ベンダーの担当者が、次のリリースに載るAI機能の説明に来る。請求書の読み取り、入金消込の候補提示、仕訳の推奨、異常検知。資料には認識精度98パーセントと書いてある。 追加のライセンス料は年間で数百万円。情シスは「経理が判断してほしい」と言い、経理は「効果が読めない」と言う。そして稟議は「効果を定量化してから再提出」で戻され、半年後に同じ資料がもう一度回ってくる。
精度は効果指標にならない
提案書に載る数字は、たいてい精度である。読み取り精度、推奨の的中率、検知の正解率。この数字が効果指標として機能しないのは、経理の作業が「正しいものを作る」ではなく「誤りが残っていないことを確かめる」で成り立っているからである。
請求書のデータ化を例に取る。月間3,000件を処理していて、AIの読み取り精度が98パーセントだとする。誤りは60件。この60件がどれか分からない場合、経理は3,000件を目で見る。作業は「入力」から「確認」に変わるが、件数は減っていない。 入力より確認のほうが速いという効果は残るが、それは提案書が言っている98パーセントとは別の話である。
効果が出るのは、AIが「この件は自信がない」と自分で申告できる場合である。 3,000件のうち、自信度が閾値を下回る件を200件切り出せるなら、経理が見るのは200件になる。このとき初めて、確認の総量が15分の1に落ちる。 そして残る論点は、切り出されなかった2,800件の中に誤りが何件残っているかになる。
つまり指標は二つに割れる。 一つは、人が目視する対象がどれだけ残るかを示す確認対象の残存率。もう一つは、自動処理側に流れた中に紛れた誤りの割合を示す見逃し率である。この二つはトレードオフの関係にあり、閾値を動かせば一方が悪化する。 提案書に精度が一つしか書かれていないなら、それは閾値の話がまだ始まっていないということである。
発注前に聞くべき一問は、精度は何パーセントかではない。閾値を動かしたときに、この二つがどう動くかを示せますか、である。
検証条件は、契約前に紙にする
多くの会社が、この論点を「まずPoC(概念実証)をやってみましょう」で先送りする。そして三か月後、「有用性は確認できた」という結論だけが残る。 有用性は否定しにくい概念なので、この結論はたいてい出る。出ないのは、払うかどうかの判断材料である。
検証条件は、契約前に四つ書く。第一に、対象工程を一つに絞る。 請求書の読み取り、入金消込、仕訳推奨、異常検知を同時に見ると、どの工程で効いたのかが分からなくなる。第二に、現状の確認工数を測っておく。 何件を、誰が、月あたり何時間かけて見ているか。ベースラインがない検証は、後から「体感では速くなった」という結論に落ちやすい。
第三に、合格ラインを二つの指標で数値に書く。 確認対象の残存率が何パーセント以下、かつ見逃し率が何パーセント以下であれば合格とするか。見逃し率の許容水準は、その誤りが下流でどう捕まるかで決まる。 入金消込の誤りは残高照合で捕まるが、仕訳の科目誤りは決算の分析まで表に出ないことがある。捕まる場所が下流にあるほど、許容できる見逃し率は下がる。
第四に、打ち切り条件を書く。 何をもって不採用とするか。これを書かないPoCは終わらない。期間と、期間内に合格ラインに届かなかった場合の扱いを、同じ紙に入れておく。
承認責任は人に残す。ここは効果と交換しない
指標が整っても、統制の線を引かずに入れると、翌年の内部統制評価で戻される。線は一本で足りる。AIの出力が、人の承認を経ずに会計処理へ直行しない構造にすることである。
具体的には三点になる。第一に、AIが出した候補と、人が採否を決めた記録を分けて残す。 そのまま採用したのか、修正したのかが後から区別できなければ、誰の判断で計上されたかを説明できない。第二に、作業者とレビュー者の欄を分ける。 AIが出したものを一人が確認して確定する運用は、二重チェックの外形を保ったまま中身を失う。第三に、業務記述書・フローチャート・リスクコントロールマトリクスを、導入と同時に書き換える。 ツールだけ入れて三点セットを放置すると、記述された業務と実際の業務がずれ、評価の場でそのずれが露見する(内部統制の3点セットの作り方と更新、形だけの文書にしない運用)。
