更新の稟議が三年通らない工場には、共通の一枚がある。現行ラインと新ラインの製品単位原価を並べた比較表で、現行のほうが安い。稟議を書いた製造部長も、否決した役員会も、この表を疑っていない。疑うべきなのは、現行ラインの償却費がゼロだという事実のほうである。 そしてこれは、管理会計の見せ方の話に留まらない。償却が終わってなお主力で稼働している設備があるということは、会計の側の見積りがすでに外れているという意味である。

POINT
日本公認会計士協会の監査・保証実務委員会実務指針第81号「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」(平成19年4月25日、最終改正 平成24年2月14日)は、耐用年数についてこう定める。第12項、「耐用年数は、『資産』の単なる物理的使用可能期間ではなく、経済的使用可能予測期間に見合ったものでなければならない。」 第13項は、材質・構造・用途等のほか、使用上の環境、技術の革新、経済事情の変化による陳腐化の危険の程度、その他当該企業の特殊的条件も考慮して、各企業が自己の資産につき、経済的使用可能予測期間を見積もって自主的に決定すべきであるとする。そして第14項が効く。「『資産』の使用状況、環境の変化等により、当初予定による残存耐用年数と現在以降の経済的使用可能予測期間とのかい離が明らかになったときは、耐用年数を変更しなければならない。」 変更しなければならない、と書かれている。実務が税法の耐用年数に寄っていることも、同じ指針が正面から扱っている。第24項は、多くの企業が法人税法に定められた耐用年数を用いている現状に鑑み、法人税法に規定する普通償却限度額を正規の減価償却費として処理する場合には、企業の状況に照らし、耐用年数又は残存価額に不合理と認められる事情のない限り、当面、監査上妥当なものとして取り扱うことができるとする。ただし第26項は、「法人税法に定める耐用年数の採用を容認する取扱いは、過渡的に認めるという趣旨である」と明記している。製品原価の基礎に置いている耐用年数は、協会自身が過渡的な便法と呼んでいるものである。

償却が終わってまだ主力で稼働している設備は、見積りが外れた設備である

耐用年数が十年の設備を十五年使っているなら、経済的使用可能予測期間は最初から十五年に近かったということになる。実務指針第81号の第11項は、耐用年数を、資産の取得価額から見積残存価額を控除した金額を規則的・合理的に費用として配分すべき期間と定義している。十年で配分し切った設備が十五年働いているなら、後半の五年分の稼働に対応する費用が、どこにも配分されていない。

これは、管理会計の都合ではなく、費用配分の問題である。同じ指針の第22項は、正規の減価償却によって算定された減価償却費を、その性質に応じて製品原価又は期間費用として処理するとしている。償却費が製品原価に入るのは、指針の要請である。 したがって耐用年数の見積りが外れていれば、その外れはそのまま製品原価の誤りとして現れる。工場の原価が安く見えるのは、副作用ではなく直接の帰結である。

耐用年数を変更した場合の会計処理も整理されている。第15項は、過去に定めた耐用年数がそれを定めた時点での合理的な見積りに基づくもので、それ以降の変更も合理的な見積りによるものであれば、当該変更は過去の誤謬の訂正には該当せず、会計上の見積りの変更に該当するとする。第16項は、その場合の影響を当期およびその資産の残存耐用年数にわたる将来の期間の損益で認識するとする。遡って直す必要はない。将来に向けて直せばよい。 一方、第17項は、過去に定めた耐用年数がその時点での合理的な見積りに基づくものでなく、これを事後的に合理的な見積りに基づいたものへ変更する場合には、過去の誤謬の訂正に該当するとし、第18項でその場合は修正再表示するとしている。

