人事部から役員報酬制度の改定案が回ってくる。基本報酬、賞与、株式報酬の三層構成で、賞与の指標は連結営業利益、株式報酬は三年間の累計営業利益。説明資料は制度の絵と他社事例で作られており、金額の話は「総額枠は据え置き」の一行しかない。 ここに財務からの意見を求められる。多くの会社で、返す言葉は「特にありません」になる。返せないのは関心がないからではなく、どこに口を出せば効くのかが整理されていないからである。 口を出す場所は三つある。指標が損金算入の要件を満たすか、指標の決定期限に間に合うか、そして選んだ指標が会計上の費用をどう振れさせるか。いずれも人事の領分ではない。
指標は、自由に選べるものではない
報酬制度の議論は「何を評価したいか」から始まる。税務の側は「何を評価してよいか」を先に決めている。
法人税法第34条第1項第3号が用意している入口は三つしかない。利益、株式の市場価格、売上高である。そして法人税基本通達9-2-17の2が、名指しで除外しているものがある。配当とキャッシュ・フローである。
除外の効き方には範囲がある。同通達が対象としているのは、法人税法施行令第69条の 第10項第2号から第5号まで、第11項第2号から第5号まで、および第12項第2号から第4号まで に掲げる指標であり、これらは 「利益若しくは株式の市場価格に関するもの又はこれらと同時に用いられる売上高に関するものに限られる」 とされる。売上高の額そのものを指標とする第12項第1号は、この列挙に入っていない。 つまり素の売上高は使えるが、売上高を加工した指標や他の要素と組み合わせた指標は、利益または株式の市場価格に関するものと同時に用いられる形でなければ通らない。
この除外が実務に効く。 近年の報酬制度改定で「営業利益だけでは投資が抑制される」という反省から、フリー・キャッシュ・フローや営業キャッシュ・フローを指標に加える案が出ることがある。経営としては筋が通っている。しかし通達は、キャッシュ・フローは指標に該当しないと書いている。 該当しない指標を基礎にした業績連動給与は、法人税法第34条第1項各号のいずれにも当たらず、損金の額に算入されない。役員報酬の水準が大きい会社では、この差は無視できない金額になる。
なお、対象は業務執行役員に限られる。法人税基本通達9-2-17は、業務執行役員とは法人の業務を執行する役員をいうとしたうえで、取締役会設置会社における代表取締役以外の取締役のうち業務を執行する取締役として選定されていない者、社外取締役、監査役および会計参与は含まれないことに留意するとしている。社外取締役に業績連動の要素を持たせる設計は、この時点で損金算入の枠外に出る。
ROICを入れるなら、どの号で拾うかを先に決める
資本効率を報酬に反映させたいという要請は、いまや標準的である。問題は、どの指標を選ぶかで税務上の位置づけが変わることである。
政令の書き方に戻る。第69条第10項第3号は、利益の額または利益に費用等を加減した額が、次の金額のうちに占める割合を指標として挙げる。イが売上高その他の収益の額または支払利息その他の費用の額、ロが貸借対照表に計上されている総資産の帳簿価額、ハがロから総負債の帳簿価額を控除した金額である。 売上高営業利益率はイ、総資産利益率はロ、自己資本利益率はハに、それぞれきれいに収まる。
投下資本利益率は、ここに収まらない。 ROICの分母である投下資本は、一般に有利子負債と自己資本の合計として定義される。総資産(ロ)でもなければ、総資産から総負債を引いた額(ハ)でもない。したがってROICを使う場合は、第10項第5号の「前各号に掲げる指標に準ずる指標」として整理できるかどうかの判断になる。 ここは会社が自分で確認すべき論点であり、報酬制度の資料に書かれていることはまずない。「ROICを入れます」という一行の裏に、税務の当てはめが一つ残っている。
もう一つ、算定の基礎について押さえておく点がある。法人税基本通達9-2-17の3は、利益の状況を示す指標等には 「有価証券報告書に記載される連結財務諸表に記載されるべき金額等から算定される指標が含まれる」 ことに留意するとしている。連結ベースの指標でよい。 単体でしか計算していない指標を報酬に使おうとすると、有価証券報告書との接続で説明が要る。分母と分子の両方が、有価証券報告書のどこから来るのかを言えるかどうかが判定の実質になる。
相対株主総利回りは、政令が想定している範囲を確認してから置く
株価を指標に入れる設計も、細部が効く。政令は株主総利回りを、驚くほど具体的に書いている。
