買収が2件続き、海外の子会社は3年で3社から9社になった。連結を担当する経理は5人で、英語のやり取りを苦にしないのは、海外駐在の経験がある課長だけである。四半期の締めのたびに、子会社への問い合わせは課長の机に集まり、残りの4人は課長の返事を待っている。 経理部長は、5人全員をオンラインの英会話とビジネス英語の講座に通わせる予算を申請した。1人あたり年40万円、合計200万円である。CFOは、金額に異論はなかった。ただ、決裁の前に、直近の四半期に子会社と交わしたメールを全部見せてほしいと頼んだ。312通を読んでわかったのは、英語で困っているメールがほとんどないことだった。 困っていたのは、聞いた内容に対して、子会社が違うものを答えてくる往復である。
子会社との往復を、四つに分類して数える
英語が不安だという声は、本人の実感としては正しい。ただ、不安の原因が語学にあるかどうかは、やり取りの中身を数えるまでわからない。 だから数える。 直近の1四半期分のメールと、連結パッケージの差戻しの記録を集め、問い合わせを四つに分ける。
一つ目は、科目の中身の確認である。 その他の流動資産に何が入っているか、販売費のうち運賃はいくらか、前期から増えた理由は何か。子会社の科目と本社の科目の対応が決まっていないために起きる往復で、たいていこれがいちばん多い。
二つ目は、会計方針の差の確認である。 棚卸資産の評価の方法、固定資産の耐用年数、引当金の計上の基準、収益を計上する時点。現地の基準と本社の方針のどこが違い、いくら修正するかを確かめる往復である。
三つ目は、期日と様式である。 提出が遅れている、検証の式でエラーが出ている、内部取引の残高が相手の会社と合わない、といった督促と差戻しがここに入る。
四つ目は、交渉と説明である。 現地の監査人との見解の相違、現地の経営者への方針の説得、不正の疑いがある取引の聞き取り。相手の反応を見ながら言い方を変える必要があり、定型の文では済まない。
冒頭の会社では、312通のうち、一つ目が138通、二つ目が71通、三つ目が84通、四つ目が19通だった。語学研修で良くなる見込みがあるのは、四つ目の19通である。 前の三つは、5人全員の英語が上達しても、件数が減らない。聞く側の英語が正確になっても、科目の対応が決まっていなければ、子会社は自分の科目の理解で答えるからである。
現地基準と本社方針の差は、定義の問題である
二つ目の往復が長引く理由を、もう少し見ておく。連結の担当者が子会社に聞いているのは、英語の文としては単純なことである。 この在庫の評価損はどの基準で計上したか。この開発の支出を資産にしているか。一行で書ける。
難しいのは、答えを読むところにある。子会社が、現地の基準に従って計上していると答えたとき、その現地の基準が本社の方針とどう違うのかを知らなければ、修正が要るかどうかを判断できない。ここで足りないのは英語の語彙ではなく、会計の知識である。 開発の支出を例に取る。国際財務報告基準は、定められた要件をすべて立証できる開発局面の支出を無形資産として認識することを求めるが、日本基準は研究開発費をすべて発生時の費用とする。実務対応報告第18号が修正を求める項目に研究開発費を挙げているのは、この差があるからである。差を知っている担当者は、資産に計上した開発費の当期の増加額と償却額を聞く。知らない担当者は、無形資産の増加の理由を聞き、長い説明を受け取って、読むのに苦労する。
子会社が、国際財務報告基準でも米国会計基準でもない現地の基準で帳簿を付けている場合は、さらに手間がかかる。どの基準に組み替えて連結に取り込むのかを、子会社ごとに決めておかなければならない。 買収で加わった子会社では、買収前の親会社の方針が残っていることもある。二つの基準で数字を持つ負荷を減らす考え方は、海外親会社・ファンド向け報告と自社決算の二重締め、基準差の読み替えを工程に組み込むで扱った。向きは逆だが、差を科目の単位で一覧にするという手順は同じである。
子会社ごとに、会計方針の差の一覧を作る。 論点、現地での処理、本社の方針、修正の要否、修正額の出し方、子会社から毎期もらう数字。この一覧があれば、四半期ごとの問い合わせは、一覧にある数字を埋めてもらう依頼に変わる。一覧は日本語と英語を並べて書き、子会社の経理責任者に内容を確かめてもらう。作るときに一度、時間をかけて英語で議論する必要がある。その一度のために、英語のできる人の時間を使う。
報告の様式と勘定科目の定義を、先にそろえる
一つ目と三つ目の往復は、様式と定義で減らせる。研修の予算より先に、ここに時間を使う。
