める。

一段目は、担当外の勘定の残高の明細である。 月次の勘定の分析で、残高の内訳を証憑や補助元帳と突き合わせ、前月や前年と比べて動いた理由を確かめる。正解が明細と証憑の中にあるので、見落としたかどうかを後から確かめやすい。 残高の確認の手順そのものは、決まった型で回せる(勘定残高の証憑突合と明細レビュー、四半期レビューに耐える残高保証の手順)。

二段目は、他人の手入力の仕訳の承認である。 金額の基準を決め、たとえば1件500万円未満の手入力の仕訳の承認を係長に任せる。仕訳の承認は、残高の確認より難しい。起票した担当の説明が正しいかを、根拠の資料と勘定の性質から判断しなければならないからである。

三段目は、締めの全体の確認である。 締めのチェックリストの進み具合と、試算表の全体の動きを見て、どこに誤りがありそうかの見当をつける。冒頭の経理部長が3人に頼んだのは、この段の仕事だった。四段目は、人の仕事の確認である。 後輩が作った手順書を読み、抜けや、担当者にしか分からない書き方を指摘する。

担当外の勘定の割当ては、1年ごとに回す。同じ勘定を何年も見続けると、その勘定はレビュアーにとって第二の担当になり、見慣れた誤りしか見えなくなる。 売掛金の次は未払費用、その次は引当金というように、性質の違う勘定を順に経験させる。期末の見積りを含む勘定は、最後に回す。 残高の正しさを証憑だけでは確かめられず、見積りの前提を疑う力が要るからである。

係長の役割を、作業の一番手から、担当外の勘定のレビュアーへ移す。
BEFORE
作業の一番手
最も重い作業を最も速く処理する。自分の担当の勘定は完璧だが、隣の勘定に何が起きているかは知らない
→
AFTER
担当外のレビュアー
自分の作業を一部手放し、担当外の勘定の残高と他人の仕訳を毎月レビューする。見つけた誤りを記録に残す
作業の一部を手放す分、締めの速さは一時的に落ちる。その代わり、課長が抜けても全体を見られる人が残る。

昇格の条件に、担当外のレビューの実績を入れる

育成の順番を決めても、評価と昇格の仕組みが作業の速さを見ていれば、係長は作業に戻っていく。課長への昇格の条件に、担当外の勘定を月次でレビューした実績を入れる。

実績の中身は、期間と範囲で定める。 たとえば、担当外の勘定を三つ以上、6か月以上続けて月次でレビューし、その記録が残っていること。手入力の仕訳の承認を一定の期間担ったこと。期間を定めるのは、一度きりの確認では、季節の動きや期末の特殊な仕訳を見る経験にならないからである。

レビューに使う時間は、作業の割当てから差し引いて作る。 係長の作業を主任や担当者に一部移し、その分の時間をレビューに充てる。移す作業は、手順書が整っているものから選ぶ(経理の属人化を解消する手順、担当者が替わっても締まる標準化)。移した直後は締めが遅れることがある。 その遅れを、育成の費用として経理部長が引き受けると決めておく。

レビューで見つけた誤りを記録し、育成の材料にする

レビューの技能は、見つけた誤りの記録で育つ。係長がレビューで見つけた誤りを、指摘の台帳に一件ずつ残させる。 残すのは、勘定、金額、誤りの内容、どう気づいたか、原因の四つか五つで足りる。

台帳の中で最も価値があるのは、どう気づいたかの欄である。 前月と比べて残高が増えていた、取引先の名前に見覚えがなかった、摘要と勘定が合っていなかった。気づき方が言葉になると、他の係長や主任に渡せる。 月に一度、係長と主任で台帳を読み合わせ、気づき方を共有する。

台帳は、レビューの品質も映す。 何か月も指摘がゼロの係長がいれば、それは数字がきれいなのでなく、レビューが形だけになっている兆候のことが多い。その場合は、過去の台帳にある誤りを再現した練習用の明細を渡し、見つけられるかを確かめる。 本番の帳簿にわざと誤りを入れることはしない。

課長の側も、レビューの結果を毎月いくつか抜き出して見直す。 係長が問題なしとした明細のうち、金額の大きいものや動きの大きいものを数件選び、課長が自分でも確かめる。ここで係長の見落としが見つかれば、それが最も効く育成の場面になる。 同じ明細を二人が同じ手順でなぞるだけの二重のチェックは、誤りを止めにくい。課長は係長と違う角度から見る(決算レビューの二重チェックが形骸化する原因、再計算では止まらない誤り)。

指摘の台帳は、面談の材料にもなる。どの勘定で気づけて、どの勘定で気づけなかったかを見れば、次に任せる勘定が決まる(経理財務の1on1とキャリア面談の進め方、締めに追われる組織で育成時間を作る)。

設例

機械部品のメーカー(売上高300億円、3月決算)。経理課は12人で、係長が2人、主任が3人いた。 課長の出向が決まったとき、後任の候補の3人は、いずれも担当外の勘定のレビューをしたことがなかった。経理部長は、課長の出向を半年遅らせてもらい、その間に三つを変えた。一つ目に、係長と主任に、担当外の勘定を三つずつ割り当て、月次の残高の明細のレビューを任せた。 二つ目に、1件300万円未満の手入力の仕訳の承認を、2か月目から係長に移した。三つ目に、指摘の台帳を作り、勘定、金額、誤りの内容、気づき方、原因を残させた。 レビューの時間を作るため、係長の作業のうち、固定資産の月次の償却の確認と、経費精算の仕訳の確認を主任に移した。最初の2か月、締めは5営業日から6営業日に延びた。半年で台帳には41件の指摘が残り、そのうち9件は、前年の期末から続いていた計上の誤りだった。 気づき方の欄を読み合わせると、前月比の動きから気づいたものが半分を超え、摘要と勘定の不一致から気づいたものが続いた。後任の課長には、指摘の件数ではなく、担当外の勘定で気づいた指摘の多さと、その気づき方の幅から、係長の一人を選んだ。 課の規程を改め、課長への昇格の条件に、担当外の勘定の6か月以上のレビューの実績を加えた。締めは4か月目に5営業日に戻った。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、係長と主任に、担当外の勘定のレビューを任せる。 順番は、残高の明細、手入力の仕訳の承認、締めの全体の確認、後輩の手順書の確認の順にする。レビューの時間は、作業の一部を下の層に移して作り、その間の締めの遅れは経理部長が引き受ける。

第二に、課長への昇格の条件に、担当外のレビューの実績を入れる。 担当外の勘定を三つ以上、6か月以上続けて月次でレビューし、記録が残っていることを条件にする。

第三に、レビューで見つけた誤りを台帳に残し、育成の材料にする。 最も大事なのは気づき方の欄で、月に一度、係長と主任で読み合わせる。指摘ゼロが続くレビュアーには、過去の誤りを再現した練習用の明細で、見る力を確かめる。

まとめ

作業が速い係長を課長に上げても、他人の数字のどこを疑えばよいかを知らなければ、課長は一人で作業を抱え込む。作業とレビューは別の技能なので、係長や主任のうちに、担当外の勘定の残高から順にレビューを任せる。

昇格の条件にレビューの実績を入れ、見つけた誤りと気づき方を台帳に残す。台帳は、育成の材料であると同時に、レビューという統制が形だけになっていないかを確かめる記録にもなる。

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