部門別損益を課長層まで開示した会社で、三か月後に何が起きるか。議論の八割が配賦率の話になる。 本社費がなぜこの基準で降りてくるのか、物流費の按分は不公平ではないか、隣の部門のほうが得をしているのではないか。打ち手の話は消える。 そして翌期、開示範囲は部長層までに戻される。逆に、数字を出さない会社では別のことが起きる。値引きを止めても、在庫を削っても、それが自分の部門の利益にいくら効いたのかを誰も言えない。どちらも、公開範囲を「機密かどうか」で決めた結果である。 軸が違う。使うべき軸は、六十年以上前に日本語で書かれている。
隠すか見せるかではなく、どの階層にとって管理可能かである
公開範囲の議論が空転するのは、対象を「情報の種類」で切ろうとするからである。原価計算基準が採っているのは、情報と受け手の組み合わせで切る発想である。
具体例で見る。工場の製造課長にとって、材料の使用量と歩留りは管理可能である。段取り時間も、残業時間も、消耗工具の消費も管理できる。一方、その工場に配賦されてくる本社の管理部門費は管理できない。 製造課長がどれだけ努力しても一円も動かない。設備の減価償却費も、投資の意思決定を下した階層にとっては管理可能だが、製造課長にとっては与件である。同じ「工場の原価」でも、階層をずらすと管理可能と管理不能の線が動く。
基準はこれを 「下級管理者層にとつて管理不能費であるものも、上級管理者層にとつては管理可能費となることがある」 と書く。したがって、全社で一つの公開範囲を決めようとすること自体が設計として誤っている。 決めるべきは範囲ではなく、階層ごとの区分である。工場長には設備投資の減価償却まで含めて見せ、製造課長には歩留りと段取りと直接労務費を見せる。同じ工場の損益を、二つの粒度で作る。
実務でこれを渋るのは、二つの表を作る手間が理由である。しかし基準は、その手間を織り込んで書かれている。 部門別計算の手続として、各部門に集計された原価要素を「必要ある場合には」変動費と固定費または管理可能費と管理不能費に区分するとし、標準原価を指示する文書についても、部門別予算表において 「必要ある場合には、費目を変動費と固定費又は管理可能費と管理不能費とに区分表示する」 としている。区分表示は、後から作る資料ではなく、予算表の様式そのものの話である。 予算を組む段階で列を分けておけば、実績の側で分ける作業は発生しない。
動かせない数字は、出すと議論を壊す
管理不能な数字を降ろすことの害は、単に無意味だという以上に大きい。議論の焦点を奪う。
本社費の配賦を例にとる。原価計算基準は部門共通費の扱いについて、「部門共通費であつて工場全般に関して発生し、適当な配賦基準の得がたいものは、これを一般費とし、補助部門費として処理することができる。」 とする。「適当な配賦基準の得がたいもの」という表現が置かれている。 配賦基準が得がたいものを、それでも何らかの基準で降ろし、部門長の評価に紐づけると、部門長の合理的な行動は「配賦基準を有利に変えるよう交渉すること」になる。費用を減らす行動より、配賦を減らす行動のほうが効きやすいからである。
だから公開範囲の第一の線は、その数字がその階層で動かせるかどうかに置く。動かせないものは、出さないか、出すとしても管理可能な部分と明確に区分して出す。区分して出す場合でも、評価には使わない。 見せることと評価に使うことは別の意思決定であり、混ぜると管理不能費が評価に混入する。
なお、本社費そのものを聖域にしろという話ではない。本社費を減らすのは本社の仕事であり、事業部門の仕事ではない。 どちらの仕事かを分けたうえで、本社費の総額は別の場で問う(本社費は配賦ルールより先に総額を説明する、コーポレート部門のコストの比べ方)。配賦の議論に事業部門を巻き込むのは、責任の所在を曖昧にする(部門別損益(事業部別P&L)の作り方、管理可能性で段階表示して共通費配賦の対立を防ぐ)。
人件費は、管理可能だが粒度で決まる
管理可能性の軸だけでは処理できない費目が一つある。人件費である。
原価計算基準は、小工程や作業単位に集計する対象として 「その小工程等において管理可能の原価要素又は直接労務費」 を挙げており、直接労務費は明示的に降ろす対象に置かれている。部門長は採用の要否、残業の配分、応援の受け入れを動かせる。管理可能性の判定としては、人件費は明らかに管理可能である。