法人税法施行令第69条第11項第4号は、指標として 「所定の期間又は所定の日における株式の市場価格又はその平均値が確定値を上回る数値と、当該所定の期間開始の日又は当該所定の日以後に終了する事業年度の有価証券報告書に記載されるべき支払配当の額を発行済株式の総数で除して得た数値とを合計した数値の当該確定値に対する比率」 を挙げる。株価の上昇分と一株当たり配当を足して基準株価で割る、つまり株主総利回りそのものである。先の通達が配当を除外しながら「同条第11項第4号に掲げる指標に用いられるものを除く」と括弧書きを置いているのは、この号のためである。
ただし、第4号の確定値は 「当該所定の期間以前の期間又は当該所定の日以前の日における当該株式の市場価格の数値で既に確定しているもの」 と定義されている。基準は自社の過去株価である。 これに対して、同項第2号は、株価が確定値を上回る数値または確定値に対する比率を指標として挙げ、確定値の一つに 「金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式について多数の銘柄の価格の水準を総合的に表した指標の数値」、すなわち株価指数を置いている。
整理するとこうなる。株価指数との相対比較は第2号に明文があるが、それは配当を含まない株価の相対である。配当を含む株主総利回りについて政令が明文で用意しているのは、自社の過去株価を基準とする形である。 同業他社群の株主総利回りとの相対比較を採るなら、第11項第5号の「前各号に掲げる指標に準ずる指標」として整理することになる。「相対TSRを入れます」も、ROICと同じく、一行の裏に当てはめが残る。
決定の期限は、決算日程より先に来る
制度設計の議論は、たいてい株主総会に間に合えばよいと考えられている。税務上の期限は、そこより前にある。
法人税法第34条第1項第3号イ(2)は、算定方法が 所定の日までに報酬委員会の決定その他の適正な手続を経ていること を要件とする。この「所定の日」について、法人税法施行令第69条第13項は 「職務執行期間開始日の属する会計期間開始の日から三月(略)を経過する日」 と定める。三月決算の会社であれば、六月末である。 定時株主総会の直後に手続を終えていなければならない。「新しい制度は来期から」と決めて秋に設計を始めると、その期の業績連動給与は損金算入の要件を満たさない。
手続の中身も政令にある。第69条第16項は、同族会社でない内国法人について、適正な手続を四つ挙げる。第一が 報酬委員会の決定で、委員の過半数が独立社外取締役であること、業務執行役員に係る特殊の関係のある者が委員でないこと、委員である独立社外取締役の全員が当該決定に係る決議に賛成していることが要件になる。第二が株主総会の決議による決定(指名委員会等設置会社を除く)。第三が 報酬諮問委員会に対する諮問その他の手続を経た取締役会の決議による決定で、報酬諮問委員会は三以上の委員から構成される合議体とされ、委員の過半数が独立社外取締役等であること、独立社外取締役等の全員が諮問に対する意見に係る決議に賛成していること、そして 当該決定に係る給与の支給を受ける業務執行役員がその決議に参加していないこと が要件となる。第四が、これらに準ずる手続である。
「全員が賛成」という要件は、実務で見落とされやすい。 独立社外取締役が三名いて、うち一名が保留した時点で要件を満たさない。任意の報酬諮問委員会を置いている会社は多いが、議事録に賛否まで残しているかは別の話である。手続要件は、後から証明できる形で残っていなければ意味がない。
上限の書き方にも制約がある。法人税基本通達9-2-18は、「金銭による給与にあっては確定した額を、株式又は新株予約権による給与にあっては確定した数をそれぞれ限度としているもの」 とは、上限が具体的な金額または数をもって定められていることをいうとし、「経常利益の○○%に相当する金額を限度として支給する。」という定め方はこれに当たらないと明記する。国税庁の質疑応答事例も同じ結論で、上限が具体的な金額によらない算定方法は要件を満たさず、その算定方法によって支給された給与の額は損金の額に算入できないとしている。
開示も要件である。法人税基本通達9-2-19は、客観的な算定方法の内容の開示とは、業務執行役員の全てについて、当該業務執行役員ごとに、業績連動指標、支給の限度としている確定した額(または数)、客観的な算定方法の内容の三つを開示することをいうとする。国税庁は、開示の対象は算定方法の内容であって役員の個人名の開示を求めるものではなく、肩書き別に算定方法の内容が明らかにされていれば足りるとしている。
会社法とコードは、割合そのものを論点にしている
税務が「使ってよい指標」を決めるのに対し、会社法とコーポレートガバナンス・コードは 「割合をどう決めたか」 を問う。
