連結決算の五日目。内部取引の債権債務照合で、九社分・十四件のずれが残っている。 経理の担当者が子会社に電話し、相手の担当者が伝票を開き、二社で画面を突き合わせて原因を潰していく。一件あたり四十分。この作業に、毎期二人が三日を使っている。 そして翌期も、同じ相手と同じ性格のずれが出る。現場は名寄せの問題だと言い、情報システムはコードを統一すれば直ると言う。どちらも半分しか当たっていない。
ずれの原因は名寄せではなく、相手を記録する欄が空いていること
コードを統一すれば直る、という説明が正しいかどうかを確かめるには、ずれが発生する瞬間を見ればよい。
子会社Aが親会社に商品を売る。Aの経理は、得意先マスタから親会社を選び、売掛金を計上する。このとき、Aのシステムに記録されているのは「得意先コード00412」である。 親会社側では、仕入先マスタから子会社Aを選び、買掛金を計上する。記録されるのは「仕入先コード7108」である。 二つの伝票のどこにも、この取引がグループ内取引であるという情報は書かれていない。
期末に照合しようとすると、まずグループ内取引を抽出するところから始まる。得意先コード00412と仕入先コード7108が同じグループを指しているという知識は、担当者の頭の中にしかない。 そこで、会社ごとに「グループ会社の得意先コード一覧」というExcelが作られる。このExcelが古くなった瞬間に、抽出漏れが発生する。 新設会社、社名変更、事業譲渡による取引主体の変更。どれも一年に何度かは起きる。
SAPを使っている会社の場合、この欄はすでに用意されている。取引先(Trading Partner)というフィールドで、テーブル上はVBUND、項目名は「Company ID of trading partner」である。 得意先マスタ、仕入先マスタ、G/L勘定マスタ、そして会計伝票の明細に存在し、請求伝票やCO伝票にも引き継がれる。得意先マスタや仕入先マスタにグループ会社の会社IDを設定しておけば、その取引先を使った伝票には自動的に相手が刻印される。 期末にExcelで抽出する必要はなくなる。
問題は、この欄が空欄でも伝票が起票できることである。 導入時に連結の要件が設計に入っていなければ、誰も入力しない。そして稼働から数年経ってから、連結の担当者が「この欄を埋めてほしい」と言い出す。過去伝票は空欄のままなので、当面は併用になる(SAPのマスタデータが稼働後に劣化する原因と、登録権限と責任部門の決め方)。
全マスタ統一は、投資に見合わない
では全社の取引先マスタを統一すべきか。ここで手を広げると、たいてい途中で止まる。
止まる理由は三つある。第一に、採番の権限が各社に分散している。 取引先コードは、営業の受注業務、購買の発注業務、経理の支払業務が同時に使っている。統一とは、これら全部の業務を一斉に切り替えることを意味する。 第二に、各社のシステムが違う。 親会社がSAP、子会社が国産の中堅向けERP、海外子会社が現地のパッケージ、という構成が普通で、桁数も採番規則も揃わない。共通コードを持たせるには、各システムに追加の項目を作るか、コード自体を打ち直す。 第三に、統一しても得られるものが、連結の照合精度だけである。 購買の集約や与信の一元管理まで狙うなら投資に見合うが、連結のためだけに全マスタを触るのは費用対効果が合わない。
縛るべき範囲は、全取引先ではない。グループ会社に該当する取引先だけである。 一社あたりの取引先マスタが二万件あっても、そのうちグループ会社は十件から五十件しかない。この数十件だけを、全社共通の同じ番号で名指しできれば、内部取引の抽出は機械化できる。 残り一万九千件以上は、各社が今の採番のまま持てばよい。
この線引きが効くのは、対象が小さいからだけではない。グループ会社の一覧は、連結の範囲の判定として、経理がすでに毎期作っているからである。 新しく誰かに調べさせる情報ではない(SAP Group Reportingの位置づけと、連結決算ツールとしての向き不向き)。
共通の鍵に、法人番号を使う
グループ会社だけを共通コードで縛るとして、その番号を自社で採番する必要はない。国内法人については、すでに公的な共通コードがある。
国税庁は、国の機関、地方公共団体、設立登記法人、および所定の税法上の届出書を提出することとされている法人等に対して13桁の法人番号を指定し、商号又は名称、本店又は主たる事務所の所在地、法人番号という基本3情報を法人番号公表サイトで公表している。法人番号は利用範囲の制約がなく、誰でも自由に利用できる。 そして公表サイトには検索・閲覧のほか、ダウンロード機能とWeb-API機能が用意されている。