ここで一つ、営業の説明を疑っておくべき点がある。 AI機能を「統制の強化になる」と説明されることがあるが、内部統制の基準は、ITへの対応を基本的要素に加えたことについて「組織に新たなITシステムの導入を要求したり、既存のITシステムの更新を強いるものではない」と明記している。 基準は、いま使っているシステムに対して適切に対応することを求めているのであって、新しい機能を買うことを求めていない。統制の強化は、AI機能を入れる理由にはならない。
むしろ逆方向の負荷が発生する。改訂された基準は、ITの委託業務に係る統制の重要性が増していることを明記している。 ベンダー側のクラウド基盤で処理が完結する機能を使えば、その処理は自社の外で走ることになる。委託先の統制をどう評価するかという論点が、AI機能の採用と同時に一つ増える。 稟議には、この評価に要する工数も載せておく。
そして、この線引きはAI機能に固有のものではない。経理に生成AIを入れるときの判断基準と同じで、出力が会計処理に直行する工程には入れないという一点に尽きる(経理のAI活用はどの工程に効くか、突合の差異調査と文書化から始める)。
費用の出方と、やめられるかどうか
最後に、稟議に載せておくべき二つの実務論点がある。費用の出方と、解約の単位である。
ERPベンダーのAI機能は、多くの場合サブスクリプションの上乗せとして請求される。この部分は期間費用として毎期の損益に出る。 一方、導入にあたっての設定作業、既存プロセスとの接続、マスタの整備といった工数は、性質によっては資産計上の対象になる。同じ「AI機能の導入費用」という言葉で括られていても、損益への出方が二つに分かれる(ソフトウェアとクラウド利用料の会計処理、資産計上できる範囲は契約の切り方次第)。
そのうえで、資産計上できるかどうかの手前に条件がある。「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」は、自社利用のソフトウェアについて、将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合は無形固定資産に計上し、確実であると認められない場合又は確実であるかどうか不明な場合には費用処理するとしている。 効果が測れていない段階では、そもそも資産として立たない。先ほどの二つの指標を先に測る理由は、ここにもある(生成AI投資の承認基準、効果が測れない投資を段階ゲートで審査する方法)。
解約の単位も、契約前に確認しておく。AI機能だけを止められるのか、ライセンス本体と束ねられていて止められないのか。 束ねられている場合、一年後に効果が出なかったとしても、費用は止まらない。やめられるかどうかは、金額の大きさと同じくらい判断に効く。
売上高1,470億円の卸売業で、SAPのバージョンアップにあわせてベンダーからAI機能の追加提案を受けた。対象は請求書の読み取り、入金消込の候補提示、仕訳の推奨、異常検知の四つで、追加ライセンス料は年間2,800万円、導入支援が4,100万円という見積りだった。提案書に書かれていた数字は、請求書の読み取り精度97.8パーセント、消込の候補的中率94.2パーセントの二つである。 情報システム部からの稟議は、経理部門の年間工数削減見込みを4,800時間、金額換算で約2,100万円としていた。CFOは金額ではなく、換算の根拠を見て差し戻している。4,800時間の内訳が、現在の処理件数に一件あたりの標準時間を掛けたものだったからである。 現在その工程に何人が何時間かけているかの実測値がなかった。差し戻しの指示は三つだった。対象を一つに絞ること、現状の実測を取ること、そして効果指標を精度以外で書くこと。経理部が実測した結果、入金消込に月次で延べ284時間、担当者3名が関与していた。 内訳は、システムが自動消込した分の目視確認が96時間、残った未消込分の調査が188時間である。この数字が出た時点で、議論の焦点が変わった。