期末の経営会議で、購買部長が年間のコストダウン実績を報告する。4億2,000万円。資料はよくできていて、品目ごとの単価引下げが積み上がっている。そのあとにCFOが売上総利益の推移を映す。前年比で増えているのは1億円台である。 誰も嘘をついていない。にもかかわらず、この二つの数字は毎年合わない。合わない理由は三つあり、そのうち二つは、そもそも当期の損益に出ないという性質のものである。
値下げの効果は、まず在庫の中に入る
数字で追うと単純である。標準受入価格1,000円の材料について、交渉の結果、実際の受入価格が950円になったとする。当期の受入数量が100万個なら、基準四六(一)の算定式のとおり、材料受入価格差異は50円×100万個で5,000万円の有利差異になる。購買の報告書には、この5,000万円が載る。
ところが基準四七により、この5,000万円は当年度の売上原価に賦課されない。払出高と期末在高に配賦される。 期末の原材料在高が受入量の三割にあたるなら、1,500万円は在庫の簿価を下げる方向に働き、当期の損益には出ない。そして残る3,500万円も、そのまま利益にはならない。 払出高に配賦された分は当期の製造原価に入るが、そこからさらに仕掛品と製品に分かれ、当期に売れた分だけが売上原価になる。仕掛品と製品の在庫が積み上がっている期には、ここでもう一段、損益への到達が遅れる。
滞留の長い製品を持つ会社ほど、この時間差は大きくなる。 受注生産で仕掛期間が半年ある、あるいは製品在庫を三か月分持っている。この二つが重なると、購買が今期取った値下げの相当部分は、翌期以降の売上原価に混ざって出てくる。 混ざって出てきた時点では、それが去年の交渉の成果だと誰も分からない。
ここを押さえずに「購買の報告と粗利が合わない」と言うのは、順序が逆である。基準の側が、合わない仕組みを定めている。 経営会議に出すべきなのは、購買の報告額そのものではなく、当期の損益に到達した額と、在庫に残っている額を分けた表である。
次の標準単価改訂で、差異は消える。原価は下がる
二つ目の出口が、標準単価の改訂である。
原価計算基準四二は 「標準原価は、原価管理のためにも、予算編成のためにも、また、たな卸資産価額および売上原価算定のためにも、現状に即した標準でなければならない」 とする。実際の受入価格が950円で安定したなら、標準受入価格をいつまでも1,000円に置いておくことはできない。改訂して950円にする。その時点で、材料受入価格差異はゼロになる。
ここで購買部門の中に、独特の反応が生まれる。去年まで5,000万円の有利差異として評価されていたものが、改訂した年から一円も出なくなる。 実績が消えたように見える。だから購買は、標準単価の改訂を歓迎しない。据え置きたがるのは、購買が保守的だからではなく、評価指標が差異額に置かれているからである。
しかし会計上、実績は消えていない。標準単価が下がった分だけ、標準原価が下がっている。 つまり効果は差異から標準原価へ移っただけで、製品一個あたりの原価は確かに50円安くなっている。消えたのは効果ではなく、購買の手柄が見える場所である。
対処すべき場所は、原価差異表ではなく購買の実績表のほうである。標準単価を改訂した期に、旧標準と新標準の差額に当期の消費数量を乗じた金額を、購買の年間実績として引き継ぐ行を立てる。 会計側の差異表で改訂の影響をどう表示するかは別の論点で、改訂の発動条件と合わせて設計する必要がある(標準原価はいつ改訂すべきか、年1回の改訂が実勢とずれる局面での期中改訂)。購買側の実績表にこの行がない限り、改訂のたびに購買の年間実績はゼロから積み直しになる。そして翌年の目標だけが、改訂前の実績を基準に置かれる。
単価の効果と、数量の効果を分ける
三つ目は、そもそも購買の実績ではないものが混ざっている問題である。