なお、償却の終わり方そのものが制度として比較的新しい。第30項によれば、平成19年度税制改正で償却可能限度額および残存価額が廃止され、平成19年4月1日以後取得する減価償却資産から耐用年数経過時点に備忘価額(1円)まで償却できることとなり、すでに償却可能限度額に達している資産については残存簿価につき改正後5年間にわたり均等償却できることとされた。第32項は、平成19年3月31日以前に取得した既存資産について、償却可能限度額まで償却した事業年度の翌事業年度以後5年間で備忘価額まで均等償却できるとする。改正時点ですでに限度額に達していた設備は、その五年後に一斉に償却費がゼロになった。 二十年以上使い続けている設備を持つ工場では、この時期を境に原価が段差を作っている。段差の理由を製造原価報告書から説明できる会社は少ない。

縮んでいるのは単位原価だけではない

簿価ゼロの影響を、その製品の単位原価だけで見ていると効き方を過小評価する。三方向に波及する。

第一に、配賦を通じた他製品への波及である。 製造間接費を機械時間や加工時間で配賦している工場では、償却費の消えたラインの負担が減った分、配賦率そのものが下がる。老朽ラインを多く抱える工場の配賦率は、新鋭ラインだけの工場より低くなる。同じ製品を二つの工場で作っていると、老朽工場のほうが安く出る。 生産の振り分けをこの数字で決めていれば、古い設備へ仕事が寄っていく。

第二に、修繕費との相殺が見えなくなることである。 耐用年数を過ぎた設備は修繕費が増える。修繕費は原価に乗るので、償却費の消滅と一部相殺される。ここまでは自然に見える。問題は、修繕費のうち資本的支出に該当する部分が資産計上され、そこから新たに償却が始まることである。大規模な更新工事を修繕費として処理している工場では、相殺しているように見えて実際には費用と資産の区分が崩れている。 単位原価は安いまま、貸借対照表の側で辻褄が合わなくなる。

第三に、投下資本の分母が同時に縮むことである。 ここが最も見落とされる。簿価ゼロの設備は、資産計上額もゼロである。投下資本利益率で工場や事業を評価している会社では、老朽ラインほど分母が小さく、利益率が高く出る。 分子(利益)は償却費がない分だけ大きく、分母(投下資本)は簿価ゼロの分だけ小さい。両側から同じ方向に歪む。

東京証券取引所は2023年3月31日、プライム市場およびスタンダード市場の上場会社に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請した。要請は、自社の資本コストと資本収益性を的確に把握し、取締役会で現状を分析・評価したうえで、改善計画を策定・開示し、取組みを実行するという三段の流れで構成されている。全社で資本収益性を語り始めた会社ほど、工場の分母が制度上ゼロになっていることに気づいていない。 数字を作っているのは経理で、使っているのは経営企画で、その間で分母の中身が確認されていない。

直し方は二つあり、直している場所が違う。
いま出ている数字取得原価ベースの償却が終わった原価
更新判断の歪み ●●●
導入の手間 ○○○
会計帳簿への影響 ○○○
償却費ゼロのまま単位原価を表示する。老朽ラインが最も安く、更新投資はいつも割高に見える。配賦率も同時に下がるため、生産の振り分けも古い設備へ寄る。
損益計算書の側を直す経済的耐用年数に基づく擬制償却
更新判断の歪み ●○○
導入の手間 ●●○
会計帳簿への影響 ○○○
管理会計上、経済的使用可能予測期間で償却を続ける。取得原価か再調達価額を基礎に、年次の擬制償却費を原価へ乗せる。単位原価と配賦率の両方が同時に直る。
貸借対照表の側を直す投下資本への資本チャージ
更新判断の歪み ●○○
導入の手間 ●●●
会計帳簿への影響 ○○○
簿価でなく取得原価または再調達価額を投下資本に置き、資本コスト率を掛けた金額を利益から控除する。資本収益性の指標が老朽ラインを優遇しなくなる。
どちらも会計帳簿には触らない。触るのは、判断に使う数字のほうである。