実務上の利点は三つある。第一に、社名変更や本店移転があっても番号が変わらない。 名寄せが壊れる最大の原因が社名の表記ゆれと変更なので、ここが固定されるだけで照合の安定性が上がる。第二に、社外の公表情報なので、どのシステムに持たせても意味が一意に決まる。 自社採番のグループコードだと、その定義書を持っていない子会社では意味を持たない。第三に、適格請求書発行事業者の登録番号がこの法人番号にTを付した形であるため、請求書の側からも突き合わせができる。
海外子会社については、法人番号が存在しない。ここは自社採番のグループ会社コードを併用するか、SAPを使っているなら会社(company)の会社IDをそのまま共通鍵に使う。 重要なのは番号の体系ではなく、一つの会社に対して全社が同じ一つの値を持つことである。 国内は法人番号、海外は会社ID、という二本立てでも運用できる。混ぜないことだけを決めておく。
コードを揃えても、ずれは全部は消えない
ここまでを整えると、抽出漏れと名寄せミスは消える。しかし、金額のずれは残る。 残る差の性格を先に分類しておかないと、システム側の投資を過大に見積もることになる。
第一に、期ズレである。 売り手が出荷基準で三月三十一日に計上し、買い手が検収基準で四月二日に計上する。これはコードの問題ではなく、認識時点の問題である。 グループ内取引について、どちらの時点で立てるかを規程で揃えるか、揃えられないなら期末日近辺の未達分をどちらが調整するかを決める。
第二に、為替である。 海外子会社との取引では、売り手と買い手で使う為替レートが違えば金額は必ずずれる。グループ内取引に使うレートを一本に固定するか、差額を為替差損益として処理する担当を決める。
第三に、取引後の増減である。 値引き、返品、リベート、支払手数料の差引き。売り手が売上値引で処理し、買い手が仕入割戻で処理すると、金額も科目も合わない。 ここは取引先コードでは救えない。
第四に、基準が要求しているのに対象一覧から漏れている項目である。 冒頭で確認した未払費用、前受収益、未収収益、前払費用、そしてグループ内債権に対する引当金。照合の対象一覧を、勘定科目のレベルで作り直す。
四つのうち、コードの統一が効くのは抽出の網羅性だけである。 残り三つは業務ルールの問題で、システムでは解けない。そしてこの区別をしないまま「システムで根本から止める」と言うと、稼働後に失望を招きやすい(連結消去仕訳が止まる原因は照合の段取り、内部取引と未実現利益の実務)。
内部取引の照合を立て直す三つの判断
第一に、照合の対象一覧を、基準の要求に合わせて作り直す。 連結財務諸表に関する会計基準第31項は連結会社相互間の債権と債務を相殺消去するとし、その注解は、対象となる債権又は債務に前払費用、未収収益、前受収益及び未払費用で連結会社相互間の取引に関するものを含むとしている。さらに同注解は、連結会社が振り出した手形を他の連結会社が銀行割引した場合には連結貸借対照表上これを借入金に振り替えるとし、連結会社を対象として引き当てられたことが明らかな引当金は調整するとし、連結会社が発行した社債で一時所有のものは相殺消去の対象としないことができるとしている。 損益側は第34項と第35項で、取引高の相殺消去と未実現損益の消去が求められる。売掛金・買掛金・売上高・仕入高の四つしか対象一覧に無いなら、そこから直す。
第二に、全マスタの統一を目指さず、グループ会社に該当する取引先だけを共通鍵で縛る。 取引先マスタが二万件でも、グループ会社は数十件しかない。国内法人については、国税庁が指定し法人番号公表サイトで商号又は名称、本店又は主たる事務所の所在地、法人番号という基本3情報を公表している13桁の法人番号が使える。利用範囲の制約がなく誰でも自由に利用でき、ダウンロード機能とWeb-API機能も用意されている。 社名変更や本店移転で番号が変わらないため、名寄せが壊れる最大の原因を封じられる。海外については法人番号が存在しないので、自社採番のグループ会社コードか、SAPの会社IDを併用する。 SAPを使っているなら、取引先(Trading Partner、テーブル上はVBUND、項目名はCompany ID of trading partner)が得意先マスタ、仕入先マスタ、G/L勘定マスタ、会計伝票明細に既に存在している。新しい項目を作る話ではなく、空欄を埋める話である。