制約は別のところにある。部門の人数が少ないほど、部門人件費は個人の給与に近づく。 五人の課で人件費総額と人数が両方分かれば、平均が出る。そこに一人の異動が加われば、差分から個人の給与水準が推定できる。管理可能だから出すという判断は正しく、その粒度をどうするかは別の判断になる。
実務的な解は、金額ではなく 人員数と時間 で降ろすことである。部門長が動かせるのは人数と時間であって、一人あたりの給与ではない。要員計画の人数、総労働時間、残業時間、外部委託の工数。この四つを降ろせば、部門長が打てる手はすべて計測できる。 金額の総額は、一定の人数規模を超える単位でのみ開示する。人数のしきい値は会社ごとに決めればよいが、決めておかないと現場ごとにばらつく。
賞与引当や退職給付費用の配賦は、また別に扱う。数理計算上の差異のように、部門長にはどうにもならない要因で年ごとに動く費用を部門損益に載せると、管理可能性の線が濁る。 載せるなら管理不能の区分に置き、評価からは外す。
社内の報告単位は、外部開示の入口になっている
管理会計の設計だと思って進めた話が、開示の論点に接続する場面がある。セグメント情報である。
企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」第6項は、事業セグメントを、企業の構成単位で次の要件のすべてに該当するものと定義する。(1)収益を稼得し、費用が発生する事業活動に関わるもの、(2)企業の最高経営意思決定機関が、当該構成単位に配分すべき資源に関する意思決定を行い、また、その業績を評価するために、その経営成績を定期的に検討するもの、(3)分離された財務情報を入手できるもの、である。 第8項は最高経営意思決定機関を 「企業の事業セグメントに資源を配分し、その業績を評価する機能を有する主体」 と定める。
(2)と(3)は、まさに社内の管理会計の設計そのものである。 部門別損益を整備し、定期的に経営会議へ上げ、その数字をもとに投資と人員を配分する。管理会計として正しいことをすればするほど、その単位は事業セグメントの要件に近づく。
区分方法が複数ありうる場合の扱いも書かれている。第9項は、「各構成単位の事業活動の特徴、それらについて責任を有する管理者の存在及び取締役会等に提出される情報などの要素に基づいて、企業の事業セグメントの区分方法を決定するものとする」 とする。「責任を有する管理者の存在」と「取締役会等に提出される情報」が判断要素として明記されている。 部門損益に責任者を置き、その資料を取締役会に出すという運用そのものが、区分方法の判断材料になる。
そして量的基準がある。第12項は、売上高がすべての事業セグメントの売上高の合計額の10%以上、利益または損失の絶対値が利益の生じているすべての事業セグメントの利益の合計額または損失の生じているすべての事業セグメントの損失の合計額の絶対値のいずれか大きい額の10%以上、資産がすべての事業セグメントの資産の合計額の10%以上のいずれかを満たす事業セグメントを、報告セグメントとして開示しなければならないと定める。第14項は、報告セグメントの外部顧客への売上高の合計額が損益計算書の売上高の75%未満である場合には、75%以上が含まれるまで報告セグメントを追加識別しなければならないとする。
含意は単純である。社内の管理単位を細かくしていくと、外部に出す単位も細かくなりうる。 もっとも、第7項が 「企業の本社又は特定の部門のように、企業を構成する一部であっても収益を稼得していない、又は付随的な収益を稼得するに過ぎない構成単位は、事業セグメント又は事業セグメントの一部とならない」 と定めているため、コーポレート部門を細分化しても外部開示には跳ねない。跳ねるのは、収益を稼得している単位を細分化した場合である(セグメント情報の区分は開示だけの話ではない、社内の報告単位がそのまま外に出る)。
未公表の数字を配ると、受け取った人の立場が変わる
もう一つの外側の壁は、金融商品取引法である。ここは公開範囲の議論でほぼ扱われない。
金融商品取引法第166条第1項は、同項各号に掲げる者を「会社関係者」とし、上場会社等に係る業務等に関する重要事実を各号に定めるところにより知ったものは、その重要事実の公表がされた後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をしてはならないと定める。第1号が掲げるのは 「当該上場会社等(略)の役員(略)、代理人、使用人その他の従業者」 であり、その者が 「その者の職務に関し知つたとき」 に会社関係者となる。そして同項は、会社関係者でなくなった後一年以内の者についても同様とする。