擬制償却と資本チャージは、直す場所が違う

二つを混同すると、二重に費用を乗せることになる。

擬制償却は、損益計算書の側を直す。 会計帳簿では償却が終わっている資産について、管理会計上は経済的使用可能予測期間で償却を続ける。基礎を取得原価に置くか再調達価額に置くかで意味が変わる。取得原価に置けば「本来こう配分されるべきだった」費用が戻り、再調達価額に置けば「いま同じ能力を持とうとすると年いくらかかるか」が乗る。更新判断に使うなら、再調達価額に近い基礎のほうが実態に合う。 ただし再調達価額の見積りは毎年更新が必要になり、恣意性も入るため、まず取得原価ベースで始めて、更新検討の対象ラインだけ再調達価額に切り替える運用が現実的である。

資本チャージは、貸借対照表の側を直す。 投下資本に資本コスト率を掛けた金額を、その事業や工場の利益から控除する。ここで簿価を使うと、簿価ゼロの設備はチャージがゼロになり、何も直らない。取得原価または再調達価額を投下資本に置くことが、この打ち手の要点である。 会計上の簿価と管理会計上の投下資本を意図的にずらすことになるため、経理と経営企画の間で定義を文書化しておく必要がある。

両方を同時に入れる場合は、擬制償却費の分だけ利益が減り、そのうえで資本チャージが乗る。償却費と資本コストの二重計上ではないかという指摘は、ほぼ確実に出る。 二重ではない。擬制償却は資産の消耗に対応する費用配分で、資本チャージは資金の機会費用である。ただし説明の手間はかかるので、まず擬制償却だけを入れて原価表示を直し、資本収益性の指標を全社で使い始める段階で資本チャージを足す順序が扱いやすい。

更新の稟議を、原価比較で決めてはいけない

そもそも、現行ラインと新ラインの単位原価を並べる表が、判断の道具として適していない。

すでに支出した取得原価は埋没原価であり、更新するかどうかの判断には影響しない。判断すべきは、継続した場合の将来キャッシュフローと、更新した場合の将来キャッシュフローの差である。継続側には、増え続ける修繕費、歩留りの低下、段取り時間、故障による停止、予備部品の供給終了リスク、安全対策の追加費用が入る。更新側には、投資額、据付期間中の生産減、教育費用、そして更新後の運転費用が入る。償却費は、どちらの側にも本来は登場しない。 税効果を通じたキャッシュフローへの影響として入るだけである。

ただし、これで「原価表示は放っておいてよい」とはならない。投資判断をキャッシュフローで正しくやっても、日常の採算表示が老朽ラインを優遇し続ける限り、更新の議題が上がってこない。 議題に上がらないものは、キャッシュフローで比較する機会すら持たない。

だから二段構えになる。投資判断は将来キャッシュフローの差で行う。日常の採算表示は擬制償却または資本チャージで直す。 前者は稟議のフォーマットの問題で、後者は管理会計の定義の問題である。片方だけを直した会社は、片方だけ直った状態で止まる。

経理が着手する三つの手順

第一に、簿価一円で稼働中の設備を洗い出し、耐用年数の見積りが外れていないかを検証する。 実務指針第81号の第12項は、耐用年数を経済的使用可能予測期間に見合ったものとすることを求め、第14項は、当初予定による残存耐用年数と現在以降の経済的使用可能予測期間との乖離が明らかになったときの変更を義務として書いている。変更は会計上の見積りの変更として、当期およびその資産の残存耐用年数にわたる将来の期間の損益で認識する。遡及はしない。 ただし、当初の見積り自体が合理的でなかった場合は過去の誤謬の訂正として修正再表示になるため、監査法人との事前の確認が要る。すでに簿価一円になった資産の耐用年数は変えようがないので、この検証が効くのは、いま償却中で、耐用年数が実態より短いことが分かっている資産群である。

第二に、管理会計上の原価表示を擬制償却で直す。 対象は簿価一円で稼働中の設備。基礎は取得原価から始め、更新検討の対象ラインだけ再調達価額へ切り替える。直すのは単位原価だけではない。製造間接費の配賦率も同時に直る。 複数工場で同じ製品を作っている会社では、生産の振り分け判断が変わる可能性がある。

