経理DXを進めようとして、まず人事に「ツールに強い人を採ってくれ」と頼む。これが多くの会社でつまずく入口だ。RPAやBIツールを触れる人を一人入れれば前に進む、という発想は、経理DXを「IT人材調達の問題」に矮小化している。だが現場で本当に効くのは、業務知識とIT素養の掛け算だ。決算が分かる人にデジタルの素養を足すほうが、外から来たIT人材に決算を覚えてもらうより、たいていは速い。本稿は、その内製が効く条件を「業務理解の深さ」という一本の線で引き直す。

POINT
経理DXの推進役は「ツールに強い人」ではなく「業務知識×IT素養」の掛け算で決まる。外から補充しにくい業務知識を持つ既存メンバーにIT素養を足す内製が、たいてい最速の一手になる。

なぜ「ツールに強い人を採る」だけでは動かないのか

経理DXの正体は、ツールの導入ではなく業務プロセスの組み替えだ。仕訳の起こし方、締めの段取り、誰がどの数字に責任を持つか――この設計図が頭に入っていない人がツールだけ握っても、自動化する対象そのものを定義できない。RPA(決まった操作を自動で繰り返す仕組み)に「この作業を任せたい」と指示するには、その作業がなぜ存在し、どこで判断が割れるかを分かっている必要がある。ここを外注やツール担当に丸投げすると、現場が回避策を知っている例外処理が抜け落ち、動かないロボットが量産される。

採用市場の現実もこれを後押しする。ツールに強い即戦力は、いま市場で最も奪い合いになっている資源だ。採れても報酬は高く、柔軟な働き方を求め、競合に流れやすい。採用一本で経理DXを進めようとすると、最初の一手から最も枯れた資源を取りに行くことになる。

即戦力IT人材は最も枯れた資源
62.1%
DX人材が「大幅に不足」と回答
IPA「DX動向2024」2023年度・対前年で増加
約79万人
IT人材の最大不足見込み
経済産業省委託調査・2030年時点の試算

業務知識×IT素養――足し算ではなく掛け算で見る

ここで切り口を変えたい。経理DX人材を「業務知識」と「IT素養」の二軸で捉え、足し算ではなく掛け算で評価する。どちらかがゼロに近ければ、もう一方がいくら高くても積は小さい。決算を知らないIT巧者も、Excelしか触れない経理ベテランも、単体ではDXの推進役になりきれない。

DX推進役の力は二要素の掛け算で決まる。
業務知識
×
IT素養
=
DX推進力
どちらか一方がゼロに近いと、もう一方が高くても積は小さい。

重要なのは、この二つを「ゼロから身につける難しさ」が対称ではない点だ。簿記や決算、内部統制、税務といった業務知識は、体系化されているように見えて、実務では暗黙知の塊だ。なぜこの会社はこの順で締めるのか、どの勘定科目に判断の癖があるのか――こうした文脈は、何度も決算を回して初めて身体に入る。一方、IT素養は習得の足場が比較的整っている。ノーコードのツール、BI(データを集計・可視化する仕組み)、業務で使う範囲のSQLは、教材も動かす機会も豊富で、業務を分かっている人ほど「何を自動化したいか」が明確なぶん吸収が速い。

二要素は「後から身につける難しさ」が非対称だ。
補充しにくい業務知識
習得期間
暗黙知
教材の整備
締めの順番や科目の判断の癖は暗黙知の塊。何度も決算を回して初めて身体に入り、年単位を要する。
後付けしやすいIT素養
習得期間
暗黙知
教材の整備
ノーコード・BI・業務範囲のSQLは教材も場も豊富。業務を分かる人ほど「何を自動化したいか」が明確で吸収が速い。
補充しにくい業務知識を持つ側に、後付けしやすいIT素養を足すのが筋。

つまり、足すべき方向は決まっている。業務知識という、外から補充しにくく、習得に年単位を要するほうを既に持っている既存メンバーに、後付けしやすいIT素養を載せる。これが「内製優位」の論拠だ。

二つの育成ルートは、難所をどちらに課すかが正反対。
BEFORE
外部IT人材に業務を覚えさせる
最も時間のかかる暗黙知の習得を、新しい人に一から課す
AFTER
既存メンバーにIT素養を足す
補充しにくい業務知識は既にある人に、後付けしやすい素養だけ載せる
難所(暗黙知)を既に越えた人に乗せるほうが、内製は速い。