削減余地は自動消込の精度ではなく、未消込分の調査のほうにあった。 ベンダーへの再質問は二問である。自信度による切り出しができるか。閾値を動かしたとき、人が確認する対象の残存率と、自動側に紛れた誤りの割合がどう動くかを示せるか。回答は、切り出しは可能で、閾値は設定できるが、二つの指標の関係を示したデータは持っていない、というものだった。 そこで検証を三か月に限定し、対象を入金消込のみとし、合格ラインを二つ置いた。確認対象の残存率が35パーセント以下、かつ見逃し率が0.5パーセント以下。見逃し率の水準は、消込の誤りが翌月の残高照合で捕まることを踏まえて設定している。 打ち切り条件は、三か月で残存率が50パーセントを下回らない場合とした。結果は、残存率41パーセント、見逃し率0.3パーセントだった。 合格ラインには届かなかったが、打ち切り条件にも触れなかった。経理部長の判断は、四機能のうち入金消込だけを、閾値を保守側に置いた設定で採用するというものである。 削減見込みは月284時間のうち約110時間で、当初稟議の4,800時間には遠く及ばない。それでもCFOがこれを承認した理由は二つあった。一つは、110時間という数字が実測から出ていること。もう一つは、契約でAI機能を単独で解約できることを確認していたことである。 承認の線も同時に引いている。自動消込の結果は、金額と件数の突合を経理担当者が行い、その記録を残したうえで確定する運用とし、リスクコントロールマトリクスの該当行を稼働前に書き換えた。残る三機能については、稟議を通さず保留とした。理由は効果がないからではない。二つの指標を示せる状態にベンダー側がまだなっていないからである。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
AI機能の稟議で決める三つのこと
第一に、効果指標を精度から二つの指標に置き換える。 認識精度98パーセントは工数を98パーセント減らさない。誤りがどれか分からなければ、経理は全件を見る。効果が出るのはAIが自信のない件を自分で切り出せる場合だけで、そのとき測るべきは、人が目視する対象がどれだけ残るかを示す確認対象の残存率と、自動処理側に紛れた誤りを示す見逃し率である。 この二つはトレードオフなので、閾値を動かしたときの関係をベンダーに示させる。示せないなら、閾値の議論がまだ始まっていない。見逃し率の許容水準は、その誤りが下流のどこで捕まるかで決める。
第二に、検証条件を契約前に四点で書く。 対象工程を一つに絞ること、現状の確認工数を実測すること、二つの指標で合格ラインを数値に書くこと、そして打ち切り条件を同じ紙に入れること。ベースラインのない検証は「体感では速くなった」に落ち、打ち切り条件のないPoCは終わらない。
第三に、承認責任を人に残し、費用の出方と解約単位まで稟議に載せる。 AIの候補と人の採否を分けて記録し、作業者とレビュー者の欄を分け、三点セットを導入と同時に書き換える。統制の強化はAI機能を入れる理由にならない。実施基準は、ITへの対応を基本的要素に加えたことについて「組織に新たなITシステムの導入を要求したり、既存のITシステムの更新を強いるものではない」と明記している。 逆に、改訂ではITの委託業務に係る統制の重要性が明記されており、ベンダー基盤で処理が完結する機能を使えば委託先の統制評価という論点が一つ増える。そして、AI機能だけを解約できるかどうかを契約前に確認する。やめられるかどうかは、金額の大きさと同じくらい判断に効く。
ERPのAI機能は、導入するかどうかより、どういう結果が出たら払うかで判断する。効果は認識精度ではなく、確認対象の残存率と見逃し率の二つで測る。
ベンダーの提案が来たら、次の順で進めたい。
- 対象工程を一つに絞り、現状の確認工数を実測する
- 閾値を動かしたときの残存率と見逃し率の関係を、ベンダーに示せるか尋ねる
- 合格ライン・期間・打ち切り条件を契約前に一枚に書く
- AIの候補と人の採否を分けて記録する運用と三点セットの書き換えを、稼働前に済ませる
- AI機能だけを解約できるかを契約で確認する