勘定科目は、グループ共通の科目の表を一つ作り、子会社の科目との対応を決める。大事なのは、科目の名前を訳すことではない。科目ごとに、何を入れ、何を入れないかを、例を付けて英語で書くことである。 販売費に入れる運賃は、顧客への出荷の分だけか、拠点の間の移動も含むか。定義が書かれていれば、子会社は迷わず、本社は聞かずに済む。子会社が同じERPを使っているなら、科目の体系そのものをそろえる選択もある(SAP移行を機に勘定科目体系(COA)を再設計し、全社で数字の意味をそろえる)。
連結パッケージには、提出の前に子会社の側で確かめられる検証の式を入れる。貸借の一致、前期末の残高との連続、内部取引の相手先の入力漏れ。増減が一定の率を超えた科目には、理由の記入を必須にする。理由の欄には、選択肢を先に用意する。自由に書かせない。 数量の増加、単価の変動、為替、組織の変更、会計処理の変更、その他。選択肢で済めば、子会社は英語の文を書かずに済み、本社は読まずに済む。パッケージの設計と回収の進め方は、連結パッケージの設計と回収、子会社の提出を遅らせない様式と期日にまとめてある。
残る問い合わせには、定型の文を用意する。過去の往復を読めば、よく使う問いは30ほどに収まる。 英語のできる人が一度整え、文例として部内で共有する。定型の読み書きなら、翻訳の道具の助けも借りられる。5人が待っていたのは、課長の頭の中にある、何をどう聞けば通じるかという型だった。型を紙に出せば、待つ理由はなくなる。
英語が本当に要る場面には、少数に厚く投資する
四つ目の往復は、様式では減らない。現地の監査人との見解の相違、現地の経営者への説得、不正の疑いの聞き取り、買収した直後の統合。 これらは、相手の言い分を聞き、その場で言い返し、合意を作る仕事である。メールの文面を整える力では足りず、会議で話せる力が要る。
ここへの投資は、全員に薄く配らない。5人のうち2人を選び、厚く投資する。 課長1人に頼っている状態は、課長の異動や退職で止まる。もう1人を、2年かけて交渉の場に出られるところまで育てる。方法は、語学の講座だけではない。子会社への出張に同行させる、現地の経理責任者との月次の会議を任せる、期間を区切って現地に出す。会計の中身を英語で話す経験は、講座では得にくい。
採用で補う場合も、求める力をこの場面から書く。英語の試験の点数で募集すると、会計の議論ができない人が来る。 現地の監査人と見解が分かれた経験、買収した会社の経理を統合した経験を、面接で具体的に聞く。子会社の経理をどこに置き、誰に報告させるかという組織の設計は、海外子会社の経理は誰の部下か、現地社長と本社CFOのレポーティングラインと子会社の経理をどう配置するか、本社集約・出向・現地採用の判断基準で扱った。
残りの3人には、語学より先に、会計の中身を学ぶ機会を出す。国際財務報告基準と日本基準の主な差、自社の子会社がある国の基準の特徴、自社の方針の差の一覧の読み方。不安の正体は、聞かれたことに答えられないことで、その多くは会計の知識で消える。 評価の項目に入れるなら、担当する子会社の方針の差を説明できることを置く。英語の点数は置かない。
電子部品の商社(売上高890億円、3月決算)。海外の子会社は、買収で3年のうちに4社から11社に増えた。 連結の担当は6人で、四半期ごとに子会社と交わすメールは約400通、締めの後の差戻しは平均で2.3回だった。経理部長は、6人全員の英語研修として年240万円を申請した。CFOは決裁を保留し、1四半期分のやり取りを分類させた。科目の中身の確認が45パーセント、会計方針の差の確認が22パーセント、期日と様式が27パーセントで、交渉と説明に当たるものは6パーセントだった。 会社は、研修の予算をいったん止め、半年をかけて三つを作った。グループ共通の科目の定義書(日本語と英語の併記)、11社それぞれの会計方針の差の一覧、連結パッケージの検証の式と増減理由の選択肢である。定義書と差の一覧は、英語のできる課長と外部の専門家が、各社の経理責任者とオンラインの会議で確かめた。外部の専門家への支払は180万円だった。翌年の同じ四半期、メールは約170通に減り、差戻しは平均で0.8回になった。 そのうえで会社は、6人のうち2人を選び、現地の経理責任者との月次の会議を任せ、1人を半年間、東南アジアの統括拠点に出した。残りの4人には、国際財務報告基準と日本基準の差の講座を受けさせた。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
語学研修の決裁の前に決める三つ
第一に、子会社とのやり取りを、1四半期分、四つに分類して数える。 科目の中身、会計方針の差、期日と様式、交渉と説明。語学で良くなるのは四つ目だけである。
第二に、研修より先に、様式と定義をそろえる。 グループ共通の科目の定義書、子会社ごとの会計方針の差の一覧、パッケージの検証の式と増減理由の選択肢、定型の文例を作る。
第三に、英語への投資は、交渉の場に出る少数に厚く配る。 出張への同行、月次の会議、現地への派遣を組み合わせる。残りのメンバーには、基準の差を学ぶ機会を先に出す。