購買部門が作るコストダウンの集計表は、多くの場合「単価の引下げ額×前年の数量」で組まれている。前年に10万個買っていた部品を50円下げたので、500万円の効果。 この作り方は、当期の数量が前年と同じであることを前提にしている。当期の数量が7万個に落ちていれば、実際に生じる差異は350万円である。逆に数量が増えていれば、購買が何もしなくても効果額は膨らむ。
分け方は単純で、単価効果は(旧単価−新単価)×当期数量、数量効果は旧単価×(当期数量−前年数量)で切る。売上の分解と同じ構造である(売上増減を価格・数量・ミックスに分解する手順と、交差項の扱いで変わる差異)。
もう一つ、混ざりやすいのが仕様変更と内製化による効果である。設計を見直して部品点数を減らした、材質を変えた、外注していた工程を内製に切り替えた。 これらは購買が交渉した結果ではない。原価企画や生産技術の成果であり、購買の実績に計上すると、翌年の購買目標が実力より高いところに置かれる(原価企画の実務、製造原価の大半が決まる設計段階に財務が入り目標原価を合意する)。効果の帰属を先に決めておかないと、翌年に達成不能な目標だけが残る。
税務の1%が、社内の議論を止めていることがある
もう一つ、実務で影響の大きい見落としがある。原価差額の税務調整である。
法人税基本通達5-3-1は、法人が製造等をした棚卸資産につき算定した取得価額が法人税法施行令第32条第1項に規定する取得価額に満たない場合、その差額のうち期末棚卸資産に対応する部分の金額を期末棚卸資産の評価額に加算するとする。ただし、これには免除規定がある。 同5-3-3は、「原価差額が少額(総製造費用のおおむね1%相当額以内の金額)である場合において、法人がその計算を明らかにした明細書を確定申告書に添付したときは、原価差額の調整を行わないことができるものとする」 と定める。判定の単位は事業の種類ごとで、製品の種類別に原価計算を行っている場合には継続して製品の種類の異なるごとに判定できる。さらに5-3-4は、法人が調整単位を工場ごとに細分している場合、各工場の調整単位ごとの原価差額のうちそれぞれの総製造費用の1%相当額以内のものについては5-3-3に準じて調整を行わないことができるとする。
総製造費用が500億円の会社なら、1%は5億円である。 冒頭の例でいえば、購買が年間4億2,000万円のコストダウンを取っても、原価差額の総額が5億円の枠に収まっている限り、税務上は明細書を添付するだけで調整が要らない。その結果、経理は差異の中身を分解する動機を持たない。 一括で処理して申告を通す。5-3-5は、仕掛品・半製品・製品の順に調整せず原価差額を一括して所定の算式で期末棚卸資産に配賦した場合にこれを認め、5-3-7は、一括して処理している金額を翌事業年度の損金の額に算入できるとしている。税務の手続としては、これで完結する。
問題は、この完結が管理会計の側にも波及していることである。 税務上は一括でよいという運用が、社内の差異分析まで一括で済ませる理由に使われている会社が実在する。税務の免除規定は、差異を分解しなくてよいという意味ではない。損金算入の額を確定させるための簡便法にすぎない。 そして5-3-5の注3は、直接原価計算制度を採用している場合にはこの調整方法の適用がなく、適用には所轄税務署長等の承認が必要だと定めている。簡便法にも適用範囲がある。
購買のコストダウンを損益につなぐ三つの判断
第一に、購買の報告を「当期の損益に到達した額」と「在庫に残っている額」に割る。 原価計算基準四七は、原価差異を材料受入価格差異を除き原則として当年度の売上原価に賦課するとしたうえで、材料受入価格差異については当年度の材料の払出高と期末在高に配賦するとしている。購買が生んだ差異だけが、在庫にも張り付く。 さらに払出高に配賦された分も、仕掛品と製品を経由してから売上原価になる。滞留の長い製品を持つ会社ほど、購買の実績と粗利の改善額は乖離する。乖離すること自体は基準どおりの結果である。問題は、乖離を説明できないことにある。
