経理DXを進めようとして、まず人事に「ツールに強い人を採ってくれ」と頼む。これが多くの会社でつまずく入口だ。RPAやBIツールを触れる人を一人入れれば前に進む、という発想は、経理DXを「IT人材調達の問題」に矮小化している。だが現場で本当に効くのは、業務知識とIT素養の掛け算だ。決算が分かる人にデジタルの素養を足すほうが、外から来たIT人材に決算を覚えてもらうより、たいていは速い。本稿は、その内製が効く条件を「業務理解の深さ」という一本の線で引き直す。
なぜ「ツールに強い人を採る」だけでは動かないのか
経理DXの正体は、ツールの導入ではなく業務プロセスの組み替えだ。仕訳の起こし方、締めの段取り、誰がどの数字に責任を持つか――この設計図が頭に入っていない人がツールだけ握っても、自動化する対象そのものを定義できない。RPA(決まった操作を自動で繰り返す仕組み)に「この作業を任せたい」と指示するには、その作業がなぜ存在し、どこで判断が割れるかを分かっている必要がある。ここを外注やツール担当に丸投げすると、現場が回避策を知っている例外処理が抜け落ち、動かないロボットが量産される。
採用市場の現実もこれを後押しする。ツールに強い即戦力は、いま市場で最も奪い合いになっている資源だ。採れても報酬は高く、柔軟な働き方を求め、競合に流れやすい。採用一本で経理DXを進めようとすると、最初の一手から最も枯れた資源を取りに行くことになる。
業務知識×IT素養――足し算ではなく掛け算で見る
ここで切り口を変えたい。経理DX人材を「業務知識」と「IT素養」の二軸で捉え、足し算ではなく掛け算で評価する。どちらかがゼロに近ければ、もう一方がいくら高くても積は小さい。決算を知らないIT巧者も、Excelしか触れない経理ベテランも、単体ではDXの推進役になりきれない。
重要なのは、この二つを「ゼロから身につける難しさ」が対称ではない点だ。簿記や決算、内部統制、税務といった業務知識は、体系化されているように見えて、実務では暗黙知の塊だ。なぜこの会社はこの順で締めるのか、どの勘定科目に判断の癖があるのか――こうした文脈は、何度も決算を回して初めて身体に入る。一方、IT素養は習得の足場が比較的整っている。ノーコードのツール、BI(データを集計・可視化する仕組み)、業務で使う範囲のSQLは、教材も動かす機会も豊富で、業務を分かっている人ほど「何を自動化したいか」が明確なぶん吸収が速い。
つまり、足すべき方向は決まっている。業務知識という、外から補充しにくく、習得に年単位を要するほうを既に持っている既存メンバーに、後付けしやすいIT素養を載せる。これが「内製優位」の論拠だ。
内製が効く条件は「業務理解の深さ」で線を引く
ただし「既存メンバーを育てれば常に勝ち」ではない。内製優位が成立するかは、その人が持つ業務理解の深さで線が引ける。三つの層で考えると判断しやすい。
第一に、プロセスの設計思想まで理解している層。なぜこの締めの順番なのか、どの仕訳に判断が入るのか、例外がどこで生まれるかを語れる人だ。この層にIT素養を足す投資は、回収がはっきり見える。自動化の対象を自分で定義でき、ツール担当との通訳も務まる。経理DXの推進役は、まずここから探す。
第二に、手順は正確だが背景は曖昧な層。決められた作業は速く正確にこなすが、「なぜそうするのか」を聞かれると止まる。この層は、IT素養を足す前に業務理解を一段深める育成が要る。順番を逆にすると、現状の手作業をそのまま自動化し、非効率まで固定してしまう。
第三に、業務理解がほぼ無く育成意欲も乏しい層。ここを無理に推進役へ仕立てる投資は、採用以上に高くつくことがある。
この線引きを踏まえると、判断はシンプルになる。下のとおり、社内にどの層がいるかで打ち手が分岐する。
採用と内製を組み合わせる現実解
実務では二者択一にはならない。多くの会社にとっての現実解は、推進役は内製、専門技術は外部、という役割分担だ。
業務理解の深い既存メンバーを推進役(何を変えるかを決める人)に据え、設計や難所の実装は外部の専門人材やベンダーに任せる。この組み合わせなら、最も補充しにくい業務知識を社内に残しつつ、最も枯れているIT即戦力の調達を最小限に抑えられる。外部に依頼する際も、社内に「何を頼むべきか」を翻訳できる推進役がいることが、丸投げによる失敗を防ぐ盾になる。
一点だけ、経理特有の時計を押さえておきたい。基幹システムの移行が視野に入る会社では、経理DXの推進役を育てる時間がそのまま削られていく。育成には年単位かかる。
だからこそ、業務理解の深い既存メンバーが社内にいるなら、その人を推進役に据えてIT素養を足す内製は、最も速くて確実な一手になりやすい。採用に流れる前に、まず自社の経理に「設計思想まで語れる人」がいないかを見極める。経理DXの内製か採用かは、そこから始まる。