第三に、コードで解ける差と、業務ルールでしか解けない差を先に分ける。 コードの統一が効くのは、グループ内取引を漏れなく抽出することだけである。期ズレ(出荷基準と検収基準の違い)、為替(売り手と買い手で使うレートの違い)、取引後の増減(値引き・返品・リベート・手数料の差引き)は、システムでは解けない。 それぞれ、認識時点の統一と未達調整の担当、グループ内取引に使うレートの固定、値引きの処理科目の統一という業務側の決めごとが要る。この区別をしないままシステムで根本から止めると宣言すると、稼働後に失望を招きやすい。 そして共通鍵の維持には、新会社の設立、社名変更、事業譲渡の起案を経理に回付する工程が要る。回付が無ければ、一覧は半年で古くなる(SAPのデータ移行で失敗しないために、マスタ品質を半年前から上げる進め方)。
売上高1,050億円の化学品メーカー。国内子会社7社、海外子会社5社を連結し、親会社はS/4HANA、国内子会社のうち4社は国産の中堅向けERP、海外は現地パッケージという構成だった。内部取引の債権債務照合には毎期、経理2名で延べ48時間かかっていた。 見直しの発端は、情報システム部門から出てきた見積りである。グループ全社の取引先マスタを統一する構想で、初期費用1億3,000万円。 CFOがこれを保留にして、まず何件のずれがどの原因で出ているかを二期分数えさせた。結果は、2期合計で81件。原因別では、抽出漏れが14件、社名の表記ゆれによる突合ミスが9件、期ズレが31件、為替が11件、値引きと手数料の処理違いが12件、その他4件だった。 マスタの統一で消えるのは、抽出漏れと表記ゆれの23件。全体の28%である。 残る58件は業務ルールの問題だった。この数字を見て、方針が変わっている。触るのは、親会社と子会社12社の計13社に該当する取引先マスタだけ。件数は、親会社と国内子会社を合わせて延べ86件だった。 共通鍵には、国内8法人(親会社と国内子会社7社)分の13桁の法人番号を国税庁の法人番号公表サイトから取得して充て、海外5社にはS/4HANA側の会社IDを使う二本立てとした。親会社側では、既に存在していた取引先(Trading Partner)の欄に会社IDを設定し、この欄が空欄の伝票を保存できないよう入力チェックを追加している。 国内子会社4社のERPには取引先に相当する項目が無かったため、得意先マスタと仕入先マスタの備考欄ではなく、未使用だった予備コード欄に法人番号を入れた。この作業に要した工数は、全社合わせて11人日。外部費用はゼロである。 同時に、照合の対象一覧を勘定科目レベルで作り直した。従来の対象は売掛金、買掛金、売上高、仕入高の4科目。 基準の注解に沿って、未収入金、未払金、前払費用、未払費用、前受収益、未収収益、そして子会社向け債権に対する貸倒引当金を追加し、11科目とした。新たに追加した科目で、初回に7件のずれが検出されている。うち3件は、これまで一度も照合されていなかった業務委託料の未払計上だった。 業務ルール側も三つ決めている。グループ内取引の計上時点は売り手の出荷日に統一し、期末日をまたぐ未達分は買い手が調整する。グループ内取引の為替レートは、親会社が月初に配信する社内レートに固定する。値引きとリベートは、売り手・買い手とも売上と仕入の減額で処理し、販管費に落とさない。翌期の照合は、件数が81件から2期分換算で19件に減り、作業時間は延べ48時間から17時間になった。 残った19件のうち14件は期ズレで、規程を変えた初年度に運用が浸透していない子会社に集中していた。経理部長の総括は簡潔だった。1億3,000万円の見積りが要るのは、購買を集約したい場合の話だった。連結のためだけなら、86件を直せば足りる。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
内部取引のずれのうちコードが関わる部分は、取引先コードの不統一より、伝票に相手のグループ会社を記録する欄が空いていることから生じる。全取引先マスタの統一には手を広げず、グループ会社に当たる数十件だけを共通鍵(国内は法人番号、海外は会社ID)で縛れば足りる。期ズレ・為替・値引きの差はコードでは消えないので、業務ルールで別に決める。
手元で始められるのは二つで、連結の範囲の一覧に鍵の列を足すことと、照合の対象一覧を勘定科目のレベルで基準と突き合わせることだ。
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