会社法第361条第7項は、監査役会設置会社(公開会社かつ大会社で有価証券報告書提出会社であるもの)および監査等委員会設置会社等の取締役会に、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針の決定を義務づける。その中身を定めるのが会社法施行規則第98条の5で、八号にわたる列挙のうち、第2号が業績連動報酬等に係る 業績指標の内容および算定方法の決定に関する方針、第3号が非金銭報酬等の内容および算定方法の決定に関する方針、そして 第4号が「第一号の報酬等の額、業績連動報酬等の額又は非金銭報酬等の額の取締役の個人別の報酬等の額に対する割合の決定に関する方針」 である。固定・業績連動・非金銭の割合をどう決めるかが、法定の記載事項として置かれている。
株式を報酬として交付する際の手当ても会社法にある。第202条の2第1項は、金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社が、定款または株主総会の決議による第361条第1項第3号の定めに従って募集をするときは、募集株式と引換えにする金銭の払込みまたは財産の給付を要しない旨と割当日を定めることとし、払込金額に関する事項を定めることを要しないとする。上場会社に限定された規定であり、非上場会社は対象外である。
コードの側は、2026年7月21日の改訂で構造が変わった。原則4-2は「取締役会は、経営陣による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うべきである」等を本文に置き、その解釈指針で 「また、取締役会は、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。」 と述べる。
ここで一点、読み違えやすい変化がある。 東京証券取引所は同改訂の趣旨について、「本コード自体の実質化を図る観点から、『プリンシプル化』・『スリム化』が行われた」 とし、従前の補充原則を再整理してガバナンスの中核となる箇所を原則に格上げする一方、重複がある箇所等を削除したと説明する。解釈指針は 「コンプライ・オア・エクスプレインの対象ではない」 と明記されている。中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合をどう設定するかという記述は、原則本文ではなく解釈指針の側に置かれている。 ただしコードは続けて、「当該改訂においてコンプライ・オア・エクスプレインの対象から外れ『解釈指針』に移管された記載や本コードから削除された記載について、当該改訂後にはその重要性が失われたと考えることは適切ではなく」 と釘を刺している。説明しなくてよくなった、を、考えなくてよくなった、と読む余地は残されていない。
費用は、指標の見直しのたびに損益へ出る
最後がCFOの本丸である。業績条件を強めるほど、報酬費用は期中に振れる。
会社法第202条の2に基づく無償交付の会計処理は、実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」が定める。各会計期間の費用計上額は、株式の公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額であり、公正な評価額は 公正な評価単価に株式数を乗じて算定する(第6項)。そして第7項は、公正な評価単価は付与日において算定し、原則としてその後は見直さないとし、失効等の見込みについては株式数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しないとする。
動くのは単価ではなく、株式数である。 第8項(2)は、付与日から権利確定日の直前までの間に、権利確定条件(勤務条件や業績条件)の不達成による失効等の見積数に重要な変動が生じた場合には、原則として株式数を見直すとし、見直した場合には見直し後の株式数に基づく公正な評価額により、その期までに費用として計上すべき額と既計上額との差額を 見直した期の損益として計上すると定める。第8項(3)は、権利確定日には株式数を権利確定数と一致させ、差額を権利確定日の属する期の損益に計上するとする。
同報告は業績条件を「一定の業績(株価を含む。)の達成又は不達成に基づく条件」と定義している(第4項(14))。 株価を条件に置いた場合も、その見込みは株式数の側で扱われることになる。つまり、業績目標の達成見込みが変われば、その期の報酬費用が動く。 目標を高く置いて未達見込みになれば費用が戻り入り、期末に届きそうになれば費用が積み増される。業績連動の比率を上げるというのは、営業利益を上下に揺らす要因を一つ増やすということである。