第三に、資本収益性の指標を工場や事業に下ろすときは、投下資本の定義を簿価から外す。 東京証券取引所の2023年3月31日の要請は、自社の資本コストと資本収益性を的確に把握したうえで、取締役会で現状を分析・評価し、改善計画を策定・開示することを求めている。簿価を分母に置いたまま事業別の資本収益性を測ると、償却の終わった老朽事業が最も優秀に見える。 分母は取得原価または再調達価額に置き、その定義を経理と経営企画の双方が文書で共有する。

設例

売上高1,180億円の金属加工メーカーで、主力の第二工場の更新投資が三年連続で見送られていた。第二工場のプレスラインは稼働から二十四年、法定耐用年数はとうに過ぎ、簿価は全設備が一円である。更新案は投資額28億円、期待される歩留り改善が2.4ポイント、段取り時間の短縮が一回当たり40分。稟議に添付された比較表では、現行ラインの製品単位原価が1,842円、新ライン想定が2,067円だった。現行が225円安い。 この表を三年間、誰も疑わなかった。転機は、経営企画が事業別の資本収益性を算定し始めたときである。第二工場の投下資本利益率が全社で最も高く出た。設備の簿価がほぼゼロで、分母が土地と運転資本だけになっていたためである。最も古い工場が、最も資本効率が良いという結果になった。 ここで初めて、原価と分母の両方が同じ方向に歪んでいることが認識された。着手は三段で行った。第一に、固定資産台帳から簿価一円で稼働中の設備を抽出した。全社で1,340件、取得価額の合計が218億円。うち第二工場が74億円で、その大半が平成19年3月31日以前の取得資産だった。 実務指針第81号にある五年均等償却の経過措置により、これらの償却費は2012年度から2013年度にかけて一斉に消えている。製造原価報告書を遡ると、第二工場の加工費が2013年度に前年から11.6%下がっており、当時は原価改善の成果として報告されていた。第二に、管理会計上の擬制償却を導入した。基礎は取得原価、期間は設備区分ごとに経済的使用可能予測期間を再見積りして設定した。プレスラインは三十年、搬送設備は二十年、制御盤は十五年。擬制償却費を乗せた結果、第二工場のプレスラインの製品単位原価は1,842円から2,213円になった。新ライン想定の2,067円より146円高い。 三年間の比較表の符号が逆転した。第三に、資本収益性の分母を簿価から取得原価に切り替えた。第二工場の投下資本利益率は全社上位から中位へ移り、最も高いのは五年前に更新した第四工場になった。稟議は四年目に通っている。ただし承認された投資額は28億円ではなく19億円だった。擬制償却を入れた原価で全ラインを見直した結果、更新の優先順位が変わり、プレス本体より先に搬送と制御を替えるべきという結論が出たためである。 導入で最も抵抗が出たのは、擬制償却費を製造部門の予算実績に反映するかどうかだった。反映すれば製造部門の実績が悪化するが、反映しなければ誰も見ない。折衷として、予算にも実績にも同じ擬制償却費を計上し、前年同期比の分析では擬制償却費控除前と控除後の両方を並べる形にした。 経理部長の総括はこうである。三年間、更新が通らないのは投資の説明が下手だからだと思っていたが、比較表の数字自体が間違っていた。間違っていたと言うより、償却が終わった設備の原価をどう見せるかを、誰も決めていなかった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ

償却を終えても主力で稼働している設備は、原価が安いのではなく、耐用年数の見積りが外れた設備である。簿価ゼロのまま比べる限り、老朽ラインが得に見えて更新の稟議は通らない。

経理が最初にやるのは、簿価一円で稼働中の設備を台帳から洗い出し、同種でいま償却中の資産の耐用年数が実態より短くないかを確かめることだ。管理会計ではまず擬制償却で原価を直し、資本チャージは後から足す。更新するかどうかは継続と更新の将来キャッシュフローの差で決める。

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