内製が効く条件は「業務理解の深さ」で線を引く

ただし「既存メンバーを育てれば常に勝ち」ではない。内製優位が成立するかは、その人が持つ業務理解の深さで線が引ける。三つの層で考えると判断しやすい。

業務理解の深さを三層に分け、投資の順番を決める。
STEP 1
第一層:設計思想まで理解
締めの順・仕訳の判断・例外の発生を語れる。回収が見える=まずここにIT素養を足す
STEP 2
第二層:手順は正確だが背景は曖昧
速く正確だが「なぜ」で止まる。IT素養の前に業務理解を一段深める育成が要る
STEP 3
第三層:業務理解も意欲も乏しい
無理に推進役へ仕立てる投資は、採用以上に高くつくことがある
土台線引きの土台=業務知識は外から補充しにくく習得に年単位かかるから。だから「設計思想を語れる人」が社内にいるほど、内製の回収は確実になる。
第一層がいるなら、まずその人にIT素養を足すのが最速ルート。

第一に、プロセスの設計思想まで理解している層。なぜこの締めの順番なのか、どの仕訳に判断が入るのか、例外がどこで生まれるかを語れる人だ。この層にIT素養を足す投資は、回収がはっきり見える。自動化の対象を自分で定義でき、ツール担当との通訳も務まる。経理DXの推進役は、まずここから探す。

第二に、手順は正確だが背景は曖昧な層。決められた作業は速く正確にこなすが、「なぜそうするのか」を聞かれると止まる。この層は、IT素養を足す前に業務理解を一段深める育成が要る。順番を逆にすると、現状の手作業をそのまま自動化し、非効率まで固定してしまう。

第三に、業務理解がほぼ無く育成意欲も乏しい層。ここを無理に推進役へ仕立てる投資は、採用以上に高くつくことがある。

この線引きを踏まえると、判断はシンプルになる。下のとおり、社内にどの層がいるかで打ち手が分岐する。

社内にいる層で、内製か採用かが分かれる。
業務理解の深さ →
第一層がいる
まずその人にIT素養を足す内製が最速
第二層しかいない
育成期間を見込み、内製と外部即戦力採用を天秤にかける
どちらもいない
外から採るしかない
採るべき人材
「ツールに強い人」でなく業務とITの両方が分かる、最も希少で高い人
打ち手の選択 →
採用に流れる前に、社内に第一層がいないかをまず見極める。

採用と内製を組み合わせる現実解

実務では二者択一にはならない。多くの会社にとっての現実解は、推進役は内製、専門技術は外部、という役割分担だ。

業務理解の深い既存メンバーを推進役(何を変えるかを決める人)に据え、設計や難所の実装は外部の専門人材やベンダーに任せる。この組み合わせなら、最も補充しにくい業務知識を社内に残しつつ、最も枯れているIT即戦力の調達を最小限に抑えられる。外部に依頼する際も、社内に「何を頼むべきか」を翻訳できる推進役がいることが、丸投げによる失敗を防ぐ盾になる。

現実解は内製と外部の役割分担で組み立てる。
推進役は内製
専門技術は外部
=
丸投げ失敗を防ぐ座組
補充しにくい業務知識を社内に残し、枯れたIT即戦力の調達は最小限に。

一点だけ、経理特有の時計を押さえておきたい。基幹システムの移行が視野に入る会社では、経理DXの推進役を育てる時間がそのまま削られていく。育成には年単位かかる。

経理特有の「時計」――SAP保守の期限
2027年末
ECC6.0 メインストリーム保守の終了
SAP ERP(ECC6.0)
2030年末
延長保守でも終了
追加費用を払う延長保守の期限

だからこそ、業務理解の深い既存メンバーが社内にいるなら、その人を推進役に据えてIT素養を足す内製は、最も速くて確実な一手になりやすい。採用に流れる前に、まず自社の経理に「設計思想まで語れる人」がいないかを見極める。経理DXの内製か採用かは、そこから始まる。

まとめ
経理DXは「ツール調達」ではなく「業務プロセスの組み替え」。推進力は業務知識×IT素養の掛け算で決まり、補充しにくい業務知識を持つ既存メンバーにIT素養を足す内製が基本的に最速だ。鍵は業務理解の深さ――設計思想まで語れる第一層が社内にいるなら、まずその人を推進役に据える。現実解は「推進役は内製・専門技術は外部」。SAP保守終了(2027年末/延長でも2030年末)で育成時間は削られていくため、採用に流れる前に自社の経理を見極めることから始める。

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