貸借対照表への出方も型で違う。事前交付型で新株を発行する場合、年度通算で費用が計上されるときは対応する金額を 資本金または資本準備金 に計上し、過年度に計上した費用を戻し入れる場合は対応する金額を その他資本剰余金から減額する(第9項)。事後交付型では、費用に対応する金額を、株式の発行等が行われるまでの間、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に「株式引受権」として計上する(第15項)。
一株当たり情報にも跳ねる。第22項は、事後交付型におけるすべての権利確定条件を達成した場合に株式が交付されることとなる契約を 「潜在株式」として取り扱い、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定においてストック・オプションと同様に取り扱うとし、株式引受権の金額は1株当たり純資産の算定にあたって貸借対照表の純資産の部の合計額から控除すると定める。報酬制度の設計が、一株当たり指標の分母と分子の両方に届く。 分母に届いた結果が、EPSを指標に置いた別の報酬に返ってくる構図まで見えていれば、設計の議論の解像度は変わる。
決めるのは三つ
第一に、指標が損金算入の要件に当たるかを、決議より前に確認する。 法人税法第34条第1項第3号イが認める入口は、利益の状況を示す指標、株式の市場価格の状況を示す指標、売上高の状況を示す指標の三つである。法人税法施行令第69条第10項第3号は、利益の額を総資産の帳簿価額で除した割合、総資産から総負債を控除した金額で除した割合、発行済株式の総数で除して得た額を明文で列挙しており、ROA・ROE・EPSはここに収まる。投下資本利益率と、同業他社群を基準とする相対的な株主総利回りは、第10項第5号・第11項第5号の「前各号に掲げる指標に準ずる指標」としての整理が要る。 法人税基本通達9-2-17の2は、配当(同条第11項第4号に掲げる指標に用いられるものを除く)およびキャッシュ・フローが指標に該当しないと明記しており、フリー・キャッシュ・フローを指標に置く案は、その一点で税務上の位置づけが変わる。 対象となる業務執行役員に社外取締役・監査役・会計参与が含まれないことも、あわせて確認する。
第二に、手続の期限と要件を、決算日程と同じ精度で管理する。 法人税法施行令第69条第13項は、算定方法についての手続の期限を職務執行期間開始日の属する会計期間開始の日から三月を経過する日と定める。三月決算なら六月末で、株主総会の直後である。手続として同条第16項が認めるのは、報酬委員会の決定、株主総会の決議、報酬諮問委員会への諮問その他の手続を経た取締役会の決議、およびこれらに準ずる手続であり、いずれも 委員の過半数が独立社外取締役であること、独立社外取締役の全員が賛成していること、給与の支給を受ける業務執行役員が決議に参加していないこと といった要件を伴う。議事録に賛否まで残っているかを、制度設計の段階で確かめておく。 上限は具体的な金額または数で書く必要があり、「経常利益の○○%を限度とする」という定め方は要件を満たさない。開示は業務執行役員ごとに、業績連動指標・限度としている確定した額(数)・客観的な算定方法の内容の三つについて行い、個人名までは要しない。
第三に、指標の選択が会計上の費用をどう振れさせるかを、数字にして取締役会へ出す。 実務対応報告第41号第7項により、公正な評価単価は付与日に算定してその後は原則として見直さず、失効等の見込みは株式数に反映される。第8項により、権利確定条件(勤務条件や業績条件)の不達成による失効等の見積数に重要な変動が生じた場合は株式数を見直し、その差額を見直した期の損益として計上する。同報告は業績条件を「一定の業績(株価を含む。)の達成又は不達成に基づく条件」と定義しているため、株価条件を置いた場合もこの経路で費用が動く。 事前交付型で新株を発行する場合の費用対応額は資本金または資本準備金に、戻入れはその他資本剰余金の減額として処理し、事後交付型では株式引受権として純資産の株主資本以外の項目に計上する。事後交付型の契約は潜在株式として潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定に入り、株式引受権は1株当たり純資産の算定上、純資産の部の合計額から控除される。達成見込みが振れたときの費用の幅を試算して示すところまでが、財務の仕事である(資本配分(キャピタルアロケーション)をどう決めるか:CFOの意思決定フレーム)。