重要事実の範囲は、二方向から絞られている。同条第2項は、第1号、第2号、第5号、第6号、第9号、第10号、第12号および第13号に掲げる事実について、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める基準に該当するものを除くとする。一方、決算数値を掲げる第3号は、この軽微基準の列挙に入っていない。同号は、当該上場会社等の売上高、経常利益もしくは純利益もしくは配当または当該上場会社等の属する企業集団の売上高等について、公表がされた直近の予想値に比較して新たに算出した予想値または当事業年度の決算において差異が生じたことを重要事実とし、その差異を 「投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令で定める基準に該当するものに限る」 と限定する。除外の基準ではなく、該当の基準である。 その基準が、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令第51条にある。売上高については、新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値を、公表がされた直近の予想値で除して得た数値が1.1以上または0.9以下であること。経常利益については1.3以上または0.7以下であり、かつ変動額を前事業年度末の純資産額と資本金の額とのいずれか少なくない金額で除して得た数値が100分の5以上であること。純利益については1.3以上または0.7以下であり、かつ同様の割合が100分の2.5以上であること。剰余金の配当については1.2以上または0.8以下であることである。
実務への当てはめはこうなる。 部門別の実績を部門長に配るだけなら、多くの場合は重要事実に当たらない。しかし、全社の着地見込みを添付した瞬間に性質が変わる。 公表済みの予想値と比べて経常利益が三割ずれる見込みの資料を課長層まで配れば、その全員が職務に関し重要事実を知った会社関係者になる。持株会や自社株報酬で株式を保有している層が広いほど、この影響は実務の負荷として跳ね返る。
管理すべきなのは公開の可否ではなく、何を、どの時期に、誰まで配るかである。部門固有の実績は制約なく配れる。全社の着地見込みは、公表の時期との関係で配る範囲を決める。「透明性を高める」という一言で全社見込みを課長層まで下ろす運用は、副作用を数えずに始めることになる。
売上高780億円の産業資材メーカーで、三つの事業本部と八つの製造拠点を持つ。部門別損益は本部長までの開示で、拠点長には売上高と製造原価の総額だけが月次で配付されていた。新任の経営企画部長が「現場に数字を見せていないから改善が進まない」と主張し、翌期から拠点長・製造課長まで完全な部門損益を開示する方針が決まった。 開示した最初の四半期に起きたことは、想定と違っていた。拠点別損益に本社費配賦が売上高比で載っており、売上の大きい主力拠点に配賦額の四割が集中していた。その拠点長からの申し入れで配賦基準の見直し議論が始まり、拠点長会議の議題が三回連続で配賦の話になっている。同じ期間に、歩留りと段取り時間の改善提案は一件も出ていない。 さらに、五名編成の技術サービス課で、人件費総額の開示から個人の給与水準が推定できるという指摘が労働組合から出た。方針を撤回するのではなく、区分を作り直している。原価計算基準の管理可能費・管理不能費の考え方に沿って、拠点損益を二層に分けた。 上の層は拠点長向けで、拠点固有の変動費、直接労務費、拠点の設備の減価償却費、拠点で決裁できる修繕費と外注費までを管理可能とし、本社費配賦と全社共通の固定費、退職給付費用の数理計算上の差異は「管理不能」の欄に分離して表示するだけにした。評価に使うのは管理可能の欄だけと明記している。 下の層は製造課長向けで、金額は歩留り関連と消耗品費に絞り、それ以外は人数・総労働時間・残業時間・外注工数の四つを非金額で降ろす形に変えた。人件費の金額は、二十名以上の組織単位でのみ開示するというしきい値を置いている。 開示の設計を変えるにあたって、二つの外部制約も確認された。第一に、拠点単位の損益を経営会議で定期的に検討する運用にすると、企業会計基準第17号第6項の事業セグメントの要件に近づく。