第二に、標準単価の改訂によって購買の実績が消えない形にする。 基準四二は、標準原価が原価管理のためにも予算編成のためにも棚卸資産価額および売上原価の算定のためにも現状に即した標準でなければならないとしている。改訂すれば差異はゼロになるが、標準原価そのものが下がっているので効果は失われていない。購買の実績表に、旧標準と新標準の差額に当期の消費数量を乗じた「改訂による低減額」の行を立てる。 この行がない限り、購買は標準単価の改訂に抵抗し続ける。抵抗の理由は保守性ではなく、評価指標の設計にある。
第三に、購買の実績から、購買以外の要因を外す。 単価効果は(旧単価−新単価)×当期数量で、数量の増減は別に切る。仕様変更、材質変更、内製化による低減は原価企画や生産技術の成果であり、購買に計上すると翌年の目標が実力を超える。そのうえで、税務の免除規定を管理会計の言い訳に使わない。 法人税基本通達5-3-3は原価差額が総製造費用のおおむね1%相当額以内であれば明細書の添付により調整を要しないとするが、これは損金算入額を確定させるための簡便法であって、社内で差異を分解しなくてよいという意味ではない。1%の枠に収まっている会社ほど、購買のコストダウンが検証されないまま毎年積み上がっている。
売上高1,240億円の自動車部品メーカーで、総製造費用は約840億円。購買部門は毎年、年間のコストダウン実績を経営会議で報告しており、直近三期は3億8,000万円、4億2,000万円、3億5,000万円だった。同じ三期の売上総利益率は、24.1%、24.3%、23.8%でほぼ動いていない。 経営企画部長が「報告されているコストダウンはどこへ行っているのか」と問題提起したのが起点である。まず、購買の集計表の作り方を確認した。単価の引下げ額に前年の購入数量を乗じる形になっており、当期の数量は反映されていなかった。 主要50品目について当期数量で計算し直したところ、4億2,000万円の期は3億1,000万円になっている。差の1億1,000万円は、生産量が減った品目の分だった。次に、効果の帰属を洗い直した。3億1,000万円のうち、部品の統合と材質変更による低減が7,400万円あり、これは設計部門主導の原価企画の成果だった。購買の交渉による純粋な単価低減は2億3,600万円である。 ここまでで、報告額の約44%が別の要因だったことになる。三つ目の作業が、損益への到達の確認だった。原価計算基準四七に従い材料受入価格差異は払出高と期末在高に配賦されていたが、社内の報告資料は差異の発生額だけを載せていた。期末原材料在高への配賦分を分けて出したところ、2億3,600万円のうち5,900万円が期末在庫に残っていた。 さらに仕掛品と製品の在庫回転を考慮すると、当期の売上原価に到達したのは1億4,000万円台という試算になった。購買の報告額4億2,000万円に対して、当期の粗利に効いたのは三分の一である。 ここまで分解して初めて、粗利率が動かない理由が説明できた。改善は三点である。第一に、購買の報告様式を三段に変えた。発生額、当期損益への到達額、在庫残高への配賦額。当期到達額を主な指標とし、発生額は参考値に落とした。 第二に、標準単価の改訂ルールを整えた。従来は年一回の期首改訂のみで、購買は改訂を先送りする交渉を毎年していた。改訂に伴う原価低減額を「改訂による低減額」として購買の実績表に別行で立て、年間実績に加算する扱いに変えたところ、先送りの交渉が翌期から出なくなっている。 第三に、税務との切り分けを明示した。同社の原価差額は総製造費用840億円の1%である8億4,000万円の枠内に収まっており、法人税基本通達5-3-3により明細書の添付で調整を行わない処理を続けてきた。この処理自体は変えていない。変えたのは、この処理を理由に社内の差異分析を一括で済ませていた運用のほうである。 経営企画部長の総括はこうだった。購買は一度も嘘をついていなかった。報告していた数字が、損益とは別の場所の数字だっただけである。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。