同基準第9項が区分方法の判断要素として「責任を有する管理者の存在及び取締役会等に提出される情報」を挙げていることから、拠点損益は経営会議までとし、取締役会に定期提出する単位は従来どおり事業本部のままとした。 第二に、月次の拠点損益に全社の通期着地見込みを添付する案が出ていたが、公表済みの業績予想と比べて経常利益の乖離が大きい局面では、受け取った拠点長と製造課長が金融商品取引法第166条第1項第1号の会社関係者となり、公表まで自社株の売買ができなくなる。同項が会社関係者でなくなった後一年以内の者についても同様と定めていることから、退職者にも制約が及ぶ。 持株会の加入率が七割を超えていたため、全社見込みの添付は見送り、本部長までの配付にとどめている。二期後の状況は次のとおりである。拠点長会議で配賦が議題に上がった回数はゼロになり、代わりに段取り時間の短縮と外注の内製化が常設の議題になった。 製造課の改善提案件数は年間で1.9倍に増えている。経営企画部長の総括はこうである。見せる量を増やしたのではない。動かせない数字を引いたら、動かせる数字が見えるようになった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、公開範囲を階層ごとの管理可能性で切り、区分を予算表の様式に組み込む。 原価計算基準は原価の管理可能性に基づく分類を「原価の発生が一定の管理者層によつて管理しうるかどうかによる分類」と定め、下級管理者層にとって管理不能費であるものも上級管理者層にとっては管理可能費となることがあるとする。したがって全社で一つの範囲を決めるのではなく、階層ごとに二層以上の様式を用意する。 同基準は部門に集計した原価要素を必要に応じ管理可能費と管理不能費に区分するとし、部門別予算表においても必要ある場合には費目を管理可能費と管理不能費に区分表示するとしている。分ける作業は、実績を集める前の予算の様式で済ませておく。 そして管理不能の区分は、表示はしても評価には使わない。
第二に、人件費は管理可能として扱い、粒度をしきい値で決める。 原価計算基準は小工程や作業単位に集計する対象として「その小工程等において管理可能の原価要素又は直接労務費」を挙げており、労務費を降ろすことを想定している。制約は管理可能性ではなく、少人数組織で個人の給与が推定できてしまうことにある。 部門長が動かせるのは人数と時間であって一人あたりの給与ではないため、下位の階層には要員数・総労働時間・残業時間・外部委託工数を降ろし、人件費の金額は一定の人員規模を超える単位でのみ開示する。しきい値を会社として一つ決めておかないと、現場ごとに運用がばらつく。 賞与引当や退職給付費用の数理計算上の差異は、管理不能の区分に置く。
第三に、社内の報告単位と、未公表情報の配付範囲を、外部制約から逆算する。 企業会計基準第17号第6項は、最高経営意思決定機関が資源配分の意思決定を行い業績を評価するためにその経営成績を定期的に検討する構成単位で、分離された財務情報を入手できるものを事業セグメントとし、第9項は区分方法の判断要素として各構成単位の事業活動の特徴、責任を有する管理者の存在、取締役会等に提出される情報を挙げる。第12項の量的基準(売上高・利益または損失の絶対値・資産のいずれかが10%以上)と第14項の75%基準が、そこから外部開示に接続する。収益を稼得しない本社部門は第7項により事業セグメントとならないため、細分化しても跳ねない。跳ねるのは収益を稼得する単位である。 また、金融商品取引法第166条第1項第1号により、上場会社等の役員・代理人・使用人その他の従業者は、その職務に関し重要事実を知ったときに会社関係者となり、公表まで売買が禁止され、会社関係者でなくなった後一年以内も同様とされる。決算数値については同条第2項第3号が、公表がされた直近の予想値に比較して差異が生じたことを重要事実とし、その差異を投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令で定める基準に該当するものに限るとする。基準は有価証券の取引等の規制に関する内閣府令第51条にあり、売上高は直近の公表予想値との比が1.1以上または0.9以下、経常利益と純利益は1.3以上または0.7以下で一定の割合要件を満たす場合が該当する。部門固有の実績と、全社の着地見込みは、配付範囲を分けて設計する。



